7Days |
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Day - 1.始まりの日 - Junon 北の大空洞よりハイウインド号、帰還。 アバランチ構成員のバレット=ウォーレスおよびティファ=ロックハートの身柄は、治安維持部門にて支社施設内に拘束。後日宝条博士による聴取を行った後、しかるべき処分を下すとの通達。 これとほぼ同時刻、ジュノンのエアポート付近で出火との第一報。職員の勤務交代時刻と重なった事が影響し、発生場所の特定や消火作業が遅れ、あわやエリア職員の退避命令という事態に発展したことで支社は一時騒然となるものの、最終的に施設の損壊や負傷者はなく出火は誤報と判明し騒ぎは収束。その後エアポートをはじめとするジュノン支社内の各施設は、平常運用に戻った。 またこの混乱に乗じて、シド以下クルーを含めた飛空艇ハイウインドがエアポートより離陸。この事実は誤報判明から2時間経ってようやく知らされた。軍は今回の報告遅滞について、ジュノン航空管制塔の職員への事情聴取を行った。 しかし聴取のさなか、各地で謎の移動体が観測される。報告を受けて軍は偵察機を派遣するも、未だ報告は無い。このため聴取は中断しジュノンは警戒監視態勢を敷いている。 |
Day - 2.破たんの兆候 - Midgar ジュノン支社から送られてきた一連の報告書に目を通していた頃には、既に日付が変わっていた。リーブは画面から目を離して窓外に視線を転じると、そこには稼働中の魔晄炉と、煙霧の向こうに禍々しく輝くメテオの姿があった。彼は今、ミッドガル本社ビルの一室にいた。 ミッドガル壱番魔晄炉爆破テロを皮切りに、プレート落下、都市開発方針の変更、社長刺殺と、神羅カンパニーを取り巻く情勢は、刻々と目紛しくしかも悪い方向へ変化を見せている。それどころか、今や惑星存亡の危機にまで陥っているという有様だ。 こんな状況下でも――リーブをして言わしめれば、こんな状況下「だからこそ」――都市開発部門統括として取り組むべき問題を大量に抱えながら、それらと並行して別の職務を遂行しなければならなかった。まさに猫の手も借りたい程の――リーブの場合、実際に猫の手を借りていても尚――多忙さだった。 そのうちの1つは、俗に言うスパイ活動だ。 視線を室内に戻すと、机上に置かれた内線電話に手を伸ばす。宇宙開発部門に割り当てられた番号を押し、辛抱強く応答を待った。18度目のコールでようやく応答した社員に、丁寧な口調でこう告げた。 「ジュノンで小火騒ぎがあったと言う報告を受けました。幸い被害はないそうですが、念の為そちらの作業報告書もすべて見せていただけますか? 一応、支社全体の機器点検スケジュールも組んでおきたいので、整備部のものも併せてお願いします。日程調整の参考にしますので」 リーブからの要請を疑いもせず二つ返事で引き受けた社員は、すぐさま詳細な報告書を送ってきた。 迅速に対応してくれた社員に対し、リーブは通話口で丁寧に礼を述べてから受話器を置いた。こうして自分の思う通りに事が運んでいるにもかかわらず、リーブの口からは思わず大きな溜息が出た。 (いくら私が統括とはいっても、本来なら他部署に公開しない規定だったはずなんですがね……) それは社内の指揮系統が、確実に統制を失いつつある事を示していた。 目に見えて星全体が危機にさらされているこの状況下では、不安になるなと言う方が無理だとも分かっている。しかし、彼の立場上それで納得するわけにはいかなかった。 届いた報告書には、飛空艇ハイウインドがジュノンを離陸する直前の整備状況も載っている。目当ての情報を見つけると、リーブは注意深くデータを読み解いた。 魔晄エネルギーを動力源とする飛空艇ハイウインドは、高出力ゆえに定期的なメンテナンスと動力の補給が必要だった。報告書の記載によるとジュノン帰還後、まともにメンテナンスが行われた形跡はない。補給を受けずに飛行可能な日数は3日もないだろう。 「ロケット村に立ち寄るという考えは安易でしょうが」小火騒ぎを起こし、その混乱に乗じて無断で離脱した彼らが今さらジュノンに戻れば懲罰ものだ。まずその線はないだろうとリーブは結論した「他に選択の余地はないでしょうね」。 - Airship : The Highwind 『シドはん、エライ派手な事しよったな〜。ジュノンは大騒ぎやで?』 場所は飛空艇ハイウインド号。多忙なリーブに手を貸す猫ことケット・シーは、ことさら楽しそうに嘯いた。 「ケッ! なんだかんだ言っててめぇも、ちゃっかり乗っかってるんじゃねぇか」 『せやから、ジュノンは大変やて親切に教えてるやないですか。もうちょい感謝しといてもエエんちゃいます?』 「まったく恩着せがましいヤツだな!」 操縦桿を握っているクルーの横に立ったシドは、不機嫌を露わに吐き捨てる。「あまり艇長を怒らせない方が……」と言いたげな視線を背中に浴びている事を知ってか知らずか、ケット・シーは意に介す様子を見せない。それどころかシドの感情を逆撫でするような事を言い続けた。 『おおきに。スパイなんて敵に恩着せてナンボの仕事やしな』 この時ブリッジで作業中だったクルー達は、否が応でも両者の遣り取りを聞かされていた。彼らの誰もが気が気でなかったのは言うまでもないが、だからといって割って入れる様な雰囲気でもなかった。それにケット・シーの言っている事は、当事者であるクルー達が一番よく分かっている。 「お前……!」 今にも殴りかからん勢いだったシドの右肩に手を置き、ヴィンセントは無言で首を振った。当然に不満の表情を向けたシドが肩に置かれた手を振り解こうとしたが、びくともしなかった。ヴィンセントは眉一つも動かさずに涼しげな顔をしているが、実際はもの凄い力でシドの暴挙を阻止していたのだ。 『あらシドはん、今日はエライご機嫌ナナメやなぁ』 「斜めどころか宙返りさせやがったのは、どこのどいつだってんだ!?」 感情任せにシドが振り上げた左手を、目の前に回り込んだヴィンセントが再び掴んだ。俊敏で優雅とも思える挙動とは裏腹に、掴まれたシドの左手首に鋭い痛みが走る。 さらに駆け寄ってきたレッド13が、デブモーグリに乗っているケット・シーの前に立ちはだかった。大きく振った尻尾の炎をケット・シーに向け、彼の暴言について無言で抗議する。 『あわわわ! ボクの髭が火事になってまう』そう言ってケット・シーが慌てて後ずさる。 「おう良いぞナナキ! いっそ跡形もなく燃やしちまえ!」 「……シド」 まるで発した言葉自体に質量があるような、とても低い声でヴィンセントが短く告げる。シドは舌打ちしながら、上げていた左手を下ろした。 「ケット・シーの言っている事ももっともだ、我々にとって状況が有利に動いているとは言い難い」 「そうだよシド! ティファもバレットも、ジュノンに捕まったままだ。早く助けに行かなくちゃ!」 「だーっ! んな事ぁ言われなくったって分かってらぁ! 何ならこのままジュノンに乗り込んでやるさ」 『んな事したら迎撃されて蜂の巣やで?』 「バカ野郎! 冗談に決まってんだろ」 『その顔、冗談言ってる様には見えんで?』 「うるっせーな! オレ様の顔は生まれつきこれなんだよ!!」 どこから取り出したのか、シドはついにブリッジ内で槍を振り回し始めた。隣で操縦桿を握っていたクルーは生きた心地がせず、こめかみから滲み出た脂汗が首筋へと伝い落ちる嫌〜な感覚を味わっていた。しかしながら操縦桿から手を離そうとはしない辺り、さすがハイウインドのクルーである。もっとも手を離していたら、恐らく彼の命はここで尽きていただろう。 あり得ないほどの反射神経でもって再びヴィンセントがマントを翻すと、シドが振り回していた槍を片手で押さえ込み、ついでに装備されていたマテリアも瞬時に取り外した。澄んだ音を立てて落ちた数個のマテリアは、ブリッジ内をごろごろと転がった。 「止めてくれるなヴィンセント!」 やや芝居がかった口ぶりではあるが、明らかに目は本気である。ヴィンセントはその事を承知の上で、至極まっとうな意見を返した。 「艇を降りてからならば、止めはせん」 私のいない所であれば思う存分好きなだけやってくれと言いたかったが、最後の言葉を呑み込んで今度はケット・シーを振り返る。 「ケット・シー。事を荒立てたいのなら止めはしないが、話を進めたいのならそろそろ本題に入ったらどうだ?」 時間もないのだろう、と冷静に指摘するヴィンセントに、ケット・シーは降参したように両手を挙げた。 『恩着せついでや、とことん付き合うたるで。どうせ補給もせなアカンのやろ?』 思わぬところで核心を突かれて、シドは言葉を詰まらせる。 「お前、なんでそんな事……」 『さっき言うたやろ? ボクはスパイやて。敵に恩着せて情報を得る、それでナンボや』 「敵って……そもそもお前、いったい何者だ?」 『そないに聞かれても、スパイやて言うてるのに自分の正体を素直に明かすアホはおらんで? それより補給と救助の話や――』 飄々とした言葉とは裏腹に、ケット・シーが語った今後の行動計画は、綿密に練られたものだった。 補給や整備のためにジュノンへは戻れない。そのための代案として用意されたのはロケット村とミッドガル。どちらにせよ軍の監視網の隙をついて、慎重に動く必要がある。ただ幸いと言うべきか、この時ばかりはメテオ出現で混乱する人々や、各地で暴れ回るウェポンが陽動代わりになるだろう。 一方ティファとバレットの救出作戦は、補給後ただちに実行する。彼らが留置されている場所の見当は大凡ついている。補給にしても救出にしても、時間が空くだけこちらが不利になる。事は一刻を争うのだと言った。 こうして、彼らはさっそくロケット村に進路をとる。整備と補給の作業は夜を徹して行われ、日の出と共にハイウインドは村を飛び立った。二人の救出は、同日正午に決行される予定だった。 |
