第7章1節 : 人形とティファ





「ティファ!」
 彼女の名は、悲痛な叫び声によって紡がれた。呼ばれたティファの耳は聞き慣れた声を確かに捉え、彼に自分の名を呼ばれたと言う事も理解している。けれど首を締め上げられている状態では、満足に返事をすることも出来ない。
「何してるティファ! 逃げろ!!」
 その言い草は、まるで彼女を責めているように聞こえた。事実、クラウドは反撃せずにされるがままでいた
ティファを責めている。エレベーターホールの隅に追い詰められた彼女を助けに行こうにも、際限なく沸いて
出てくる射撃装置に行く手を阻まれ、思うように身動きが取れなかった。この無数の射撃装置は自分たち3人を引き離すための罠だったと言う事に、今さらながらに気付いて唇を噛んだ。
 エレベーターホールとはほぼ対称の位置にいたヴィンセントはクラウド同様、無数の機械群を相手にしながらも様子を見かねて引き金を引いた。重々しく響き渡る銃声は1発、フロアにひしめき合う射撃装置の合間を縫ってティファの首を締め上げていた男の手元に命中する。
 力がゆるんだ隙にティファは男の拘束から逃れると、すぐさま男と距離を置くためにフロア中央に向かって飛び退いたが、着地に失敗して片膝をついた。そのまま体勢を立て直せずにがっくりと項垂れ、乱れた呼吸を整えようと肩を大きく上下させた。
 クラウドは剣を振りながら後方のティファに言い放つ。
「ティファ、躊躇うな! ……あれは人形だ」
「……わ、分かってる。だけど……!」
 呼吸を整えながら、ティファは呼吸以上に乱れた精神を落ち着かせようとした。だが、上手くいかない。追い打ちをかけるようにヴィンセントの声が飛ぶ。
「それはリーブによって造られた、リーブという人形だ。見た目に惑わされているとこちらが殺られるだけだ!」
 ふだんは冷静沈着なヴィンセントにしては、珍しく強い口調だった。恐らく、言っている本人にも心の動揺は少なからずあったのだろう。
 彼らに言われなくたって、そんなこと頭では分かってる。冷静さを欠いた様子で、呼吸が完全に整わないうちにティファは顔を上げて叫ぶように反論した。
「分かってる……でも、でも! ……できないよ」
 整わない呼吸のためか、どうしても語尾が掠れる。そんな自分の声がとても頼りなく聞こえた。
 同時に、顔を上げたティファの視界の中央に男の影が映った。彼は何も語らずに、無表情のままでティファを見下ろしていた。
 彼の身のこなしは、ティファ達にも引けを取らない程のスピードを備えていた。だが、ティファが抵抗を示せなかったのはその為だけではない。ティファが驚く表情を作る間も与えず、男の手は容赦なく彼女の首に伸びた。反射的に身を引こうとしたが、回避するにはあまりにも遅すぎる。
 こうしてティファは再び呼吸と、身動きを封じられる。
「い、くら……人形でも……」
 こんな状況下でもちろん余裕など無かった。にもかかわらずティファは反論の続きを口にしながら、ようやく差し出した両腕は、しかし残念ながら申し訳程度の抵抗にしかならなかった。再び首を絞められながらも、ティファは男の顔を見つめてさらに言葉を続けた。

「……彼、には。……命が、あるんで……しょう?」

 震える声も、目尻に浮かぶ涙も、その多くはティファが肉体に受けている苦痛への身体反応によるものだった。だがその中の一部には、彼女自身の動揺――間接的であれ、かつての仲間に自らの命が奪われようとしている現状への悲嘆や疑問――がもたらす影響もあった。
「それは……」
 文字通り、ティファの必死の問いかけを受けたヴィンセントは声を詰まらせた。定めていた照準がぶれ、発射した銃弾は見当違いな方向へと逸れていく。

 ――インスパイア。
    それは“無機物(もの)”に“生命”を吹き込む異能力。
    つまり、ここにいる“彼”には……。

 ヴィンセントにはそれを否定することが出来なかった。いや、むしろティファの言う通りなのかも知れない。
 だからといってこのままで良いはずはない。横殴りに叩きつける雨のように降り注ぐ銃弾を避けながら、もういちどエレベーターホール側に銃口を向ける。
 答えが出ないまま、それでも引き金を引かねば逆にティファが殺される。
 しかし迷う者が銃を手にしても、照準が定まるはずはなかった。


 ティファの首を絞める男は無表情のままだった。
「あな、た……は。……生……きて、……?」
 まるでティファの声を遮ろうとするように、男の手に力がこもった。ティファの首を絞めながら、その身体を持ち上げる。男の手と、自身の体重によって気道をふさがれ声が出なくなってしまう前に、すべて言い終えようとしたが、どうやら間に合いそうもない。
 ティファは力の入らない腕をなんとか持ち上げて、自分の首を絞めている男の手に添えた。
 そうして、彼女は精一杯微笑んだ。声が出せなくなってしまっても、目を逸らさずに伝えようとした。伝わると思った。想いを伝えられるのは言葉だけではないと、彼女は今でもそう信じている。

(あなたは……生きてる)

 彼女の頬を伝う涙は、身に受けた苦痛による生理現象ではない。
 紛れもなくそれは、感情によって流された涙だった。ただ今は、その感情の正体を探すことができない。
 もはや限界だった。男の手に添えていた自分の手が重力にさえ逆らえずにだらりと垂れ、目に見える景色は徐々に色を失い始めていた。苦しさよりも、体中が酷く重たかった。
 抵抗する力と術を失ったティファは、まるで人形のようだった。
「ティファーーー!!」
 クラウドの叫び声と、ヴィンセントの放った銃声がフロア内に同時に響き渡る。その声と音が、幾重にも反響していた。
 薄れ行く意識の中ティファはそれを聞きながら、目の前の男が「笑った」のを見た。

 ――あなたは、生きてる。

 次の瞬間、男はティファをエレベーター横の壁面に叩きつけた。ティファの目にはまるでスロー再生された映像のようにゆっくりと景色が流れていく。やがて、全身に走る激痛を最後にティファの視界から全ての色が失われ、意識は途切れた。
 壁を突き破りさらにその奥に広がった闇の中へ投げ出されたティファを救える者は、このフロアには誰もいなかった。





―ラストダンジョン:第7章1節<終>―
 
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