執行猶予 [逆転裁判4]
2007/05/17 Thursday
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部屋へ入って来るなり、ヤツはこう切り出した。 「僕に、あなたの弁護をさせて下さい」 真剣な目で、真っ直ぐにオレの顔を見て。なんていうか、思わず和んじゃったわけだ。愚直というか馬鹿というか。だから言ってやったんだ。 「もう、アンタの出番はないのさ」 事実を語るにはその一言だけで充分で、なによりも白日の下に晒された事実を今さら引っ込める事は不可能だということは、彼ら自身が一番よく知っている。わざわざオレが否定の言葉を口にするまでもない……はずだった。 周囲をコンクリートで固められた殺風景な留置場内、アクリル板の向こうに見慣れた顔があった。そいつは法廷で何度も対峙してきた男だ。その隣に立っているのは綾里真宵。頭だけが見えているのは、おじょうちゃんも一緒ってことか? まったく、こんな狭い所へよくも大勢で押し掛けて来たもんだ。そう思ってため息を吐いた。 「ゴドー検事……」 「本名は神乃木だ。それにもう検事じゃねぇよ」 「す、すみません」 「別にそんなことはどうでもいいんだがな、今さらアンタ達がここへ来る用はないだろう? それとも、最後に一目でも俺の顔を見に来てくれたってことか?」 「神乃木さん……」 成歩堂の横で、神妙な面持ちになってオレの名前を呼んだのは綾里真宵――あんたには色々謝らなくちゃならない事がある。だけどな、そんな目で見られるいわれはねぇよ――と、言いたかったが口に出すのはやめておいた。 勧めもしてないのに、成歩堂は用意された椅子に座って話をはじめた。長期戦、ということか? オレの方は、もう訊きたいことなんか無いんだがな。……とは言え、何もない留置場内には唯一、時間だけがたっぷり用意されていた。彼らの話を訊くのは、良い暇つぶしになるだろう。 考えが変わった、オレは椅子に腰を落とすとアクリル板越しに彼らと向かい合った。 *** 「神乃木さんの量刑審理に、弁護人としてぼくを立ち会わせて欲しいんです」 序審法廷制度下では、逮捕起訴から3日以内に神乃木さんの裁判が開かれる。ここに、ぼくは立つ事ができなかった。だからその後に行われる量刑審理に……と進言しようとしたが。 「断る。……一応、弁護士の資格は持ってるしな」 あっさり却下されてしまった。 殺人罪で起訴されたあやめさんの公判が無罪判決をもって結審した後、今度はゴドー検事こと神乃木荘龍を被告人として、天流斎エリスこと綾里舞子殺人の罪で立件、起訴された。その序審法廷で神乃木さんは弁護士の依頼をしなかった。元弁護士という経歴を持つ彼にとって、その必要性はまったくなかったわけだけど。 起訴事実――つまり綾里舞子殺害の事実は、すでにあやめさんの審理で立証されていたし、動機も彼自身の口から既に語られた後だ。 こうして神乃木荘龍に対する序審法廷は1日、それも開廷から1時間ほどで結審を迎えた。 傍聴席でその様子を見ていたぼくらは、法廷を出たあと被告人控え室へ向かった。しかし、そこに神乃木さんの姿は既になかった。だからこうして、強行で面会に来たというわけだ。 「……量刑審理……ねぇ。アンタの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったぜ。差詰め誰かの入れ知恵か?」 神乃木さんの推理は間違ってはいない、たしかにぼくだけではその発想はできなかったからだ。でも、重要なのはそんな事じゃない。 「どうしても……」 「なあ、成歩堂」 ぼくの言葉を遮って、神乃木さんはこう切り出した。 「量刑審理なんてオレにとっちゃどうでもいい話だぜ? 大体、オレが極刑にでもなると思うか?」 「……情状酌量の余地から言って、それはないと思います」 「じゃあ聞くが、アンタの考える妥当な量刑は?」 その質問に、ぼくは答えられなかった。 そもそも今回の事件は、獄中にいた綾里キミ子の教唆による綾里舞子殺害計画が発端となった。それを知った神乃木さんは綾里舞子、あやめらと協力して、キミ子の殺人計画を止めようとした。綾里舞子殺害は、その途上で起きてしまったものであり、神乃木さんには綾里舞子に対する殺意はなかった。これも、あやめさんの審理で立証済みだ。 この事件を理解するためにはまず、『霊媒』という特殊な環境下で発生したという事も考慮しなければならない。仮に神乃木さんが殺意を抱いたとして、その相手は天流斎エリスでもなければ、綾里舞子でもない。既に死亡している美柳ちなみだ。 しかし既に死亡している人間に対する殺意は立証できても、天流斎エリス――綾里舞子に対する殺意は“無かった”のだから立証できない。と同時に事件発生当時、現場にいたのが《綾里舞子》である事を認識した上で凶行に及んだ事もまた事実なのである。 量刑審理の法廷で、『霊媒』という行為・現象がどう扱われるかによって、判決は大きく左右されるだろう。 