論告求刑 [逆転裁判4]
2007/04/23 Monday


 その日、私のオフィスに一通の便りが届いた。何の変哲もない、小さな茶封筒だった。
 表には、お世辞にも達筆とは言えない字で私の名が記されていた。無意識のうちに宛名が自分であるのを確認した後で、封筒を裏返し差出人の名前を目にした私は、開封しようとした手を止めて封筒をテーブルの上に投げ置いた。
 手紙の差出人は、私のよく知る人物だった。しかし差出人を知った今となっては、この封を開ける気にはなれない。
『それでは、次のニュースです』
 つけてはいたが、見る者もいないままTV画面の中のキャスターは原稿を読み上げている。頼んでもいないのに、彼女の声は封筒の差出人と同じ名を告げた。
『先日の或真敷天斎射殺事件の初公判中に発覚した、弁護士による証拠品ねつ造疑惑について、事態を重く見た弁護士協会は事件の担当弁護士・成歩堂龍一を、除名処分とすることを全会一致で決定しました――』
(……成歩堂……)
 TV画面に映し出される7年前の成歩堂の顔から目を逸らそうとして、今し方テーブルの上に投げ置いた封筒が目に入った。なぜ、自分がこれほど動揺しているのか? 私自身にも正確なところは分からなかった。ただ、視界に入った封筒から顔を背けようと振り返った時、不注意にもテーブルの上に積まれていたプリントを床にばら撒いてしまった。
 慌てて屈み込んでから床の上に散らばった紙片の一枚を取り上げると、真っ白な紙の上に印字された表題が目に飛び込んできた。

 『或真敷天斎射殺事件 公判資料』
 被告人      :或真敷 ザック
 罪状及び起訴容疑:或真天斎射殺の容疑で起訴。
 担当検事     :牙琉 響也
 担当弁護士    :成歩堂 龍一

 それこそが、或真敷天斎・射殺事件に関する事件ファイルだった。
 これまで飽きるほど見てきた公判資料に記載されていたのは、これまた飽きるほど見慣れた人物の名前。しかしこの資料の中に、私の名前はどこにも無かった。つまり、私はこの件に関していかなる立場からも関与はしていない。よってこの公判資料も不要であるはずだった。なのにこうして手元に資料を取り寄せたのは、他ならぬ私自身の意志によるものだった。
 「担当弁護士:成歩堂龍一」――記載された文字をじっと見つめた。
 それはかつて、私を悪夢から救ってくれた恩人であり古い友人。
 彼の言わせるところによれば、自分が弁護士を目指すきっかけが私だと言った。
(えん罪に苦しむ人々を救いたい……そうだったな?)
 声に出さなければ聞こえない、問うべき相手に届かなければ答えも得られない。そんなこと頭では分かっている。それでも、考えずにはいられなかった。
(しかし)
 真相究明に対する恐るべき執念と、強い信念を持つ男――それが私の知る成歩堂だった。その成歩堂が。
(……このザマは何だ!?)
 手にした紙片が小さな悲鳴をあげて、形を崩した。

 ――証拠品をねつ造し、法廷を追われた弁護士。

 それが今の成歩堂だった。
 或真敷天斎射殺事件の公判資料を見る限り、すべての状況証拠はその事実を裏付けている。だからこそ、弁護士協会は彼の弁護士資格剥奪という厳罰処分を全会一致で決定した。無理もない、これだけの証拠が揃っていれば反証の余地はない。成歩堂には弁明の機会すら与えられなかっただろう。
 あの審理の中で特例措置として傍聴人には非公開として行われた証人喚問の記録に、私は我が目を疑った。

 ――「偽造された証拠品を持ち込んだのは“重罪”にあたるかもしれません。
    しかし! それは、ぼく個人がやったことであって‥‥」

 誰の目から見てもそれは、紛れもない自白だった。しかもそれが法廷でされたとなれば、弁明の機会など与えられるまでもない。

 しかし、少なくとも私は成歩堂を知っている。成歩堂という男は、金や名声のためにこんな事をする男ではない。恐らくこの裏には、何か別の理由があるはずだと確信していた。しかしその理由――動機が分からない。
 状況証拠、物的証拠は揃っている。しかし、動機はまだ示されていない。
 法廷であの証拠品を提示してしまった段階で、成歩堂の罪は確定的だった。しかし、そこに情状酌量の余地は本当になかったのだろうか? 動機――最後に残されたその謎が解明されない限り、彼の裁判は結審しないだろう。
 法廷から姿を消した或真敷ザックの裁判ではない、ねつ造という許されざる罪を犯した成歩堂自身の“法廷”だ。

(たとえ真実を導いていたとしても、提示された証拠品が偽りの物では意味がないのだ。
 そんなことぐらい……貴様にも分かっていたはず、……だろう?)

 私を悪夢から救い出したのも、
 お前の道を示したのも。
 真実のみを黙して語る、偽りのない証拠品だったのではないか?


 もしも私の主張が間違っていると言うならば、徹底的に反証して見せるがいい。それが出来ないのなら、私からの論告求刑を黙って受け入れるべきだ。


 ――弁護人、貴様の最終弁論を聞かせてもらおう。


 意を決して立ち上がると、テーブルの上に投げ置いた封筒を手に取った。念入りに閉じられた口を開けると、中には一通の書類が収められていた。発行者は差出人ではなく地方裁判所だった事には、僅かに驚きを禁じ得なかった。その他にも同封されている物はないかと探してみたが、他には何も無かった。
 収められていた書類は、裁判所からの召喚状だった。しかしこれまでに見たことのないモノだ。証人招致の際に使用するモノと書式は似ているが、そうではない。用件には「裁判員」と書かれてある。
 その文字を見た時、私は悟ったのだ。

「……これが貴様の最終弁論、というワケか」

 祖国の法廷からの招待状、そこで再会できるはずの旧友を思い、私は身支度を調えると部屋を後にした。




<終>
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# 7年越しの救援要請と言えなくもないハナシですがね、裁判員の中に御剣がいる、というありがちな妄想w
# タイトルなのに、話中で「論告求刑」をハッキリしていないんだよなコレ。
# オチとしてはイマイチだと思うんですが、…すみません。
# 手紙を開けない/TVを見ない=聞く耳持たないってヤツです。
# 当方が書くと御剣さんってこんな程度だよ。オバチャンに光線銃で殺されそうですw
# ごめんねみっちゃん。

# とりあえず、逆裁4第4話の過去回想シーンでの成歩堂の潔く男らしい台詞に感動した勢いで妄想した。
# ここまでお付き合い頂けました方に、心からありがとう。
# 逆裁4の三部作→[2][3]
 
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