回想 : 臆病者に課せられた使命





 「神羅本社ビルに部外者、それもアバランチの侵入を許した挙げ句、社長が殺された。」
 その報を耳にしたとき、私は強い罪悪感に襲われた。――彼らが私を殺しに来てくれるのかも知れない――そんな思いが現実を招いたのだろうか、しかも殺されたのは私ではなく社長だった。だとしたら私が殺したのも同じなのではないか?
 冷静に考えればそんなことはあり得ない。頭ではそうと分かっていても、一刻も早く楽になりたいと自ら死を望んだ事実は隠せなかった。それだけで、自分を責め苛むには充分な根拠となるのだ。
 次々ともたらされる情報によって、社長殺害の全容が明らかになっていく。しかしその度に、混迷の度は深まっていった。唯一の目撃者だったパルマーの話によれば、社長を殺したのはビルに侵入してきたアバランチでは無かったのだと言う。いずれにしても突然もたらされた訃報に、社内はどの部署も混乱に陥っていた。
 今し方ここでも、新体制移行に向けての方針を確認し合うため名ばかりの会議が終了したばかりだった。
 社長交代とその混乱によって、ミッドガルの都市開発計画は完全に暗礁に乗り上げた形だ。この先ミッドガルがどうなるのかは分からない。都市開発責任者として、向かい合わなければならない懸案は山ほどあった。それなのに、頭が働かない。社長刺殺という前代未聞の事態を前にして冷静さを失っているせいもあったが、理由はそれだけではなかった。
 会議で渡された資料を前に、私は席を立てずにいた。



「……『殺して欲しい』、とでも言いたそうな顔ね」
 ヒールの音が止むと同時に、頭上から聞こえてきた声には覚えがあった。顔を上げなくても、声の主は目に浮かぶ。だから顔を向けることはしなかった。すると彼女は、煽るようにしてさらに言葉を続けた。
「護身用の拳銃の引き金すらマトモに引けないんだから、それを自分のこめかみに向けて撃つなんて度胸、アンタに無いのは当然よねぇ」
 甲高い笑い声を上げて彼女は私を見下ろして揶揄する。会議以外で彼女と顔を合わせれば、こうなる事は分かりきっていた、だから顔を上げなかった。それに悔しいが、彼女の指摘は的を射ているから反論することができなかった。彼女――スカーレットは重役の中でも特に切れ者だった。その上に残忍性を併せ持った性格の彼女に、私は少なからず苦手意識を持っていたことは否定できない。
 私は何も言わず、机上の書類に目を向けたままでいた。へたに反応を返せば、スカーレットを喜ばせるだけだと言うことも知っている。今は不運にも遭遇してしまった俄雨をやり過ごすように、その場でじっとしているのが得策だ。
「今回の計画、そんな臆病者のアンタにぴったりじゃない」
 言いながらスカーレットは、私の目の前に置かれていた書類を叩いた。それは、アバランチ掃討作戦の一環として計画された諜報活動計画書であり、先の会議で決議された案件だった。もともとこの原案は彼女のアイディアで、当初の計画ではタークスを派遣し潜り込ませる予定だったが、それでは却って目立ってしまうとの懸念から、次に候補としてあげられたのが私だった。
 私がここからケット・シーを操作して彼らと合流し動向を探る、それが今回の計画の全容だ。彼らとの接触地点はゴールドソーサー。あそこになら、他の土地に比べればケット・シーが紛れ込む隙がある。
 諜報活動と言っても私自身での接触はないし、ケット・シーも戦闘に備えて別の機体と組ませてあるから戦力面でも問題はないだろう。スカーレットの言うとおり、拳銃の扱いさえままならない私には打って付けの作戦計画だった。
 しかし正直なところを言えば、この計画について積極的に取り組む事には抵抗があった。そんな私の背を押したのも、スカーレットの発言だった。
 ――「ミッドガル市民の命を無差別に奪ったアバランチに対する、あなたの意志を行動として示すべきじゃないかしら?」
 私は彼女の口車に乗せられたのだと思う一方で、彼女が言っている事も決して間違いではなかった。こうして私から反論材料を取り上げた上で、あくまでも私自身の口から計画参加の意思表示をさせるのが発言の狙いだった。
 好く好かないはともかくとして、やはりスカーレットは切れ者だった。


