第5章1節 : バックドア





「……おかしいですね」
 ここまでの作業は拍子抜けするほど順調だった。後から冷静になって考えてみれば、順調すぎるという事態にこそ疑いを持つべきだったのだ。ここへ来てその可能性に思い至ったシェルクが、ディスプレイの前で僅かに表情を変える。
「どうしました?」
 その変化を見逃さず、男は尋ねる。問いかけに応じて画面から顔を上げるとシェルクはこう答えた。
「あなたは以前、このネットワークに数回侵入した事がある……そう話しましたね?」
「ええ。……まさか、こちらの侵入が発覚していたと?」
「……いえ、そうではありません」
 今回、これまで彼が侵入に利用したバックドアから同じようにシェルクは侵入した。それは意識の低い管理者の招いた致命的欠陥だと考えていた。しかし、どうしても引っかかる。
「どうも不可解です、まるで……」
「まるで?」
 男の声に先を促され、口に出した言葉が最も現実的である事にシェルクは気付く。

「あらかじめ、ここへ侵入されることを見越して作られている……そんな気がします」

 もっと正確に言うならば、私達が今まで裏口だと思っていた場所が、実は正面玄関だった。状況から考えると、その方が適切なのかも知れない。シェルクは静かに、だがどこか他人事のように語った。
「……あなたの言っていることが仮に事実だとするならば、W.R.Oが我々の侵入を許す事に一体何のメリットが?」
「それは分かりません……。……?」
 そう呟いたシェルクの指が止まる。そして、元々血色の良くない顔から一瞬にして血の気が引いていった。
「どうしました?」
 男の問いを受けてもしばらくは返答できずにいた。それから突然、シェルクは我に返ったように顔を上げた。瞬時に両手がキーボードの上を走り出すと、たちまち画面上には様々なデータが呼び出され、画面内では数種類のプログラムが走り出した。男は固唾をのんでその光景を見守っていた。
 やがて耳障りな甲高い警告音が鳴り響くのとほぼ同時に、シェルクが振り返ってこう告げた。

「どうやら、本当に“侵入”されているのはこちらのようです」

 思っていた以上に厄介な相手だと唇を噛む一方で、シェルクは考えた。
 自分がここへ呼び出された本当の理由と、ここへ来た目的について。足下に置いた荷物をちらりと見た後、こう切り出した。
「こちらの目的であるデータそのものはほぼコピーが完了できそうです。解析と並行して侵入者の特定のためにここへ潜ります……よろしいですか?」
 シェルクの言う“潜る”の持つ意味を理解したうえで男は頷いた。それを確認するとシェルクは席を立つ。
「では席を外していただけますか。人前で肌を晒して喜ぶ趣味は持ち合わせていませんので」
 シェルクが念のためにと持参してきた荷を解かなければならない時が、どうやら訪れてしまったようである。男はその言葉の意味を察して扉の方を向くと、見計らったようなタイミングでドアが開く。姿を現したのは、男と同じような黒いスーツに身を包んだ凛々しい女性だった。状況を補足するように男は背を向けたままこう告げた。
「念のため、監視は付けさせてもらう」
「構いません」
 それから男と入れ違いにして女性が部屋に入った。肩まで届かない長さの、やや色の薄い金色の美しい髪を持った女性だが、表情は凛として隙がないのは先ほどの男と似ている。彼女の背でドアが閉まるのを確認してから、女性はこう告げる。
「安心して、この部屋のモニタは切ってあるわ」
 ただ先ほどの男と違うのは、彼女には冷たさを感じないという点かも知れない。それは同性という意味でのものなのか、彼女の持つ個性がそうさせるのかは分からなかったが、とにかくシェルクは足下にあった荷物を解き始めた。





―ラストダンジョン:第5章1節<終>―
 
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