Day - 3.救出作戦 - Midgar 事態の急変を告げたのはこの日の正午前、ふだんなら社員達が今日のランチについて真剣に考え始める頃だった。 リーブは手元の時計に目を落とし、時刻が迫っている事を確認する。各地に出現したと言うウェポンの動向やジュノン支社の警備状態など、今のところ状況に大きな変化はなく、予定していた侵入ルートで二人を迎えに行けそうだ。 そのとき唐突に内線が鳴った。コール音で思わず肩を揺らす程、リーブはひどく嫌な予感がした。こういった類の予感というのは、残念ながらよく当たるものと相場が決まっている。ディスプレイを見れば発信元がどこであるかを判断できるのだが、何となく視線を逸らした。というのも、コール音を聞いた瞬間に相手の顔が脳裏を過ぎったのだ。これは別に占いというわけではい。 まったく気は進まないが出ないわけにも行かず、受話器を取り上げて常の通り応答すると、予感が見事に的中していた事を思い知らされた。 「……ここへ来て変な気を起こすんじゃないわよ、リーブ」 声の主はスカーレットだった。いつもなら嫌でも聞かされる高笑いが、すっかり鳴りを潜めていた。それが逆に不安を煽る要素だった。 「内線なんて珍しいですね、急にどうなさいました?」努めて平静を装って答えたが、スカーレットは淡々と話を続けた。 「宝条博士の聴取は終了したわ。どうやら期待していたほど有益なものではなかったみたいね」そう語るスカーレットの口ぶりはおそろしく事務的だった。宝条の研究にも、彼らの存在にも、まったく興味が無いという事が分かる。しかし、話の先を続けて行くにつれ、スカーレットの声は次第に熱を帯びていく。 「役に立たなかったんだから、せめて最期はエサぐらいにはなるかしら? 北の大空洞で行方不明になったソルジャーを釣り上げるためのね。でも、たった1匹を釣るためにエサは2つも要らないのよ」ここまで言い終えると、確信めいた声で尋ねる「言ってる意味、分かるわね?」 言外に含まれた意味と、わざわざ電話を寄越してきたスカーレットの意図を察したリーブは眉を顰めた。これは明らかな牽制だった。 まるでリーブの表情の変化を目の前で見ているとでも言うように、スカーレットの口調が弾む。形はどうであれ、彼女は人をいたぶる事を心の底から楽しんでいるのは間違いない。 「こっちもウェポンのお陰で人手と経費に余裕が無いのよ、今日の午後にでもさっさと――」 そんなスカーレットの趣味に付き合ってやる義理はない。話が終わる前に、リーブは口を開いた。 「それじゃあ、いくら待っても釣れませんよ」 常にはない冷淡な口調で語られた予想外の言葉に、思わずスカーレットが話を止める。彼女の知るリーブなら、こんな事は言わないし言えないはずだった。だからこの返答に戸惑うというよりは、電話の相手が本当にリーブなのかと疑ったほどだった。 好機を逃すまいと、リーブはすかさず先を続けた。 「エサをちゃんと見せてないんですから、たとえ近くを泳いでいたとしても食いつく訳がありません」 「なんですって?」 「それともう1つ」 スカーレットがそうであるように、リーブも彼女の性格を熟知している。何としてもここで彼女を説き伏せなければ、救出どころか彼ら二人の身に危険が及ぶ。 「メテオの出現で兵士の士気や社員の統制どころか、市民にも混乱が出始めています」 「私の知った事じゃないわ」 スカーレットは切り捨てるように言った。事実、彼女にとって兵士や社員、まして市民などどうでも良かった。 「そうでしょうね。ですが、エサを撒く事において私達の利益は一致するんです。でなければこんな話はしません。死刑には反対ですからね」 「あんたの意見なんて聞いてないわよ」 仮想敵の設定――統率を失いかけた組織にとって、それがどれだけ有用な“エサ”であるか、リーブもまた語る気はなかった。 一方のスカーレットも、聞いてないと言いながらも通話を切らず、しかも口数が明らかに少なくなった。彼女の興味が既に別のものに移っていた事を、リーブは確信する。 「舞台はこちらで調えておきます。ただし機材と人を用意するのに5日間はかかります」 「公開処刑、ねぇ。あんたにしては考えたじゃない」楽しげに語るスカーレットの口調が豹変する「でも、一人は今日中に処分するわ」。 リーブにとってはこの会話で、どれだけスカーレットの興味を引き時間を稼げるかがカギだった。彼女が興味を失った瞬間に通話は終わり、ふたりの命の保証もなくなる。人を殺すことを躊躇せず、むしろ愉しむ向きさえあったスカーレットならば言葉どおり直ぐにも処刑を実行するだろう。ルーファウスを説得している暇はない、そうなれば打つ手が無くなる。最悪の事態だけは何としても避けなければならない。 「エサを撒く事に意味があるんです。より効果的に誘い出すためには、5日後まで両名を生かしておく必要があります。せっかく撒くのですから、エサを目立たせなければ意味がありません」目的のためとはいえ、よくここまで言えたものだと内心で困惑しながらも、それが言葉に反映される事はなかった「この混乱の誘因となった二人が、人々の目の前で揃って死刑台に送られる。それに――」 息を吸い込むと同時に、リーブは瞼を閉じた。受話器を握る手には自然と力がこもる。 「ただ殺すよりも、仲間の死を見せてからの方が、あなたは楽しいんじゃないですか?」 言い終えたと同時に、背筋を嫌な汗が伝った。もちろん電話では伝わらない。 スカーレットからの返答を聞くまで、ほんの少し間があった。 「……分かったわ。でも5日は待てないわね。3日でなんとかしなさい」 「専用の中継設備が必要ですから、いくらなんでも3日では短すぎます」そもそも処刑を外部に公開するための施設なんて無いのだからと、リーブは抗弁する。 スカーレットは無言だった。沈黙の中からリーブの真意を探ろうとでも言うように。しかし根負けしたのはスカーレットの方だった。 「4日。これ以上は待てないわよ」 「なんとかします」リーブは内心で胸をなで下ろすが、スカーレットはすかさず釘を刺す。 「4日待つ代わりに、こちらも条件を出すわ。……正確には、宝条からの要望よ」 思いがけず提示された条件にリーブは返答を躊躇ったことで、不自然な間があいた。もしかしたらスカーレットは既に、こちらの真意を悟っているのかも知れないと、不安が過ぎる。 「試験薬のデータを取りたいそうよ、何の薬かは知らないけど。まあ死ぬことは無いらしいわ」 宝条博士は間違いなくあの“失敗作”ソルジャー・クラウドに興味を持っている。スカーレットの言う「釣り」も、あながち的外れではないはずだ。だとすれば、今すぐ二人の生命を奪おうとはしないだろう。その点で言えば今のところスカーレットより脅威度は低い。 「分かりました」 スカーレットがリーブの返答を最後まで聞いたかどうかは分からない。ただ、リーブが耳に当てていた受話器からは既にノイズ音しか聞こえなかった。 ひとまず急場はしのげたと、受話器を置いた途端とてつもない疲労感に襲われた。 (……すみません……) 謝ったところで何にもならないと知りながらも、心の中でジュノンに拘束中のふたりに深く詫びた。 それからすぐさま後ろを振り返った。 - Airship : The Highwind 『アカン、今すぐ進路と作戦を変更や!』 振り返ったケット・シーは半ば叫ぶようにして言った。それだけでは飽きたらず、操縦桿を握っていたパイロットめがけてデブモーグリごと突進してくるものだから、クルーは飛空艇を操縦中に轢かれるという前代未聞の危機にさらされることになった。 「今さら何言ってんだ! 大体これはお前が言い出したんじゃねぇか!!」 『とにかく今ジュノンはアカン!』 それからケット・シーは、今し方までスカーレットと遣り取りされていた内容を早口で語った。当然のことながら、捕まっている二人の生命の危機という要点以外は伏せておく。 『……っちゅう訳で、助け出すチャンスは4日後の公開処刑前しかないんですわ』 「それまでアイツらは無事なんだろうな!?」 『そら保証します。4日後の公開処刑までは生きててもらわんと“処刑”でけへんし』 「いちいち癇に障る言い方しやがって……」舌打ちしながら吐き捨てると、ケット・シーから視線を逸らす。槍を振り回したりしないだけ、昨日よりはだいぶ落ち着いているが、機嫌が悪いことには変わりなかった。 「スカーレット相手にぎりぎりの交渉と言う訳か。……シド、彼の心中も察してやれ」 手すりに背を預けていたヴィンセントが静かに言った。彼らの会話を受けて、クルーはひとまず進路をジュノンから変更する。 「二人を助け出すチャンスはまだある。オイラ達にできること、もう一度考えてみよう」 ヴィンセントの横に座っていたナナキの発言で、全員がオペレーションルームに移る事になった。ブリッジの外で船酔い中のユフィにも参加してもらう為だ。 その場から移動し始めた仲間達の背中を見送って、手すりに預けていた背を離すとヴィンセントも歩き出す。目の前で飛び跳ねているケット・シーの後ろ姿を見て、ふと呟いた。 「……直接スカーレットと話ができる人間、か」 誰にも聞かせるつもりのない独り言だった。現に他の仲間や作業中のクルー達は気付いていない。でも唯一、振り返ったのがケット・シーだった。 『ん? なんや言いましたか?』 「……いや」 『そうでっか〜』言いながら首を傾げ、ヴィンセントの顔を覗き込んだ。 「なにも」 思うところはあるが、今は口に出すべき言葉ではないとヴィンセントは首を振った。ぬいぐるみの正体が誰であれ、ティファとバレットを救出するという目的が同じだと言う以上、ここで追及しても意味がない。 訝しげに顔を向けてくるケット・シーを追い越し、ヴィンセントもブリッジを後にした。 |
