壊れたラルスが生きている世界

16話

「あうす、にたー(訳=来たー)。」
 武夫が満面の笑みを浮かべて、やって来た。ザンとペテルもやって来る。
「来たよー。僕も仲間に入れて。」
「にーよ(訳=いいよ)。……ねー、あうす。」
「なあに?」
「ざーちゃま、おうち、たのちかーた(訳=ザン様の家は楽しかった)?」
 武夫が抱きつきながら聞いてきた。それを見たペテルが不機嫌な顔になる。
「そ、だね。楽しかったよ。名無し草も見られたし。」
「それってさー、白いつぼみに歯がはえているあの不気味な草のこと? あれ、側に行くと、こっちにあの頭みたいなつぼみを持ってきて、撫でてくれみたいな仕草するから怖いよね。撫でたが最後、指を持っていかれそう。」
 ザンが顔をしかめながら、溜息をついた。「お姉様のことは好きだけど、ああいうのが好きなとこは、やっぱ妖怪だねえって思うよ。」
「名無し草は食虫植物だよ。あの歯は肉でも食べられそうに見えるけど、虫以外は食べないから。……ザン様が餌が出てるって言ってたけど、多分、虫の死骸の詰め合わせなんかじゃないのかなあ。だとしたら、ちょっと気味悪いかも。」
 ラルスは教えてやった。「話を変えるけど、君って何でザン様のことをお姉さまって呼ぶの? なんか百合みたい。」
「百合つーのは、花じゃなくて同性愛の? そんな隠語みたいな言葉も分かるわけ? 妖怪っつーのは。……あたしは異性愛者だよ。武夫がいるじゃん。まー、ターランみたいにどっちも好きな人もいるけどさ。」
 ザンは首を振りながら続けた。「……だってさー、あたしとお姉様って名前が一緒じゃん。それなのにザン様なんて呼びにくいし、お姉さんじゃ馴れ馴れしいし、かと言って、小母さんとかお婆ちゃんなんて呼んだら、ぶっとばされそう。あの人、あたしに似て沸点が低いんだよねー。……ま、お姉様が一番マシかなと。」
「ふーん。確かにおば様だと親戚みたいだし、それもザン様は怒りそうだね。若いもんね。ふーん、成る程ー。」
 ラルスは頷いた。「……ターラン君って、バイなんだ。」
「そうそう。あの人、ごくたまーに売春宿へ行ってるよ。男だからしょうがないのかね。」
「まーね。僕はもう行かないけど。」
「何で?」
 ザンではなく、ペテルが訊いてきたので、話についていけない武夫以外の皆が吃驚した。
「あんた……のーみそ、子供じゃん。そういうの分かるの?」
「……体は大人だから。」
 ペテルがぼそっと呟いた。
「頭が子供で体が大人かー。なんか面倒そうだねー。えおもそろそろお年頃だから、大変かもね。……こういうことを言うと、またザンは怖がるんだろうけど、僕さ、もう、殺し以外では体が反応しないんだよ。」
「うえーっ、異常性欲の殺人鬼かよー、お前。気持ち悪過ぎっ。」
 怖がるより怖気が立ったような顔になったザンが叫んだ。
「壊れちゃったからしょうがないのっ。……僕だって、嫌だよ。こんな自分……。」
 ラルスは俯いた。それをシーネラルがじっと見つめていた。
「おちゃべりちなーで(訳=お喋りしないで)、遊ぶのーっ!」
 武夫が怒鳴った。皆が彼を見る。「えお、ひとーであちょぶよ(訳=一人で遊ぶよ)。」
「ごめん、ごめん。じゃ、僕とえおで遊ぼっか。」
 ラルスが武夫を肩に乗せると、リトゥナ達の所へ走り出した。武夫が悲鳴を上げたので、怯えたのかと思い、速度を落として彼を見た。興奮していただけだと分かったラルスがまた走り始める。
「ちょっとー、俺も行くっ。」
 ペテルも慌てて走り出した。えおをとられてなるものかと、必死だ。
「あたしも行くかな。」
 ザンも飛んで追いかけていく。死んで良かったことは、空が飛べるようになったことと、壁が通り抜けられることだと彼女はいつも言っている。そういうところは子供だなとシーネラルは思う。
「……。」
 1人残ったシーネラルは、はしゃぎはじめたラルス達を無言で眺めた。
 『壊れたことを嫌がっている……。それなら……。』
 彼は決意の表情を浮かべた。



08年9月30日
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