第3章4節 : もうひとつの再会





 地下に降りた仲間達が衝撃の再会を果たしたのと同じ頃、1階エントランスに残ったバレットとシドはエレベーター以外でフロアを移動する手段を探しながら、1階部分の探索を開始していた。
 エントランス中央にある噴水を中心にして放射状に広がる通路を進みながら、目についた扉を片っ端から開けていく。自動で開閉するものは問題ないのだが、そうでない扉は非常用手段――つまり手動――でこじ開けなければならず、これが結構な重労働を強いられる。ふたりとも体力にはそれなりに自信があったが、さすがに数が多すぎる。
「あークソ! それにしても一体いくつ部屋があるんだぁ?!」
「オレ様に聞くんじゃねぇよ!」
 背負った槍が無用の長物と化しているシドが苛立ちをそのまま声に出すものだから、バレットも思わず反論する。
「聞いてねぇよ!」
「じゃあ黙ってドア開けろドア!」
 背後のバレットに向けて怒鳴ったシドが、いくつ目か数える気も失せてから更に数十枚目のドアをこじ開けた。中は真っ暗で、何もない。美しい景観のエントランスや通路とは対照的に、闇に沈む室内は塗装もされずにむき出しになった壁材がうっすらと見えた。ここと同じような部屋が他にも数え切れないほど――はなっから数えるのが面倒なので数えていない為だったが、とにかく沢山――あった。
「まったく、いちいちドア開ける方の身にもなってみろってんだ」
 愚痴を吐き捨てると顔を上げ、次に視界に入った扉の前へと移動する。が、扉はびくともしない。どうやらここも手動で開けなければならないようだ。
 手動開閉装置は扉の横についていて、レバーを回転させることで扉を開閉する事ができる。シドはムキになってこれを回しながら、中が覗ける程度の隙間を確保すると開閉装置から手を離し、室内を覗き込んだ。しかしここも真っ暗で中には何も見あたらない。
「にしても、一体何に使うためにこんだけ部屋作ったんだ?」
 真っ暗なフロアにシドの声が反響する。自分たち以外には誰もいないはずの施設だから、もちろん返答を期待しての問いかけではない。意味がない独り言とは分かっていても、小言の一つも言いたくなる。
「いっくら軍事施設だっつったってよ、やり過ぎじゃねぇか?」
「内部を分かりやすい構造にした場合、実際の侵入が容易になってしまいますからね」
「まぁ、確かにそうなんだけどよ。ジェノバやセフィロス、ディープ……なんだ?」
「ディープグラウンド」
「それだそれ。……もうあいつらもいねぇ訳だしよ、なにもここまで厳重にしなくても良いと思、」
 そこで初めてシドは異変に気付いた。自分のこぼした愚痴に対して逐一、それも的確な返答をされるものだから、自然に会話が成立していたせいで危うく聞き流すところだった。
 もう一度考え直す。ここには自分たち以外、誰もいないはずだった。
「備えあれば憂いなし。先人達は良い言葉を残していますね」
 シドが異変と気付くまでに時間がかかったのは、確かにシド自身の油断という理由もあるだろう。しかしながら、会話を交わして不自然と感じる相手ではなかった、という要素が一番大きい。
 ちょうど顔と同じぐらいの幅が開いた扉の奥に、その声の主は立っていた。背後の闇に溶け込むような黒髪に口髭、闇に浮かび上がる青い衣はW.R.O局長が身につけている服で。シドがその姿を見紛うはずはなかった。