Day - 4.要塞都市攻略 - Midgar 翌日、スカーレットによって公開処刑の案は正式にルーファウスに提出された。案を見た彼は、リーブの目論んだとおりの理由からこれを承認。あっさりと実施が決定した。ただし、各地に出現したウェポン対策に追われているルーファウスは、処刑実施をスカーレットに一任した。 彼女は今後、救出作戦を阻む一番の障害となるだろう。ミッドガル本社ビルでこの件に関する通達を受け取ったリーブの眉間に、深いしわが刻まれたのは言うまでもない。 しかし救出成功の前に立ちはだかる問題は他にもある。その1つが処刑の方法だった。 - Junon ( It calls from Midgar ) 大陸の西端に位置するジュノン支社――社屋だけではなく街全体――は、もともと西部方面隊の司令部を置く目的で戦時中に建造された大陸防衛の要である。このためミッドガルとは異なり、ここは要塞都市としての機能を重視した設計がされている。たとえば道幅が狭く建物も密集し入り組んだ構造をしているミッドガルとは対照的に、ジュノンは直線状に伸びた各道路の道幅は広く作られている。これは頻繁に往来する大型輸送車両の運行を考慮しているだけではなく、非常時には小型機の滑走路として転用させる意図がある。また、今は社屋として使用されている建物には巨大なキャノン砲だけでなく、至る所に対空砲を隠し持っている。ミッドガル本社ビルには、そこまで物騒な設備はない。 このようにジュノン支社が軍事作戦に特化しているとは言っても、処刑の様子を見せるための悪趣味な構造はしていない。だから今回、中継設備を新たに設ける必要があった。それもたったの3日間で。 この無理な注文を引き受けるのは都市開発部門だった。ジュノンに勤務する彼らの管轄は本来、文字通りにジュノンを支えている支柱や社屋をはじめ、塩害に晒される各施設の維持。また軍とは別にコンドルフォート魔晄炉の監視にも当たっている。 そして統括という立場上、この無理な注文を部下に出すのはリーブの役だった。処刑実施が確定した直後ジュノン支社長へ指示を伝えると、拒絶の句こそ出なかったが通話口からは明らかに困惑した声が返された。それが3日間という工期についてではなく、処刑の中継という目的に対する反応であることを会話の中で理解したリーブは、内心で安堵する。彼のように正気を保っている者がいる限り、都市開発部門ジュノン支社の指揮系統は大丈夫だ。 そうと知れば余計、自分が信頼している部下達を公開処刑に荷担させる訳にはいかないし、そのつもりも毛頭無かった。出した指示を撤回する気はない。かと言って事の全容を語るわけにも行かず、支社長には「私に任せてください」とだけ告げた。 上司に対する信望と部下としての義務から、支社長は承諾の意思を口にする。しかしその一方で、良心の呵責と事態への不安もあり困惑を隠せずにいた。そんな彼から社屋構造の大まかな話を聞き出し、さらに図面を取り寄せたリーブは工期短縮を最優先に思案を巡らせた。しばらく図面を見ていると、支社の一角に現在は使用されていない『ガス室』の存在がある事を知らされた。話を聞いたリーブは図面をもう一度確認する、支社長の言う部屋は、ちょうどキャノン砲の砲身部分の直上に当たり、他の施設から少し離れた場所にあった。そのため、この周辺には社員達もほとんど近寄らない。 救出作戦にとって、これは好都合だ。 リーブはこのガス室の隣に機材を持ち込んで、そこを中継場所にする事を提案した。これで新設に3日というスケジュールでもクリアできそうかと尋ねるリーブに、現場をもっとも良く知る支社長は問題ないと回答した。 これで決まりだ。 ここまでの経緯を踏まえて、リーブは今回の処刑実施責任者スカーレットに、ガスでの処刑を提案した。 しかしリーブの本意はまったく別の所にあった。銃殺や斬首などよりも、時間を稼げるというのがそれだ。当日は支社の警備網をかいくぐり侵入する事になるであろう自分達の作戦を有利に進めるためには、刑の執行を可能な限り長引かせる必要があった。銃殺や斬首では刑の執行役が手心を加えたことが発覚してしまう恐れがあるが、ガスの場合は致死量に至るまでに時間を要する。 当然、本意を悟られては元も子もない。リーブはあくまでも工事を請け負う側であるという姿勢を崩さなかった。しかし少なからずリーブの言動を不審に思っていたスカーレットは、警戒心からかこの提案を受け入れようとはしなかった。 膠着していた議論を動かしたのは、宝条博士のつぶやきめいた意見だった。 「不要になったサンプルの処理なんてとっとと済ませてしまえば良いものを。ガスは致死まで時間が掛かるから効率が悪い、私は好まないがねぇ」 君たちが何を揉めているのか理解に苦しむとでも言いたげに、続けてため息を吐いた。バレットとティファの生死にさして興味の無かった宝条の口添えに、スカーレットは疑いを持たなかった。こうしてガス室での処刑が確定した。過程を楽しみたいスカーレットにとっては、あっけなく死なれるよりも時間が掛かる方が良いという訳だ。一方、宝条を隠れ蓑にすることでリーブも思惑通りに話を進めることができた。 これでジュノン側の態勢は整った、後は具体的な侵入経路の確認だ。 |
Day - 5.ジュノンへ - Airship : The Highwind オペレーションルームでのミーティングは3日目を迎えた。スクリーン上に投影したジュノン支社の見取り図を見ながら、ケット・シーが説明をはじめる。 『当日はガス室の隣に中継基地が作られる予定や。せやから、ボクらは報道員に紛れて潜り込むんがエエと思う』ここで語られることはないが、こうしている間にもジュノン支社長との打ち合わせを続けながら、工事は着々と進んでいる。 「んだよ、まだるっこしいな」 いっそミサイルの一発でも撃ち込んで、ガス室の壁を壊せば手っ取り早いとシドが言い出す。バレットがこの場にいれば即座に賛同しそうな案だったが、残念ながら彼は今ジュノンに囚われの身だった。 『んな事したら2人救出する前にこっちが蜂の巣や! 物量で言うたらボクらに勝ち目は無いで?』それに下手すると、ジュノン勤務者まで巻き添えになりかねない。そんな提案を承諾することは絶対に出来なかった。 「でも始まっちまったら、ガス室だって閉められちまうだろ? なら短時間でケリを付けた方が良いんじゃねぇのか?」 その口調からは、シドの苛立ちが伺えた。 そもそも飛空艇に搭載するミサイルが、建物の一部を限定的に破壊する用途に向かない事は、シド自身が一番よく分かっている事だった。にもかかわらず言葉が口をついて出たのは、明らかに焦りからだった。飛空艇ハイウインドとクルー達を取り戻した代わりに、2人がジュノンに囚われてしまった。その責任を少なからずシドは感じていた。そんな彼の心情に思い当たったケット・シーは、反論はせずに首を横に振るだけだった。 「物量で劣る我々が奇襲という策をとるのは納得できるが、ミサイルは得策とはいえない。私もケット・シーの意見に賛成だ。幸いこれだけ詳細な見取り図があれば、侵入も容易だろう」 『それに当日は社外の人間も大勢出入りする』 すでにスカーレットが各報道機関に処刑実施を告知していた事を告げたケット・シーの後を、ナナキが続けた。 「そのどさくさに紛れるんだね!」 その言葉に誰も異存はなく救出方法が決まった。すると話題は、実際にジュノン支社に侵入するメンバー選定に移る。 「アタシ行くよ! ……艇を降りられるなら……っ!」 左手で口元を覆いながらも、真っ先に名乗り出たユフィを見て一同はほんの一瞬考えた。救出作戦の主眼は交戦ではない。現地では慎重な行動と冷静な判断、そのうえで迅速さを求められる。迅速という面でユフィは適任だが、冷静さと慎重さについて一抹の不安が残る。 だからといって、飛空艇基地で顔を知れているシドは、騒ぎを起こした張本人と言う事もあって潜入は厳しいだろう。ナナキが完璧に報道員に扮するのは身体的な特徴もあって困難だ。ヴィンセントは身体的に問題はないが雰囲気的に報道員というのは無理がある。 こうしてユフィ以外の全員が同じ結論に到達し、消去法で残ってしまったケット・シーに自然と視線が集まった。 