第3章3節 : 再会と訣別





 エレベーターホールを取り囲んで無数の――数えようという気にもなれないような――銃口を向けているのは、本来ならば訓練に使用されるはずの射撃装置だった。
 身構えることも忘れ、ティファは呆気にとられたままエレベーターの奥からその光景を見つめていた。
 操作パネルの横に立ち銃を取り出したヴィンセントは、銃口をエレベーターの外には向けなかった。
 大剣に手を添えていたクラウドも、そのまま剣先を向けることはしなかった。
 エレベーターを包囲した無数の射撃装置も、起動する様子が全くない。
 とはいえ、これだけの数の銃口を向けられて良い気分はしないし、いつ銃撃が始まるかは分からない。仮にそうなれば退路を限定されている彼らにとって不利な状況なのは明らかだった。当然だが一刻も早くこの場から離れたいと考えたヴィンセントは、左手を操作盤へと伸ばす。
「…………」
 視線は前方へ向けながら、無言のまま左手で操作盤の開閉ボタンに触れた。しかし開いたままだったエレベーターの扉は操作を受け付ず、いっこうに閉まる気配を見せない。
 現状、彼らにとって唯一の退路が断たれた事になる。
 重苦しいほどの膠着状態が、どれほど続いた頃だったか。まるで空気さえも流れを止めてしまったような空間が、僅かだが動いた事をエレベーター内にいた3人は感じた。ティファは反射的に身構え、クラウドが彼女を庇うように一歩進み出る。
 ヴィンセントは静かに銃口を差し向けたのは、目の前に並んだ射撃装置のはるか後方、闇に沈むフロアだった。
 やがて、3人の耳に聞こえたのは小さく硬質な音。
 次第に大きくなってくるその音が、こちらへ向けて歩みを進める靴音だと知るのに時間は掛からなかった。
 それからクラウドは一瞬、奇妙な表情を浮かべてから構えを解いた。
「……これはどういう事か」
 ほとんど同時に、ヴィンセントも向けていた銃を下ろして静かに問う。ティファはふたりの視線を追うようにして、闇に目をこらした。徐々に浮かび上がってくる人物の輪郭と重なるようにして、ヴィンセントが呼びかける。

「納得のいく説明をしてもらうぞ、リーブ」

 その声で、靴音が止む。
 無数の射撃装置に囲まれた中で顔を上げたリーブに、笑顔は無かった。
 W.R.Oの局長として人前に出る時と変わらない姿で、彼は3人の前に現れた。



