第8章 : 孤城落日を告げる声 |
あれからどれぐらい経っただろうか。窓から見える雨雲は時間と共に色濃く厚みを増して、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。 デンゼルはなんとか会話のきっかけを作ろうと何度か言葉を発してみたのだが、マリンは心ここにあらずといった様子で気のない返事を寄越すばかりだった。腕には相変わらずケット・シーをしっかりと抱いている。 (どうしたんだろう? マリン) マリンがケット・シーの事を気にかけているのは見れば分かる。けれど、それを口に出す勇気がデンゼルには無かった。こう言うのを「胸騒ぎ」と言うのだろうか? とにかく触れてはいけない、そんな気がしたのだ。 ――そう言えば、ケット・シーが動かなくなってしまったのはいつ頃からだっただろう?――デンゼルはふと、そんなことを考えた。昔は毎日のように言葉を交わしていた様な気がするのに、だとしたらなぜ気付かなかったんだろう? もしかしたらマリンも、同じことを考えているのかも知れない。デンゼルは何となくそう思った。 薄暗い室内の静寂を破ったのはセブンスヘブンの扉が荒々しく開かれた音だった。マリンとデンゼルは同時に視線を階下に向けた後、互いの顔を見合った。 店の外には準備中の札を出しているのに、それを無視してまで入ってくるなんて――もしかしたら強盗の類なのだろうかと不吉な考えが頭を過ぎる。 しかし次の瞬間、そんなはずないと内心で自分を励ましながら、大きく首を振って嫌な考えを追い出そうとした。それから「ちょっと見てくる」と言って立ち上がるとデンゼルは部屋のすぐ目の前にあった階段を降りて店のカウンターへと出て行く。その途上、目についたモップを手にしたのは一応の用心だった。 「すみません、まだ……」 両手でモップを強く握りしめながら、言葉では平静を装いつつも恐る恐る入り口の方へ顔を向けたのと同時に、店に入ってきた大柄な男が声をあげた。 「よぉデンゼル! ティファは留守か?」 いきなり声を向けられて思わず肩を竦めたが、よくよく聞いてみれば自分の名を呼ばれていると気がつくと緊張は解け、途端に体中から力が抜ける。握っていたモップを思わず取り落としそうになって、慌てて柄の先端を掴んだ。それから顔を上げると、目に映った男の姿を落ち着いて見直した。 「おっ……おじさん!?」 その男はセブンスヘブンの常連客の一人で、デンゼルやマリンも見知った顔だった。ふだんはエッジの再建作業に携わっている彼は、とても気さくな人柄でここの皆からも慕われていた。 店を訪れたのが知り合いだと分かりホッと胸をなで下ろすと、ひとまず用済みになったモップを流し台の横に立てかける。それからデンゼルはカウンター越しに事情を話そうと口を開いた。 「すみません。ティファ今ちょっと出かけてて、店はまだ開けてないんです」 「なんだ、こんな時に買い出しか? ……ってまあ、仕方ないか。それじゃあデンゼル、ティファが帰ったらすぐに、これを渡してくれるか?」 なにやら興奮しているらしい男は早口で言うと、デンゼルの話もよく聞かず押しつけるようにして数十枚の紙片を手渡した。 事情が飲み込めずにいたデンゼルは、渡された紙片を手にとりあえず頷いてから、大柄な男を見上げてこう尋ねた。 「おじさん、そんなに慌てちゃってどうしたんですか?」 「『どうしたんですか?』……ってデンゼル、お前ニュース見てないのか?!」 「ニュース……?」 この日の朝以来、デンゼルはニュースを見ていなかった。 配達から戻ると連絡をして来たクラウドの帰りを待ちながら、ティファ達と3人で開店の準備をしている最中、誰かからの電話を受けた直後に慌てて「ちょっと留守番お願いね」とだけ言い残して店を飛び出して行ったティファの戻りを、マリンとふたりで待っていたところだった。 電話を受けたティファの慌てようから考えると、もしかしたらクラウドが事故にでも遭ったのかも知れない。だとしてもクラウドのことだ、そう簡単に大ケガはしないだろう。だからそれほど心配はしていなかった。デンゼルに分かったのは、少なくともティファが買い出しに出掛けたのではない事ぐらいで、行き先に心当たりはなかった。 マリンの口数がいつも以上に少ないことを除けば、少々慌ただしいが平穏な日常だった。朝食時にニュースを見たぐらいで、最近は取り立てて見たくなるほど気になる出来事も無かった。だから特に見ようとしなかっただけだ。そんなに驚かれるようなことでもないはずなのに。 「説明するよりテレビつけてみろ、大騒ぎだ! ……すまんが俺はこのまま現地へ飛ばなきゃならないんで時間がないんだ。