蒼きマテリアの光輝


 彼らに与えられた最後の安息日。
 故郷へ帰る者。肉親や愛しい者達と過ごす者。再び自分を見つめ直す者――彼らが生きるか滅びるか。どちらにせよ、明日で全てが終わるのならば――せめて今日ぐらいは。
 それぞれが、思い思いの場所で時を過ごしていた。
 そんな中。

「……どうしてこんな所にいらっしゃるんですか?」
「ここはオレ様の家だ。帰って来ちゃ悪ぃのかよ?」

 ロケット村の中程にあるシドの家からは、役目を終え傾きながらもひっそりと佇む発射台が見えた。
 自宅の扉を開けると、中からは相変わらず白衣を身につけたシエラが出迎える。絶世の美女とまでは言えないが、シドはこの女の事を悪からず思っている。
 シド自身は意識していなかったのだろうが、「オレ様の家」に主以外の人間がいる事に対する指摘がないのが、その表れだ。
 ――不思議なモンだ。と思う。
「なんつーかよ。やっぱ我が家ってのは落ち着くモンなんだな」
 空が好きで、ハイウインドが好きで、そして念願だった宇宙にまで行った。胸躍る様な興奮と、常に死と隣り合わせの戦闘、張りつめた緊張感。そして信頼できる仲間達と過ごす旅の日々――どれも、シドの望んだものだった。
 けれど。
 ここに流れているのは、そんな物とは程遠いひたすらに穏やかな時間。
 椅子にどっかりと腰を降ろし、いつものように煙草に火をつける。
 シエラは無言で湯飲みを差し出し、シドもまた無言でそれを受け取った。言葉を交わさずとも、それが当たり前の日常。
「まぁ、オメェも座れや」
「先に片付けを済ませてしまいますね」
 そう言って、シエラはあれやこれやと室内を忙しなく動き回る。
 そんな光景をぼんやりと眺めながらシドは煙を吐き出すと、目の前に白い靄がかかる。しばらくすると徐々にそれが晴れて、窓の外に見える発射台と――そのはるか上空に君臨するメテオが目に入った。
 その禍々しい姿を見つめながら、無意識にシドは小さく舌打ちする。
「……クソッタレが」
 そうして苛立ったように、まだ火をつけたばかりの長い煙草を灰皿に押しつけた。
「どうしたんですか? 艇長」
 言いながら、茶菓子の入った皿を手にシエラがテーブルに着く。
「アレだ。邪魔ったくてしょうがねぇ」
 そう言って顎をしゃくって窓の方を示す。
「メテオ……ですか?」
「空が狭く見えちまってよ」
「…………」
 二人は無言のまま、窓外の景色を見つめた。
 蒼く、澄み渡った空の上には目前にまで迫ったメテオの姿。
 セフィロスが黒マテリアの力を用いて呼び寄せた、破滅の象徴とでも言うべきそれは、地上に生きるあらゆる生物の無意識に、絶対的な滅びという絶望を植え付けていた。
「……簡単な……軌道計算をしてみたんですけど。でも……」
 まるでその呪縛から逃れようとメテオから目を逸らし、俯きながら呟いたシエラに。
「お前も相変わらずマジメだなぁ。んなモンわざわざ計算なんかしなくったって見りゃ分かるじゃねーか」
 ここまで目前に巨大な隕石が迫ってきているのだ、この星が無事では済まないだろうと言うことは、今さら軌道計算などしなくとも簡単に導き出せる。
 むしろ、希望的な予測を立てる方が無理だと言っても過言ではないだろう。
 裏を返せば、シエラはその僅かな可能性を探ろうとしていたのだろうか?
 ――誰の目にも明かな、絶望的状況を否定する根拠を……。
 だが、そんな物は必要ない。と言ったのも彼だった。

