片倉家1

1 始まり

 わたしの名前はひろみ。小学4年生の時に実の親に捨てられ、養護施設の子になった。親はそれぞれ恋人を作ったので離婚することにしたのだが、二人とも恋人と仲良くしたいからという理由でわたしを捨てた。とはいえ、物心ついた時から二人の仲は悪く喧嘩ばかりしていて、わたしは大して愛されてなかったので、大きなダメージは受けなかった。
 そんな、親とは呼びたくない人達に育てられたわたしは、何故か幼い頃からお尻叩きのお仕置きに憧れている。膝の上に乗せられ、たまにはパンツまで下ろされて何回もお尻を叩かれる子供達。そんなアニメや漫画で見かけるシーンに、強く惹かれていた。
 お尻叩きは、何回も叩かれて痛い思いをさせられるという意味では怖かったが、愛しているからあえて親自身も痛い思いをしてまで叱るのだというメッセージがあり、親の愛を感じられたのだ。
 養護施設に入れられることになった時、わたしはそこでお尻を叩かれるお仕置きをされることを、とても期待していた。しかし、残念ながらそんな事はなかった。ただ、悪いことをすれば叱られるし、頑張れば褒められ、実の親なんかよりずっと可愛がって貰えたので、わたしはそれなりに幸せだった。


 児童養護施設の遊戯室で、中学1年生のわたしは漫画を読んでいた。危険なことをした男の子が、お尻を叩くぞと脅されて怯えていた。そんな台詞だけでも、お尻を叩かれたいと憧れているわたしはドキドキするのに、数ページ後、男の子はお風呂場で本当にお尻を叩かれていた。周りの人達は笑っていて、叩かれている少年には辱めであるのだろうけど、そのお尻叩きシーンが深刻なものではなくギャグであると示しているように思われた。
 お風呂場なので、ぶたれている少年も叩いている青年も裸だが、ギャグ風味なのでエロくはない。勿論、読む人の好みによってはギャグだからこそのあっさりとした描写に、作られていないエロスを感じるかもしれないけども、わたしはそっち方面の興味はないので、赤くなったことを示す斜め線が数本引かれたお尻に興奮していた。叩かれた後の描写まであった。少年はさらに軽くからかわれながらも、周りから大事にされていると思わせる描写だ。
 これはお尻叩きがあるとネットで紹介されていた漫画で、シリーズの途中から買った為に物語の背景などは分からないが、家族をなくした少年を集団で育てているようだ。だから、悪さをすればお仕置きもするが、皆が彼を愛している描写があるのだろう。
 実の親から捨てられて施設で生活しているわたしは、親はいなくとも愛されている少年が羨ましくなった。日常的にお尻まで叩かれているし……。漫画としてはもうスパシーンが出てくることはないだろうが、叩くと宣言された時の描写から、日常的にお仕置きが行われてると妄想出来るのだ。
「……ふう。」
 わたしは概ね満足の溜め息をついた。この漫画は戦闘描写もある少年漫画風の少女漫画で、別にお仕置きがテーマの漫画ではないのに、お尻叩き宣言、執行の場面、その後まで描写されているという濃厚さ。二人とも裸な為、/m派であっても性的なお尻叩きが好きではないネット民達の反応が悪かったので期待していなかったのだが、実際にはこんなに素晴らしかったとは。なのに大満足ではないのは、ただ単に自分の境遇と比べてしまって羨ましかっただけである。
 戦闘シーンが出てくる漫画なので、村の人間なり両親なりが死んでいて身寄りのない少年を、グループで引き取ったという設定なのではなかろうか。だから、皆に可愛がられるだけではなく、お仕置きもされるのだろう。大切にされているのだ。
「いいなぁ……。」
 わたしはそう呟きながら読み終わった本を閉じ、窓の外を眺めた。お尻を叩かれなくても、それなりに幸せではあるのだけれど、幼い頃からの憧れはそう簡単に消えてくれないのだ。とはいえ、わたしはもう中学生。今から引き取られる可能性など、ないに等しいと思っていた。なんせ、養子を引き取りたがる夫婦はたまに訪れるが、大抵は赤ちゃん、いなければなるべく幼い子を望むのだ。だから、いつの頃からか、わたしは自分が引き取られる夢を見るのを止めていた。