『ほな、ボクが行きますわ』 「って、お前も社員だろ?」 シドの言うのももっともだった。さらにヴィンセントが後を続ける。 「ジュノン勤務者や軍関係者ならば変装せず現地に入れる可能性もあるが、逆にそれ以外の所属となると、ジュノンに入るのは我々よりも困難なのではないか?」 ケット・シーを操っている人物が本来いるべき席を空けて、ジュノンに行くというのは容易ではないだろう。それに、神羅から送り込まれたスパイだと言う以上、彼の行動は常に会社の監視下に置かれている可能性が高い。 『確かに、ボクの本体で支社をうろつくのは無理やけど、方法が無いわけやないし』 まぁ任せてください。と、いつもの口調で言い終えた後、ケット・シーはヴィンセントに顔を向け短く告げた。 『ヴィンセントはん、それ以上の詮索は無用や』 「そのつもりはなかった、すまない」言ったとおり、ヴィンセントに詮索の意図はなかった。しかし結果的には同じだと自らの失言を認めた。 場に漂う緊張の空気を嫌ったナナキは、意識的に口調を明るくしてこう言った。 「向こうでティファとバレットと合流した後は、脱出に苦労する事もないんじゃないかな?」だから侵入メンバーは少数でも問題ない、と言うのがナナキの意見だ。 「んじゃ決まりだ」 記者に扮したユフィはジュノン市街地で待機。万一の場合の退路確保と、外の状況と情報収集を担い潜入メンバーと飛空艇の中間地点に立つ。救出が成功した後はジュノンを離れ外で合流。 ケット・シーがジュノン支社内でティファとバレットと合流した後、指定時刻にエアポート上空からハイウインドが3名を回収。ユフィとの合流地点に向かう。 シドは飛空艇の舵を握り、ナナキとヴィンセントは上空待機。各地で観測されている謎の移動体――ウェポンという不安要素に対する備えは、現時点ではどうしようもない。 作戦の決行は明後日の中継開始時刻、失敗は許されない。 |
Day - 6.忍び寄る影 - Airship : The Highwind 公開処刑を明日に控えたこの日、飛空艇ハイウインド搭乗者達の動きは朝から慌ただしかった。艇長シドとクルー達はジュノン防空網を抜けるための航路と、航行スケジュールの検討作業に。ケット・シーは神羅側で活動している本体の影響もあってか頻繁に動作を停止させながらも、支社内への侵入および脱出経路の最終調整を入念に行っていた。ジュノン潜入要員のユフィは、前日までに調達しておいた変装用の衣装選定に余念がなかった。 こうしてそれぞれが明日の作戦決行に向け着々と準備を進めている中、彼らの邪魔をしないようにと足音を忍ばせて、ナナキが所在なげにブリッジを歩き回っていた。今回は飛空艇待機になるナナキは、自分に出来ることが分からずに時間を持て余していた。 やがて、いつもの場所にヴィンセントの姿が無いことに気づいた。ナナキと同様、彼も待機組だ。なのにどこへ行ったのだろう? ここにいてもやる事が無かったナナキは、ヴィンセントを探すためにブリッジを後にした。 通路に出た途端、ナナキはホッとして歩くペースを落とした。本当は、あそこに居た堪れなくなって外へ出る理由を探していただけなのだ。 ブリッジを出て探すと言っても、場所は飛空艇内に限られている。ナナキは程なくしてオペレーションルームにヴィンセントの姿を見つけた。しかし他のメンバー同様に彼もまた、自分のやるべき事を見つけて取り組んでいた。 「なにしてるの?」 手元の小さな機械を注視しているヴィンセントに、ナナキは問いかけたが返答は無かった。この時ナナキは、なんだか自分だけが取り残されているような気がした。 ヴィンセントに代わって答えたのは、オペレーションルーム脇に立っていたクルーだった。 「実はこれで、各地の状況を知ることも出来るんです」まだ試験段階ですが、と付け加えたあとヴィンセントの方へちらりと視線を向けてから、ナナキに小声で言った「操作には慣れが必要みたいですが……」。 彼が指していたのは、ふだん仲間達が連絡用に使っている携帯端末だった。音声通信の他には、主に文字として各メディアから発信されていた情報を受け取る事が可能だという。 「そんなに熱心に、何を見てるの?」 そう言ってヴィンセントの足下まで歩み寄ると、ようやくナナキの存在に気づいたらしくヴィンセントは膝を折ると、画面を差し出した。 小さな画面に映し出されていたのは、見出しに各地域名が書かれた略図だった。気象情報を表す記号の横に、見慣れない表記を見つけた。 「これは?」 「先日から各地で被害報告が出始めた未確認移動体、……ウェポンと呼ばれている怪物に関する情報だ」 ヴィンセントはこの端末を使い、各地に出現したウェポンと、それに対する神羅の迎撃態勢についての情報を集めていた。その行動はタークスとして身についた周到さと言うよりも、生物として備わる第六感とでも言うべき何かに従ったものである。 「ウェポンの行動予測はほぼ不可能。さらに記録を見る限り、ウェポンは一体だけではなく性質の異なる複数が存在する様だ」 陸海空それぞれに出現した巨大モンスター。それは大空の彼方に浮かんだメテオよりも身近に迫る、人々にとってはまさに脅威だ。これに対抗できる手段を持っているのは、唯一神羅だけだった。神羅は各地に駐留する部隊を展開するも、ウェポンを前にそのほとんどは防戦にすらならない一方的な敗走を繰り返していた。 今のところは人口の密集する都市部に襲来していない事だけが、不幸中の幸いだった。しかしいつ、どこに現れてもおかしくはない。事態を楽観視できる要素は何一つ無かった。 「万一のことがあれば、動けるのは我々しかいないからな」 のんびりしている暇はないぞ、そう言ってヴィンセントは再び画面に目を落とした。 「そうか! そうなったらオイラ達の出番だね」 自分にもやれる事が見つかって、ナナキは少し嬉しくなった。ヴィンセントは表情を変えず、ぽつりと呟いた。 「これが杞憂に終わるなら、それに越したことはないんだが」 - Midgar 北の大空洞からジュノンへ帰還した後、ルーファウスはウェポンへの迎撃態勢を整えるべく各地を飛び回っていた。これには軍の統括であるハイデッカーも随行、このため両名ともミッドガルへ戻るめどは立っていない。宝条は今日もジュノンで“釣り”に明け暮れていると言う。処刑実施責任者となったスカーレットも、ジュノンからは離れていなかった。また、先日ロケット村で交通事故に遭ったパルマーは順調な回復を見せているそうだが、本社業務への復帰は未だ果たせていない。 つまりこの6日間、ミッドガル本社に在席している重役はリーブのみだった。ルーファウスは自身の不在中の業務を、リーブに委任した。それは社長不在中の暫定的な決裁権を与える代わりに、定時連絡を義務づけるという方法だった。 (体面を保ちながらも、しっかりこちらの行動を制約している辺りはさすがと言うべきでしょうね) いっそ強硬な態度に出てくれた方が大義名分が立ってやりやすいものを、とリーブは思う。しかしその一方で、この非常時に社長をはじめ重役全員が本社を空けるという事態が、社員にもたらす悪影響を危惧していたルーファウスの考えには同意できた。ルーファウスの意図がどちらにせよ、結果的にリーブはミッドガルを離れられなかった。 ハイウインドにいたケット・シーに対して、ヴィンセントが口にした懸念は実に的確だった。さすがは元タークスと言ったところか。この先、果たして彼らの目をどこまで欺けるだろうか? 不安は残るが、ここまで来てしまった以上そろそろ腹をくくらなければならない。 神羅に所属する同僚や部下達と、飛空艇に乗り込んでいる仲間達――この先、自分以外のすべてを欺き通す覚悟で臨まなければ、ジュノンのふたりを助け出すという目的は成し得ない。 手を伸ばした先に設置されたディスプレイに映った自分を見つめ、言い聞かせるようにして頷く。そうだ、今さら覚悟もなにも無い。 それから通信ボタンを押すと、数秒もしないうちに相手先と繋がった。 「こちらは都市開発部門のリーブです――」 躊躇いはなかった。 ジュノン支社から作業報告を受け取り、工程が問題なく順調に進んでいる事を確認する一方で、飛空艇内に置いてあるケット・シーを操作して侵入と脱出経路の擦り合わせを行う。さらには都市開発部門統括という職権を最大限に利用して、ジュノン防空網や支社内の警備状況の資料を取り寄せ、ケット・シー経由で航行スケジュールを検討するシド達に情報を提供した。 そんな中、ほぼ時を同じくしてジュノン支社長とヴィンセントの両名がウェポンに対する懸念を口にした。作業に従事する社員達から不安の声が上がっていると言う支社長と、独自にウェポンの行動・戦力分析を行ったヴィンセント。それぞれの話を聞いたリーブは思案した。彼らの指摘する通り、各地から本社に寄せられる被害報告件数は日を追う毎に増えていた。しかし得ている情報も少ないうえに時間も無い現状、結論を出す事はできなかった。 結論は出ないまでも、指示を出すことは出来る。それが統括として果たすべきリーブの役割だった。 「ただでさえメテオ接近で混乱していますから、こちらから不用意に社員や住民の不安を煽るわけにはいきません」社員の事前避難という方法は選べない。だからといって、このまま何もしない訳にもいかない。「緊急時の連絡系統、避難経路、誘導手順。