第3章1節 : パーティー分割





「こりゃあ凄ぇな」
 正面入り口から延びた通路をしばらく歩き続けると、やがて開けた空間に出た。呟いたシドをはじめ仲間達の誰もが、目の前に広がる光景にしばし足を止めたのだった。
 W.R.O新本部施設のエントランスホールは建物のちょうど中心部分に位置しており、そこから各エリアに向けて放射状に通路が延びている。また、頭上を見上げれば旧本部施設を思わせる吹き抜けの造りになっていた。
 そんな開放感溢れるエントランスの中でもまず真っ先に目を引くのが、中央に設置された巨大な噴水だった。機能性は別としても、噴き上がる水しぶきは今も来訪者の目を楽しませてくれている。天窓の代わりに映像シミュレータが設置されているのは、3年前の本部襲撃の教訓を踏まえて屋上からの侵入に備えた意図があるのだろう。
 変更された点はそれだけではなかった。質素な外観から受ける印象からは想像もつかないほど内部は複雑な構造らしく、1つの目的地に対しても複数のルートがある様だ。また、どのルートを辿っても最終的にはここに繋がっているが、複雑なマップを見ればさながら迷宮と言った様相だった。
 ホール入り口横の壁面に設置された本部施設内ルートマップは電光表示式のもので、マップ下には各施設の一覧があり、対応のボタンを押すことで現在地からその施設へ通じる最短コースを表示してくれる設計のようだったが、どうやら現在この機能は稼動していないらしく、全てのルートが点灯表示されている状態だった。ルートが複雑に入り組んでいると感じるのはこのためでもある。
 仕事柄なのか、ルートマップを見つめながらクラウドは誰よりも深刻なため息を吐いた。――今後、W.R.O宛の荷物を頼まれても、施設内までは配達したくない――しかし脳裏に過ぎった率直な感想は口にせず、ここへ来た本来の目的を果たすべく口を開いた。
「俺たちの目的地は?」
「恐らく局長室だろう……が」
 残念ながらルートマップには局長室の表示は無い。恐らくこれも安全面での配慮なのだろうが、それにしても来客に対して不親切な設計である。もっとも、局長室に来客を招く機会などそうそう無いだろうが。
「も〜!」
 この先に続く道のりの長さを思い、ユフィは溜まらず声をあげる。
 それにしてもこの複雑さなら、W.R.O隊員が音を上げ彼らに助けを求めたのも頷ける。敵の侵入を考慮している施設である事は確かだが、身内の出入りにも支障を来すとあっては本末転倒だと思える。
「でもよ、いくら広いっても敷地は限られてんだし、フロアごとに当たっていけば何とかなるんじゃねぇか?」
 かつて世界地図にも載っていない孤島を、空の上から見つけ出すなんて離れ業をやってのけたのだ。シドはそう言ってユフィの零した不満を豪快に笑い飛ばした。
「……そうだな」
 続いてヴィンセントが希望的観測を示す。ミッドガル地下に広がるディープグラウンドに比べれば、そのものの規模は小さいし、今回は単身での探索ではない。というのが根拠だ。
 ルートマップの前でクラウドが携帯を開く姿を見たティファが、あることに気づいてユフィを振り返ると、励ますようにしてこう言った。
「ねえユフィ。手分けしたら早くないかしら? コレも使えるみたいだし」
 それから電話を片手に微笑んでみせる。言われるままユフィは携帯を覗き込むと、確かに通信圏内である事を示す表示がディスプレイに現れている。それから満面の笑みをティファに向けた後、ひとり飛び跳ねたり――本人に聞けば「準備運動に決まってるじゃん」とでも言うのだろうが――していた。
 わいわいと騒がしい仲間達を背に周囲を見渡していたシドが、エレベーターの存在に気づいて噴水の向こう側にあるエレベーターホールへ向けて歩き出す。
「起動しているエレベーターは5基中2基だけか……」
「まだ建造中だ、無理もない」
 こうしてシドに続くようにしてエレベーター前まで来た6人は、互いの顔を見合った。