 それから数日後。あの漫画をしつこいくらい読み返しているわたしは、途中から買うのもおかしいのに、そんな何回も読むなんてと皆に笑われたりしながら過ごしていた。そんな他愛もない日常が過ぎていく筈だったのだが……。
 児童養護施設は高校に通わない場合、中学を卒業すると追い出されてしまう。児童は18歳までの筈なのに、高校に通える成績ではないと義務教育終了とともに、自立を強要されるのだ。なんだか変な話だが、決まっていることなので仕方ない。
 中卒で追い出されたら、当然、働くのは厳しい。アルバイトすら中々無いのに、生活していけるだけ稼ぐなんて至難の業だ。生活保護でも貰いながら何とか生きられれば良い方で、ホームレスになるのが関の山らしい。世知辛い世の中だ。
「ひろみ。」
「何?」
 同室で一つ年上の里美が入ってきた。
「親になるかもしれない人が来たよ。すっごいお金持ちみたい。」
「へー。」
 わたしは冷静だった。例えどんなにお金持ちだろうが、中学生にもなった子を引き取ってくれる親はいないだろう。
「へーじゃなくて……。10歳以上の女の子は全員集合なんだよ。」
 彼女は不満そうに言う。親が出来るかもしれないのに、素っ気無いわたしが信じられないんだろうなと思う。
「珍しいね。普通は小さい子を欲しがるのに。」
「ま、だから、わたし達中学生にもチャンスがあるって事なんだよ。さ、行こ。」
「うん。」
 わたしは立ち上がった。「どんな人達なのかなー。」
 わたし達は部屋を出て歩き出した。
「何かね、条件がとても厳しくて、合う子がいるか分からないんだって。うちで3件目らしいよ。」
「はー、お金持ちなだけあって、難しいんだね……。何か無理そう……。」
「せめて条件を聞いてから諦めようよ。」
 里美に呆れられたわたしは、それもそうだなと思った。


 夫婦がいる部屋に里美と二人で入ると、男の人が口を開いた。
「お前達で全員かの?」
「そうです。」
 里美が答えた。
 わたしは遠慮無く、夫婦を眺めた。見る目がないので分からないが、女の人の首からぶら下がっているネックレスや持っているバッグは高級品に見えた。多分二人の服はブランド物だろう。二人とも若く、自分達で子供を作らない選択をするには早く思えた。お金持ちと聞いて、実の子供達の子育てを終えた老夫婦が、第二の人生として、恵まれない子供を引き取る気になったと思い込んでいたわたしは、驚いていた。どうして、子供を引き取ることにしたのだろう。
 男の人は背が高く、180センチはあり、引き締まった体つきのようだ。鍛えているのだろう。ハンサムだが、少し厳しそうにも見えた。女の人は160センチくらいだろうか。女性としては普通の背だと思うが、夫が大きいので、小さく見えてしまう。金髪碧眼で、西洋の血が入っているかのような顔立ちだ。睫が長く、派手目の顔だが、性格そのものは大人しそうに見えた。
 二人が両親になったら、厳しい父と優しい母になりそうだとわたしは思った。
「全員が揃ったので、条件を出していく。当てはまらないと思った者は出て行ってくれ。」
「はい。」
 男性の言葉に皆で返事をする。
「我が家に相応しい娘になって貰わねばならないので、躾は厳しくする。」
「怖い親なんて嫌……。」
「だよね。」
 優しい親が欲しいと思ってる子達が出て行った。
「厳しい躾に体罰は不可欠。尻を叩くつもりだ。今、体罰は悪いことになっているが、うちでは叩く。」
 わたしは思わず、わたしを娘にして下さいと叫びそうになったが……。
「叩かれるの嫌。」
 残っていた幼い子達が怯えたり、泣き出してしまった子が出たので、それどころではなくなった。わたしと里美の年長組と夫婦が慌てて宥めることになってしまった。大変だったが、とんでもないことを口走らなくて済んだので、皆には悪いが有り難かった。
 そして……。気付いてみると、わたしと里美だけが残っていた。
「やっぱり、ぶたれると分かるといなくなってしまいますわね……。」
 女の人はふうっと息を吐き出した後、夫を見た。「諦めた方が宜しいのではなくて?」
「尻を叩かず躾る方法をわたしは知らない。それに、二人残っとる。」
「そういや、うちで3件目だったっけ。」
「そうなんですの。私達の子供時代ならともかく、今の時代に体罰なんて無理なんですわ。」
「二人居ると言ってるではないか。」
 男の人が憮然としている。
「そうですわね。それで……。二人とも娘にしますの?」
「ふむ……。一人と思っていたが、二人でもいいかもしれんの。しかし、きちんと二人の意思を確認せねばならぬ。どうなのだ?」
 わたしと里美は顔を見合わせた。
「里美は、ぶつ親でもいいんだ?」
「良くはないけど、親が欲しいから……。ひろみこそ、どうなのよ?」
「お尻を叩くったって、せいぜい高校生までだろうし。お金持ちのお嬢様になりたい。」
「現金だねー。」
 里美に笑われてしまったが、お尻を叩かれたいからと言えないわたしは、へへへへーと笑って誤魔化した。



16年2月20日
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