各班ごとに再度、マニュアルを確認させて下さい。とにかく有事の際に各人が混乱しない体制を整えておく事が大きな備えになります」その為には指揮系統がしっかり保たれていなければならない。通話先の支社長も、その事はよく分かっていた。少なくとも、部下達の様子に目を配れている支社長がいれば、ジュノンで大きな混乱は起こらないと確信できた。 「こちらに新しい情報が入り次第、すぐそちらに連絡を入れます。……迎撃のことは、軍に任せましょう」 あとはジュノンの戦力を信じるより他に無い。 支社長との通話を終え、神羅側でさしあたっての行動方針がまとまると、今度はケット・シーを通してこう提案した。 「万が一、救出作戦中にウェポンが出現した場合は――」 - Airship : The Highwind 『――防空・警備網に大きな穴ができるっちゅー事ですわ。そん時はいっそウェポンに便乗しましょ』 やや慎重さを欠いている様なケット・シーの発言に、ヴィンセントは僅かながら不安を覚えた。 「ジュノン支社の一般勤務者、市街地の住民はどうする?」 『その辺はこっちで何とかしますわ、本体の仕事やさかい』 「3時間ぐらいなら、軍の奴らも頑張ってくれるだろうぜ」 話に割って入ったのはシドだった。航空戦力はもとより、地上・海上に展開する部隊の規模が最も大きいのもジュノンだ。その事を踏まえての見通しであり、事態を楽観しているのでも、神羅軍を過大評価しているわけでもなかった。それでも避難誘導の手配に与えられた猶予としては、決して充分とは言えない。 『もし作戦中に不測の事態が発生してもうたとしても、合流地点と時刻に変更は絶対あれへん』飛空艇の最優先任務は、ジュノンからティファとバレットを連れ出す事。改めてそれを確認すると、ケット・シーは続ける。 『ホンマにマズくなったら、ボクが社内で暴れて注意を逸らしますさかい。その場合はユフィさんが二人を連れて、合流地点のエアポートへ向かってください』 任せといて! と威勢のいい返事をした直後、ふとユフィが尋ねる。「でもさ、それじゃあケット・シーが危ないんじゃない?」 『こういう時こそ、替えのきくボディの利点を発揮せな』 「そうじゃなくてさ……」ユフィが最後まで言い終わらないうちに、ケット・シーが言った。 『ボクの心配よりユフィさん、自分の心配した方がエエんと違います? どうせジュノン歩き慣れとらんやろ?』 「ちょーっと、ナニよそれ? アタシのこと『田舎者』って言いたいワケ?!」そこからユフィの猛然たる口撃が始まると、他のメンバーは申し合わせたように黙って後ずさり、ふたりから距離を置いた。 「……もう少しスムーズに話を進められないものだろうか」 シドといい、ユフィといい。溜息を吐く気も失せて、ヴィンセントは壁にもたれかかった。この話を切り出したのが、そもそもの間違いだっただろうか? と内心で自問する。 「ケット・シーってさ、素直じゃないよね」二人の様子を見ながら、ナナキが愚痴をこぼす「ユフィが心配してるの、分かってるくせにさ」。 その言葉に顔を上げたヴィンセントは、視界に映るぬいぐるみを見つめながらこう言った。 「素直かどうかは分からんが、少なくともスパイに適した性格でないことは確かだ」 え? と問い返してくるナナキの声が聞こえないふりをして、ヴィンセントは彼らに背を向けた。 |
Day - 7.血路 - Midgar About 6:00 A.M. まだ夜も明けきらぬ早朝。リーブは本社屋上のヘリポートから、彼方にあるはずの地平線を眺めていた。今や昼夜を問わずスモッグに覆われたミッドガルの空は、刻々と移ろう微細な色彩変化を反映する事も難しく、この時間ではまだ地平線も見えない。ちらりと腕時計に目を落とすと、煙霧の向こうに広がる空がそろそろ白み始める頃だと推し量る。 本来ここの使用には社長の許可を取り付ける必要があったが、不在なのを良いことに無断借用させてもらっている。 やがて遠くから轟音と共に一機の輸送ヘリが近づいて来る、定刻通りだ。やがてヘリポート上空でホバリングするヘリから下ろされたロープに持参した荷物を固定すると、リーブは引き上げの合図と共に、取り出した携帯電話を通して乗組員に告げた。 「こんな時間にすみません。これを、着時指定で宛先に届けてください」 箱には『われもの・取扱注意』のシールが貼付されていた。そのままヘリは高度を上げると、本社ビルを後にした。 輸送ヘリの向かう先は、ジュノンだった。今日の公開処刑実施のために、2日前から急きょ始まった広報室増設工事の総仕上げに必要な機材、という名目で手配したものだが、中身はまったく別の物だった。部門の統括責任者であるリーブの指示を疑う者はおらず、運搬される荷の確認も行われない。トラブルでも起きない限り、荷物は定刻通りに指定先へ届けられるだろう。 今のところ、状況はすべて順調に進行している。しかし逆にその事が、リーブにとって最も大きな不安要素だった。 リーブの行動に対して、明らかに不信感を抱いていたスカーレットが動きを見せていないのである。4日前の出来事が脳裏を過ぎった、直前になって事態が急転する可能性は否定できない。無事に助け出すまで楽観はできなかった。 公開処刑の実施まで、あと約13時間。 - Junon About 2:30 P.M. 輸送機がジュノンへ到着したのは日もすっかり昇った頃だった。エアポートで下ろされた荷は、宛先――都市開発部門ジュノン支社――に届くよう、支社内を循環するコンベヤーに乗せられた。港湾と空港施設を備えた街の性質と、対空火器をあちこちに備えた支社の構造上、1日の荷役・物流量はミッドガル本社を凌ぐほどだった。そのため、搬入された大量の弾薬や資材などを必要な部署に適切かつ迅速に運搬するためのシステムとして、コンベヤーが支社内に導入されている。 宛先のコンベヤーに載せてしまえば、後は勝手に荷物を運んでくれる。荷役作業車を使うよりも効率的で、時間と人員の節約にもなる。 記載された宛先である都市開発部門ジュノン支社、支社長を勤めていた彼のデスクに荷が届いたのは、昼過ぎだった。今日の夕刻に予定されていた公開処刑に向け、増設作業も大詰めを迎えていたこの日、支社長室に人の出入りはほとんど無かった。 そんな経緯もあって、支社長が自分宛に覚えのない荷物の到着を知ったのは、遅めの昼食を取ろうと部屋へ戻った時の事だった。 ここ数日の広報室増設作業にともなって、都市開発部門ジュノン支社宛に届く資材類は少なくなかった。忙しさにかまけて差出人の確認を怠っている事も忘れ、支社長は箱の封を開けた。ところが、たいそう立派な箱とは裏腹に中には衣類が入っているだけだった。しかも相当おおきなサイズだ。 (……こんなサイズ、いくらなんでもパルマー統括だって着ないぞ) 箱から取り出して広げてみると、支社長はすっぽり隠れてしまう程の大きさだった。腹回りだけなら、自分が優に2人ぐらいは入れそうだと思えた。なによりも気になったのは、この服の色が少し派手な事だ。これは明らかに自分の趣味ではない。 (ちょっと派手すぎやしないか?) 荷物の受け取り主、あるいは送り主の感性を疑いつつも服を手にしたまま、箱の底を覗いてみると、中で布をかぶっていた物と思わず目が合った。 「……これは失礼」 支社長はそう言うと持っていた服をそっと箱に戻し、これまたそっと箱の蓋を閉じた後で素早く引き出しからテープを取り出すと、丁寧に封をした。しかも二重に。 (きっと悪い夢だな、そうに違いない。ここ数日は特に忙しかったからな) 自分を説得するために頭の中で語りかけ、納得したのだと自己暗示をかけるべく頷いた。 大きく深呼吸をしてから再度、箱に視線を落とす。荷札は確かに『ジュノン支社長宛』となっている。が、本人はこの荷物に心当たりが全くない。それ以前に、箱の中にマネキン人形の首を入れて送ってくると言うのは、どう好意的に解釈しても嫌がらせの類以外には考えられなかった。ここへ来てようやく、荷札に差出人名が記載されていなかった事に気づく。自らの行動を軽率だったと反省するのもそこそこに、手近にあったペンで箱に『誤配』と記すと、内線を取り上げた。 「荷の差し戻しだ。こっちは忙しいってのに、勘弁してくれ……」 手短に誤配されている旨を伝え再びコンベヤーに荷を戻した。もっとも、荷札だけを見れば誤配ではないのだが。 ジュノン支社内で誤配が起きた場合、コンベヤーは集荷場に向かう。と言っても、ほとんどは荷の載せ違いなので、正しい宛先へ再配送の手続きが取られるだけだった。宛先不明の荷物は一定期間保管の後、差出人へ戻されるか廃棄となる。支社長の希望は後者だった。 「こんな嫌がらせ、いったい誰が……」 言いかけたところで、たったいま受話器を置いたばかりの内線が鳴り出した。通話ボタンを押すと、受話口からは広報室増設工事にあたっていた部下の声が、事態の急変を告げた。 『たっ、大変です支社長!』 - Midgar In about 45 minutes 「……軍が広報室を占拠した?」 動揺を隠しきれない支社長から報告を受けたリーブは、対照的に落ち着いた声で応じた。こうなるだろうとは思っていた。 (スカーレットの手配でしょうね) 広報室の増設工事にあたっていた都市開発部門ジュノン支社の社員達は、作業現場から閉め出されたのだと言う。