第10章2節 : 姿無き告発者 |
気付かれぬよう小さく溜め息を吐いた後、シェルクは横で作業を見守ってくれていた女性に顔を向けると短く礼を言った。彼女が何かを言おうと口を開きかけたちょうどその時、後ろにあった扉が開かれ席を外していた男が部屋に戻ってくるのが見えた。シェルクはもう一度ディスプレイに顔を向けると、画面上に流れる文字から目を離さず男に告げた。 「得られたデータから、本部内の構造はある程度まで把握できそうです。解析作業にあと30分程度、時間を頂ければ内部構造をほぼ完全にこちらで把握することが可能です」 「ご苦労様です。では、引き続き解析をお願いします」 返されたのはシェルクを労うと言うよりも、どこか事務的に聞こえる言葉だった、しかしシェルクは意に介した様子もなく本題を切り出した。 「ただ、別の問題があります」 「と言うと?」 「こちらへの侵入者の件です」 その言葉に、スーツを着たふたりは互いの顔を見合った。それから今度は、女性の方が問いかける。 「侵入者の正体は分かったの?」 「大凡の見当はつきますが……」 そう言ってシェルクは隣の端末を指さした。男はそれに従い、シェルクの横にあった端末画面に目をやった。 すると画面上には、今し方シェルクが得てきたW.R.O新本部施設内の構造図が表れた。何十にも引かれた線によって建物の輪郭が描かれ、それらが交わり形を成していく。一本一本はどうやら電気系統あるいはネットワーク回線を示しているらしい。建物内部には隙間無くそれらの回線が張り巡らせてある様子が分かる。その線がもっとも集中しているのは、建物の最下層に近い部分だった。 「どうやらこの施設のメインコンピューターは地下にあるようです。ですが、実際に侵入してきたのは施設内の別の場所からでした」 「端末の特定は?」 「できました。……が、たいした意味はないでしょう」 画面内の構造図は建物の最上階にズームするとある一点で止まり、そこで点滅を繰り返した。恐らくはここが、侵入に使われた端末のある場所だと言うことを示しているのだろう。それを裏付けるようにシェルクの説明は続く。 「侵入に使用した端末を特定できても、何の解決にもなりません。そのうえ既に、通信は向こうから切断されています」 通信そのものが切断されてしまった以上、W.R.O新本部施設内のネットワークは外部と完全に遮断され独立した状態にある。こうなると端末を使った通常の侵入方法は不可能だった。 しかし、ここで注目すべきは侵入者や侵入経路ではない。シェルクがそう付け加えると、男はすぐさま反応した。 「侵入されここから持ち去られた情報が何であるか、着目すべきはそこだと?」 シェルクは彼の言葉に頷く。そして、別の画面に切り替えた。 「ネットワーク上には既に、ここから盗み出されたと思われる情報が流れているようです。ログを辿ると、どうやらここへの侵入も、ネットワーク上への情報流出も、1ヶ月ほど前から始まっていたと考えられます」 1ヶ月前――ちょうど、シェルクがW.R.Oメインデータバンク内で『第二の侵入者』と遭遇した時期と一致する。やはり、侵入経路を逆に辿られてここから情報が抜き取られたと考えて間違いない――敢えて口には出さなかったが、恐らく背後に立つこの男ならば言葉の真意を見抜いているはずだ。シェルクの読み通りならば、彼こそが『第二の侵入者』だからだ。 シェルクの言葉に促されるようにして女性が端末の前へと腰を下ろし、ネットワーク上に流されたという情報を追いかけていく。最初のデータ流出から既に1ヶ月以上が経過しているだけあって、公開されている件数も相当数に上り、場所も広範囲に及んでいた。 ひとまず一番大きなものを追って行くと、やがてネットワーク上のある場所にたどり着いた。そこは特にアクセスが制限されているという事もなく、どちらかというと一般市民が気軽に利用できる場所で、主に各地の情報交換――主要都市を結ぶ定期便の運行状況、気象概況やモンスターの発生情報など――といった用途に使われている。 その中の1つに『各地の復興状況』という項目があった。そこに書かれていた記事を、女性は声に出して読み上げ始めた。 「――『W.R.Oの資金源は旧神羅カンパニーからの援助を受けたものであり、軍備、兵器開発における研究データも旧神羅カンパニーから引き継がれているようだ』、この記事が書き込まれたのはつい数十分前ですね。時間は数日前に遡りますが、別の場所には『W.R.Oの軍拡化に伴う弊害』なんて記事もありますよ……なんですか? これ」 さらに文章を読み進めていく毎に、女性の声には不快感とも苛立ちとも取れぬ奇妙な響きが混じってくる。内容はそのどれもがW.R.Oの運営方針を批判するものばかりで、彼らの活動実績については一切触れられていないのが特徴だった。 記事を読み上げる女性の声を聞きながら男は腕を組んでじっと何かを考えていたが、やがて顔を上げ納得したように頷いた。 