壊れたラルスが生きている世界

12話

 次の日。ラルスはギンライの部屋にいた。
「僕ね、本当のお父さんのマーカコインを持っているんだよ。色々あって忘れていたけど、思い出したから見せにきたよ。」
 ラルスはギンライに話しかけた。「お城を襲って見つけた奴なんだけどね。とっても印象的なんだ。」
「どんな風に?」
 ギンライは興味を持ってくれたようだ。
「ほら、これ。」
 ラルスはあのマーカコインを父の前に置いた。ギンライがその二つを手に取った。
 一つは、心ここにあらずといった無表情。かっこいい姿が多いマーカコインの中ではとても目立つ彫り物だ。もう一つは、深々と降る雪に両の手を伸ばしている姿。ぱっと見ると、雪と戯れる無邪気な子供のように見える姿だが、その表情は切なげで、見る者の胸を締めつける。
「……。」
「ね?」
「ああ。この男は観察眼があるようだな。俺の本当の姿を捉えている。」
「そう。史上最悪といわれた第一者を軽蔑するわけでもない、かといって尊敬するわけでもない。冷静に眺め、ありのままの姿を彫る……なーんて、いかにもな職人を思い起こすよね。この二つ。……ねぇ、本当のお父さんは、同じ職人さんだと思う?」
「思うな……。この男がキシーユの顔を知っていたら……キシーユ。」
 突然、ギンライの目がとろんとした。「キシーユ。お前は俺を許し……。」
「あーあ。スイッチ入っちゃったね。」
 ラルスは肩を落とした。「……言っても無駄だと思うけど、言うね。僕も、この職人さんがキシーユの顔を知っていたら、素敵な3枚目を作ってくれたと思うよ。」


 ラルスは武夫たちのところへ行くことにした。
「……トゥーリナに、本当のお父さんがああなったのは僕のせいですって言ったら、今度は蹴られるのかなあ?」
 せっかく正気に返っていたのに、とトゥーリナが怒り出しそうな気がした。暇な自分と違って、彼はなかなか父へ会えないのだ。ギンライにお仕置きされたお尻はあと3日くらいは痛みそうだが、トゥーリナに殴られた顔も結構痛い。「トゥーリナって結構手が早いんだなあ。」


 窓から子供達が遊ぶ庭を見たが、武夫達はいなかった。それで居間へ行くと、
「おっ。お前がラルスか。」
 第二者ザンがいた。「……シーネラルの言う通りだな。ザハラン……トゥーリナの野郎、頭がいかれてやがる。」
「いきなりなんなの。」
 ラルスは目を丸くした。
「だっておめぇよ、壊れてやがるじゃねえか。正気な奴なら、壊れた者と一緒に住んだりしねえぞ。」
「ねえねえ、お姉様。なんでラルスが壊れているって皆して言うわけ? あたし、わけ分かんないんだけど。」
 幽霊のザンが妖怪のザンへ言った。「顔は壊れてるって言えなくもないけど。」
「だからぁ、それは失礼でしょ。」
 ラルスはむくれた。
「何だ。誰も説明してやらなかったのかよ?」
「タイミングが悪かったんすよ。百合恵を不必要に怖がらせたくなかった。」
 シーネラルが口を開く。妖怪のザンはえおの頭に触れた。
「そうか。あいつには確かに言う必要がねえな。……こいつはいいのか?」
「えおは普通の人間ではないので、気を使う必要はないっす。」
「ふーん。……じゃあ説明してやる。壊れた者ってのはな、殺すことにとらわれた奴を言うんだ。殺人鬼って奴だな。」
「ただの馬鹿兎にしか見えないけどなあ。」
 幽霊のザンは不思議そうな顔でラルスを見ている。
「何? 君は僕に喧嘩を売っているの? 幽霊だから死なないと思ったら大間違いだよ?」
 ラルスと幽霊のザンが睨みあう。
「壊れている奴の怖いところは。」
 妖怪のザンは今のやりとりがなかったかのように続けたので、幽霊のザンはそっちを見た。ラルスも気が抜けて、大人しくすることにした。「見た目は普通の奴に見えるってことだ。戦いに生きている俺等のようなのでもない限り、気づけねえ。殺気を発することもなく殺すから、死ぬまで自分が殺されたことも分からねえ。」
「えー……。」
 幽霊のザンが初めて怯えたような顔で自分を見たので、ラルスは満足した。
「それに、考え方が普通と異なるようになる。俺等は人間の価値観でもおかしくねえように物を考えられるが、壊れた者はそれが出来ねえ。壊れた者にとっての常識は、俺達には意味の分からねえものになっちまう。」
「あ、それは分かる。ラルスって時々、普通と反対のことを言うのよね。人が、沢山死ぬかもしれないような状況を喜劇と言ったりさあ……。なんか変だと思っていたのよね。」
 幽霊のザンがうんうんと頷く。「……それなら確かにトゥーリナはおかしいわ。いつ百合恵達がこいつの餌食になるか、分かったものじゃない。どうして気にしないわけ?」
「トゥーリナは僕を信頼してくれているんだよ。それに、本当のお父さんに会えなくなるじゃない、そんなことをしたらさ。僕、今の生活が結構気に入っているんだよ。」
 ラルスはにっこり笑った。「それに……人は沢山いるよ? わざわざ百合恵やリトゥナを選ぶほど、遊び相手には不足してないから。」
「……。」
 皆が黙るのをラルスは笑いながら見ていた。
「あ、そうそう。どうせだから、皆にも見て欲しいんだ。」
「何をだよ? なんかの生首じゃねえだろうな?」
 幽霊のザンが警戒しながら言う。シーネラルがぎょっとした顔で彼女を見たが、ラルスと妖怪のザンは笑い出した。
「お前なあ……。」
「君、可笑しすぎ。もし僕がそういうものを大事に持ち歩いていたとしても、それを皆に見せてどうするの? そんなんじゃないよ。」
 ラルスは袋から、ギンライのマーカコインを出した。「とても素敵な職人さんだと思うんだ。」
 幽霊のザンは警戒しながら、シーネラルと妖怪のザンとペテルは興味深げにそれを覗き込んだ。武夫はどうでもいいのか、ペテルにもたれかかっている。
「印象的だねー。どんなグロいもん、見せられるかと思った。」
「とりあえずそこからはなれてくんない? いい加減、鬱陶しいよ。」
 ラルスは顔をしかめた。
「だってさー……。」
 幽霊のザンはまだ警戒を解いていないようだった。面倒だなあとラルスは思った。



08年9月26日
Copyright 2012 All rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-