ただ一つ言えるのは。 「……その、実刑は免れないと思います」 「悪くないな、オレも同意見だ」 適用されるとしても正当防衛ではなく過剰防衛だ。それにしても人一人を殺している、その事実は曲げられない。だからこそ、実刑判決は免れないと思った。 「……で、だ。アンタひとつ忘れている事があるぜ」 「忘れている事?」 そう言われて、これまで目にしてきた事件資料の記述を必死に思い出した。けれど、本当に「忘れている」のだとしたら、答えられるわけがない。神乃木さんは笑いながらこう言った。 「オレにはどのみち残された時間がない。これも明白な事実ってワケだ。残念ながら、な」 「…………」 そうだった、確かに指摘されるまですっかり忘れていた。神乃木さんの身体には……。 「まあ、そんなカオするなよ」 「す、すみません」 「謝る事はないさ。……が、これでオレがアンタの申し出を断る理由には納得がいったかい?」 彼が収監されるとすれば刑務所ではない、たとえ量刑審理で執行猶予がついたとしても、どのみち行き先は同じだ。 執行猶予――彼には、量刑とは別に免れる事のできない死が待っている――神乃木さんに残された時間は、決して多くはない。 「なあ、成歩堂。 あの日オレがアンタにごちそうしたコーヒーが冷めないうちに、やらなきゃならない事があるだろう?」 「え?」 「オレのおごったコーヒー代、そんなに安くはないんだぜ?」 「……さっさと働け、そう言うことですか?」 ぼくがそう言うと神乃木さんは、わざとらしく口元をつり上げて笑って見せた。 「分かってるんなら、こんなところで油を売ってる暇は無いだろ。……じゃあな」 そう言って、軽く手を振って彼は面会室を去っていった。その仕草があまりにもさり気ないものだったから、ぼくたちはなにも言えないまま、部屋を出て行く神乃木さんの背中を見送るしかなかった。 *** お嬢ちゃん達にまともな挨拶ができないまま、オレは面会室の扉を閉めた。正直なところ、あれ以上は限界だった。公判以来あまり体調も良くない。……もっともこれ以上、生にしがみつく動機はないが、生きている以上は格好良くありたい。男はどんな苦境に立たされても弱音を吐かないモンなんだぜ? ヤツに話した通り、刑がどう確定しようとどのみち病院送りだ。待っているのはまたも退屈な場所。コーヒーもロクに飲めたモンじゃない。 「考えただけでも地獄だな」 しかし、その後オレを待っていたのはそんな生ぬるい地獄ではなかった。 結局オレは、量刑が確定する前に病院へ入れられた。 その昔、不用意に口にした一杯のブレンドコーヒーがこれほど後を引くとは思わなかった――まったくとんだブレンドだぜ――なんて、今さらクレームを付けたところでどうにもならないんだがな。 (ああ、暇だぜ……) オレはゴーグルを外したままベッドに横たわっていた。あれがないと満足にモノも見えない、不便な身体になっちまったもんだ。そのかわり顔面を覆うマスクは頭上の機械に繋がれ、腕には点滴、なんだか得体の知れない代物が体中に貼り付けられている。身動き一つするにも全身にまとわりつく管がうっとうしいし、どうにも息苦しい。 そう言えば最近は面会に来てくれるヤツもめっきり減ったな。そりゃあ5年も寝たきりだったオレに会いに来るなんて奇特なヤツ自体、少ないだろうが。 (本当に暇だぜ……) 暇すぎて気が狂いそうだった。 それでも唯一、病室のテレビだけは見られる(実際には見えないので耳で聞いてるだけだが)ように頼んでおいた。もてあます暇を潰すにはそれしか手段が無かった。 (ああ、クソ。暇すぎて気が狂いそうだ) そんなオレの耳に聞こえてきた、聞き覚えのある名前。思わず懐かしくなっちまった。 『先日の或真敷天斎射殺事件の初公判中に発覚した、弁護士による証拠品ねつ造疑惑について、事態を重く見た弁護士協会は事件の担当弁護士・成歩堂龍一を、除名処分とすることを全会一致で決定しました――』 ああ、確かにそう聞こえた。間違いない。……とうとう耳までやられちまったか? (成歩堂……が? まさか) そうだ、たぶん夢だ。おおかた寝ぼけて夢でも見てるんだろう。にしても、夢だってんならもう少しマシな夢を見たいモンだ。よりによって何でアイツが出てくるんだ? 瞼を開いていても閉じていても、どうせ今のオレに見えるのは闇だけだ。それでもオレは瞼を閉じて、誘われる眠りに落ちていった。 最後に見た“夢”の真相を、結局オレが知ることはなかったのだ。 <終>
# 逆裁3第5話完結の直後に“あの”(逆裁4-4回想)法廷があったとする本編の流れに、 # 既に「救いようの無さ」を感じた一プレイヤーとしては、 # とことんまで救いようのない話を書いてみたくなる衝動に駆られたわけです。 # 逆裁4の三部作→[1][3] |
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