壊れたラルスが生きている世界

15話

 トゥーリナのマーカコイン3枚とマーカコイン職人の住所を携えて、ラルスはザンの城から帰ってきた。トゥーリナのマーカコインで面白いのは2つしかなかったので、3枚目は一番見栄えが良いのを選んできた。
「ま、別に急がなくてもいいかな。今はえお達の方が興味あるし。」
 居場所さえ分かればいつでも行けるので、ラルスは職人の家へ行くのを後回しにすることにした。

「兄貴だろーっ。絶対に兄貴が犯人だろっ。」
 ただいまの挨拶をするなり、トゥーリナがラルスの肩を揺さぶり始める。何事かと思っていると、「酷いじゃないか、自分だけ親父と……。」
「ご・ご免、ご免。これ見せたら、スイッチ入っちゃって……。」
 ラルスは父のマーカコインをトゥーリナに見せた。「キシーユを思い出しちゃったんだ……。」
 コインをチラッと眺め、トゥーリナが溜息をつく。
「成る程なー……。親父、戻ってくるのも唐突なら、行くのも唐突なんだよなー。垣根作りてー。」
「そういう物を簡単に作れそうな人、僕は知ってるなー。」
「えおなら無理だよ。」
 ターランが口を挟んできた。ラルスは彼の顔をじぃーっと眺めた。
 『常に一緒にいるのは、仕事だからかと思ってたんだけど、違うんだね。』
「俺の顔に何かついているかい?」
「ほっぺたの突起物以外は何も。」
「……そう。」
 ターランはどう反応していいのか、分からないような顔になった。彼の顔の突起物は、普通の人間にもある耳や鼻と一緒で、生まれつき持っているものだから、どうしようもないのである。
「えおはどうして駄目なの?」
「えおの力は、基本的に後ろ向きだから。闇の力っていうのかな。混沌や無秩序なんかの方が性にあってる。父親が彼を愛するようになれば、変わるかもしれないけどね……。」
「ダークサイドなのかー。んー、そうだね。えおって、お父さんに会いたいメーターが低い時はただの愛らしい赤ちゃんだけど、高くなるにつけてブラックになるよねー。人が自分の言うことに従うのは当然で、逆らう奴は容赦しない……みたいな。トゥーリナは可愛い俺様だけど、えおは、他人のことなんて構ってる暇はねえみたいな必死さがいいね。」
「何故、俺の名が出る。しかも、なんか馬鹿にしてるし。」
 トゥーリナが不機嫌になった。
「いやー、トゥーリナと違って、えおってなんか、人を使うのに慣れてるって感じがするんだよね。トゥーリナが俺様なのは、親しい人だけ。部下にすら、我が侭を言えない。でも、えおは……ダークえおは、人を使うのが当たり前って感じ。あー、人を使うこと関しては、普通のえおもわりとそうかも。」
「それは育ちが出てるね。えおは、メイドに囲まれて育ったお坊ちゃまだから。」
 ターランが言った。
「お屋敷に住んでたね。絨毯が柔らかかったなー。裸足で歩いたから、気持ち良かったよ。」
「それはあの時のことを言っているんだな。皆に迷惑をかけまくった時の。」
「……へへへ。そうです。」
 トゥーリナの目が怖かったので、ラルスは笑ってみた。


 武夫達は、リトゥナや部下の子供達と庭で遊んでいた。リトゥナは、母百合恵と共に妖魔界語を勉強中なのと、父トゥーリナに鍛えられているので、遊びに来ないこともあるが、今日は自由なようだ。
 普通の妖怪は生まれつき、色んな言葉を話せる能力を持っている。ラルスを含む妖怪達が武夫達日本人と普通に会話しているのもそうだ。しかし、リトゥナは母が日本人の頃だった頃に生まれた子で、半分人間のせいなのか、その能力を持っていない。人間から妖怪に転生した百合恵はその力を持っているが、妖魔界語にその力は発揮されないので、二人で勉強が必要になるのだ。
「り、りゅー、うふふ。」
 武夫が声を立てて笑っている。今は無害な子供のようだ。ラルスと父へ会いに行ってからの日が浅いので、ラルスがいうところのメーターがゼロなのだろう。
「えおって、うふふって笑うんだ。」
「父方の祖母に似ているんだ。奴はそれも気に入らないと言っていた。」
 ラルスの呟きに、今は遊びから開放されているシーネラルが答えてくれた。
「へー。まあ、悪魔が消えない限りは、何でも癇に障るんだろうね。」
「だろうな。」
 シーネラルが陰鬱な表情になる。ラルスは彼を見て微笑んだ。
「育ての親二人に愛された僕からすると、親の愛は必ずしも無償じゃないけど、それでもタルートリーは例外だよと言えるよ。」
 ラルスの言葉にシーネラルが驚いた表情になる。「シーネラルさんのお母さんがシーネラルさんを捨てたように、親であることを放棄してしまう人はどうしても出てくる。でも、そういう人はほんの一部。絶望するには早いよ。シーネラルさんはどれだけの親を見たというの?」
 シーネラルの表情を見たラルスは、許しを請うように微笑んだ。「ごめんなさい。ちょっと生意気だったね。」
「……。」
「僕は神父様も、シースヴァスお父さんも大好き。本当のお父さんもね。皆それぞれに素敵な人だよ。」
 ラルスは目を細めた。「それが例外なら、どうして普通の孤児院という言葉が特殊なんだろう? 虐待する孤児院があまりにも多いって、一般の人はどうして知らないの? 親が嫌な人ばかりなら、皆、孤児院へ……。」
「……あー、分かった、分かった。」
 シーネラルが立ち上がった。「俺は感傷的すぎると、お前は言いたいのか。親を知らないから……いや、なまじっか覚えているから親に傷つき、それ以外の親に期待した。そして、期待しすぎたから、人間のタルートリーやお前の父親に幻滅し、親なんて……とまた傷ついたと。」
「うん。それもある。それと、完璧な親なんていないよって言いたかった。僕には子供がいないし、実のお父さんは育ててくれなかったから分からないけど、たぶんね。」
「期待しすぎるのも良くないが、幻滅するのも良くないと。」
「何でもそうなんじゃないかなあ。程々が一番だね。」
 シーネラルが考え込んでいるような表情になった。



08年9月29日
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