第10章3節 : 駆け引きと取引 |
(それにしても……) シェルクは隣の端末に表示されたネットワーク上の記事を見つめながら、改めて考えた。 (データバンクへの侵入と時を同じくして始まった情報流布……やはりタイミングが良すぎます) 漏洩した機密情報を知り得る立場にいたのは、W.R.O側では局長のリーブ自身と、彼に近い一部の人間。外部ではデータバンクにアクセスできたシェルクと、『第二の侵入者』しかいない。 その中でもW.R.O側には情報公開のメリットがないことに加え、内部告発の線も限りなく可能性は低いと結論づけた為に前者は除外される。 次に考えるのは外部の人間による犯行の可能性だ。当然、シェルク自身は選択肢に含まれない。となると、該当する条件から消去法で残るのは『第二の侵入者』しかいない。 では逆に『第二の侵入者』自身が、この状況を作り出した張本人であるなら?――全て辻褄が合う。W.R.Oメインデータバンクから情報を持ち去り、それを世間に流布する――不可能ではないし不自然でもない。先ほどの侵入の件も、本当に侵入されたのではなく、侵入されたと見せかける為の演出を施せばいいだけだ。 導き出された結論を裏付けるようにして、シェルクの脳裏にはこれまで耳にした男の言葉が過ぎった。 ――「決して誇れたことではないが、このシステムには以前にも何度か侵入した事があったのでね。」 間違いなく彼が『第二の侵入者』だ。こうして自ら侵入したことを打ち明けているのが何よりの証拠だ。 それに。 ――「W.R.Oへの“姿無き出資者”、その代理人を務める者」 彼は名前の代わりに自身の立場についてそう語った。間違いない、彼は機密情報を知り得る立場にいた数少ない中の一人だ。 ――「神羅カンパニー都市開発部門統括リーブ=トゥエスティ。 このシステムには彼の旧社員コードでアクセスできるんですよ」 さらに男が神羅カンパニーと関わりのある者だと言うのも、この発言から察することができた。特に「旧」という言葉を使っている点からみても、神羅との関わりが長くまた深かったことが伺える。リーブの経歴が積極的に公表されている訳ではなかったが、神羅カンパニー都市開発部門統括という地位にいた事実は世間にも広く知られている。しかし、神羅カンパニー在籍中の「社員コード」まで知る事ができた者はそういない。 (それに彼ら……第二の侵入者の正体が神羅の関係者となれば、情報を持ち去る必要性もない) W.R.Oメインデータバンクから情報を持ち去るのではなく、侵入することそのものが目的であったとしたら? つまり、彼らの真意こそがW.R.Oの組織破壊、という事になる。 (では彼らは一体?) 彼らの正体は――旧神羅カンパニーの関係者で、W.R.Oを快く思わない者――シェルクには心当たりがまるでない。というよりも、判断に必要な情報が少なすぎた。 (違う) はじめからシェルクには情報など与えられていなかった。自らの名前を名乗ろうとしなかった男の意図も、こうして考えてみれば納得がいく。 この推測が当たっているとするならば、この男がシェルクを呼んだ理由は? (……SND) 脳裏にその単語が過ぎった時、シェルクは全身から血の気が引いていくような感覚を覚えた。 利用していると思っていた自分の方こそ、単に利用されていたと言う事実。 それはシェルクにとって、ディープグラウンド時代と何一つ変わらない現実に他ならない。 「やっぱり不自然ですよ」 横に座る女性の声でシェルクは我に返った。 先ほどから見ているとこの女性の反応は自分と似ている、口に出すことはなかったがシェルクはそう感じていた。彼女も男の仲間だとすれば、何らかの形で神羅カンパニーに関わりを持つ者なのだろう。しかし事あるごとにとても素直に驚き、それをストレートに表現している。少なくとも彼女はW.R.Oに敵意や反感を抱いているようには見えない。あるいは、彼女は何も知らされていないだけなのか? それともシェルクにそう思わせるための演技なのか? 疑い出せばきりがない。周囲の人間、風景にまで神経をとがらせ欺かれまいと振る舞う。気分が良いとは言えないが、シェルクはこの感覚に懐かしさに似たものを感じた。 疑うことをやめた者はその瞬間に殺される――それこそがディープグラウンドだった。そんな場所で10年も生きていれば、嫌でも自然と身についてしまうのだ。 しかし今は、身に染みついた習性に感謝したいとすら思った。 (断片化ファイルの収集作業は、ひとまず後回しですね) シェルクが顔を上げたその時、男の胸ポケットで携帯が鳴った。小さな声で「失礼」と言ってから、端末の前に座るシェルク達に背を向けて電話を取る。 それから電話の声に急かされるようにして、男は室内にあった別のモニタの電源を入れる。途端に、聞き覚えのあるようなヒステリックな声が室内にこだました。 『……との事です。繰り返します、今からおよそ1時間後、W.R.O本部施設への空爆を行うことが正式に発表されました。声明はW.R.O局長リーブ=トゥエスティ氏による物であり、飛空艇師団によって……』 「ちょっ……どういう事ですか!?」 画面に映し出されたW.R.O旧本部施設の映像とレポーターの伝えてくる情勢を目の当たりにした女性は、慌てて椅子から立つと驚きの声をあげた。