第9章3節 : 動機の選択





「……分かりませんね」ふたりが去ってしばらくすると、リーブは顔を上げて天井を見つめた。その先には恐らくもう1体の人形がいるであろう場所に視線を向けると、溜め息と共に吐き出した。「我々は所詮、同じ人形のはずなんですがね」
 その声に振り返り、バレットが尋ねた。
「そいつは、リーブ本人が言ってるのか?」
 彼の問いかけに、自らを人形だと語った目の前のリーブは無言で顔を向けた。そのまましばらく黙っていたが、やがて口を開くとバレットの質問には答えず逆に問い返す。
「あなたは、どうされるんですか?」
「……分からねぇ」
 質問から逃げるように視線を逸らして答えたとおり、バレットは自らの行く先を決めあぐねていた。
 一方的に呼びかけるだけで繋がらない携帯は、地下に向かったクラウド達の身に起きた異変を告げていた。
 空爆を知り、それを阻止するべく飛空艇に戻ると外へ向かったシド。
 リーブから聞いた言葉を確認しに行くと、再び上へ向かったユフィ。
 走り出した彼らの背中を見ていたバレットは、分からなくなった。確かに「日没までにリーブ本人を見つけて全員がここを出ればいい」とは言ったものの、具体的な方策があるという訳ではなかった。情けない話だが向かうべき場所もするべき事も分からないから、ここに立っているのだ。
「おや、バレットさんらしくないですね」
「俺らしくない?」
 ええと頷いてから、リーブは続ける。
「昔は、悩む前に行動していた様な印象がありますが」
「そうか? ……昔も今も、考えるのが苦手なのは変わっちゃいねぇよ」
 言いながら、それがくせなのか頭を掻くと苦笑気味にバレットは呟いた。
 その言葉を聞いて、いっそう深いため息を吐く。
「……もちろん、皮肉に決まってるじゃないですか」
 それからひどく落胆した様子で、リーブは言葉の先を続けた。
「星命学だか何だか知りませんけど、後先考えずに魔晄炉を破壊しようなんて安易な結論を出す様な人を、お世辞にも思慮深いとは言えません。……今は過去の反省を生かして、短絡的なモノの考え方をやめたという事については感心できますけどね」
 その言葉にバレットは目を見開いた――驚きと僅かな恐れ、なにより強い戸惑い――それらの感情が喉を塞ぎ、口からは掠れた声しか出てこない。
「……リーブ?」
「まだ根に持ってるのかと呆れて頂いて構いませんよ? 事実、根に持ってますからね」
 表情一つ変えずに淡々と返すリーブの姿が、恐ろしく無機質な物に見えた。


