第7章2節 : 中央塔の遺産 |
「お前は」 エレベーターホール脇の壁に空いた穴の前で立ち尽くすリーブに向けて、ヴィンセントが問おうと口を開いた。だが、さすがにこの場所からでは遠すぎると思い直して、自分の耳にさえ聞こえないほど小さなため息を吐くと彼はフロアを蹴った。 跳躍で得た浮力と推進力を活かして射撃装置の銃弾をかわしながら、一方で装置そのものに向けて発砲し、あるいはその身をもって破壊して行く。まるで装置を破壊する毎に加速度を得ているような、信じられない速度でリーブの背中に迫った。 ヴィンセントの表情も声も、普段の落ち着きを取り戻しているように見える。しかし、彼の破壊行為は凄まじい勢いと恐ろしいまでの正確性でもって遂行され、銃口から放たれた弾も、動作にも一片の無駄はなかった。その中に彼の確かな怒りを垣間見た気がしたが、敢えてクラウドはその事には触れずにいようと思った。自分はサポートに徹するべく、もう一度フロアにひしめく射撃装置に大剣を向けると、その破壊に意識を集中させた。 鈍い音を立てて装置の残骸を踏みつけると、ヴィンセントは再びフロアに降り立った。一歩を踏み出すのと同時に、銃を持った右手をあげる。 「お前は、どういうつもりでこの状況を作り出した? 答えろ」 壁の穴を見つめ続けているリーブの後頭部に銃口を突きつけて、ヴィンセントは静かに、だが聞けば誰からもそれと分かる怒りを込めて問いただす。 「……さすがはカオスを身に宿しただけの……いえ、元タークスと言った方が正しいでしょうか? とにかく素晴らしい身のこなしです。作り物にはここまで柔軟な動作は実現できませんよ」 状況を正確に把握しながらも無防備に、まったく動じた様子も見せないでリーブは応じた。その上で、相手からの問いに対しては何一つもまともに答えない、その飄々とした態度は相変わらずリーブらしいと言えた。だからこそヴィンセントは言葉を連ねるでもなく、黙って銃口を向けるだけだった。 リーブにとって沈黙こそが一番の追及であることを、彼はよく知っている。 「……だって」 ややあってリーブが口にした言葉に、ヴィンセントは妙な違和感を覚え表情を曇らせた。 「『だって、私は人を殺すためだけに生まれてきたのだし 他には何も自由は無かった』……覚えていますか?」 逆に問われて思い出したのは3年前の出来事。ミッドガル中央塔で出会ったある女性が語った言葉だと気付くまでに少し時間を要したが、それと分かるとヴィンセントは明らかに表情をゆがめて問い直す。あの場にいたのは自分だけのはずだった。だからリーブがその事実を知る術はない。 「……それをどこで?」 「もちろん中央塔ですよ。残念ながら引き上げたデータの中にオリジナルは残っていませんでしたが、それでも、あなたとの会話と交戦時の記録ぐらいは拾えました」 プレート都市として設計されたミッドガルにおいて、中央塔はプレートの上層と下層を結ぶだけでなく、ID検知や対侵入者用の監視システムなどを制御する役割も担っていた。それらは6年前のメテオ飛来の衝撃にも耐えたのだろう。そう考えれば、彼が言うのも何ら不思議なことではない。 納得するのと同時に嫌な予感がした。そして、ヴィンセントが口に出すことの無かった予感が正しかったことを、リーブは冷淡に告げた。 「“私”はその記録を元に再構成されています。もっとも、拾えたのは地上で交戦した彼女のデータぐらいですがね。もし仮に他のツヴィエート達のデータ引き上げに成功したとしても、アスールやネロの変異能力まで組み込むなんて、いくらリーブにも不可能です。彼は科学者でもなければ超人でもない、ただの人間です。……無機物に命を宿す、その異能力を除いての話ですが」 「リーブ!」 思わずヴィンセントが声をあげる。それを遮って、リーブは淡々と語り続けた。 「ヴィンセントさん、あなたの問いに答える前に、まずこちらの質問に答えていただけますか?」 そう言って、ゆっくりと振り返る。ヴィンセントが決して引き金を引かないことを確信しているのだろう、リーブの動作には危機感のかけらも見あたらない。 こうしてヴィンセントと正対したリーブは、眼前に向けられた銃口を払い除けることもせずに、彼の目を真っ直ぐ見つめてこう問うのだった。 「……彼女も、私も。自分を“人間ではない”と認識している点については共通しています。 しかし彼女は自らのことをこう言いました。 『歪んだ人間によって作り出され、強さのみを求められる存在。だからその通りに生きる』と」 度重なる人体実験の末、ディープグラウンドソルジャー――中でもツヴィエート達は常人離れした能力を身につけた。好奇心という名の狂気に取り憑かれた科学者達が、人として決して失くしてはならないモノを差し出した結果、得られたのが彼らだった。 ロッソは――少なくとも彼女は、置かれた境遇を理解していた。強靱な肉体を持つ一方で、脆すぎる心と、現実を理解できる頭を同時に持ってしまった――元は人であるはずなのに、人であることを捨てなければ生きて行けないと知っていた。それこそが彼女にとって一番の悲劇だったのかも知れない。彼女の悲痛な叫びはヴィンセントに向けられ、戦いによってしか訴えることができなかったその思いを、ヴィンセントは差し向けられた刃と共に受け止めた。恐らくは彼にしかその役は果たせなかっただろうし、彼もまたそれを見事にやってのけたのだ。 目の前にいるリーブを見ていると、3年前に中央塔で戦った彼女とどこか重なって見える気がした。それは基礎データを元に作られていたから、なのだろうか。 しかし、ここにいるのは彼女の“コピー”ではない。それだけははっきりしている。 「では。……彼女と私の違いはどこにあるのでしょうか? 人体実験を施され『作り出された』存在である彼女は生きているのに、 人工物に生命を吹き込まれ『生み出された』存在である私は……」 ヴィンセントが引き金を引けない理由。それをリーブは見透かしたように語る。 ただ淡々と、まるで口に出す一言一言が相手に向けられる鋭い刃であるかのように。 しかし、その言葉が向けられているのはなにも対峙する相手だけではなかったのだ。 「彼女が羨ましいのです。強さを求められる存在として、それでも“生きる”事を望まれた。 しかし武力を持たないケット・シーなどは、死ぬことを前提に生み出された生命です。 それではなぜ、私は今ここにいるのでしょう? なぜ……」 ――生み出されてしまったのでしょう? まるでその一瞬、フロアにあった全ての機械と人間の動きが停止し、その声だけが響き渡ったような気がした。現実と錯覚の狭間に立たされたような、不思議な心地の中でリーブの言葉は続く。 「この世に生まれた以上……生き続けたいと思うのは生命の持つ本能、それは人間ではない私も同じなのです。 もちろん、ケット・シーにも言える事です。 ご理解いただけますか? 我々は……生きているのです。あなた方と同じように」 “インスパイア”――無機物に生命を吹き込み操る能力。 生命を狩り取るカオスや、生命の箱船オメガとはまるで異なる存在。 破壊を伴い、星と生命を終焉へと導く力ではないはずのそれは、果たして。 生み出された命と、生み出した能力者に何をもたらすのだろうか? 「それは……」 相手に向けた銃は意味を成さず、逆に答える事のできない問いを向けられて。 それでもヴィンセントは銃を下ろすことも、その場を退くこともできなかった。 そしてこの時、彼の携帯に必死で呼びかける者の存在に気づけないまま、時間はただ過ぎていくのだった。 ―ラストダンジョン:第7章2節<終>―
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