部下から報告を受け、すぐさま現場へ駆けつけた支社長も取り合ってもらえなかった。状況を語る支社長の口ぶりには、動揺と言うよりも憤りの方が強く表れていた。 『連中は我々の作業を妨害しているだけです!』 支社長が声を荒げるのも無理はない。3日という無茶な工期に応えた末の仕打ちに、現場が憤る気持ちはよく分かる。形は違うものの、リーブにも似たような経験があったからだ。それに今回は、軍の横暴は目に見えて明らかだ。 しかしリーブは支社長の言葉に同意を示す事はせずに、状況把握に徹しようと静かに問いかけた。 「工程は?」 『設置した機材の最終チェックがまだですが、午前中のテストでは概ね問題ありません』 「そうですか」 それだけを言うと、リーブは暫しの間考えを巡らせた。支社長は、辛抱強く次の言葉を待った。言外に含まれた憤りや混乱を「統括なら分かってくれる」という確信があった、だからこそ彼は次の言葉に期待をしていた。 ところが、返ってきた言葉は支社長の期待をあっさりと裏切る指示だった。 「……ご苦労様でした。皆さん、今日はもう帰宅してください」 『統括!?』 思わず問い返した支社長に、リーブは労うように続けた。 「皆さんこの3日間、働き詰めだったでしょう?」 『しかし!』 3日間という突貫工事の仕上がりを見ないまま、しかも本格稼働を数時間後に控えている現状、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ。支社長からすれば、いくら部門統括の指示といえども、素直に従うには抵抗があった。不測の事態への備えは? それに、軍の占拠という形で現場を追い出されたまま終わる事にも納得がいかない。 支社長の心中を充分に察していたリーブは、静かにこう告げた。 「後のことは私に任せて下さい」それは3日前と同じ言葉であり、支社長の抗議に対する唯一の答えだった。 もちろん、リーブの指示にはこれからジュノンで行われる救出作戦と、それに伴い発生する混乱からなるべく一般社員を遠ざけたいとする意図があった。しかし今はまだ、全容を語るわけにはいかない。現時点で口に出せる言葉はそれ以上なかった。 それから長い沈黙の後、ようやく支社長は口を開いた。 『……分かりました』 「今後、さらに事態は混迷の度を増すでしょう」電話で話しながら、視線は窓外に見えるメテオを見つめていた「後はこちらに任せて、休めるときに休んで下さい」。 こうして結論を告げ、受話器を耳から離そうとしたリーブに支社長は言った。 『でも、私は残りますよ。現場責任者が現場を離れていては、ね』 その代わり、他の社員達は退社させる事を確約する。彼の言葉を聞いたリーブは、耳から離していた受話器を見つめた。 ふだんは大らかな人柄の支社長だったが、一度こうと言い出すと絶対に曲げない事をリーブはよく理解していた。彼は頭が固いのではなく、仕事において妥協を許さない気質――だからこそ、信頼もできる人物――だった。こうなると、言葉での説得は意味がない。 「それは心強い。では申し訳ありませんが、バックアップをお願いできますか?」 当初は予定していなかったが、支社長の協力を得られれば何かとやりやすくなるのは確かだった。 『ここで断られたとしても、そのつもりでしたよ。統括は、いつも私の求めている答えをお持ちですからね』 その声を聞いて、電話口で微笑む支社長の顔が浮かんだ。自信に満ちた支社長の声に、リーブはまさかと身構えた。 『私らは、人殺しに手を貸すために仕事をした覚えはありませんからね』 「…………」 どうやら支社長の方が一枚上手だったようだと、リーブは肩を落としつつも口元をほころばせた。 『さあ、連中に一泡吹かせてやりましょう! 嫌がらせに趣味の悪いモノ送りつけて来た詫びも、キッチリさせますよ。まずは――』 こうして勢いづいた支社長を前に、リーブは謝罪と弁明のタイミングを逸してしまった。しかし謝るのは、救出作戦が無事に成功した後でも遅くはない。 - Junon About 6:15 P.M. うずたかく積み上げられた大量の箱の隙間から、コンベヤーの稼働音に混じって聞こえてきたのは、堪えきれずに漏れ出したらしい人の笑い声だった。 『し〜っ! バレたら面倒やで』 「だっ……だってさ……!」 飛空艇に乗っている時と同じように、口元に手を当てたユフィは込み上げてくるモノを必死に抑えようとしていた。 『じ、じっくり選んどる時間なんて無かったんや!』 「時間っていうか、たぶんセンス無……っははは!」 服を着せたデブモーグリと、ケット・シーを指さして好き放題言った挙げ句、ついに腹を抱えてユフィは笑い声を上げた。慌てた様子でケット・シーはかぶり掛けていた“首”を持ち上げて、なんども首を振る。 『せやから、静かに!』 「だ……だって!」まだ収まらないらしく、肩を揺らしながらユフィが言う。「言ってくれれば服、アタシが選んであげたのに」 『だ〜っもうエエわ、黙っとき!』 言い捨ててから、ケット・シーは持っていた“首”をかぶり直すと変装は完了だ。 これが驚くほどよくできていて、振り返った首の動きなどまるで人形とは思えない。強いて言えば、問題があるのは服の趣味だけだ。その事を思い出してユフィはまた口元に手を当てた。 『こっから先は別行動ですよ?』 「こっ、声まで変わってる!? なんで!?」 『ここで兵士に見つかると厄介です、くれぐれも慎重に』 質問は無視して忠告だけすると、ケット・シーはユフィに背を向けて歩き出した。 「ふ〜んだ、言われなくても分かってますよーっだ! アタシを誰だと思ってるんだ」 歩き去るケット・シーの背中に向けて悪たれ口を叩いてみるが、やっぱりその格好がおかしくて最後には堪えきれずに笑ってしまうユフィだった。 都市開発部門ジュノン支社長には「趣味が悪い」と言われ、ユフィにさんざん笑われながらも、ケット・シーはそれを着て集荷場を後にした。 公開処刑実施まで、1時間を切った。 - Airship : The Highwind 6:40 P.M. ハイウインドは当初の予定通り、ジュノンの空中監視網を避けるようにして西に広がる洋上を航行中だった。艇内ではシドをはじめクルー達が皆、自分の持ち場について作業に当たっていた。 ブリッジにいたナナキは、作戦の開始に向けて時計を気にしながらも、前方の窓から見える夕景を眺めていた。空と海がオレンジ色に染まる中でも、緋色の衣を纏ったメテオの姿がひときわ目を引いた。 この時、ナナキの後ろ――ブリッジ内のいつもの場所で、常の通り静かに佇んでいたヴィンセントが唐突に顔を上げた事には、まだ誰も気づいていなかった。 ヴィンセントは何かを探すようにして周囲を見回すと、目にとまった計器類に向けて歩き出す。いくつも並んだパネルの前では、レーダー要員らしいクルーが忙しなく作業を続けていた。ヴィンセントはクルーのすぐ横に立つと、黙って画面を見つめた。 作業に集中するあまり、操作のために伸ばした腕がぶつかった事でようやく横に立つヴィンセントの存在に気づいたクルーは、頭を下げつつも早口に尋ねた。 「どうされましたか?」 「レーダーはこれか?」 「ええ、そうですけど」 答えながらパネルを指す。経線と緯線が画面中央で交わり、その中心点から等間隔に描かれた円があるだけの簡単な構成で、その中に距離と方位を示す数値がいくつか並んでいた。どうやら画面の中心点は自分達の現在位置を、画面の真上が進行方向を示しているらしい事は一目で理解できた。 「何もない?」 「今は海の上ですから……」 短い疑問の言葉に答えようとするクルーの言葉を遮って、ヴィンセントは何もない画面上――中心の交点から右斜め上――の1点を指し示した。 「この辺りだ」それだけ言い終えるとパネルに背を向けて歩き出す。言葉の意図を掴みかねてクルーが問い返す間もなく、レーダー画面には小さな光点が現れた。 「……え!?」 クルーは我が目を疑い、何度も目をこすってパネルを見直した。この下は見渡す限りの大海原、周辺一帯には何もないはずだ。防空網に引っかかったのでもない。にもかかわらず、レーダー上に突如として現れた光点はその存在を主張する。 「ま、まさかこれって!」 振り返ったクルーは、ヴィンセントの背中にぶつけるようにして声を上げた。ふたりの様子に気づいて、シドとナナキは顔を見合わせた。 しかしヴィンセントが振り返ることはなく、そのままブリッジを後にした。扉が閉まるのと同時に、操縦席の方に向き直ってクルーが叫んだ。 「にっ……2時の方角に、未確認移動体です!」 声を聞いたシドとナナキはブリッジ前方を、甲板に上がったヴィンセントも同じ方角を見つめていた。しかし彼らの目には、夕陽を反射してきらきらと輝く海原が広がるだけだった。 こうしている間にもレーダー上の光点は音もなく、けれど確実にジュノンを目指して移動していた。速度から、ジュノン到達予想時刻を割り出したクルーが告げたのは、予告されていた公開処刑開始とほぼ同じ時刻だった。 「進路変更だ! こっから一直線にジュノンを目指すぞ!」 「しかし艇長!?」 操縦担当のクルーが思わず問い返す。いくら何でも防空網に真正面から突っ込むなんて無謀もいいところだ。