 反神羅テロ組織アバランチ。その最後のリーダーを務めた男こそがバレットである。
 6年前、壱番魔晄炉と五番魔晄炉を爆破し、罪のない多くの市民を死傷させたテロの首謀者。
 そんな彼が、リーブに糾弾されるのはこれが初めてではない。やはり6年前、飛空艇ハイウインドに乗り合わせていたケット・シーにその態度を叱責された。
 ミッドガルで過去に犯した罪も、あの時の言葉も、どれもバレットにとって強く心に刻まれた記憶。忘れられるわけがなかったし、忘れたいと望んだこともなかった。
 ジェノバ戦役の終結以降、魔晄エネルギーに代わる新資源の発掘作業に身を投じ、その活動によってW.R.Oと共に各地の復興に尽力してきたのは、それが自分に出来るせめてもの償いだと――バレットなりに考え、出した答えだった。言葉にこそ出さないがリーブはそれを理解していた。だからあれ以来、その件について触れることはなかったし、バレットの活動も支援してくれた。
 しかしこれこそが、あるいはリーブの“本心”だったのかも知れない。理解と感情は別物だ。
「バレットさん、申し訳ありませんが私は今でも――魔晄炉爆破を許す事はできません。考えたことがありますか? 長年にわたって築き上げてきた物を目の前で壊される側の心境を。
 ……6年前。あなたは故郷を神羅に滅ぼされた腹いせに、同じ苦しみをミッドガルの人々に与えたのです。
 あの事件で死んだ人間、傷ついた人間……一体その中の何人が、あなたの故郷を滅ぼした事件に関与していたと言うのです?
 仮にそうだったとしても、他人の故郷を奪う権利が誰にもある筈はない」
 リーブの口調こそいつもと変わらないが、言っていることは辛辣だ。バレットは黙って彼の話に耳を傾けていた。
 どれだけ責められても反論する事はできないと、そう思った。
 どれだけ時が経っても反論する事はしないと、そう決めた。
 リーブの立場や思いに対してだけではない、どう取り繕ったところで自分の罪が消えるわけではないのだ。バレットは充分すぎるほどそれを知っている。だからリーブの顔を見ることができなかった。それに、今さらどんな顔を向けろと言うのだ?
 しかし、リーブの言葉は思わぬ方向へと続く。
「……だからこそ、あなたは生き続けなければならない」
 それはとても穏やかな声だった。バレットははっとしてリーブに視線を戻す。
「私もあなたと同じです。自分で作った都市の破壊に……何もしない、という形で荷担した。
 『何も出来なかった』のではなく『しなかった』。それは明かな加害行為です。だから両方の苦しみを知っている。少なくとも私はそのつもりでいます」
 崩れゆく七番街プレート支柱。バレットはそこで沢山の仲間達と掛け替えのない物を失った。がれきの山を前に絶望し、それ以上に神羅カンパニーを憎んだ。それはバレットにとって生涯二度目となる惨劇だった。
「そして間接的であるにしろ、あなたにとって大切な物を奪ったのはこの私です。……そうでしょう?」
 バレットにとって最初の惨劇の舞台は小さな炭坑の街、コレルだった。神羅カンパニーによって建造されたコレル魔晄炉。そこで起きた事故の隠蔽のために、焼き払われたコレル村。そこはバレットの故郷でもある――他人の故郷を奪う権利が誰にもある筈はない――先ほどの言葉は、バレットに対するものではなかったのだ。
 魔晄都市ミッドガルの建造にもっとも深く携わったのは、他でもない神羅カンパニー都市開発部門の統括責任者であるリーブだった。魔晄がもたらす繁栄と影。その影はリーブが思っていた以上に深く、大地と人々を傷つけていた。リーブがそれを知ったのも6年前、彼らと旅路を共にする中での事だった。
「ですからあなたには、私を恨む権利がある。……魔晄炉の件は今でも許せませんが、その暴挙に至った心境を、私に否定する資格はありません。私が責めているのは、あなたのとった『魔晄炉爆破テロ』という手段についてです。
 ……あんなことをする必要性はまったく無かった。少し考えれば分かった事でしょうに」
 いっそのこと、魔晄炉破壊ではなく私自身を殺しに来れば良かったのだ――まるでそう言っているように聞こえた。
 魔晄炉爆破テロと、神羅による報復――もしも最初から、彼らの凶器が私自身に向けられていたとしたら――ミッドガルに住む多くの人々が犠牲にならずに済んだのかも知れない。魔晄炉がもたらした癒えない傷を、都市開発責任者だった自分の命で弁済できたのだとすれば、なぜ、そうしてくれなかった? その行為が間違いであるとしても、代償として支払う命の数は最小限で済んだはずだ。
 決して口に出されることのない言葉や思い、聞こえるはずのない声が、バレットの耳には確かに聞こえた。
「今さらですけどね」
 こうなるともはや誰が誰を責めているのか、分からなかった。過ぎたことを悔いたところで何も始まらない。しかしながら、時の経過と共に置き去りにされた思いは、やがて心に暗い影を落とすのだ。
 彼らは、それを知り過ぎていた。
「違う、俺は……」
 零すように言葉を発したバレットを無視して、リーブは続ける。
「つまり私も、あなたも。……お互いを恨む動機は充分ある、という事です」
 言い終えてからゆっくりと、右手を挙げる。握られた拳銃は、真っ直ぐにバレットへと向けられた。

「……バレットさん、これは私から最後の警告です。この建物から速やかに撤退しなさい。でなければ」

 引き金を引く事も辞さない。
 たとえ仲間であったとしても、そうする理由が互いにはあるのだとリーブは静かに告げた。
「もしもあなたが私の警告を無視してこの建物への進入を望むのであれば、私を退けることです。仮に、かつての仲間に銃を向ける事を躊躇っているのであれば、その必要はありません。
 ……もっとも、“私”を壊したところで“本体”にはさしたる影響もないでしょうが」
 最後の言葉が恐ろしく人間味のないもののように思えた。
 確かに目の前のリーブが人形だと言うのなら、人間味が無いのは当然かも知れない。しかし、語られる言葉の端々に見え隠れする矛盾や葛藤は、明らかに人間の持つそれだった。
「リーブ、教えてくれ。
 この人形を遠くからでも操れるって言ってたな? ならお前の言葉は……どこまでがお前自身の思いなんだ? 今まで俺に話した事は、お前自身の思いなのか? それとも」
 それとも、の後に続く言葉がバレットの口から出ることはなかった。
 バレット自身、抱いた思いを表現するのに相応しい言葉を探していたが、けっきょく見つからなかったのだ。
 無機物に命を吹き込み、意のままに操る――インスパイアと名付けられた異能力。
 それが星に害をなすと言ったのは他ならぬリーブ自身だと、リーブによって作られた人形は語った。その全てが、リーブの意思だとするのなら……。
 分からないなりにも必死で巡らす思考を遮るように、リーブは銃口を向けたまま静かに呼びかける。
「バレットさん」
 その声に促されてもう一度顔を向ければ、バレットを真っ直ぐに見据えるリーブと目があった。

「たとえば仮に、物に命が宿るとすれば。“物”と“命”を別つ物は何だと思いますか? “命”、つまりそれが“生きている”とする定義はどこにあると考えますか?」

 銃を持つ右手ではなく、声だけが僅かに震えていた。
 バレットは答えるべき言葉が見つからず、拳を握りしめる。
「……私には……分かりませんでした」






―ラストダンジョン:第9章3節<終>―
 
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