回想 : 置き去りの都市





 私は動かしていた手を休めると、画面上に整然と並んだ文字の羅列をぼんやりと目で追っていた。
 ある規則性に従って割り当てられたアルファベットと数字を組み合わせて作られたこれらの文字列は、1つ1つがミッドガルの住民に割り当てたIDだった。プレート上の住宅区画とプレート下のスラム街、居住している場所を問わず、この都市に住むすべての住民がこのIDを所有している。逆に言えばこのIDは、所有者をミッドガル住民であると証明するものだった。
 目の前の画面上に並べられているIDは、先日の重役会議での決議――七番プレート支柱破壊――以降、ID検知システムが追跡できずに『消息不明』と判定したIDだった。
 消息不明とはしているが、実質的にあの状況では恐らく生存は絶望的だろう。一方で我々には、彼らの死亡を確認する手だてさえ無いに等しかった。


 ――「しかもプレート下じゃあ逃げ惑う人々が虫けらみたいに潰されてるのよ? 最高ね」


 スカーレットの高笑いと共に、彼女の語った言葉が鮮やかに脳裏に蘇った。凄惨な光景を目の当たりにしながらも、その様子を楽しげに語って聞かせたスカーレットに対し改めて嫌悪を抱くのと同時に、自分の陋劣さに嫌気がさした。
 私は目の前の画面上で作業をしていた。それは七番街プレート支柱爆破によって被ったあらゆる損失を、数値化するという作業だった。並べられたIDには本来、それぞれの所有者が存在した。それはつまり、1つ1つが失われた尊い命であり、本来であればここにはIDナンバーではなく所有者――生命の持つ名が記されるべきだった。画面に並んだIDは相当数あったが、検索システムを使えばIDと所有者名の照合は容易にできた。にもかかわらず、私はそれをしなかった。
 作業の効率や目的から考えて、「必要がない」と判断したからだった。

 文字列に置き換えられた命の数をかぞえ、それを金銭に換算する。

 それが今の私にとって急務だったからだ。同時に、そんなことを平然とこなしている私は鬼畜だ。形こそ違えど、今やっていることは瓦礫と死体の山を前に値踏みしているのと同じなのだから。あれだけ嫌悪していた筈のスカーレットの方が、よほど人間味があると思えた。事実、私は既に人間ではないのかも知れない。
 それでも私にはそうする事しかできなかった。失われた命が再生する訳ではないと知りながら、七番プレート再建のための費用見積と再建案を、この次の重役会議までに提出しようと躍起だった。償いには遠く及ばない、それどころか私の気休めにしかならない行為であったのだとしても、私にはそれしかできなかった。
 「それしかできない」――それすらも、自分を納得させるための言い訳にしようとしていた。

***

 こうして作成した七番街の再建案を携えて臨んだ重役会議だったが、それを出す事は最後までなかった。発見された古代種の身柄を確保したとの報告を受けたプレジデントの打ち出した方針は、七番街の再建ではなくネオ・ミッドガル計画の再開だった。
 この方針変更は、ミッドガルの完成が永久に失われる事を意味している。


 古代種――話を聞けば生存が確認されている最後の一人だと言う――が導く『約束の地』に、我々はより豊かな都市を築こうとしている。計画の実現性は別として、今以上の豊かさを求めることには何ら疑問はない。むしろその考え方は自然なものだ。
 約束の地が見つかり次第、計画は次の段階へと移行するだろう。順調にいけば、ミッドガルに代わる新しい都市の建造に着手する事になる。それが何年先になるのか現時点では見当も付かないし、私が生きているうちに実現できるのかすらも分からない。ネオ・ミッドガル計画の実現には科学部門が大きく関与していることもあって、都市開発部門――統括責任者であったとしても、私の一存ではどうすることもできなかった。
 なによりもまず、古代種から『約束の地』について聞き出さなければならない。そもそもこの計画が凍結されたのも、十数年前に科学部門が聴取に失敗したためである。
 正直なところを明かせば、実在するのかも定かでない『約束の地』に期待を寄せる気にはなれなかった。残念ながらその方面の話に精通しているというわけでも、特別な興味を持っているという訳でもなかった。
 たとえここが『約束の地』でなかったとしても、豊かさを求める方法は他にもある。どちらかと言えば私はそう思っていた。
 それに、立場上どうしても――これまで開発を手がけてきたミッドガルに背を向ける事には抵抗があった。
 迂闊にもそんな本心を口に出そうものなら、「そんなものは個人的な問題だ」などと、またハイデッカーあたりに揶揄されるのだろうが。私の本音としては、このままミッドガルを完成させたかった。今現在も建造作業を進めている六番区画の竣工を迎えれば――都市開発部門の誰もが、ミッドガルの完成を目指して尽力してくれていた。
 ……だと言うのに。
 完成どころか、自らの手で破壊している現実を、私はどう部下に伝えれば良いだろう?
 いいや、そんなことは口が裂けても言えない。
 言えないけれど、彼らに真相が露呈するのはもはや時間の問題だった。プレート支柱が簡単に崩れるような構造ではないことは、誰よりも我々が一番良く分かっている。それに、何らかの方法で――社外秘どころか部外秘扱いの――施工図面を見れば、予め組み込まれていたプレート破壊装置の存在にだって気が付くだろう。いや既に、現場で施工にあたっていた者の中には気付いている者がいてもおかしくない。
 私は、はじめからこうなる可能性を知りながらも、設計段階で組み込まれたその“欠陥”を“システム”にすり替えたのだ。今回の件は、『緊急用プレート解除システム』が実行されただけに過ぎない。

 こうして私は部下を欺き、都市住民を裏切った。
 結果として、沢山の人々の命を奪った。
 さらにその事実から目を逸らそうとした。
 都市開発責任者として、これが正しい選択だったとは思えない。
 そうと知りながらも、抗えなかった。術を知らず、ただ従う事しかできなかった。しようとしなかった。

 ――「やってる事はテロリストと同じか、それ以下だ」

 六番街スラムで向けられた彼女の言葉は、そのまま私の真実となった。
 あの時、彼女が向けていた銃の引き金を引いて私を撃ち殺してくれていれば――結果は変わっただろうか。
 いやいっそ、今からでもアバランチにこのことを告白すれば、彼らが私を殺しに来てくれるのかも知れない。
 そうすれば少しは楽になれるだろうか?
 私の命で済むのなら、さっさと差し出してしまいたかった。そして、早く楽になりたかった。



 一刻も早く、楽に。






―ラストダンジョン:回想3<終>―
 
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