片倉家1

2 両親が出来た

「尻叩きは高校生までではないぞ。」
 そんなほのぼのなわたし達に、男の人が水を差した。
「え?」
「大人になっても、悪ければ容赦なく尻を叩く。親にとっては、子供は何歳になろうとも子供だからの。」
「ええええーっ。」
 わたしと里美はハモってしまったが、多分それぞれ理由が違う。わたしは嬉しいからだが、里美は単純な驚きだろう。
「折角、娘が二人も出来そうでしたのに……。」
 女の人が溜め息をついた。
「騙すのは性に合わぬ。何でも正直に話すべきだ。」
「私、貴方のそういう真っ直ぐなところは好きですわ。ただ、娘は持てないですわね……。」
 女の人は呆れているが、わたしは思わず、
「大丈夫です。それでも、わたしは娘になりたいです。」
 大声を出してしまった。
 女の人と里美は驚いた顔していたが、男の人は嬉しそうだった。
「諦めずにいて良かった。やっと血の繋がらぬ娘が持てるのだな。」
 男の人が嬉しそうに言っているが、言い方が気になった。だが、
「ひろみ、正気なの? 大人になってまでお尻を叩かれるなんて異常だよ?」
 里美が心配そうに訊いてきたので、それは置いておくことにした。それに、期間限定ではないお尻叩きを受けられるのに、娘にならない選択をわたしがする筈もなかった。
「そうかもしれないけど、お金持ちのお嬢様になりたいもん。それくらいは我慢しないと。」
「そっか……。わたしは無理……。」
 里美がはははは……と力なく笑っている。
「里美と姉妹になるかと思ったのに、残念だな。」
「ははは、ご免ね。」
 里美も居なくなり、わたし一人が残った。
「では、お前がわたし達の娘になるのだな。」
「正直、無理だと思ってましたの。嬉しいですわ。」
 あっという間に、わたしは女の人に抱き締められていた。
「早く連れて帰って、色々したいですわぁ。」
「や、ちょ・ちょっと、苦しいよ、おばさん。」
 豊満な胸に抱き締められて、わたしは焦る。なのに、彼女はわたしを更に抱き締めてくる。わたしを気に入ってくれたんだろうが、娘になる前に窒息死しそうだ。
「アトル、少し落ち着きなさい。ひろみの顔色が悪くなってきておるぞ。」
 ぱしんっと叩く音がした。旦那さんが奥さんのお尻を叩いたような気がして、わたしはドキッとした。……が、呼吸困難で余裕がなかったので、確信はない。
「あん。……嫌ですわ、私たら。ご免なさい。」
 奥さんが慌ててわたしを離してくれたので、やっと呼吸が出来るようになった。少年漫画では巨乳に抱き締められると、主人公は柔らかさに幸せ一杯になるが、現実は苦しいらしい。
 奥さんはお尻を撫でていた。やっぱり、落ち着かせる為に旦那さんが叩いたようだ。わたしはドキドキしながらその仕草を見ていた。興奮した妻を落ち着かせる為に、世の夫はお尻を叩くんだろうか。普通は腕を掴んだりするのでは。
 『い・いや、で・でも、親子ならともかく、夫婦でお尻叩いたりするかな……。』
 お尻叩きサイトでは夫婦間のお尻叩きもあったけれども……。わたしはにお尻を叩く親が出来たのを喜ぶ暇が無かった。


 養子縁組の手続きと施設の皆にお別れを済ませたわたし達が外に出ると、凄い車が置いてあった。やっぱりお金持ちらしい。運転手付きの車に興奮する。車なのに応接室のようになってる中へ乗り込む。
 夫婦は、実の子である二人の子供が真っ直ぐで優秀に育ったので、自分達の教育の腕を試したくなり、養子を引き取ることにしたと語った。
「お兄さんやお姉さんが出来るんだ……。」
 わたしはドキドキしていた。車が走り出す。 うちへ向かうのかなあと思って外を眺めていたわたしは、あることに気が付いて口を開いた。「あの……。」
「何ですの?」
「二人の呼び方って、お父様とお母様でいいの?」
「そうですわ。」
「そうだの。」
 二人が少し嬉しそうに言った。
「あと、ですますの方がいいのかな。」
「当然です。」
 お母様が言う。
「分かりました。」
「ふむ。デパートに向かうか。ひろみに服を買ってやらねばならん。施設に服を返却する必要があるとはのう。」
「あまり沢山は買えませんわね。ひろみは痩せなければいけませんもの。」
 お母様がわたしのお腹辺りを指した。「お尻は大きくて叩き甲斐がありそうでしたけれど、太っているのは体によくありませんわ。」
「は・はい……。」
 施設で大分痩せたが、わたしは結構太っていた。


 デパートで服を買い、家に着いた。家は想像通りかなり大きかった。洋館で執事やメイドが普通にいそうだとわたしは思う。
「ここまで大きいとは……。こんな大きなおうちのお嬢様……。わ・わたしにつとまるのかな……。」
「大丈夫ですわ。お父様と私がこの片倉家に相応しい娘となるように、お尻を叩きながら厳しく躾ますから、心配いりません。たっぷりと叩かれて、ひろみのお尻は真っ赤になりますのよ。」
 お金持ちのお嬢様として、我が侭放題したり、お金を贅沢に使うというわけにはいかないようだ。二人は、厳しく躾けたいと言っていたのだから当然なのだが、そこは悲しい庶民の性。お金持ちときくとつい、湯水のように使えるお金なんかを想像してしまうのだ。
「が・頑張ります。」
 良家の子女に相応しい躾ときいて思い浮かんだのは、頭の上に本を乗せて落とさないように歩くというものだったり、テーブルマナーだったりするのだが、どれもわたしには無理そうなので、相当大変だと思った。
「気負う必要はないぞ。わたし達がじっくりと教えるからの。」
「そうですわ。時間はたっぷりとありますからね。お母様、こんなにお尻が痛いのに、まだ叩くなんて……と涙目になるあなたのお尻を、私は容赦なく叩くのです……。」
 お母様が厳しく言った。
「そ・そんなに……。実の子供達にも、そんな風にしたんですか?」
「小さい頃から厳しく育てているので、そうする必要はなかったの。」
「でも、ひろみは違いますもの。そういう場面もきっとあると思いますわ。」
「はい……。覚悟しておきます……。」
 お尻を叩く厳しい両親とは、想像よりも怖いものであるらしい。


 家の中へ入ると、想像通りメイドや執事服を着た人達が勢揃いで出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。旦那様、奥様、お嬢様。」
 しっかりわたしも入ってる。なんだかくすぐったいような、自分のことではない他人のことのような気持ちになりながら、わたしは奥へ進む。
 最初は豪華さや、広さに感動していたが、あまりの広さに不安になってきた。
「……広くて迷いそう……。」
 「点子ちゃんとアントン」という本では、点子ちゃんの家が広すぎて、お昼ご飯を食べた後に自分の部屋に帰ると、もうお腹が空いているなんて表現があったけど……。そこまではないにしろ、複雑な造りで迷いそうだ。
「そうですわねぇ。慣れないと迷うかもしれませんわね。暫くは、私かメイドが付きっ切りになる必要がありますわね。」
 お母様がコロコロと笑う。
「お願いします。」
 わたしの真面目な顔が面白かったのか、お父様まで笑っていた。



17年2月14日
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