回想 : スラムの脅迫者 |
ミッドガル六番街スラム。 様々な事情を背負った私でも、この街は何の疑いもなく受け入れてくれる。 私がここへ来るときも、煩わしい手続や護衛を付ける必要もない。なぜならこの街全体が他人に興味を示さず、それぞれが己の欲望の赴くままに動いているからだ。ここは、言ってみれば街そのものが巨大な迷宮だった。システムとして見れば醜いながらも、機能は完璧に近いと言って良い。 自分の設計した街の中で、皮肉にも設計外だったものが私を守ってくれる一番のセキュリティシステムとして稼働している現実を目の当たりにすると、妙な気分になった。 無論、それは不穏分子にとっても絶好の隠れ蓑だと言うことも理解した上での話だ。 どんな仕事にしても、最終的に結果を評価するのは自分自身ではない。 ただ私にできる事は、自分が良いと思った方法でこの都市を作り上げていくことのみ。それが結果を生み評価に繋がる。 少なくとも現時点で私は、自らの行動を間違っているとは思わない。 魔晄炉を軸とした理想都市、魔晄エネルギーこそが人々の豊かな生活を実現できる唯一の手段なのだと確信している。 決して陽の光が届かないプレート下にあって、それでもこの街は昼夜を問わず光に溢れていた。まるで雑草のように無秩序に立ち並ぶ建物の隙間を縫うようにして作られた道路は、どこも狭く入り組んでいた。そんな場所を沢山の人々に混じって歩く。肩が触れ合うほど間近ですれ違う通行人の誰一人とも、目が合うことはなかった。ここへ来る前、別に暑くはなかったが上着を脱いでネクタイを緩めたのは、少しでもこの街に溶け込めればと言う気遣いからだった。スラム街――それもこの六番街で、スーツをきっちり着込んだ人間が歩いている姿は不自然だと考えたからなのだが、この分だと取り越し苦労に終わりそうだ。 こうして目的地までの道のりを順調に進んでいた時、不意に背中に感じた異物感に足を止めた。正確に言えば「止めざるを得なかった」。振り返ろうとした私を、ひどく威圧的な声が制した。 「振り向かずにそのまま前進しろ。それと両手は常に私から見える位置に」 声を聞けば女性だと言うことはすぐに分かった。口調と、言っている内容からして自分が置かれている状況が穏やかではない事にも察しはつく。背中に凶器――拳銃でも突きつけられて、脅されている。スラムでは良くある恐喝の類だと思った。視界の及ぶ範囲を注意深く観察してみるが、どうやらこの事態に気付いているのは我々だけのようだ。となるとこれは、単独犯か。 しかし女性一人に恐喝されるとは――こんな事を言うと失礼かも知れないが、我ながら情けないと少々落ち込んでしまう。私はそんなに軟弱に見えるのだろうか? 「デートのお誘いにしては、少々強引ですね」 「……黙って指示に従え」 「おやおや、ずいぶん元気なお嬢さんだ」 それから私は彼女に指示されたとおり、六番街の狭い道をひたすら歩き続けた。あいにく重火器に関する専門知識の持ち合わせは少なかったが、おそらく背に当てられているのは女性にも扱いが容易な小型拳銃だろう。 どれほど歩き続けたのか、やがて街外れの路地裏にたどり着く。ここまで来るとさすがに中心部の繁華街と比べて極端に人通りも少なく、おまけに薄暗い。さらに前進を促され歩を進めたが、塗装も剥がれ数ヶ所にに大きく亀裂の入った壁面には、すでに自分の影が映っていた。もうこれ以上、進む道はない。 仕方なく立ち止まろうとした直前、背後にいた彼女が口を開いた。 「……リーブ・トゥエスティだな?」 「こんな人気のない路地に連れ込んでおいて、いきなり何かと思えば」 そんな風に返せば、銃口をさらに強く押し当てられて。 「質問に答えろ」 「『はい』……と言ったら、あなたはどうしますか?」 申し訳ないが女性一人ぐらい容易に振り切る自信はあった。しかし、私の正体を知っていると言うことは、単なる恐喝ではない。その点から考えても油断は即、命取りだ。 彼女の目的を聞き出すのと同時に、彼女が何者なのかをまず知る必要があった。だから質問には答えずわざと問い返した。 ……と、そこまでは良かったのだが。 「ミッドガルの設計図面を渡してもらおうか」 あまりにも突飛な要求に、思わず言葉を失った。 残念ながら神羅カンパニーに恨みを持つ者は多い。そのほとんどが、自身に起因する貧困を神羅のせいだと逆恨みするような性質で、そんな物いちいち取り合うまでもない。一応は私も、世界全体に影響を及ぼすような巨大企業に籍を置き、都市開発部門の統括責任者という肩書きを持つ身である。こういった手合いには一般市民よりは耐性があると自負している。 しかし手段もさることながら、なにより要求が妙だと思った。通常であれば彼らはもっと即物的な要求をしてくる。金銭、保有する機密情報など文字通り金目の物や換金しやすい物に目がいくはずだ。 それに設計図面なんて、ある程度の知識がなければ入手したところで読むことすらできない。言ってみれば何の価値もないのと同じだ。 「私がこんな事を言うのも何ですが、ミッドガルの設計図面になんて何ら金銭的価値はありませんよ」 背後からの返事はない。その様子から察するに、彼女の目的は金銭ではないようだ。 (……とすると、一体?) 「設計図面からミッドガルの構造を知ったところで、あなたに何のメリットがあるのです?」 素直に応じるとは思えなかったが、試しにそう尋ねてみた。すると素っ気ない声で答えが返ってくる。 「あんたには関係ないだろう」 次に私の脳裏に過ぎったのは、つい数日前に起きた悪夢のような惨劇だった。もしその予測が当たっているとすれば、最悪の事態だ。 「また魔晄炉爆破テロでも起こそうと言うんですか? 悪いことは言いません、そんなことはしない方が良い」 「勘違いするな。私はテロにも魔晄炉にも興味はない」 彼女はきっぱりと言い切った。ますます分からない。 ならばミッドガルの設計図面を要求する目的は何だ? それを探るためにも話を引き延ばそうと思った。 「大体、ミッドガルの設計図面なんて簡単に言いますけどね。そんなものをこの場で突然要求されたところで、一体どうやってお渡しするのです? あんな膨大なデータ……」 「ではお前達が誘拐した人々をどこへ隠した? その場所を教えろ。それで良い」 「……『誘拐』ですって?」 彼女の言うことはまったく支離滅裂だ。 「ああそうだ、誘拐だ。連れ去った人々をどこへ隠している? このミッドガルの、どこに」 「ちょっと待ってください」 「聞いているのは私の方だ」 彼女の言葉に、私は明らかに気分を害した。職業柄、様々な暴言や罵倒を耳にすることにも慣れてはいた。しかしこうも一方的に悪者呼ばわりされた挙げ句、恐喝まがいの詰問を受ける謂われはない。 「知りませんよ。大体なんですか、いきなりこんな……」 今度こそ振り向いて顔を確認しよう頭を動かした途端、後頭部に鈍い痛みが走った。 「それはこっちの台詞だな。いきなり他人の日常に土足で踏み込んできて、その上家族をさらう。やってる事はテロリストと同じか、それ以下だ」 耳のすぐ後ろで不気味な金属音がした。話の真相は別としても、拳銃を持った彼女は本気だ。 このとき私は、恐いという思いを上回る“何か”に従って言葉を発した。 「もしもあなたの言うことが事実であるなら、喜んで協力しましょう。……しかし、そんな事実ある筈がない」 それを聞いた彼女はしばし無言になったあと、後頭部に突きつけていた銃を離すとこう言った。 「……良いだろう。その根拠を見せてやる」 彼女の言葉に導かれるように振り返ろうとした、その瞬間。 「部長!」 遠くで声が聞こえた。聞き覚えのあるような声だったが、誰かまではすぐに思い出せなかった。 帰社予定時刻を大幅に過ぎていたせいで、心配した同僚の誰かが私を探しに来たのだろうととっさに考えた。 「また会おう」 その声を聞いて振り返ったとき、既に彼女の姿はなかった。 これが、私と彼女の最初の出会いだった。 ―ラストダンジョン:回想1<終>―
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