回想 : 都市開発の代償





 閉ざされた闇の中で、私はその音を聞いたような気がする。


 それは酷く耳障りな音だった。轟音に混じる悲鳴のような、あるいは都市そのものの断末魔のような。私はこの先も一生、鼓膜を通し脳裏にこびり付いたこの音を忘れることはできないだろう。
 ……現に、その音の中には人々の悲鳴や断末魔――彼ら自身も、平穏な日常も、命もろともすべて呑み込んでいたのだから、そう感じるのは自然なことなのだろう。

***

 あの日。まるで私を労うようにして提案された“休暇”は、プレジデントの発した言葉とは裏腹に強制的に与えられたものだった。社長室を出て乗り込んだエレベーターには、私を“休暇”へと誘うべく、スーツを着込んだ使者達が待ち受けていた。
 プレジデントは私の性格をよく把握しておられる。その意図するところはさておき、これから起きる出来事から私を遠ざけるための措置だと言うのは理解できた。表向きには休暇とされているものの、実態は軟禁だ。七番街プレート支柱破壊作戦が完了するまでの間、私はこの部屋から出ることを許されない。ありとあらゆる通信機器を取り上げられ、こうしてビル内の一室に押し込められている。
 「事が終われば、すぐさま開放される手筈になっている」。この部屋まで私を連れてきた人物は、短くそう告げると部屋の扉を外側から閉ざした。この後、恐らく彼は仲間と共に七番街プレート支柱へと向かったのだろう。確か実行部隊は彼らだとハイデッカーは言っていた。
 扉が閉まり光源を失った室内を一通り見回してみる。広さは4,5名規模の応接室程度で、テーブルと椅子が設置されている。格子こそないが窓はずいぶん高い位置にあり、雲の流れを伺える程度の幅しかない。簡素を通り越して何もない部屋だった。
 目が薄闇に慣れて来た頃、改めてドアを確認した。どうやってもロックを内側から解除することはできない。となるとこの部屋は、もともと「こういう用途」に使われるために用意されていたのだろうか? 案内に応じて降りた階は――治安維持部門に割り当てられたフロアだった。治安維持の者達は一体何のためにこんな部屋を?
 いくら考えたところで他部署の内情は分からない。ただ1つだけ言えるのは、われわれ都市開発部門が設計し、建造までを一貫して行ってきたこの神羅本社ビルの内部にさえ、当初の設計段階には無かった機能が加えられているという現実だ。
 溜め息と共に、開かないドアに背を凭せかけた。その瞬間、脳裏に蘇ったのは六番街で出会った奇妙な女性の言葉だった。

 ――「連れ去った人々をどこへ隠している? このミッドガルの、どこに」

 もし、彼女の言葉が真実だとすれば。
 ミッドガル内部には、都市開発部門ですら知り得ない空間がある。
(……この部屋のように?)

 ――「いきなり他人の日常に土足で踏み込んできて、その上家族をさらう。
     やってる事はテロリストと同じか、それ以下だ」

 表向きには休暇扱い。しかし実際はこうして軟禁されている――日常生活から忽然と姿を消したと言う人々の存在――それはまさに、今の私そのものだ。
(ここは……私が想像している以上に恐ろしい場所なのかも知れない)
 背中に汗が流れ落ちていく気味の悪い感覚、しかし今はそんな感覚にさえ縋り付いていたい気分だった。七番街プレート支柱破壊が実行に移されようとしている今、「恐ろしい場所なのかも知れない」などと言っている状況ではない、それも分かっている。なのに。
 全身から力が抜け立っていることも出来なくて、床に座り込んだ。
 そのまま俯くと、さらに目を閉じた。
(報告が正しければテロ組織の本拠地は七番街スラム。……どちらにせよ支柱破壊で七番区画には上下ともに被害を免れない……)
 ここへ連れてこられたとき、時計も取り上げられてしまった。作戦決行の予定時刻まで後どれぐらいあるだろうか。
 仮にそれを知ったところで、私に何が出来るという訳でもないのだが。
(……六番街に避難させている両親は、まず心配ないだろう)

 ――「また会おう」

(しかし彼女は……)
 そこまで考えてはっと顔を上げた。視界には薄闇の室内だけが映る。
 今、もしも鏡で自分の顔を見ることが出来たのなら、どんなに酷い顔をしていただろうと思う。額に手を当てれば、べったりと大粒の汗がへばりついた。
 幸い、顔と違って心は鏡があっても見る事はできない。そんな、誰にでも分かるありきたりな現実を、今ほど幸甚に思った事はない。
(恐らく、まともに見れたものじゃないでしょうね)
 誰よりも何よりも、自分自身に腹が立った。都市開発部門統括という役職にありながら、身内や自分の知り得る人物のことを真っ先に心配した――醜くさらに不甲斐ない自分自身の心に。
 守りたい、あるいは救いたい人々がいるというのに、私は何をしている?

 こうして拘束されていなければ……。
(違う)
 たとえ拘束されていなかったとしても、私には。
(なにもできなかった……)

 込み上げてくる様々な思いが、はけ口を求めて体中を駆けめぐる。それは食道をせり上がってくる嘔吐感にも似た感覚。いっそ胃の内容物もろとも吐き出してしまえたら楽なのにと思う。
 私は口元に手を強く押し当てて、それら全てを飲み込んだ。

***

 どれほどの時間そうしていただろうか。扉のロックが外側から解除される電子音を聞いた私は、のろのろと顔をあげた。廊下の照明すら今の私の目には眩しく感じられる。そんな中、さらに場違いとも思えるような真っ赤な色が目に飛び込んで来た。声を聞かなくても、それがスカーレットだという事はすぐに分かった。
「さあ、時間よリーブ」
 容赦も抑揚もなく彼女は告げた。こうして彼女がここへ来たと言うことは、作戦は既に完了したのだろう。
 それでも動けないでいた私を見下ろして、スカーレットは浴びせるように言葉を続けた。
「心配しなくてもあんたがここでぼんやりしてる間にね、ちゃんと作戦は完了したわ。無いとは思ったけど、あんたに妙な気でも起こされてせっかくの作戦を台無しにされたら堪らないからね。プレート破壊は私もビルから見ていたけど、そりゃあ壮観な眺めだったわよ! プレートが落っこちる瞬間なんか見ててゾクゾクしたわ! 建物も、人も、何もかもがぼろぼろ落っこちていくの! しかもプレート下じゃあ逃げ惑う人々が虫けらみたいに潰されてるのよ? 最高ね」
 薄笑いさえ浮かべながら、スカーレットは声高にしゃべり続けた。目を閉じ耳を塞いで私が背を向けた現実を目の当たりにした彼女は、それを娯楽映画か何かと同じように鑑賞し、その様子をさも楽しげに語って聞かせた。彼女の精神は、私にはとうてい理解できそうもない。
 しかし、そんな彼女の口調が不意に変わった。
「……リーブ、あんたにとっちゃこうして『拘束されていた』って立派な大義名分もできた訳だし、それで充分よね? だったら後始末ぐらいしっかりやってちょうだい」
 その言葉に顔を上げた時、私を見下ろすスカーレットと目が合った。
 彼女は心の底から侮蔑するような表情で、私を見下ろしていた。

 犯した過ちが取り返しのつかない物だと知るのは、いつでも後になってからなのだ。






―ラストダンジョン:回想2<終>―
 
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