第9章1節 : 最後通告





 ユフィは全力で来た道を戻りもう一度エレベーターに飛び乗ると、迷わず1階のボタンを押した。すると音もなく扉が閉まり、ごく小さなモーターの稼働音と共にエレベーターが動き出す。
 壁に背を当てて大きく息を吐き出すと、収まらぬ胸の鼓動を聞きながらここへ来る直前までの会話を思い出していた。

***

「ユフィさん、聞いたとおりこの建物は間もなく飛空艇師団によって破壊されます。ここへは他の皆さんも来ていますね? でしたら急いで戻ってこのことを伝えてください。そして、一刻も早くこの建物から離れてください」
 耳に当てていた携帯電話をしまいながら、リーブは確かめるような口調でユフィに語る。
「ちょっと待ってよおっちゃん!?」
「待てません。事態は一刻を争います」
「そーじゃなくて!」勢いよく立ち上がると、それでも尚リーブの顔を見上げて反論を続ける。
「……納得いかないよ。どうしてここが破壊されるのさ?!」
「理由でしたら先ほど申し上げた通り、『W.R.Oは“星に害をなすあらゆるものと戦う”事を目的とした組織』だからです」
 それは分かっていますよね? と問われ、もちろんと言う代わりにユフィは首を大きく縦に動かした。今さら問われるまでもなく、3年前のオメガ戦役以前――設立当初から変わらないW.R.Oの理念だった。ユフィが未だに協力し続けている理由は他にもあるにしろ、少なからずリーブが言っている事を理解しているのは間違いない。
 だからと言って、どうしてここが破壊されなければならないのか? という問いに対する答えにはなっていない。そう思ってユフィがさらに反論しようと口を開いたその時、ようやくリーブの本意に思い至った。
「……え? そ、それじゃあ」
 かけられる声を置き去りにして、リーブはユフィに背を向けて歩き出す。部屋の奥に並んだモニタの前で立ち止まり、それらに視線を向けながら手元のパネルで操作を始めると、振り返らずにこう告げる。
「ユフィさん。やがてこのフロアの隔壁が作動します。そうなればこの部屋からエレベーターまでの通路には5枚の隔壁が降りる事になりますが、この隔壁は特殊な素材を使用して作られています。通常の攻撃で破ることはもちろんですが、仮にアルテマを使ったとしても一撃で穴を空ける事はできません。それほど強固な物です。……ですから、あなたも早くここを離れてください」
 それはとても穏やかな声でなされた、最後通告だった。
「待って!! じゃあ、おっちゃんは『W.R.Oが“星に害をなす敵”』だって言いたいの?!」
「……正確には少し違いますが、概ねその解釈で間違いありません」
「何でさ!?」
 ユフィが疑問を叫ぶのと同時に、やや高めの短い機械音が室内に響いた。どうやら操作が完了した事を知らせているようだった。それを確認したリーブは振り返ると、質問には答えずに改めて告げた。
「ユフィさん、あと3分でフロアの隔壁が作動します」
「おっちゃんっ!!」
 それからもう一度、ユフィに向けて歩き出す。やや早足で近づいて来たかと思うと、リーブはユフィの両肩にそっと手を置いた。
「私は、あなた方をこんな場所で死なせたくありません。
 ですから皆さんにこのことを知らせて、一刻も早く建物から避難して下さい。……頼みましたよ」
 言い終えた直後、肩に置いた手に力を込める。それからユフィの意思とは関係無しに肩を強く押して体を反転させると、部屋の入り口に向き直らせた。
「待てっ! おっちゃんは……!?」
 突然のことに驚きながらも、力に逆らって無理やりにでも振り返ろうとするユフィを制してから、リーブは彼女の耳元で小さくこう囁いた。
「“この星に害をなす存在”とはもちろん、W.R.Oではありません」
「じゃあ!」
 さらに声を張り上げたユフィの言葉を遮ったのは、とても小さく穏やかで、どこまでも落ち着いた声。

「……私自身なのです」

 そう告げた声はまるで全てを悟った者か、あるいは諦めた者であるかのようだった。果たしてリーブがどちらにあたるのかは分からない。後ろを振り向けなかったユフィには、こう語った彼の表情を見ることはできなかった。
「えっ?!」
 告げられた言葉の持つ意味と、発言者の意図を計りかねて半ば呆然としていたユフィは、背中を信じられない力で押され部屋の外へと追い出された。バランスを崩しながらも振り返った彼女の目に映ったのは、扉が閉まる寸前になにかを口にしたリーブの顔だった。その様子が、ユフィの目にははっきり映った。しかし何を言ったのかは聞き取れなかった。
「おっちゃん……?」
 直後、全てを拒むようにユフィの目の前で部屋の扉が勢いよく閉ざされる。
 遅かった。
 無駄とは分かっても扉を叩きながら、リーブの名を呼んだ。そんな必死の叫び声とは対照的に、フロア内には機械的な音声が流れた。
『隔壁作動まで、60秒』
 それを聞いて最後に一度、ありったけの力で扉を叩いた。それでもびくともしない扉を前に、「必ず戻って来るから!」と誓うように言い残して、ユフィはエレベーターへと通じる一本道を全速力で走り抜けたのである。

***

 こうして、間一髪で乗り込んだエレベーターだった。ユフィはエレベーターの扉が閉まるまで、ここから5枚の隔壁が次々に通路を塞いでいく様子を見届けた。
「この星に害をなす存在……それがリーブのおっちゃんだって、どういう事なのさ」
 混乱する頭で状況を整理しながら、最後に聞いた言葉の意味を必死で考えた。だけどいくら考えたところで答えは一向に見えてこない。
 手にした携帯電話を見つめると、ユフィは頷いた。
「いくら考えたって埒があかない!」
 まるで自分に言い聞かせるようにして呟いてから、リダイヤルボタンを押す。耳に当てれば先ほどと同じように、規則的なコール音が聞こえてきた。1回、2回、3回……。
「お願いだから出てよおっちゃん!」
 今し方つながったのだから、これで応答がなければ意図的に出ないという事になる。焦りのような苛立ちのような、そんな感情を抱え込みながらユフィはコール音が途切れるのをひたすら待った。じっとしているのは性に合わない、けれど待つしかなかった。
 辛抱強く携帯を握りしめていたユフィの耳に、別の音が聞こえた。
 エレベーターが目的階に到着して扉が開かれる。開かれた扉の先、エレベーターホールのさらに奥には巨大な噴水が見えた。 建物に入って最初に見たエントランスホールだ。
 行きとは違い、帰りはとても早く感じた。
「…………」
 エレベーターを降りるとユフィは立ち止まって考えた。相手が出る気配の全くない電話を切るべきか否か。しかし、ゆっくり悩んでいられるほど時間にもあまり余裕はなかった。
 じっとしているのは性に合わないし、じっとしていても始まらない。
 ユフィは電話を切ると、まだこのフロアにいるはずのバレットとシドに合流すべく走り出した。






―ラストダンジョン:第9章1節<終>―
 
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