「なあシエラよ、……オレ様が死ぬと思うか?」

 シドの問いに、俯いていたシエラがゆっくりと顔を上げる。
 目の前に座る男を見つめたまま。けれど、その瞳は揺れている。
「そっ……それは……、その。……分かりません」
 “分からない”のではない。“分かりたくない”のだ。
 この男に、死んでもらいたくはない。
 けれど、そんな希望はメテオの前ではちっぽけな物に過ぎないのだと否が応でも思い知らされる。
 ――ことさら、宇宙に出てこの星の姿を目の当たりにしたシエラならば。
「確かによ」
 シドが二本目の煙草に火を付けながら話し出した。
「でけえと思ってたこの星も、宇宙から見たら小せえ小せえ」
 暗黒の支配する宇宙空間に、ぽっかりと浮かぶ青い星。その姿はどこか心細い印象を与えた。
「けどよ、シエラ」
 シドは煙草をくわえたまま徐に席を立ち、部屋の出口の方に立てかけてあった槍を手に振り返る。
 慣れた動作で装備してあったマテリアを外すと、シエラに向けてそれを放り投げた。
「……艇長!?」
「それ、何だか分かるよな?」
「え? ……ええ。マテリアですね……回復……の?」
「上出来だ」
 豪快な笑みを浮かべながら、シドは話を続ける。
「オレ様も良く分かんねぇがよ、こんな石っころの中にぁ大昔に生きてた奴らの思念が詰まってるってんだぜ?」
 マテリアとは、星を循環する魔晄エネルギーが結晶化したものである。魔晄エネルギーとは星命学で言うところのライフストリーム。つまりは巨大な記憶と、それに伴う知識の奔流である。
「まぁ、早い話がそっから魔法を拝借してるって訳だな。……だがよ、ただ単に持ってるだけじゃあ魔法は撃てねぇ」
 マテリアの中に収められた力を解放するには、必要な物がある。そう言って、シドは胸を指しながら。
「それが、ハートってやつだ」
 豪語した。
 ――黒マテリアを使い、メテオを呼ぶには膨大な精神エネルギーが必要なのだと。それは古代種の神殿、黒マテリアを手に入れた直後にエアリスが語っていた。
 呼び出す魔法の威力に比例して、費やす精神エネルギーも大きくなる。多かれ少なかれ、シド達は実戦を通してそれを肌身で感じている。

「だから、オメェが心配しなくても、オレ様達が死ぬなんて事ぁあり得ねぇよ」

 いきなりの結論に、シエラはきょとんとした表情を向けた。
 そんなシエラに、再びシドが別のマテリアを投げ渡す。
「……これは?」
 自分の手の上で輝く、ぼんやりとした青色のそれを、シエラはじっと見つめていた。そんな彼女に。
「似てると思わねぇか?」
 と、シドは問う。
 彼の問いかけに、無言で首を振ったシエラに。

「宇宙からこの星を見たときによ、思ったぜ。『この星自体が、でっけえマテリアなんじゃねぇか?』ってな」

 過去の膨大な記憶と知識を蓄えながら、星の中を巡るライフストリーム。
 地上で今を生きる様々な生物たち。
 この星を形成する彼らには全て意志があり、生きている。
 そして、そんな彼らを育むこの星は、輝いている。
 まるでマテリアのように。

 様々な色を含んだ、星という蒼きマテリアの光輝。
 それは、昨日までを生きてきた力強さと、明日を生きようとする希望の色。
 メテオが迫る中。
 二人は宇宙に出て、紛れもないその輝きを見た。

 そして。
 彼らもまた、この星に息衝く命の中の一つなのだ。

「オレ様はまだよ、死ねねぇんだ」
 シドの声に応えるように、シエラは席を立ちゆっくりと彼の方へ歩み寄ると。
「……私もまだ、死ねません」
 そう言って、渡された二つのマテリアを返した。
「シエラよ、……オレ様が死ぬと思うか?」
 先程の問いに、今度は自信をもって答えられる。
「いいえ」
 そう言ってシドを見上げたシエラの表情に、柔らかな笑顔が戻る。



 一夜明けて。
 再びあの笑顔を見るために、男は故郷を後にした。




―蒼きマテリアの光輝<終>―
 
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* 後書き(…という名の言い訳)
・黒マテリアのメテオ。
・白マテリアのホーリー。
・星の危機に現れるウェポン。
・魔晄エネルギー、星命学で言うライフストリーム。
・そして、「星の意志」。
 それらのキーワードを個人的に解釈してみた話です。……うーん。
 シドとシエラの両名はけっこう好きなんですよね。シエラに対するあまりにも乱暴な態度に最初こそ「おや?」と思いましたが。過去のエピソードを語っているシエラのイベントからもう彼らが大好きで大好きで。足繁くロケット村に通ってました。

 ところでシエラはメカニックな気がしますが、軌道計算ができるのか云々については全く根拠なしで勢いだけで書いてます。すみません。

 北の大空洞突入前のシリーズでは、リーブ編[旅費精算申請書]に続く2作目。