 …………。



 もともと口数の多い方ではない3人に対し、リーブも黙ってしまっては会話が進まない。射撃装置に包囲されながらの膠着状態はさらに続き、息苦しささえ感じるほどの時間が過ぎた。
 業を煮やしてエレベーターから出ようとしたクラウドをヴィンセントが無言で制したところで、ようやくリーブが口を開いた。
「……皆様にご足労頂いておいて大変恐縮なのですが、今回の件をご説明しても納得して頂けないものと思いますので」
 相変わらず丁寧というか、どこか事務的な口調で笑顔もなく語ったリーブの姿に、ティファは妙な感覚を抱いた。顔を合わせた回数こそ少ないが、ティファの知っているリーブとはどこかが違う気がした。もう少し言えば、目の前のリーブには何かが欠けている。「何か」が何を示すのかと問われると明確な答えは出せないものの、違和感があるのは間違いない。ティファがその答えを探すために考えを巡らせている間にも、リーブの言葉は続く。
「申し訳ありませんが、お引き取……」
 そこまで口にしたリーブに向けて、ヴィンセントは静かに銃口を向けると、ためらいなく引き金を引いた。直後フロアには重々しい銃声が響き渡り、リーブの言葉が中断される。
 銃は真っ直ぐリーブに向けて放たれ、弾道を追えば見事その腹に命中している。僅かに目を開いたリーブは、膝をついて床に倒れ込んだ。
「ヴィンセント!?」
 目の前で展開される光景に、驚き戸惑うティファの心中はそのまま声に現れていた。クラウドも横に立つヴィンセントを問うように見つめた。
 仲間達の問いに答えるかわりに、ヴィンセントは銃を下ろさず床に倒れ臥したリーブに言い放つ。
「……相変わらず人形遊びとは趣味が悪いな、リーブ」
 しばらくして、俯せに倒れたまま身動き一つしなかったリーブの腕が、ゆっくりと動き出す。
「二番煎じは通用しませんか」と、くぐもった声が返されると、ヴィンセントはため息を吐いた。
「やはり……“本体”ではないな?」
 リーブは両腕で体を支え、上半身を起こす。それからわざとらしく首を持ち上げてヴィンセントを見上げた。
「お見事です。……それに相変わらず優しいですね、ヴィンセントさん」
 3年前。ディープグラウンドのカーム襲撃中に久々の再会を果たした際、ヴィンセントはリーブを“着込んだ”ケット・シーに出会っている。今目の前にいる彼がそのことを言っているのだとは分かったが、それにしても妙だった。
 ああ、と思い出したようにリーブは告げる。
「……あの時と違って、今回はケット・シーが中に入っていると言うわけではありませんからね」
 立ち上がって服の裾を手ではたくと、気付いたように腹の辺りに撃ち込まれた銃弾を取り出した――W.R.O局長として人前に出る時に着ているあの服は、恐らく防弾仕様なのだろう――それにしても、その仕草はまるで解れた糸をちぎるかの様なさり気なさだった。
 こうしてよどみなく語るリーブの姿を、ヴィンセントは無言で見つめていた。ティファなどは目の前の状況を飲み込めず、言葉も出ない様子だった。
 再びエレベーターにいた3人に顔を向ける、笑顔を浮かべるわけでもなくリーブは淡々と言葉を続けた。
「改めて……はじめまして皆さん。私は実戦用に配備された“人形”ですよ。見た目がこれですからね、好きなように呼んで下さって構いません」
 元々名前も付けられていませんので、と付け加える。
「リーブ、お前……」
 その言葉にヴィンセントが珍しく狼狽えたような声で応じた。
「ヴィンセント?」
 クラウドが尋ねるが、答えに窮したような表情のヴィンセントから返答は得られなかった。代わりに答えたのは、目の前に佇むリーブだった。
「ケット・シーをご存知ですね?」
「ああ」
「とすると、あれを操っていたのは『リーブ』だと言うことも?」
 クラウドとティファが申し合わせたように無言で頷くのを見て、さらにリーブは続けた。
「ケット・シーは単なる遠隔操作ロボットではありません。『リーブ』が命を吹き込んだぬいぐるみです」
「確か……『インスパイア』と」
 ヴィンセントが呟いた小さな声に、今度はリーブが頷く。そしてこう言った。

「私は、ケット・シーと同じようにして生まれました」

 作られ、そこに命を吹き込まれた存在だと。彼は自らのことをそう語った。
 その姿も、告げる声も、何もかもがリーブそのものだった。一見すれば両者の違いを見分けることは難しい。
 それでも何故か、目の前で語るリーブに違和感を覚えた。だからヴィンセントは引き金を引いた。3年前、ディープグラウンドソルジャーがそうしたように。
 皮肉にも彼らが感じたとおり、目の前で語るリーブは機械仕掛けの人形だったのだ。

「一体なぜだ? 納得のいく説明をしろ、さもなくば……」

 リーブに向けて問う声は僅かに震えていたが、銃はしっかりと向けられている。今度は腹ではなく、頭部に照準を合わせて。
 本来なら微笑でも浮かべるような場面でも、リーブは無表情に切り返す。
「では、どうしますか? 私を壊しますか? そんなことをしても無駄ですよ。この身体はもともと作り物ですからね」

 ――『ほな、どないするんですか? ボクを壊すんですか? そんなんしてもムダですよ。この身体もともとオモチャやから』

 6年前、どこかで同じようなセリフを聞いた。クラウドは苦々しい記憶と共に目の前のリーブを睨み付けた。深夜のゴールドソーサーでスパイである事を明かされたあの時と違うのは、純粋な怒りの他に別のある感情が沸いたからだ。
「……“本体”は、どこにいる?」
 クラウドからの問いに、リーブは答えなかった。
 答える代わりに手をあげた。それを見たクラウドはとっさに大剣を構え、エレベーターから飛び出した。ヴィンセントは依然としてエレベーターの操作盤から左手を離そうとはしなかったが、やはり扉は閉まらなかった。覚悟を決め、銃口を向ける。
 エレベーターホールを取り囲んだ無数の射撃装置が一斉に火を噴いたのは、この直後の事である。



―ラストダンジョン:第3章3節<終>―
 
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