第9章2節 : 進路の選択





 エレベーターを降りたユフィがバレットとシドを見つけ出すまでに、それほど時間は掛からなかった。
 視界のはるか前方に彼らの姿を見出すやいなや、通路の端からユフィはありったけの声でふたりの名前を呼んだ。一刻も早く、このことを他の仲間に知らせたいと言う思いが、彼女の声に表れている。
「バレット! シド! 大変なんだ、おっちゃんがっ!!」
 携帯電話を片手に振り返ったバレットと最初に目が合う。それから、その奥にいたシドが億劫そうに振り返った。
「……なんだずいぶん早ぇな、ユフィ。なんかあったのか?」
「シド! そんなのんびり構えてる場合じゃないよ緊急事態な……」
 彼らの方へ走り寄りながら、ユフィはシドの声に応じて言葉を返す。そのとき視界の端――シドのさらに奥――に人影を見出して、自然とそこへ意識が向いた。
 やがて人影の正体に気付くと、ユフィは思わず立ち止まる。
「……おおおおおおおおおおっちゃん?!」
 わざとらしいぐらい大袈裟な仕草で驚いてから、ユフィはさらに混乱した頭で言葉を続けようとした。
「待って! だって、だって今おっちゃんが……!! 私おっちゃんと会って」
「いいからちょっと落ち着けってユフィ。……コイツはリーブに見えるがリーブじゃ……いや、リーブなのか?」
 状況を整理しようと説明を試みたシドだったが、どうやら彼にも状況をうまく伝えられないようだった。バレットは耳に当てた携帯電話を離さず首を横に振るとこう言った。
「本人曰く、“人形”だと言ってやがる」
「に……人形……?」
 その言葉で幾分か落ち着きを取り戻したユフィは、彼らの近くまでやって来るとリーブを見上げた。
 目の前に立っているのはどう見てもリーブだった。しかしつい今し方、上の階で会ったのも間違いなくリーブだった。
 ユフィにしてみれば、何がどうなっているのか状況がさっぱり分からなくなってしまうのも無理はない。隔壁が作動した後、どうやってリーブはここへ来たのだろうか? 他にも稼動しているエレベーター、あるいは別の通路があるのだろうか?
「あまり見つめられると、穴が空いてしまいそうですよ」
 笑顔もなくそう言ったリーブに、ユフィはためらいがちに問う。
「おっちゃん……?」
「先ほど彼らにもお話ししたばかりですが、私は実戦用に配備された“人形”です。
 とは言え感覚が掴みづらいと思いますので、形を変えたケット・シーだと思って頂いて支障はありません。
 我々はリーブによって人形に命を吹き込まれた存在です。あなたも、先ほど上で会っているはずですよ?」
 まるで日常会話でもしているような、何気ない口調でリーブは返答する。
 一方のユフィは、一言一句聞き漏らすまいと直立不動で彼の話に耳を傾けていた。それでも、声を言葉として認識するまでには時間がかかったのだろう。妙な間を置いて、ようやく口を開く。
「えっ!? ま、まさか……」
 ――あそこにいたのは人形?――ユフィが目を丸くして、自らを「人形」だと言う目の前のリーブをじっと見つめていた。飽きもせず、それこそ穴が空くほど見つめ続けた。だけどどこからどう見たってリーブだ。しかし上の階で会ったリーブも、どこをどう見てもリーブだったはずだ。
 聞いた言葉から状況を整理し受け入れることだけで手一杯で、それを良くできた人形だなと感心する余裕はなかった。
「……でっ、でも! アタシおっちゃんに電話したんだよ! ホラ」
 そう言って携帯電話を掲げて見せた。それからリダイヤルボタンを押すと、直前にかけたリーブの端末番号へ呼び出しを試みた。すると間を開けずに聞き慣れた規則的なコール音が聞こえてきた。1回、2回……。
 その姿を見守っていたリーブは、ポケットから携帯電話を取り出しながらこう言った。
「やはり感覚は掴みづらいと思いますが……」
 これから手品を披露しようとする手品師のように、大きな動作で携帯電話を開くとリーブはそれを耳に当てた。途端に、ユフィの耳に聞こえていたコール音は途切れ、スピーカーからは紛れもなくリーブの声が聞こえてくる。
『リーブは我々を遠隔操作することも可能です。実際に着信を受けているのが……あなた方の言う“本体”であったとしても、こうして“私”は、あたかも着信を受けた様に振る舞えば、たとえ着信がこの端末でなかったとしても、そう簡単に見分けはつかないでしょう?』
 そもそもユフィが発信した番号で繋がる端末を持っているのが、リーブ本体ではない可能性も考えなければならない。
 その上さらに、リーブが遠隔操作で彼ら人形を操っていたとすれば、実際にその端末への着信履歴を確認してみなければ、「どのリーブと会話したのか」を特定する事はできない。
『ですからユフィさん、あなたの言う方法では“本体”を特定する材料にはなりませんよ』
 そう言って、やはり不自然に思えるほど大きな動作でリーブは携帯電話を耳から離して見せる。同時に通話は切断され、ユフィの耳にはノイズ音が流れ込んできた。
 そのままリーブは手にしていた携帯電話を――手品の種明かしとでもいった風にして――ユフィに向けて差し出した。
 電源は、切れている。
 言われてみれば目の前で携帯を取り上げた時、着信を示す変化はどこにも見られなかった。
 つまり今、リーブは語ったことを実演してみせたと言うわけだ。
「だ、騙してたって事……かよ?」
 怒りに自然と声が震える。だがリーブは、そんなユフィを目の前にしても特に動じる様子もなく佇んでいた。
 それから、ユフィの言葉を否定するように首を横に振ってからこう言った。

「先ほど上で会ったのがリーブ本人であるという確証もなければ、人形だと判断する根拠もありません。私はあくまでも、可能性を示しただけに過ぎないのです」

 果たしてユフィからの着信を受けたのは誰だったのか?
 そもそも、本体はどこにいるのか?
 そして――
 リーブが彼らをここへ呼んだ目的は何なのか?

