第11章1節 : 再起動 |
建造中のW.R.O新本部施設の空爆開始まで、後およそ1時間。その報を耳にしてからもうどれぐらいの時間が経っただろう? 日没が近いことと、分厚い雲に覆われているせいで外はもう薄暗かった。 マリンは膝の上のぬいぐるみを見つめたまま、デンゼルはTVから流れてくる映像を見つめながら、街の喧噪を遠くに聞くこの部屋で、クラウド達の帰りを待ち続けていた。 (……けっきょく俺、何にも出来ないんだ……) デンゼルは拳を握りしめる。とにかく悔しかった。何も出来ない自分が悔しかった。画面の向こうで情勢を伝えるべく話し続ける人々の声が、とても遠くに聞こえた。 誰かを守りたい、守れなくても力になりたい。あの日、自分の入隊を拒んだリーブの横顔が忘れられなかった。ミッドガル七番街の崩落、デンゼルが両親を失った元凶を作り出した事を認め、それでも尚。 (あの人は……) ――「憎ければ、私を好きにしていいぞ」 自分が恨まれても構わないと、身を差し出したのだ。 最初はずるいと思った。こっちが恨む前にそんなことを言われたら、それ以上恨みようがないと。だけど今さらリーブを殴ったところで、死んだ両親は戻ってこない。デンゼルの中には誰かを恨む気持ちはなかった。 そのかわり、誰かを守りたいと強く思った。もう二度と、大切な人と別れてしまうのは嫌だったから。両親に始まり、ルヴィさん、ガスキンさん――もうあんなツライ思いをしたくなかったから。 けれどその思いをリーブは拒んだのだ。「子どもには他にやるべき事がある」とデンゼルに言い残し、席を立つとそのまま姿を消した。 ――「大人の力を呼び起こせ」 (あの人は……) ひとり残されたデンゼルはショックを隠しきれなかった。子どもの自分にはまだ何も出来ないと、リーブに認めてもらえずに入隊を拒まれた事が、自分に対する否定以外の何物でもなかったから。 だからどこかで、リーブを見返してやろうと思っていた。子どもだってバカにしたリーブを見返してやろう。子どもにだって出来ることがあるんだ! そう思っていた。けれど。 (けっきょく、あの人の言うことが正しかったんだ) 作った拳を強く握りしめる。鼻の奥がつんとした。現にこうして何も出来ないでいる自分に腹が立った。 「……泣いてるの」 背後で呟くマリンの声に、どきりと身を震わせた。泣いてるなんて分かったら格好悪い。デンゼルは天井を見上げた。溢れてくる涙がこぼれないようにと、必死で天井を見上げた。 「ねえ、デンゼル」 「何だよ」 発した声が震えているのがバレてしまうのが恐くて、だから短くしか答えられなかった。突き放すような声だと、自分でもそう思う。 「……泣いてるの」 「泣いてない!」 デンゼルは否定したが、マリンがそれを更に否定した。 「違うよ」 「え?」 マリンの発した否定の句に初めて振り返った。視線の先にいた彼女の姿を見て気付く。 「……この子、泣いてる」 「ケット・シー?」 膝の上に抱えたケット・シーを見つめながら、マリンはそう呟く。けれどデンゼルの目には、ただのぬいぐるみにしか見えない。 「『痛いよ』って、……だけどそれを堪えてる。『ボクが泣いてる顔は誰にも見せられない』って言ってる……ううん、聞こえる」 マリンの言葉が、デンゼルの脳裏にあの日の光景を蘇らせる。 ――「憎ければ、私を好きにしていいぞ」 そう言って横を向いたリーブの顔を、今でも良く覚えている。 (悔しかった……) 何も出来ない自分が、今もこうして、見ている事しかできない自分が。 (でも) ――「大人の力を呼び起こせ」 (どうして?) 「デンゼル!」 マリンに名を呼ばれ、デンゼルは頷いた。 (どうして悔しいんだろう?) 自分の力が足りないからだと言われたから? ――違う。 誰かを守りたい、力になりたい。――誰の? 自問自答を繰り返すデンゼルの耳に、マリンの声が届く。 「こんなの……間違ってるよ」 「俺もそう思う」 (そう、間違ってる。間違ってるんだ……俺は……) ――誰かを守りたい、力になりたい。 それから、もう一度TV画面を見つめた。 