 唐突に、書類の上に一枚の写真が滑り込んで来た。どうやらスカーレットが投げて寄越した物のようだ。写真の中にはまだ幼い女の子が映っているが、見覚えはなかった。この子は誰だと聞こうと顔を上げるよりも先に、スカーレットが告げる。
「タークスからの報告書に添付された写真、写っているのは件の古代種が連れていた娘だそうよ。……この子、今回の計画に使えるんじゃない?」
 古代種が連れていた娘――幼い彼女の身の安全を保障することを条件に、古代種は神羅へ来る事を承諾したと聞いた。つまり、彼女は何らかの形で古代種の弱みとなっていると言うことだ。
(保険、と言うわけか)
 再び写真に目を落とす、写っているのはまだあどけない女の子だ。写真を手にする事さえ躊躇われた。この子に罪はない、まして我々とは何の関係もないのだ。私が今考えている事は、人の弱みにつけ込んだ卑劣な手段ではないか。
 困惑する私の肩に手を置いたスカーレットは、耳元でこう囁いた。
「良いことを教えてあげる。
 呵責は何も生み出さないわ、無駄な感情よ。あなたは素晴らしい能力を持っている、なのにその能力を出し切れていないなんて勿体ないわ。私はあなたを見込んで言ってるのよ? あなたが本気を出せばもっと素晴らしい仕事ができる、私はそれに期待しているの」
 自分以外の他者に向けた期待――思いも寄らないスカーレットの言葉に、驚いて顔を上げた。その直後、そうした自分を後悔した。
 間近にあったスカーレットの顔は、笑っていたからだ。彼女の笑顔が歪んでいるように見えたのは、気のせいだろうか。
 彼女は嬉しそうにこう続けた。

「ミッドガルという素晴らしい兵器を開発し、作り上げたあなたの才能は賞賛に値するわ。
 一瞬であれだけの人数を殺せるんだもの、ミッドガルは都市なんかじゃない、立派な都市型兵器よ」

 ――お前は歴とした人殺しだ。
    今さら何を躊躇する必要がある?
 それがスカーレットの言いたいことだとは、すぐに察しが付いた。同時に、私はスカーレットの言葉に反論する術を持っていない事にも気が付く。彼女の言っている事は正しかったのだ。
 さらに追い打ちをかけるように、スカーレットは続ける。

「今さら思い詰めたところで仕方がないわよ、リーブ。
 ……楽になりたいんでしょう? じゃあ誰かを憎めば良いわ。すぐ楽になるから。
 きっとこの子、あなたの役に立つんじゃないかしら」

 スカーレットは言い終えると、こちらの話を聞こうともせず会議室を後にした。もっとも、私は返す言葉を持っていなかったのだが。
 部屋には待ち望んでいた静寂が訪れる。だが、いつまでもここに座っていても仕方がない、私も席を立つと会議で渡された資料を手にエレベーターへ向かった。数歩進んで立ち止まると、先程まで座っていた席を振り返る。机の上の写真を持ち帰るか暫し悩んだが、最後に聞いたスカーレットの言葉がどうしても引っかかった。
 結局、写真を持ち帰る事にした。
 その足で部署へ戻ると、すぐに住民のID検索システムで写真の子の正体を知った。その時、スカーレットが最後に残した言葉の意味も同時に知ることになった。

 マリン=ウォーレス。
 反神羅テロ組織アバランチの現リーダーであり、壱番魔晄炉および伍番魔晄炉爆破テロの首謀者、バレット=ウォーレスの娘として登録されている。彼女自身はまだ4歳だ、なによりも彼女に罪はない、たまたま父親がテロリストというだけなのだ。
 私が憎むべき相手は彼女の父親、バレット=ウォーレスなのだ。間違っても彼女ではない。

 ――誰かを憎めば楽になる――楽になりたいと庶幾う私にとって、スカーレットの言葉はまるで悪魔のささやきだった。






―ラストダンジョン:回想4<終>―
 
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