そんなことをすれば、ジュノン自慢の対空火器によって蜂の巣にされるのは目に見えている。 「そうだな、ヘタに高度も取れねえ」クルーの訴えに耳を傾け、シドは頷きながら呟くものの、方針を変えることは無かった「んじゃ、オレ様の模範飛行をよーっく見とけよ!」。 海面すれすれを飛ぶことで監視網をかいくぐるというシドの意図はクルーにも理解できた。とは言えジュノンに接近できたとしても、レーダーに補足されれば結末は同じだ。たとえシドが操縦桿を握ったとしても、対空砲火の中を無傷で飛ぶなんて出来るわけがない。 口に出される事の無かったクルーの抗弁に答えるようにして、シドは宣言した。 「こっから先は全速で飛ばすぞ、とにかくヤツより先にジュノンへ乗り込む!」 「その前に、オイラ達が見つかっちゃうよ?!」クルーに代わって反論したのはナナキだった。 「んなもん構いやしねぇ! 連中だってバカじゃねえんだ、すぐ気づく」 前にケット・シーが言っていた通りに、ウェポンの混乱に乗じてしまえば問題ないと、シドの主張は変わらなかった。上空のハイウインドがレーダーに捉えられたとしても、その後すぐに海中から接近するウェポンにも気がつくはずだ。艇が集中砲火を浴びるとしても、それはごく僅かの間だとシドは踏んだ。 「出力最大、進路をジュノンに向けます」 「防空レーダー網到達まで、およそ10分」 にわかに緊張が高まったブリッジを走り出て、ナナキはオペレーションルームに向かった。この異変をユフィに伝える為だった。 - Junon 6:50 P.M. ユフィのPHSが鳴ったのは、作戦開始の10分前だった。ナナキから状況を聞いたユフィは、さっそく建物の中にいたケット・シーに連絡を試みたが通話はできなくなっていた。 「……ちょ、ちょっと! どーして繋がんないの!?」 すでに公開処刑開始まで残り10分を切っていた。このまま留まるべきか、ジュノン支社内に向かうべきか。ユフィは次に取るべき行動を迷った。さっきケット・シーと別れた集荷場までの道は覚えているし、あそこから建物にも入れそうだった。 とにかく今は時間がない事だけはハッキリしている。迷ってるだけなら行動するべきだと、結論に至ったユフィが走り出そうとした時、再びPHSが鳴った。 『ユフィ、持ち場を離れるな』 声はヴィンセントだった。まるで彼女の姿を見ていたとでも言うような、的確な助言だった。 「でもどうしよう! ケット・シーに繋がらない!」 『落ち着けユフィ。社員の彼なら大丈夫だ、必ずふたりを連れて出てくる』 「でも!」 『それよりもユフィ、エアポートまでのルートは頭に入っているな?』 「もちろん! それは大丈夫だけど……」 『神羅軍がウェポンの急襲を察知できても、迎撃態勢に移行するまで時間的な余裕はほとんど無い。となれば、そちらは極度の混乱に陥るはずだ。こうなると逃走の障害は警備兵だけではなくなる。気をつけろ』珍しく口数の多いヴィンセントだったが、彼の言葉には無駄がなかった。『3人を頼んだぞ』 「……わかった」 『では、エアポートで』 頷いて返事をしたユフィがPHSを切った直後、ジュノン支社中に警報が響き渡った。奇しくもそれが、救出作戦開始の合図となった。 - Airship : The Highwind 6:55 P.M. ハイウインドがジュノンのレーダー圏内に進入してから5分が経過した。ジュノンからの攻撃に備え、急激に高度を上げたハイウインドは雲の上を飛んでいる。しかしジュノンの航空管制から警告を受けることもなく、今のところ飛行は順調だった。 「ウェポン、レーダー網到達まであと5分」 画面上に表示されるアラートと共に、レーダー要員が声を上げる。隣にいた通信担当のクルーは、請うような視線をシドに向けた。 「もうとっくに気付かれちまってるんだ」頷いてからシドは言う「連中に教えてやれ」。 彼が何をしようとしていたのか、シドには見当がついていた。 許可を得たクルーはすぐさま周波数を合わせると、かつての同僚に向けて呼びかけた。 「こちらハイウインド。方位315よりジュノンへ接近する移動体を確認、間もなくそちらのレーダー圏内。繰り返す……」 スピーカーから聞こえてくるのはノイズだけで、ジュノン管制塔からの返答はなかった。予想はしていたが、クルーの表情が曇る。 「まあ、仕方ねぇさ。かといって翻した反旗を今さらしまう訳にもいかねぇしな」こっちに大砲を向けてこないだけ、まだマシじゃないか。シドはそう言って笑った。 許可もなく母港を飛び立ったあの日から、二度と帰還できない事は分かっていた。ハイウインドに乗り込んだクルー達は神羅を捨て、覚悟を背負って飛び立ったのだ。 「ここにいること、後悔してるか?」隣で作業中だったレーダー要員に問われて、クルーは首を横に振る。「じゃあ、そんな顔するな」と、肩を叩かれたので見返してみれば、彼もまた苦笑を浮かべていた。 しかし唐突に、スピーカーからノイズ音が消えた。 『方位270、高度40,000……どうして戻って来ちまったんだ?』 聞こえてきたのは管制塔に勤務する管制官――ハイウインドの搭乗員達と同様に、これまでハイデッカーの下で苦楽を共にしてきた同僚――の声だった。7日ぶりだと言うのに、ひどく懐かしく感じる。 『こっちはレーダーに入ってるお前らに気付かないフリしてるってのに!』管制官は声を潜め早口で捲し立てる。彼が飛空艇「ハイウインド」の名前を口にできない理由は、説明するまでもないだろう。事情はどうあれ管制塔の許可無しに飛び立った飛空艇は以後、“敵性”という扱いになる。当然だが敵の接近を捉えれば攻撃を指示しなければならない。今もジュノンにいる管制官としては、7日前ハイウインドが離陸した事を認めるわけにはいかず、離陸していない飛空艇が空にいる事はあり得なかった。だから今、「ハイウインド」は空にはいない。たとえレーダーの識別反応が明らかだったとしても、それを読み上げる訳にはいかなかった。 ハイウインドのクルー達がそうであったように、地上に残った彼らもまた覚悟をもって飛び立つハイウインドを見送ったのだ。 「恩に着るよ。でも、下のレーダーを見ていて欲しい。ウェポンが来る! もう4分も無いんだ」ここで言う「下」とは、ジュノンの海洋監視班のことを指している。 『了解。“下”だな? 警告に感謝する』それから一方的に通信は切断された。 しかしクルーは、両者の通信が完全に切断される直前にジュノンから送られてきた信号を解読して、元同僚の本心を知った。それはとても短い単語で、彼らの身を案じる内容だった。 これがハイウインドの母港――ジュノン管制塔との最後の交信になった。 この直後、管制塔はジュノンに警報を発令した。それは海洋監視班が実際に海中のウェポンを捕捉する2分前の事である。 こうしてジュノンにいるユフィ達が耳にする事になった警報は、街中の人々に迫る危機を知らせるべく鳴り渡った。 - Midgar 7:08 P.M. 耳に当てた受話器の向こう、支社長の声の背後では休むことなく警報音が鳴り続けていた。ウェポン接近に伴う警報の発令を、バレットと共に広報室で知ったリーブだったが、支社内の他のエリアの様子は分からなかった。 『各部署とも、夜間勤務者以外の退社は既に完了しています』 加えて、昼過ぎから広報室を軍が占拠していたお陰で、周辺には一般社員が近寄ることは出来なくなっていた。皮肉にもその事が、社員達の退避を迅速に終えられた一因となっていた。 ジュノン支社長からの報告を受け、安堵してリーブは頷いた。 「ありがとうござ」不自然に言葉が途切れたのは、操作しているケット・シーの方に問題が起きたからだったが、経緯を知らない支社長は慌てて呼びかける。 『どうされましたか? 統括?! ……統括!』 - Junon 7:08 P.M. 目の前で閉ざされた鉄扉の向こうから、鳴り響く警報音よりもさらに甲高い笑い声が響いていた。 「しまった! ここのカギも閉められた!」 広報室として機材を搬入した部屋を内側から施錠され、バレットとケット・シーは締め出しを食らったのだ。しかし当初の計画では、施錠装置は取り付けられていなかったはずだ。 (そんなアホな!) この時になって、昼から広報室を占拠していた軍の意図を知った。万一の場合の逃走阻止――やはりスカーレットは、手を回していたのである。 「おバカさんたちね。これでもう、この娘は助けられないわよ」 「チクショウ!」 バレットが扉を叩きながら叫ぶ。残念ながらこの扉は、簡単に壊せるような代物ではない。 『しゃあない、エアポートまで走るで!』 「ちょっと待て! このままティファを放っとくのか!?」 『ええから走れ! こないなったら、イチかバチかや!!』 ――「でも始まっちまったら、ガス室だって閉められちまうだろ? なら短時間でケリを付けた方が良いんじゃねぇのか?」 社屋内からが無理なら、外側から助け出す。イチかバチかどころではなく、かなりの危険を伴う方法ではあるが、選択肢は他に残されていなかった。 - Midgar 7:15 P.M. リーブはジュノンから取り寄せた図面をもう一度見直した。『イチかバチか』ではなく、より高い可能性を見つけるためだ。 処刑に使用するガスは、ガス室の真上に設けられた保管庫からパイプを伝って室内に送られてくる。