「……行こう、マリン」 今、どこへ向かうべきなのかはまだ分からない。だけど、ここでじっと待っているだけなんて、できっこない。そうしてデンゼルが踏み出した力強い一歩を阻んだのは、自分の名を呼ぶ小さな声だった。 それは何年ぶりかに聞く声。 部屋を飛び出そうとしたデンゼルは振り返る。小さかったけれど、その声は確かに聞こえた。自分の名前を呼ぶ小さな声。その声を聞き間違うはずはなかった、ずっと聞きたかった声だから。でも。 同じ声をマリンも聞いていた。振り返ったデンゼルと目があって、それからふたりは声の主を見つめた。 マリンの膝の上で、ケット・シーがゆっくりと顔を上げた。間違いない、やっぱりあの声はケット・シーだ。 それを見たマリンは嬉しそうに呼びかける。 「ケット・シー!」 『……すん、ません。なんや、みなさんに心配かけてもうた……みたいや』 それからゆっくりと手を振ろうとしたものの、上げかけた手はそれ以上動くことはなかった。口調にも動きにも、精彩に欠けた様子のケット・シーを覗き込んでマリンは心配そうにもう一度名を呼んだ。 「ケット・シー?」 『……すんません。機体の耐用年数はとうに……超えとるんですわ、リーブはんは、ボクを、そう“作って”おったんや……』 高性能マシンを積み込んでいるとはいえ、元はただのぬいぐるみだった。定期的なメンテナンスを施さなければ、ぬいぐるみが耐えられるものではない。ただでさえ4年前の戦闘で無理をさせてしまった事もあり、蓄積された疲労によってケット・シーの動作機能は著しく低下している。 とても痛々しいその姿を目の当たりにして、マリンは今にも泣き出しそうな声でケット・シーに語りかける。 「ケット・シー。今、私達がここで話したらリーブさんにも聞こえる? 直してもらおう?」 医者でもなければ技師でもない、今のケット・シーに何をしてあげれば良いのか、マリンには分からない。だけど助けたい。そんな願いを込めたようなマリンの声に、小さく首を横に振る。 『ボクの、呼びかけに……答えて、くれへん』 ひときわ小さな声で、絞り出すようにして答えたきり俯いてしまうケット・シーを、マリンは優しく抱きしめた。 マリンの手に伝わってくる温もり。ぬいぐるみなのに、確かにあたたかい。ケット・シーを抱いている自分の体温ではない、別の温もりだった。 紛れもなく今この瞬間も、ケット・シーは生きている。理屈ではい、触れた腕に感じたぬくもりで、マリンはそれを確信した。だからこそ助けたい。そう強く願う。 腕の中でケット・シーが顔を上げ、『おおきに』と小さく微笑んだ。それから振り返ってこう言う。 『デンゼル……、頼みがあるんや』 「なに?」 歩み寄ってきたデンゼルから視線を逸らし、もう一度マリンの顔を見上げるとケット・シーは頷く。それからマリンはデンゼルを見つめた。 『この家に、ネットワークに繋がる端末、あるか?』 「うん……。ちょっと型は古いと思うけど」 『そこに連れてってくれるか?』 それからふたりは部屋を出て、階段の向かいにある部屋に入った。窓際にある机の上に置かれた荷物と一緒に、それが並んでいた。 「……あんまり使わないから」 照れたようにデンゼルが笑う。 その横でケット・シーは無言で端末を見つめていた。しばらくしてから顔を上げる、どうやら結論が出たようだ。 『デンゼル、ええか?』 ケット・シーが手を伸ばすと、マリンは察したようにケット・シーから手を離してデンゼルに渡す。 『ボクの背中にチャックがあるねんけど、それ開くとな、接続端子があるねん。たぶん番号が振ってあるから、それを教えるとおりに接続してくれへんか?』 その言葉にデンゼルは不安げな表情を返す。ケット・シーは微笑んで『大丈夫や』と言ってから、小声でこう告げた。 『それにな、さすがに女の子にそんなん頼めんて。……恥ずかしいやろ?』 それを聞いてデンゼルは一瞬、驚いた表情を向けたが、すぐに笑顔に変わった。 「うん。やってみるよ」 ―ラストダンジョン:第11章1節<終>―
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