第1章 : 集結





『艦長、我々は指示があるまで上空にて待機します』
 飛空艇コントロールルームからの通信に片手を上げて応えたシドがタラップを降りたのを見届けると、ハッチは閉ざされ飛空艇は浮上を開始した。
「……ちくしょう、とんでもねぇ大馬鹿野郎だ!」
 地上に降り立った途端、不機嫌を隠さずにシドは言葉を吐き出した。浮上する飛空艇を背に、彼の目の前にそびえ立つ巨大な建造物を憎らしそうに見上げた。こうしてシドを含めた仲間達は噂に聞くW.R.O――世界再生機構――の新本部施設と初の対面を果たした。



 同機構からの援助を受けている飛空艇師団、その長を務めていたシドに今回の報がもたらされたのはつい一週間ほど前の事だった。それを聞いた妻のシエラなどは「久しぶりにみんなが集まるのね」と、さも楽しそうに語り、夫を送り出した。
 余談にはなるが3年前のオメガ戦役で、自分の名前を付けられた飛空艇シエラ号が墜落した事を受けて「飛空艇に二度と私の名前は付けないで下さいね」と言ったことに端を発して夫妻が揉めたというエピソードは、飛空艇師団の中ではわりと知られた事だったが、今回の件とは直接関係がないのでこれ以上触れないでおく。
 報せを受けたシドがかつての仲間達を集めるのは比較的簡単なことだった。飛空艇を駆れば世界はそれ程広くはないからだ。しかし重要なのは招集の理由だ。
「……シド、これは一体どういう事なんだ?」
 クラウドが神妙な面持ちで問う。
「そりゃ、こっちが聞きてぇ」
 視線をおろし不機嫌なままシドは答える。招集に応じて皆を迎えに行ったのはシドだが――単に説明が面倒だという理由にしても――彼自身もいまいち状況を把握できていないらしい。そんなシドの様子を見て、クラウドが一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。
 ちなみにクラウドは仕事の帰り道、突然目の前に着陸した飛空艇によって――「招集」と言うよりも半ば連行されるようにして――愛車と共にここへやって来たという経緯がある。こうなると怒りと言うよりも驚きと疑問、あるいは不安の方が大きくなる。いくらシドとはいえやり方が強引すぎるからだ。ここまで強硬な手段を使うとなれば、恐らく事態は一刻を争うのだろうとは容易に想像がつく。
 しかしその「緊急事態」に、今のところ思い当たる節がない事が一番の不安要素でもあった。狂気の英雄もメテオもジェノバの遺恨もオメガもディープグラウンドも、これまで世界に迫る脅威はことごとく退けてきた。また、今はそのような存在があるという話も耳にしない。クラウドの知る限り、世界はこれまでになく平和であるはずだった。
 黙って考え込んでしまったクラウドを見かねたユフィが、シドの後に続けて話し出す。彼女はW.R.Oへ協力し活動を続けていたこともあり、ある程度――と言っても、クラウドやシドに比べてという意味だが――事情に通じている立場にいた。
「なんでも建造中の新しい本部施設に、リーブのおっちゃんが閉じ込められちゃったんだとさ」
 その言葉を聞いて、クラウドが「え?」と言う表情のまま固まった。変な言い方ではあるが、ユフィの語った招集理由に、期待を裏切られたという思いは否定できない。ちらりと視線を向けた先のシドは、異常なまでの鋭さを帯びた視線をW.R.O新本部施設に向けていた。不機嫌を通り越し、もはや殺気に満ちている。
「……閉じ込められたのはリーブだけなのかしら?」
 今回の事件の概要、それも輪郭だけを語ったユフィから不足している情報を引き出そうとティファが尋ねる。彼女の口調がいつにも増して穏やかに聞こえたのは、場の雰囲気を察して意識的にそうしていたのかも知れない。
 ちなみにクラウド連行に関しては、彼女の協力無しには達成できなかった。今回の招集に関して言えば一番の功労者であり、クラウドにとっては信頼を寄せる相手だけにちょっと厄介な立場をとっている。
 もっともシドやユフィに言わせると、自分たちを含め他の仲間からの着信を無視し続けた報いだと言われれば反論は出来ないのだが、無視したくなる気持ちも分かって欲しい。尚、ここでクラウドの名誉のため誤解の無いように補足しておくと、決して嫌いだから出ないという訳ではない。
「そうらしいよ。なんでもリーブのおっちゃんが設計した新本部施設は、3年前の敵襲の教訓を踏まえて、万が一侵入されたときの対策だ! とか言って思いっきり中をややこしい作りにしたらしいんだ。だけどいざ完成が近づいた今頃になって、中にいたおっちゃんが外に出れないってことが分かったってワケ。……どうでもいいけどさ、人騒がせだよね〜」
 隊員達に聞いて回った話をまとめたユフィは一通りしゃべり終えると、両手を頭の後ろで組んでぼんやりと空を見上げる。W.R.O新本部施設の、潔癖とも思えるほど真っ白な外観が視界に広がった。
「……どうも腑に落ちん話だ」
 対照的にヴィンセントは怪訝そうな表情をユフィに向けた。
「と言うと?」
 クラウドの問いかけに応じ、ヴィンセントは先を続けた。
「設計しているのがリーブなら、中に“閉じ込められる”というのは不自然だ」
「間違っちゃったんじゃないの? ホラ、ああ見えてリーブのおっちゃん意外とおっちょこちょいだし」
 どこまでも能天気なユフィの言葉を聞いたクラウドとシドが「そうなのか?」と言いたげな視線を向けていたが、当の本人は全く気付いていない。
「ユフィほどじゃねーだろ」
 バレットが笑いながら横から口を挟むと、ユフィは頬を膨らませてむっとした表情を向ける。そんな姿を見てさらに面白そうに笑いながら「冗談だ冗談」と頭を掻くバレットに、ユフィがくないを手に飛びかかろうとしたところで、中断されていた話をヴィンセントが再開する。
「……リーブはミッドガルの設計に最も深く関わった中の一人だ。そんな人間が設計ミスとは考えにくい。仮にそうだとしても今回の件がユフィの話通りならば設計ミス以前の問題だ。……それに」
 言いかけて、ヴィンセントは言葉を止める。ユフィも手を止めてヴィンセントを振り返り、横にいたシドは先を促すように顎を引いたが、けっきょく先が続くことはなかった。
 確かにヴィンセントが言うのももっともな話だった。あれだけの巨大都市の開発に長年関わっていた男が、規模が大きいとはいえ今さら建造物1つにミスというのも考えにくい。それに、自分自身が中にいるのに出られなくなるというのは、設計ミスというレベルの問題ではない。ヴィンセントにしてみれば、だからこそ腑に落ちないのだ。
 なにより彼にはもう1つ『腑に落ちない』と口にする理由が存在するのだが、どうやら現時点ではさしたる問題にはならないようだ。
「とにかくよ、入り口でうだうだ考えてたって始まらねぇ。中入ってみりゃ分かるだろ」
 ヴィンセントのお陰で難を逃れたバレットが、ユフィから距離を置くように後ずさりながらもっともらしい提案をする。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。なるほどバレットの言う事も一理ある」
 そこへいちいち注釈を加えて頷くヴィンセントを、相変わらず几帳面なヤツだとバレットは笑う。
 こうして仲間達は、パーティーに招待された賓客とでも言うように、正面入り口からW.R.O新本部施設へと足を踏み入れたのである。

 平和に浸っていた人々を巻き込んでのパーティーは、こうして賑やかに幕を開けた。





―ラストダンジョン:第1章<終>―
 
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