第2章 : アクセス |
「……これは」 端末の前に座り、彼女はディスプレイの中を流れていくデータを目で追いながら、思わずそう呟いていた。 「分かりますか?」 「……正確なことは解析の結果を待って頂きたいのですが」 「概略、あるいは予測でも構わない。聞かせてもらえないか?」 あるビルの一室。 シェルクは最新鋭とまでは行かないが、それでもコンピュータ設備の整った部屋に招かれていた。 彼女に問いかけるのは黒いスーツを身に纏い、整った顔立ちと、真っ直ぐ伸びた同じ色の髪を持つ男性だった。身だしなみや立ち振る舞い、口調や態度も紳士的で非の打ち所はない。その反面どことなく冷たい感じがしたのだが、それはシェルクの主観かも知れない。とにかく一度見れば印象に残ると言うのは間違いない。 男は自らのことを、「W.R.Oへの“姿無き出資者”、その代理人を務める者」とだけ言って名前までは名乗らなかった。だからといって特に聞きたいとも思わなかったし、名前を知らなくても支障はない。逆に知ったところで何かの役に立つとも思えなかったので聞こうとはしなかった。 それに彼の名前など知らなくても、周囲の状況からシェルクにとって必要な情報は充分得ることができた。 まず招かれたこのビル内のセキュリティ、そしてこの部屋の設備などから考えても、男の言っている事――W.R.Oへの出資者との関係――はあながちウソではないと判断できる。これだけの設備環境を揃えるには、相当の資力が必要だ。 次に並べられた機械類の製造元として貼られたラベルに記されたロゴを見れば、彼らの後ろ盾についてある程度の納得がいった。 掠れてしまってはいるものの、はっきりとロゴに記された『神羅』の文字――恐らくこの男も、少なからず過去に関わった組織なのだろう。W.R.Oの創立者も、かつてここに属していた。好むと好まざるとに関わらず、シェルク自身も神羅とは浅からぬ因縁を持っている。 こうして考えてみれば自分が今ここにいるのも、何ら不思議な事ではない。いかに神羅という組織が巨大なものだったかを、改めて思い知らされる。 そもそも事の発端はおよそ半月前、シェルク宛に届いた差出人不明のメッセージだった。内容はあるデータの解析を依頼するもので、後日“代理人”が迎えに行く旨が記されていた。しかし差出人の情報、具体的な内容が一切書かれておらず、最初はいたずらかと思って放置していた。 しばらくしてから、同じように差出人不明で届いたメッセージには日付と時間が指定されており、シェルクからは自分の都合はおろか居場所さえ何も伝えていなかったにも関わらず、メッセージ通りに彼らは目の前に姿を現した。ヘリから降り立った――やはり同じように黒いスーツに身を包んだ――ふたりの人物に見覚えは無かったが、それでも彼らが『神羅』の関係者であろうとはすぐに察しがついた。それは彼らではなく、彼らの乗ってきたヘリに記されたロゴを見たからである。 自分を迎えに来た人物、つまり差出人不明メッセージの出所が彼らであると知って、あまり良い気分はしなかった。……と、言うよりも久しぶりに戦闘態勢を取ったのは無理もないだろう。 そんなシェルクを目の前にしても、彼らは動じなかった。そしてやや一方的にではあるが、事の経緯を語り始めた。話の中に見知った人物の名前を聞くと、いつしかシェルクの方が事態の把握に対して積極的になっていた。 その後、シェルクは彼らの乗ってきたヘリに同乗してこのビルまでやって来た。こうして神羅関係者にエスコートされるのは2度目になる。1度目はおよそ13年前の出来事で、恐らくここにいる者でそれを知るのは自分だけだろうとは思ったが、彼女にとってはそこから『神羅』との関わりが始まり、自分と姉の人生を大きく狂わされる事になった。シェルクが『神羅』に対して過剰に反応し、警戒心を強めるのはこのためだ。 しかし今回、彼らの招待に応じてここへ来たのは彼女自身の意思に他ならない。 過去がどうあれ、シェルクには今日ここに来た大きな理由――果たすべき目的があったからだ。 「これは何かを模倣しているような構造です……。おそらくどこかにオリジナルのデータがあると思われますが」 「手本となった物は分かるか?」 「現時点でそこまでは……」 会話を続ける間もディスプレイの中は忙しなく動いていた。 彼女の前にある端末は、休み無くデータをコピーし続けている。それも、コピー元のデータベースに無断で侵入した挙げ句、勝手に拝借してきているのだ。それだけでも立派な犯罪行為だが、それに関してシェルクが口を出せた立場になかった事もあり、特に言及することはしなかった。 読み取りを終えた時点から、シェルクによる解析が行われる予定だった。 しかし突然、画面は停止する。表示されていた全ての文字が消え、ディスプレイ上に広がるのは黒一色だけになった。 異変に気づいた男がシェルクに尋ねる。 「これは?」 「……防壁。そう考えるのが妥当でしょうね」 シェルクが言い終わらないうちに、画面には入力用のボックスだけが現れた。カーソルが静かに点滅を繰り返している。 「パスワード?」 「はい」 ここで足止めされるようでは、この膨大な量のデータ解析を行うなどという途方もない計画は成し得ないだろう。しかしシェルクが依頼を受けているのはあくまでデータの“解析”であって、“抽出”ではない。 「……策は講じてあります」 男はまるで予定通りだと言わんばかりの落ち着きようで、隣の端末の前に腰を下ろした。 シェルクほどの早さではないにしろ、端末を扱う手つきはどう見ても慣れた者のそれだった。無意識のうちに男の手元を追い、彼が入力したキーが何であるかを読み取った。結果的にそれは、特に意味を持たないアルファベットと数字を組み合わせた物のようだ。 注目すべきは、これだけの桁数を男は何も見ないで入力していると言う点だ。シェルクは視線だけを動かして男の横顔を見つめた。 『パスワード認証。アクセスを許可します』 端末から聞こえてくる抑揚のない機械的な音声は、彼の操作が成功した事を告げていた。ディスプレイに顔を向けたまま、男はこう続けた。 「決して誇れたことではないが、このシステムには以前にも何度か侵入した事があったのでね。……それにしてもまだ、旧システムコードをパスワードに使っていたとは」 「旧……というのは?」 シェルクの問いに男は顔を向けた。口元に小さな笑みを浮かべると、こう答える。 「神羅カンパニー都市開発部門統括リーブ=トゥエスティ。このシステムには彼の社員コードでアクセスできるんですよ」 このネットワークシステムの脆弱性は、管理者の意識レベルの低さにあると断言できた。こうして外部からの安易な侵入を許してしまう状況は、とても好ましいとは言えない。ましてやそれが、W.R.O<世界再生機構>の機密データともなれば尚更だ。シェルクは思わずため息を吐く。 (私の出番は……しばらくなさそうですね) 同時に、念のためにと用意してきた荷をほどく機会がこのまま無ければ良いと思っていた。 ―ラストダンジョン:第2章<終>―
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