 表示によれば、地上15階、地下20階の総階数35のフロアからなる建物のようだ。単純計算すれば1人およそ6フロアを受け持つことになる。
「まずはこのフロアを含めた地上部分と、地下部分に別れましょう」
 その言葉を聞くやいなや、ヴィンセントは起動している1基のエレベーターのボタンを押すと、待機しているそれに乗り込んだ。どうやら下へ向かうつもりらしい。行動から察するところ何かか考えあってのことなのだろうが、相変わらず寡黙な彼からこの場でそれを聞き出そうとする者はいなかった。その後ごく自然に、別に話し合うでもなくエレベーターに乗り込む組とフロアに残る組とに分かれた。
「じゃあ、何かあったらすぐ連絡ね!」
「了解」
 ユフィは閉まる扉に手を振り、エレベーターに乗ったクラウド、ティファ、ヴィンセントを見送った。
 扉が閉まってしばらくすると、降下を始めたエレベーターのモーター音が建物内に響いた。
「……で。俺たちはどうするんだ?」
 シドが問う声を背中に聞きながら、ユフィは稼動しているもう1基のエレベーターのボタンを押して振り返る。
「アタシは一度、みんなより先に最上階まで行ってそれから下へ降りてみる」
 そう言ってエレベーターに乗り込む姿を見て、シドは頷く。
「じゃあ、オレ様は下の階からだ。何かあったら連絡よこせよ」
「オッケー! そんじゃお先に」
 ユフィを乗せて上昇するエレベーターを見送り、ホールにはシドとバレットの2名が残された。クラウド達を見送ったときにはあまり感じなかったが、ユフィが去った後のフロアはしんと静まりかえっている様な気がした。
 仲間達を乗せた2基のエレベーターを見送った後、バレットはもう一度周囲を見回して呟いた。
「それにしてもバカでかい施設だな」
「前に来た時はこんなややっこしいの造るなんて言ってなかったんだがな……」
 3年前のW.R.O襲撃で受けた痛手の大きさを知っているシドは、リーブが新本部施設建造に対して慎重になる理由が分からないでもない。しかし噴水の向こうにあるルートマップに改めて目を向けると、さすがにこれはやり過ぎだろうと思う。
「そう言えばシド、お前……」
 今回初めて訪れるW.R.O本部施設にばかり目がいっていたバレットは、シドが背に担いでいた槍の存在に今さら気がつき、驚いたように声をあげた。
「ああこれか? ……あれだ、備えあれば憂い無しって言うだろ?」
「そうなんだけどよ……にしても、備えすぎじゃねぇか?」
 そもそもバレットの場合は常に武器を持ち歩いているので、人のことをとやかく言える立場ではないのだが。
 バレットの言葉を受けて天を仰ぎ、シドは吐き出すようにして呟いた。

「……今やW.R.Oは立派な軍隊になっちまった。つまり、ここは軍事施設ってやつだ。備えたって憂いがない保証はない、そう言う場所だって話だ」

 ケット・シー……いや、元々リーブはこうなる事を望んじゃいなかった。だが、あいつなら自分が求める理想の為に、敢えて望まない道を進むことも厭わないのかも知れない――W.R.Oがいつからか軍拡路線を進み始めた頃から、シドは懸念を抱いていた。
 考えてみれば6年前の戦いの時も、3年前も、いつでも自分たちとは別の場所で、違う方法でひとり戦っていた。リーブはそう言う男だった。だからそんな懸念は杞憂に過ぎないのだと、自分の考えを否定し続けてきた。

 ――では、今は?

 噴水を見つめるシドの、脳裏に過ぎったのは不吉な予感だった。
 その予感を口に出したのは、横に立つバレットで。

「チッ……、神羅ビルを思い出すぜ」

 それはかつて神羅が歩んだのと同じ道だと、過去をよく知る者であれば誰もが思う事なのかも知れない。
 そんな彼らにとって、その道の先に何が待っているのかを想像するのはとても簡単なことだった。





―ラストダンジョン:第3章1節<終>―
 
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