「こちらへの侵入者とネットワークへ情報を流した人物は同一……君が言いたいのはそう言うことか?」 ネットワークに流されている情報の全てが真実ではなかったが、中には確かに内部でしか知り得ない情報も含まれていた。局長であるリーブの経歴は別として、W.R.Oへの“姿無き出資者”という存在、それが神羅に直結しているものだと断定した記述。憶測にしては良くできているし、何よりもタイミングが良すぎる。ここへ侵入して得た情報を元に記事が作成されていると考えて不自然はないだろう。 (……?) 男の推測はもっともで、シェルクも同じ意見だ。しかし、こうして考えてみると何かが引っかかる。 記事を読んでいた女性はディスプレイから目を離して振り返ると、背後に立つ男に向けて反論をぶつけた。 「ちょっと待って下さい! ここへの侵入がW.R.O本部からのもので、私達から盗み出した情報を流布している張本人もW.R.Oって……仮に内部告発だったとしても、おかしくないですか? これを見ている限りだと、W.R.Oを陥れようとしている者の悪意がある様にしか見えません」 それに内部告発ならば、なにも危険を冒してまで外部のネットワークへ侵入してまで情報を盗み出すなんて手間をかけなくてもいい。元々ばらまく情報は自分達の手元にあるのだから。女性はそう言った。 「あるいは陽動……我々にそう思わせるのが目的という事も考えられるが」 男の言葉に女性ははっとした表情で黙り込んでしまう。しかし、続く言葉の先は彼女の意見を否定するものではなかった。 「だが、どちらにしても確かに不自然だ」 そもそもW.R.Oは『星に害をなすあらゆるものと戦う』という信念の元に創設された非営利団体だ。メテオ災害とオメガ戦役で傷ついた各地を復興させるための活動は、どれも営利を度外視で行われて来た。さすが「都市開発部門」にいただけあって、復興事業に限って言えば儲けはないまでもW.R.Oの復興活動を維持するだけの採算は取れていた。 問題は治安維持に使われる軍事費だ。飛空艇師団、武器類の調達、治療用設備、各施設の維持管理――それらの活動資金を支えているのが、表向きにはリーブ自身の私財。しかしそれだけでは不足する分を、“姿無き出資者”からの援助でまかなわれていた事は、一部の者のみしか知らない事実だ。出資者の正体はW.R.O内部、局長のリーブですら実態を正確に掴めていたかと言えば、そうではないだろう。 なぜなら“姿無き出資者”からの支援は、多用で複雑な方法を用いて行われていたからだ。それは出資者本人の意図するところなのだが、むしろリーブはその事を口に出そうとはしなかった。ネットワーク上に見た記述に頼る事になるが、オメガ戦役前後から肥大する軍事費により、W.R.Oの懐事情は芳しくなかったとする説もある程だ。厄介なのは、内情を知る者からすればこの説はあながち的外れな当て推量と否定できない事である。 「あの、あんな事を言っておいてなんですけど……。私は、できれば内部告発なんて理由であって欲しくないんですよね」 独り言のように小さくぽつりと語った女性の言葉に、シェルクはほんの少し躊躇ってから頷いた。 「そう……ですね」 発足の経緯から考えても、W.R.Oの基盤となる各地の復興活動に自らの意志で参加する者達の間に諍いがあるとは考えづらかったが、組織が内部分裂を起こしているという可能性をゼロと言い切る根拠はない。けれど極端に低いと言える。 財政を圧迫する軍事費についても、オメガ戦役では犠牲も強いられたが一定の成果を上げている。活動予算について、どこに比重を置くかの議論はあるだろうが、それでも内部分裂を起こすほどの火種とするには、いまひとつ決定的な要素に欠ける。 こういう手段で内部告発を行えばW.R.Oそのものが瓦解する可能性が高まるだけだ。W.R.O構成員にとって、それは一番避けたい事態のはず――それらの点からシェルクは、この一件が外部の人間によって引き起こされた物だと推察した。その中には、彼女自身の「内部告発なんてあってほしくない」という希望に基づいた観測が含まれている事も承知の上での推論だった。 恐らく、シェルクの横にいた女性も同じ結論に至ったのだろう。 「W.R.O新本部施設内からの侵入という事実は変わらなかったとしても、このままW.R.O内部の者が今回の事態を引き起こしたと考えるのは、私にはどうしても……」 事実であるにしろ、そんなことを公表するメリットは少なくともW.R.O側にはないはずだ。彼女の言うように――ひとまず内部、外部を問わず――W.R.Oを快く思っていない何者かによる工作だと考えた方が理にかなっている。 ――W.R.Oを快く思っていない者で尚かつ、ごく限られた者しか知り得ない資金の情報を知る立場にあった者。 つまりそれが、この事件を引き起こした張本人だ。 ―ラストダンジョン:第10章2節<終>―
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