壊れたラルスが生きている世界

13話

「ザン様、この職人さんが誰だか知らないですか? 僕、会ってみたいと思っているんです。」
「知ってるけどよ、壊れた奴に教えるわけがねーだろ。マーカコイン職人は貴重な人材なんだ。消されちゃたまんねーからな。」
 ギンライのコインを眺めていた妖怪のザンが吐き捨てるように言ったので、ラルスは頭にきた。
「なんで皆して、僕を無差別殺人鬼みたいに言うのっ!? この妖魔界にどれだけの人がいると思ってるのっ? わざわざそういう人達を選ばなくったって、相手には不足してないよっ。いい加減にしてよっ。もうっ。」
 ラルスは我が侭を通そうとする子供のように、床をだんっだんっと踏み鳴らした。いきなりラルスが大声で叫びだしたので、皆が吃驚している。「僕は確かに壊れているよ。でも、だからって、心を全部無くしたわけじゃないっ。そりゃ、一旦殺したい気分が高まったら、血を見ないで済ますのは難しいよ。でも、理性が吹っ飛ぶなんてことはないんだよ。……他の壊れている人はどうか、僕は知らないけどねっ。」
 ラルスは武夫の側へ行くと、彼を抱き上げた。
「ぶ。」
 武夫がラルスを不思議そうに見ている。「う?」
「君を抱いて落ち着くのは、ペテルだけじゃないんだよ。」
「ちょう(訳=そう)。」
 武夫がどうでもいいような顔をした。抱っこするのが父以外なら、相手は誰でも同じだと思っているらしい。その辺、この子供は冷めている。
 気まずい沈黙が流れた後、妖怪のザンが溜息をついた。
「分かった、分かった。悪かったよ。仕方ねえから、職人の場所を教えてやる。ただし、条件がある。」
「……何ですか?」
「んな目で睨むなら、教えてやらねえぞ。てめーは自分の立場をわきまえやがれ。誰の前にいると思ってんだ。」
 ザンに睨みつけられたので、ラルスは顔をしかめた。
「……第二者ザン様です。……睨んで悪かったです。ごめんなさい。」
 棒読みで言ってやった。馬鹿にされたのに、へりくだる気にはなれなかった。
「喧嘩売ってやがるな……。まあいい。タルートリーのマーカコインを持って来い。そうしたら教えてやる。」
「がめついなー。しかもさりげなく厳しいことを言うし。」
 マーカコインはその時の第一者をモデルに作る。だから、ギンライの前の第一者タルートリーのマーカコインはラルスの歳を軽く越す、1200年以上も前の物ということになる。
「どうせこのコインだって、どっかの城から盗んできたものだろ。だったら金は有り余ってるってことじゃねえか。それに、何も買ってこいとは言わねえよ。トゥーリナのマーカコインをやるから、それと交換して来い。」
「……何枚、欲しいんですか?」
「厳しいと言いつつ、何枚も集める気かよ? そりゃ、有ればあるだけ欲しいけどよ。1枚で充分だぜ。」
「そうですか……。じゃあ、後2枚は何処かに捨てようかな。」
 ラルスはポケットからマーカコインを入れていた袋を出した。それを逆さまにすると、あの城から持ってきたコインがばらばらと転がった。それらを目で追う。「ん、やっぱり3枚あった。」
 価値を知らない武夫と幽霊のザンを除く、シーネラル、ペテル、妖怪のザンが目を丸くした。
「7枚もあるよ!」
 ペテルが叫び、
「第一者タルートリー……。再びお姿を拝見できるとは……。」
 シーネラルが感動して……いる最中に、妖怪のザンに掻っ攫われた。
「おおっ。ルトーちゃんだ。……これも中々出来がいいな。」
「ザン様……。」
 シーネラルが妖怪のザンを睨んだ。
「いやー、悪りぃ悪りぃ。つい。」
 妖怪のザンは頭をかいた。


「さっきの無礼は詫びるからよ、頼むから3枚とも譲ってくれ。」
 妖怪のザンが深く頭を下げる。へそを曲げたラルスから、なんとか3枚ともコインをもらおうと必死になっている。
「お姉様ったら、なんであんな物が欲しいのかな。」
 幽霊のザンが小首をかしげる。
「ザンはかつてタルートリーの女だったんだ。愛した男の物だ、手元に置いておきたいんだろう。」
 シーネラルは解説した。
「ふーん。つーか、あたしら顔が似ているだけでなくて、同じ男を愛したわけ? 妖怪のルトーちゃんは、あの馬鹿よりはマシな奴なんだろうけど。」
 幽霊のザンが顔をしかめた。それからシーネラルへ「感動している最中に奪われたからって、本人がいる前で呼び捨てはまずくない?」
「どうせ聞こえないし、聞こえても問題はない。ザンはそういうことを気にするタイプじゃない。」
「まー、確かにね。だから、ラルスにああ言い出した時、ちょっと吃驚したよ。お姉様らしくないなあって。」
「ザンは壊れている者を憎悪しているみたいだ。だから、ラルスにも冷たいんだろう。ラルスを見る目が酷く冷たかった。ちょっと驚くくらいだ。」
 シーネラルはそこまで言ってから、はっとした顔になる。「思い出した。ザンはドルダーに家族を奪われたんだ。ドルダーも壊れていたから、ザンは壊れた者を憎む。」
「なんか聞いたことあるかも。お姉様は王女様だったのに、そいつが城を滅ぼした挙句、お姉様の目の前でママを殺したんだったね。……ああ、そうか。お姉様はそいつを殺して復讐をとげたけど、憎しみが全て消え去ったわけじゃないんだね。だから、壊れた者が憎いと。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって奴か。ラルスの奴はとばっちり食ったわけだ。」
「そう。」
 シーネラルは頷いた。


「なー、頼むって。」
「つーん。」
 ラルスは顔を背けた。本当はそこまで怒っているわけではない。しかし、第二者が自分に頭を下げているなんて、ぞくぞくするほど気持ち良かったので、わざとそんな態度をとっていた。
 しかし、気性の荒い鬼のザンのことだ。ほどほどにしないと、調子に乗るなと殴られる可能性もある。そろそろ許してやろうかなと考えた。そこへえおがやってきた。
「あうす、ゆるちてあげなちゃー。ざーちゃま、のこうよ(訳=許してあげなさい。ザン様が怒るよ)。」
 武夫の手にはあちこちに転がった7枚のマーカコインが握られていた。ペテルが集めて、武夫に見せてくれたのを持ってきたらしい。「あうす、あげう(訳=あげる)。」
「ありがと。……ザン様、えおもこう言ってくれたことですし、マーカコインは3枚ともあげます。ただ、さっきくれるって言っていたトゥーリナのマーカコインが欲しいので、お城へ行ってもいいですか?」
「ああ。」
 妖怪のザンが武夫を抱きしめた。「有難うな、えお。お前のお陰で、ルトーちゃんのマーカコインコレクションがまた増えたぜ。」
「ぶー。」
 顔中にキスをされた武夫が困惑したような表情を浮かべたので、ラルスは笑い出した。



08年9月27日
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