 とにかく分からないことだらけだった。
 しかし今、目の前に立っているのがリーブ本体だろうが、そんなことはどうでも良かった。仮に上で会ったのがリーブ本体だろうと人形だろうと、ユフィにとってもっとも重要な、聞いておかなければならない問いはまだ他にある。重要なのはその答えだ。
「おっちゃん答えて! ……『この星に害をなす存在が、私自身』ってどういう意味!? どうして飛空艇師団がこの施設ごと破壊しなきゃならないの!? アタシ達は……っ」
 しかし、言葉の先はシドによって遮られた。
「……ちょっと待て! 今のはどういう意味だ!? 『飛空艇師団がこの建物を破壊する』だと!? そんな事ぁあり得ねぇ!!」
 言うまでもなく飛空艇師団の長はシドだった。しかし、空爆の件は今この場で初めて聞かされる。
 彼の言うとおり、師団長シドの命令無しに空爆を実施するなどという事は絶対にあり得ない。しかも、その標的がこの施設だとなれば尚更だ。シドが取り乱すのも当然だった。
 その様子を見かねたリーブがぽつりと語り出す。
「……まずユフィさん」
 その声に、三人の視線と意識は一瞬にしてリーブに集中する。
「『この星に害をなす存在と戦う』というのがW.R.O設立当初からの理念です。彼が言った『私自身』というのは、この能力そのものを意味しています。少なくともこの能力……インスパイアが、星にとって有害であると判断したために、今回の作戦が立てられ、あなた方がここへ呼ばれたのです」
 インスパイアと称された『能力』というのが、ケット・シーや、目の前の人形を遠隔操作する力を指している事は分かった。しかし何故それが、“この星に害をなす存在”なのだろうか?
 回答を得たユフィが次の問いを口に出す前に、リーブは視線をシドに向けると先を続けた。
「それからシドさん。飛空艇師団への空爆要請は先ほど……察するところユフィさんがそこに立ち会われた様ですが、通信を経由して完了しています。空爆開始時刻は今からおよそ1時間後、日没とほぼ同時に行われる予定です……ですから皆さん、速やかにここを離れてください」
 淡々と、恐ろしいことをリーブは語る。
 しかしその様子は、ユフィが先ほど上で会ったリーブと同じ事を言っている。脳裏に蘇るのは今し方、上の階で会ったリーブの声と、穏やかな表情。

 ――「私は、あなた方をこんな場所で死なせたくありません。」

「それでおっちゃんはここに残るってのかよ?!」
「オレ様の許可なしに勝手なことしやがって!!」
 ユフィとシドが同時に叫んだ。それでもリーブは表情一つ変えずに、それぞれの声に返答する。
「その為にあなた方をここへ呼んだのです。……あなた方の命を奪うことが、私の目的ではありません」
「その為……って」
「それから。作戦は各隊員の任意参加によるものとしています。あなたの意思を蔑ろにしているという事はありません。……しかしながら『星の危機には協力する』というのが、私からの出資条件でしたね?」
「お前……」
 まるでシドの足元を見ているような、どこか狡猾にも思える口ぶりがしゃくに障った。けれどシドには反論の術がない。リーブの言っていることは確かに事実だからだ。
 では、星の危機とはどういう意味なのか? 今まさに、建造中の本部施設内に星の危機があるというのか?
 リーブが言っていることを理解する為には、まだ何かが足りないと思った。



「よく……分からねぇけどよ」
 クラウドへの連絡を諦めたバレットは携帯をしまうとリーブに向き直る。
「まだ時間があるって事だよな? それまでにリーブ本人を見つけて、俺ら全員がここを出れば良い……そういう事だよな?」
 その言葉にシドとユフィがはっとして振り返る。バレットと目が合い、ユフィは思い出したように笑顔を作った。
「バレットの言うとおりだよ! 考えるより行動あるのみ、ってね!」
 そう言ってユフィは体を反転させる。
「どちらへ?」
 彼女の背中に向けてリーブは問う。すると振り返らずにこう答えた。
「……上にいるのが人形かどうか分かんない、って言ったのはアンタだろ? だからアタシは上に行くよ。それで、直接おっちゃんに聞いてみる」
「徒労の果てに再会したのが、人形である可能性を承知の上で?」
「そしたら……アタシの負け。だけどね」
 ユフィはもう一度リーブに向き直ると、少し言いづらそうに――それでも、顔を上げて堂々とこう言い放った。
「理屈は……分かんないけどさ、アタシは上にいたおっちゃんに聞いてみたい。どうしてアタシ達をここへ呼んだのか? その理由を」
 声も姿も、どちらも本物のリーブだった。けれど、ユフィはこの両者に違いを見たと言う。
 それからシドが頷いて語り出す。
「悪いがユフィ、オレ様は一度飛空艇へ戻るぜ。……そのかわり空爆はさせねぇ、絶対だ!」
「そんじゃそっちはよろしく!」
 ユフィが右手を挙げて返答する様子を背後に確認したシドは、槍を担ぎ入口に向かい走り出そうとした。しかし不意に、何かを思い出したように立ち止まって振り返るとリーブに言い放った。
「約束通り『星の危機には協力する』……だが、オレ様はオレ様が思う通りにさせてもらうぜ」
 それだけ言い残すと、今度こそふたりは別々の方向へと走り去ったのである。






―ラストダンジョン:第9章2節<終>―
 
[REBOOT] | [ラストダンジョン[SS-log]INDEX] | [BACK] | [NEXT]