男性はこちらに背を向けたまま、片手を挙げると無言で女性を制した。それから短く会話を交わしてから電話を切った。 どうやら相手はこのことを知らせるために、男に電話を寄越したのだろう。 「飛空艇師団が……W.R.O本部施設を? それを命じたのはW.R.Oの局長自身……。ネットワークへの情報流布。……分からない、いったい何が起きているの?」 呆然と立ち尽くし、モニタを見上げながら女性が独り言のようにして呟く声に、シェルクは俯くと小さく呟いた。 「まだ何も起きていません。……いえ、恐らく」 横にいた女性にすら聞こえていないはずの声。その後を引き継いだのは、あの男だった。 「まだだ、まだ何も起きていない。……起きるのはこれからだ」 まるで言い聞かせるようにゆっくりと呟いてから、男は電話をしまうと未だに騒がしく情勢を伝えてくるモニタを背に振り返る。 「……そうだな? シェルク=ルーイ」 ここへ来て初めて名を呼ばれ、シェルクは思わず男を見上げた。すると男は右手を差し出しながらこう告げた。 「まず断っておくが君の推測は間違っている。 確かに私は、君が考えているとおりW.R.Oネットワーク内に侵入した。そしてW.R.O資金運用についても知り得る立場にいる。W.R.O内のデータバンクから情報を持ち出したのは事実だが、外部に漏らしてなどいない」 まるでシェルクの考えていることを見透かしているとでも言うように、男は自身の立場とこれまで行って来たことを打ち明けたうえで、かけられた嫌疑については真っ向から否定した。 「……それに、我々の目的はW.R.Oを潰すことではない。今さら潰すような真似をするなら最初から出資などしない。情報を流すにしても、侵入直後に事を起こすようなヘタは打たない。そんな事をすればすぐに疑いの目を向けられかねないだろう? やるならもっと効率的に立ち回る」 「侵入と流布のタイミングが近すぎる……そう言うことですね?」 「なるほど。つまり君も同じ事を考えていた、と言うわけだ」 (…………) 差し出された男の手には、彼の身分証明書が握られていた。 「私はツォン。旧神羅カンパニー総務部調査課、通称タークスと呼ばれる部署に所属していた。故にこういった事も多少はこなせる」 シェルクはその身分証とツォンと名乗った男の顔を見比べ、納得したように頷いた。顔立ちはあまり変わっていないが、身分証に添付されている写真はどうやら昔の物らしい。なるほど、彼ならば神羅カンパニーが健在だった頃の情報にも通じているわけだ。 「そもそも我々がW.R.Oのメインデータバンクにアクセスを試みたのは、出資先――つまりW.R.Oの資金運用について不明瞭な点があったからだ。最初こそ半信半疑だったが……実際に侵入してデータを閲覧した事で、疑惑は確信へと変わった。だから君をここへ招いた」 彼らはW.R.Oへ出資をしている以上、少なくとも組織を潰す事が目的でないと語った男の話には信憑性がある。では……乗っ取ろうとしているのだとすれば? どちらにせよ、そんな思惑の片棒を担がされるのはご免だった。 「あなた方の目的は一体なんですか?」 不信感をあらわにしたシェルクの問いに、ツォンは静かにこう答えた。 「『システム星還論』というファイルの復元と解析――そして今起きている事態の全容把握と終結こそが、我々の目的だ。しかも厄介なことに、我々が考えている以上のスピードで事態は進展しているらしい」 ツォンが背後のモニタを指し示しながら語る言葉の意味を、シェルクは理解した。 「しかも、とても悪い方向に。……」 モニタから流れ続ける報道を見つめていた女性はシェルクに顔を向けると、男の言葉に付け加えるようにして言った。 それから女性は手元の端末と背後のモニタを交互に見つめながら、誰にというでもなく独り言のように、彼女は言葉の先を続けた。 「ネットワークに流布された情報、今回のマスメディア報道……見てるととても嫌な感じがするわ」 「嫌な?」 女性を見上げてシェルクが問うと、彼女は顔を向けると眉をひそめ苦笑を浮かべた。それからもう一度、モニタを見上げる。 「情報操作による民衆の扇動、あるいは洗脳……昔、同じような手法をとった人物がいたの」 「そしてその人物は軍事力という後ろ盾に加え民衆の支持を得て、巨万の富を揺るぎない物とした。その繁栄の象徴こそが、魔晄都市ミッドガル」 そう語る彼らの声や表情は、一様に沈んでいた。それは、彼らの口に上った人物に対する畏敬なのか、かつての繁栄を懐旧しているのかはシェルクの知るところではない。 ただ、彼らの語るその人物はシェルクも良く知る者だというのは分かった。 プレジデント神羅――魔晄文明の申し子として繁栄を享受するミッドガルと、その影とも言えるディープグラウンドの生みの親にして、絶対的な支配者として君臨した存在。神羅カンパニーの最高経営責任者だった人物だ。 そしてプレジデント神羅を唯一、別の名で呼称する者の声によって室内の様相は一変する。 「……親父の再来、か。それこそ悪夢だ」 ―ラストダンジョン:第10章3節<終>―
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