第6章 : 携帯電話





 ユフィが単身エレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押してからかなり時間が経っているような気がしたが、未だ目的階に到着する様子はなかった。
 それによく耳を澄ませばモーター音は聞こえてくるので、エレベーターが何らかのトラブルを起こして停止していると言うのでも無さそうだ。だから無理やりドアをこじ開けるわけにも行かず、フロア到着を待つ以外にやることが無かった。
 周囲を見回してみても建物の外観同様、簡素というか無機質というか、広々としたエレベーター内には特に変わったところはなく、それでも何か仕掛けがあるんじゃないか? と思い当たる箇所を探ってみたものの、けっきょく成果はゼロだった。
「退屈だなぁ〜。アタシも残っとけば良かったかな?」
 今さらになってそんなことを言いながら、手持ち無沙汰にしていたユフィは携帯電話に手を伸ばした。どうも、じっと待っているのは性に合わないらしい。
 待ち受け表示を確認すれば、通信圏内である事を示すアイコンが隅の方に見えた。1Fエントランスで見た時よりは通信状況が良くないようだが、繋がらないわけでは無さそうだ。
(そう言えば)
 考えてみればこの携帯電話から全てが始まった――ユフィはここ最近の慌ただしい動きを振り返る。

***

 事の発端はヴィンセントからの妙な着信だった。普段は電話なんて滅多にどころか全くしてこない人物からの着信に、ユフィは何事かと応答するが、次に出て来た言葉が。
「リーブはどうしている?」
 だった。
 てっきり重大な事件でも起きたのかと身構えて出たものだから、ユフィからすれば拍子抜けである。
 そんなの本人に直接聞けば良いじゃんと言って、逆にユフィはヴィンセントの近況を聞き返した。あの日――オメガ戦役終結――からW.R.Oにも顔を出さなくなってずいぶん経っていたこともあり、たまにはみんなで集まろうよ! と言った具合に、気軽に声をかけたつもりだった。
 それに、どうせ誘ってもすぐ話に乗ってくる様なタイプではないと知っていたし、案の定ヴィンセントは黙ったままで、電話を受けた側のユフィが一方的に話を続けることになった。
 自分は相変わらずW.R.Oとウータイを行き来しながら、世界各地を飛び回っていること。
 クラウドとティファはあれからエッジに戻って街の再建に取り組んでいること。マリンとデンゼルが、店にも遊びに来てよと言ってた事もついでに伝えておいた。
 バレットは新資源の発掘作業に精を出しているらしい。W.R.Oには時折、発掘の進捗状況の連絡が入ってくる。その話し声が相変わらずやかましい事。
 シドは飛空艇師団の再建と、復興作業中の各地への物資輸送に協力しながら今も空を飛んでいること。奥さんも元気で、「いつになったら家に来る?」とふたりから催促された事も付け加えた。
 ナナキはコスモキャニオンでのんびりしてるそうだ。
 シェルクはW.R.Oの施設を利用して1年近くのリハビリを経た後、行方不明の姉を捜すためにここを出て行った事。
 聞かれてもいないことを、けれど聞きたいと思っているに違いないだろうとユフィは賑やかに語って聞かせた。いつものように黙って、ヴィンセントは話に耳を傾けている。
 こうして一通り話し終えた後、ユフィの言葉が唐突に止む。
 ――「リーブはどうしている?」
 ようやく、ヴィンセントが電話をかけてきた用件に自分が答えられないことを知った。
「そう言えば……おっちゃん何やってるんだろうね?!」
 ヴィンセントの返答を聞くこともせずに――と言うよりも、そもそも質問したのはヴィンセントだったはずなのだが――ユフィは「またかける!」と言って慌ただしく電話を切った。
 ちなみにユフィが直後にかけた相手が、シドだった。
 物資輸送などに関して、ふたりが以前からやり取りをしているのを知っていた。だからシドに聞けばリーブの近況を教えてくれるのかも知れない。ユフィはそう考えたのだ。
 しかし事情は違っていた。
 こうして「たまにはみんなで集まろうよ」と気軽に話していた事が、意図せず実現してしまった。仲間の中で唯一、ケット・シー――リーブが不在のまま、彼らは今ここに集っている。

***

「……?」
 そこまで考えてふと、ユフィはある疑問に思い至って携帯電話の画面をもう一度見つめた。それからボタンを操作しアドレス帳を呼び出すと、待ち受け画面から切り替わった一覧の中から、リーブの名前を選び出す。
「そう言えば、おっちゃんに直接電話かけてなかったな……」
 アタシってばなんて冴えてるんだろう! そんな風に言いながら通話ボタンを押した。呼び出し音が聞こえてきた。1回、2回、3回……。
「あははは〜。出るワケない、よねえ?」
 それでも未練がましく携帯を離せずにいたユフィの耳に、別の音が聞こえた。
 エレベーターが目的階に到着し、扉が開かれる。開かれた扉の先には、真っ直ぐに伸びる通路が見えた。
「おろ〜一本道だ」
 電話を切るか否か迷った末、一度耳から携帯を離すとエレベーターから出て周囲を見渡した。ユフィの背後でエレベーターの扉が静かに閉まる以外には何の気配も感じなかったので、聞こえてくるのは相変わらずコール音ばかりだったが懲りずに携帯を耳に当てながら道を進んだ。
 部屋らしいものは見あたらず、通路には照明すらついていない。ただ真っ直ぐに伸びた通路の先は仄明るかったのでそれを目指して歩を進めた。屋上があるのならそこへ通じているのだろうかとも考えたが、とにかく行って確かめてみるのが一番だ。
 やがて、通路の先にある部屋にたどり着いた。開けっ放しにされたドアの先には照明と、たくさんのモニタに囲まれた部屋の様子が見えた。通路に漏れていた光の正体が室内の設備だと分かる。
 周囲を警戒しながらユフィが室内に足を踏み入れると、部屋の奥の方から声が聞こえてきた。反射的にユフィは扉の横に身を隠し、声のする方向に注意を向けた。


「我々W.R.Oは、“星に害をなすあらゆるものと戦う”ための組織である。私はこの組織の設立者として、この理念に従い通信を経由して飛空艇師団に次の通り正式要請をするものとします。
 建造中のW.R.O本部施設の破壊と、現局長の抹殺……。
 尚、作戦の実行は今から1時間後。作戦への参加は各隊員の自由意思を尊重するものとします。
 以上、通信を終了します」


 ユフィは我が耳を疑った。だけどどう考えたって聞き間違うはずがない、この声は――。
 それから、耳に当てていた携帯電話から聞こえてくるコール音が途切れ、ようやく相手と繋がった。

『ユフィさん、話は聞いていましたね? 早く建物から避難してください』

 こうしてユフィはもう片方の耳を疑う事になる。
 それから、かつんと硬質な音がしたかと思えば。
「わっ!?」
 突然、視界が陰ったので顔を上げようとすると青い衣が目に飛び込んできた。驚いた拍子にバランスを崩し、尻餅をつきながら見上げてみれば、携帯電話を片手にリーブが立っていた。笑顔を浮かべるでもなく、ユフィを見下ろしながら、もう一度言った。

「ユフィさん、聞いたとおりです。この建物は間もなく破壊されます。早く建物から離れてください」





―ラストダンジョン:第6章<終>―
 
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