「……って……リーブ?!」

 その声に勢いよく振り返ったバレットが慌ただしく駆け寄ってくる。
 バレットはシドの視線の先に見知った人物の姿を見つけると、安堵する一方で強い疲労感に襲われた。
 これだけ巨大な建物の、よりにもよって入り口のある1階のこんな場所にいなくても良いだろう――と、なにやら説得力に欠ける様な事を口にしながら、それでもバレットはリーブとの再会を素直に喜んだのである。
 通路と室内を隔てていた扉は、ひとりでにゆっくりと開き始める。それに従って闇に包まれた室内には徐々に光が差し込み、リーブの姿が浮かび上がってくる。
「……何してんだよ心配させやがって」
 リーブが“本部施設に閉じ込められた”と聞いて、なんだかんだ言いながらも彼の身を案じ、真っ先に仲間達を招集しようと飛空艇を飛ばしたシドが思わず本音を漏らす。
 その言葉に、目の前に立っていたリーブは生真面目にこう返した。
「心配して頂けたとは、光栄です」
「ふざっっけんなこの野郎!!!」
 生真面目を通り越してどこか他人事のような返答を聞いたシドは、本気――手はもちろんグー――で殴りかかろうとした。その直後、彼の左肩に手を置いて暴挙を止めたのはバレットだった。
「まあまあ落ち着けよシド」
「おう、オレ様はさっきから充〜分、落ち着いてるぜ? 落ち着いて考えて『一発殴らせろ』って結論が出たんだ。だからよバレット、その手どけてくれねぇか?」
 そう言って口元をつり上げて笑うシドの、どこを見れば落ち着いていると言えるんだ? とバレットは指摘したかったが、今日二度目になる身の危険を感じて口にしかけた言葉を飲み込んだ。
 シドの肩に置いた手は退けないまま、正面に向き直ったバレットは改めて問う。
「それでリーブ、お前こんな所で何やってるんだ?」
 言い終わるのと同時にがたんと重たい金属音を立てて、扉が完全に開いた。誰もいないせいかフロアには長く残響がこだましている。その音が止む前にリーブが口を開いた。
「……見ての通り、W.R.O<世界再生機構>の局長をやってます」
 笑顔を浮かべることもなく、やはり生真面目と言うか事務的にリーブは答える。それを聞いたバレットの耳の奥で、何かがぷちっと音を立てた様な気がしたが、たぶん気のせいだろうと首を振った。
 気を取り直して、ここへ至るまでの経緯を簡潔に告げた。
「俺達はよ、お前さんがこの施設に閉じ込められたって聞いたんで飛んできたんだぜ?」
 バレットの言うとおり、というより文字通りに彼らは飛空艇に乗って飛んで来たのだ。
 それを聞いたリーブは表情を変えずに問い返した。
「リーブがこの施設に閉じ込められている……と?」
「少なくとも俺はそう聞いてここへ来た。だけどよ」
 しかし、これはどう見ても“閉じ込められている”という状況とは違う。入り口はすぐそこだし、出ようと思えばいつだって出られるじゃないか。
「“閉じ込められた”、んじゃなくて“閉じこもってる”の間違いかよ? なんだよ本当に人騒がせだな」
 バレットは呆れて大きくため息を吐くと、リーブに背を向けた。それから早速ポケットから携帯を取り出すと、発信履歴の一番先頭にあった番号を呼び出した。わざわざ手分けして探すまでもなく、こうして再会できた事を他の仲間達に知らせる為だ。
 しかしバレットの背後ではリーブがまだ話を続けている。
「あなた方は、『リーブ』をここから連れ出そうと言うのですか?」
 リーブ自身になぜそんなことを聞かれているのか、シドにはさっぱり状況が飲み込めなかった。悪ふざけにも程があると、そう口にしようとした。しかし次の言葉を聞いた時、シドは今度こそ訳が分からなくなった。
「我々は『リーブ』がここから連れ出されることを望んでいません。……どうぞお引き取り下さい」
 実のところ、さっきから聞いていて気にはなっていた。彼の話しぶりはまるで他人事だったからだ。いま目の前に立っているのが、リーブ以外の人間であるならその話し方にも納得できるが。
 ……いや、まさか。
「お前は……誰だ?」
 まったく確証は無かった。それでも問うシドの口調や表情には明かな不安の色が浮かぶ。
 シドの背後で携帯を片手にバレットは振り返る。耳に当てたスピーカーからはコール音だけが聞こえてきた。機械的に繰り返されるその音に乗せて、抑揚のないリーブの言葉が聞こえてきた。

「私は、実戦用に配備された“人形”です。……あなた方の言う『リーブ』とは、我々を作った人物です。
 我々は、彼の能力によって生命を吹き込まれた存在。つまりケット・シーと同じように、作り物です」

 鳴り続けるコール音がやけに大きく聞こえたのは、その言葉を現実として捉えたくないと言うバレットの願望がそうさせたのかも知れない。
 未だに繋がらない電話の持ち主が、この施設内の別の場所で同じ事を訊いていたとは知る由もなく、ふたりは目の前に立つリーブにこう尋ねた。
「お前の言う『リーブ』……“本体”はどこにいる?」

 目の前に立つリーブは首を横に振るだけで、何も答えようとはしなかった。



―ラストダンジョン:第3章4節<終>―
 
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