安全面の問題から、普段は毒性のない物質として個々に保管されているものを、ガスが通る管内部の弁を別室から操作し、混合してからガス室内に排出する仕組みになっていた。その為、ガス室の天井は他の部屋と比べるとかなり高さがあった。 ここまでの遣り取りでリーブの内心を悟ったらしい支社長が、冷静に言った。 『ガス室の壁、しかもそれを外から破壊するなんて、いくらなんでも無茶です』 とは言っても、唯一ガス室に隣接する部屋から追い出されてしまった今、密閉性を高めるために分厚く、さらに何層にも補強されたガス室の壁を内側から破壊する方法が他に無いことも分かっていた。こうして内側からの道を断たれた以上、外からの救出を試みるしか無いという考えの方向性は理解できたものの、ミッドガルとは違い元が要塞として設計されたジュノン支社の外壁には装甲があった。だから無理だと支社長は進言した。 それでも支社長は諦めきれず、首を傾け肩の上に受話器を置くようにして話しを続けながら、手にした設計図面から突破口を見つけ出そうと必死だった。 『確かに、キャノン砲ぐらいの高出力兵器があれば可能かも知れま……』 何とはなしに図面から視線を上げたところで、支社長は言葉を失った。肩の上から滑り落ちた受話器のコードを腕にぶら下げた状態で、しばし呆然と立ち尽くしていた。 「どうしました?」不自然に途切れた言葉に、今度はリーブが問いかける。 『……』 鳴っていた警報がウェポンの接近を告げていた事は知っていた。しかしレーダーを見ていなかった彼らは、その距離までは知らなかった。 「支社長?」 こうしてジュノン支社に迫るウェポンがすぐ目前まで迫っていた事を、支社長は我が目で確認したのだった。 『……ウェポン……です』 我に返った支社長は腕に引っかかっていたコードをたぐり寄せて再び受話器を持ち直すと、ようやく呟き声を出した。文字通り目の前、窓のすぐ外にウェポンがいた。想像を絶する光景とはまさにこの事で、悪い冗談だとしか思えなかった。 このあと支社長は、キャノン砲が放つ爆音と共に崩れ落ちるウェポンの姿と、上がった水しぶきを目にすることになる。ガス室に閉じこめられたティファを救うきっかけは、皮肉にもウェポンの放った一撃だった。 - Airship : The Highwind 7:41 P.M. 「それよりもこれ、どういうこと?」 心なしか腫れた頬を押さえながら、ティファは尋ねた。彼女が状況を把握しきれないのも無理はない。 『まぁ、詳しい話はあとで適当に聞いといてくださいな』 この飛空艇が神羅の管理下を離れ、今後は自由に使えるという旨だけを告げるとケット・シーは言葉を濁した。それから、何か言いたげな表情のティファとバレットに背を向けると甲板を後にする。 意図した結果を得られた今となっては、ここに至る経緯は語るほどの価値を持たない。だからこれ以上を語る必要はないと思った。 しかし階段を下りた先、ブリッジに続く廊下で遂にバレットに呼び止められた。彼の機嫌は、ケット・シーに向けられた声によく現れている。 「てめえ、飛空艇が使えるんなら最初っから言えよな!」 さすがに無視するわけにも行かずケット・シーが振り返ると、今にも殴りかからんとする勢いで詰め寄られ、思わず後ずさった。 確かにバレットと共に支社内で暴れ回ったのも作戦の1つで、兵士達の注意を引きつける狙いがあった。まして救出という目的があるにしろ、ふたりの公開処刑を発案したのは自分なのだ。もしその事をバレットが知ったら、このぬいぐるみがバラバラにされかねない。いくら替えのきく物だと言っても、壊されることを好ましいとは思わない。身の危険を感じてさらに後退しようとしたが、すぐ後ろはブリッジの入口で逃げ場は無かった。 バレットが伸ばした左腕に掴まれ、ケット・シーは覚悟して身構えた。しかし幸いなことにこの予想は外れた。 「オレはよ……ティファともサヨナラかと思ったぜ」 ケット・シーの腕を掴んだまま、バレットはがっくりと肩を落として溜息混じりに呟いた。そんな彼の姿を前にして、ケット・シーとそれを操っていたリーブもホッと胸をなで下ろす。 (陽動作戦に利用していたことが知れたわけでは無いんですね) 『すんませんな〜。でも“敵を欺くにはなんとやら”、ですわ』 本意を隠すために、いつもより大げさな動作で戯けてみせると、バレットは呆れたように両手を広げ、こう言った。 「だいたい“敵”ってお前、神羅の社員だろ?」バレットはにやりと口元を歪め、言葉の先を続けた「なんだ、いよいよ会社を敵に回すってのか」 そう話すバレットの声が、どことなく嬉しそうに聞こえた。 『んなアホな。それに今は神羅が敵っちゅー事も無いで? 現に、お二人さんを助けるために協力してくれた社員もおるぐらいや』 メテオが発動された今となっては、神羅対アバランチという小さな対立構図では無いのだから。と諭すようにして言った。 「じゃあ、お前の敵って誰なんだよ?」 尚も呆れたような口調で尋ねてくるバレットに、ケット・シーが答えることは無かった。 |
8.さらなる7日間 In several days - Midgar 「……敵?」 あの日、ケット・シーに向けられたバレットの問いを反復するようにして呟いた。本社の窓に映った自身の姿と、背景の薄闇に沈んだミッドガルを見つめながら、もう一度それを繰り返す。 「私の敵……」 都市開発部門の携わった最大級の突貫工事、それも今や無惨な醜態をさらすだけだった。発射時の反動で一部が失われたものの、今もって巨大な砲身を支えている土台部分を、ただぼんやりと眺めていた。 重役会議室でリーブを拘束しここへ連行してきた兵士達の姿は既に無く、すっかり人気(ひとけ)の無くなった本社の1フロアに取り残される形で立っていた。ウェポンの攻撃を受けたビルの上層部と、自分を除く組織の上層部を失った神羅は、今や混乱の極みにあった。 こうして事実上、神羅カンパニーは終焉を迎えた。建造物も組織も、壊れるときは呆気ないものだ。 リーブはしばらくの間、その場に佇んでいた。感傷に浸っていたという訳ではないのだが、本当に少しの間、なにをするでもなく半壊した砲台と砲身を見ていただけだった。その頭上には、禍々しい輝きを放つメテオの姿があった。あれが落ちてくれば、ミッドガルどころか星そのものが無くなる。言わば星の公開処刑だ、残された猶予はあと7日。 この間で仮にセフィロスを倒す事に成功し、メテオの衝突を回避できたとしても、この混乱をどう収めろと言うのだ? そもそもの元凶は神羅、その中枢の一画を担っていたのは他でもない自分だ。考えることが多すぎて、どれから手を付ければいいのかが分からなかった。なによりも、自分はこの先どうしたいのか――そんな簡単な事すら見えなくなっていた。 そんなリーブを現実に引き戻したのは、机の上から彼を呼ぶ電子音だった。日頃の習慣から反射的に受話器を取り上げたものの、今さらになって話すことなど何も無いと気付いて僅かばかり後悔した。 『繋がった! ……大丈夫ですか!?』 受話口から一方的に聞こえてきたのはジュノン支社長の声だった。喜びを隠さない彼の声を、リーブはどこか他人事のように聞いていた。 「大丈夫とは言えませんね、本社はひどい有様です」 『でも統括がご無事で何よりです!』 「……私の身が無事でも、もう……」 神羅はお終いだと、リーブが告げようとした時だった。 『会社は破たんしましたけど、それは以前から分かっていた事じゃないですか』 ジュノン支社を舞台にした救出作戦の時から、この事態を見越していた。互いに口に出していないだけで、確かにその認識は一致していた。 『統括。さっそくですが今後の方針について――』 「神羅という組織も無くなりましたし、私はもう統括でも何でもありません」 その言葉の後、ほんの少し間があってから支社長はこう告げる。 『私は、あなたが“統括”だから従っていた訳じゃありません』それから、電話口で笑顔を作った支社長はさらに続けた『さあ、ここからが我々の本領です。違いますか?』。 リーブは無言だった。 『要はジュノンの時と同じです、今度はちょっとばかり規模が大きくなるだけですよ』 「……7日しかありません」 『7日もあるじゃないですか』 その言葉にはっとした。一筋の光明が、進むべき道を照らしていた。 あの7日間で2人を救い出せたのだから、今度もそうすればいい。世界……とはいかないまでも。 「……そうですね」 せめてこの都市の人々を。 「7日間、残されていますからね」 救いたいと思った。 自分の思いに気がつけば、もう迷うことはない。リーブは目を細めて礼を言った。 「これから、忙しくなりそうです」 『そう来なくては!』 こうして、次の7日間が幕を開けた。 ―7Days<終>― |
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* 後書き(…という名の言い訳) |
ここまでご覧下さいましてありがとうございます。 FF7 Disc2の救出作戦をリーブ視点+αで書いたモノ。ジュノンの妄想が激しすぎると言う噂です。 書いた直後の言い訳は[2009.07.02]の雑記に。だいたい内容は一緒です。
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