だからそれ、ティファが戻ったら必ず渡してくれよ。頼んだぞ!」 男はそれだけ言い残すと、入って来たときと同じように騒がしい音を立てて出て行ってしまった。 「なんだよ、もう……」 ほとんど事情も説明しないまま、一方的に捲し立てて去って行った男に文句を言いながらも、デンゼルは階段を上がった。心配そうに顔を向けているマリンと目が合い、「いつものおじさん」と言って笑って見せた。 しかしマリンは気のない声で返事をすると、また黙り込んでしまう。 (……本当にどうしたんだろう、マリン) デンゼルの心中としては、今ニュースで流れている情勢よりも目の前のマリンの様子の方が気がかりだった。 とはいえ、直接訊いてもマリンは「なんでもない」と言うだけだし、だけどどう見たって「なんでもない」はずがないのは明かだった。それでどうして良いのか分からなくなって、また言葉を見失ってしまう。 デンゼルはテーブルの上にあったリモコンを手に取り、気を紛らわす目的でテレビの電源を入れた。 それにこうしていれば、室内が沈黙に戻ることもない。情けない話だがデンゼルにはこれ以上、あの空気に耐える自信はなかった。 スイッチを入れた途端、スピーカーからは先ほどの男と同じような興奮気味の声が流れ出してきた。 『……です。繰り返します、今からおよそ1時間後、W.R.O本部施設への空爆を行うことが正式に発表されました。声明はW.R.O局長リーブ=トゥエスティ氏による物であり、飛空艇師団によって……』 「えっ? ……ええ?!」 デンゼルは思わず手に持ったリモコンの音量ボタンを押していた。ディスプレイの向こうで喋り続けるレポーターの言葉を全て聞き取れなかったものの、「W.R.O」「空爆」「リーブ」の単語だけで彼の注意を引きつけるには充分すぎる要素だった。同時に、先ほど男から受け取った紙片への意識は薄れ、デンゼルの手から逃げるように滑り落ちていく。 「空爆、って……どういう事だよ!?」 ディスプレイにつかみかかるような勢いで問いかけると、まるでその問いに答えるようなタイミングでレポーターの声が聞こえてきた。 『声明によれば現在、建造中のW.R.O新本部施設内に異常が発生。……具体的な内容は明らかにされていませんが、事態の沈静化の最終手段として、飛空艇師団による空爆を決定したとの事です』 レポーターの声に重なるようにして、様々な声が飛び交う。それだけでも混乱の大きさが伝わってきた。 『不可解です。発表された“異常”の内容が不明瞭ですし、なぜ飛空艇師団が出てまで大規模な空爆まで行う必要があるのかが理解できません』 『……まさか新種のウィルスやモンスター?』 『憶測だけで議論を進めるのは危険です、もう少し冷静……』 『憶測? W.R.Oが報道規制を敷いているのは確実でしょう? 3年前の集団失踪事件だってそうだった、いつでも重要な事実は隠蔽されている』 『それは無用な混乱を避けるためであって……』 『大体にしてW.R.Oになぜそんな物騒なものが?』 『兵器開発を行っていたと言うことか?』 『確かにW.R.Oには治安維持を担う部隊も存在しますが、いくらなんでも本格的な兵器開発までしているとは思えない』 『治安維持部隊に兵器開発、まるで神羅だな』 『……、しかし。W.R.Oの局長は神羅カンパニーに所属していたと聞きます。彼らの研究データがW.R.Oに持ち込まれていても不思議じゃない』 『元神羅重役と言っても、都市開発部門じゃなかったでしたっけ?』 『しかし神羅カンパニーと言えば、情報操作はお手の物でしたね』 『資金源も旧神羅の収益からという噂もあります。兵器開発、魔晄の独占使用権で得た利益は莫大なものでしょう』 『だからそれが憶測だと言うのです』 『しかし憶測にしても、“旧神羅”なら充分実現可能だと思いませんか?』 『…………。』 それまで騒々しく飛び交っていた声が急に途切れた。画面の向こうで言葉を交わしていた人々も、部屋でそれを見ていたデンゼルも、固唾をのんで次の言葉を待っていた。 『……では、本当に……』 ディスプレイの前に立ったまま、食い入るように見つめて動かないデンゼルの後ろで、マリンが床に散らばった紙片の一枚を手に取った。 そこに書かれた文字を目で追うのと、デンゼルが見ているテレビから流れてくる音声が重なり、こう告げた。 これはジェノバ戦役の英雄、リーブ=トゥエスティの起こした不祥事であると。 ―ラストダンジョン:第8章<終>―
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