片倉家1

3 兄と姉

 お喋りをしている間に、実子二人が待つ居間に着いた。
 わたしと実子二人は挨拶をし合った。お兄様になる陽明(はるあき)さんは大学1年生で、お姉様になる姫香(ひめか)さんは高校2年生との事だった。二人はわたしがデブなのには驚いたかも知れないが、特に嫌そうな顔もせずに優しく微笑んでくれた。
「お父様はもう上の子二人の教育は終わった的なことを言ってましたけど、お姉様が高校2年生なら、まだありそうです……。」
「反抗期を過ぎたので、今、叱ることと言ったらテストの点くらいだの。ほぼ躾は終わったと言っていい。」
「するとすれば、受験勉強のサポートくらいですわね。」
 お母様がさらりと言う。それだって結構大変だろうに。
「へー……。さすが児童養護施設で自慢するだけのことはありますね。わたしだったら、大学生になっても、そんないい子になれる自信がないです。」
 わたしは感嘆の溜め息をつく。「ってか、わたしの場合、高校生になれるかどうかも怪しいんですけどね。はははは……。」
 自虐的に笑ってみたが、誰も笑ってくれなかった。
「こ・高校生すら無理って……。」
 お兄様とお姉様はそんな事が有り得るのかという顔をしている。
「テストを見せて貰ったんですけど、最高点の国語が50点で、数学は0点でしたの。眩暈がしましたわ……。」
 お母様が溜め息をつき、お父様が厳しい顔をしていた。
「0点って、漫画の中のお話とばかり……。」
 お姉様がわたしを珍獣でも見るような目で見た。あなたは優秀でも、クラスには出来の悪い人くらいいたと思うんですけど……とわたしはツッコみたくなったが、優秀な人はそんな人間とかかわらないから、分からないのかも知れないと思い直した。
「国語が最高点なのは何故?」
 お兄様に訊かれた。
「お話を作るのが好きで、いつも本を読んでるから……。」
 恥ずかしくて声が小さくなってしまった。
「それでも50点か……。」
 お兄様が腕組みをした。「僕が教えようか?」
「えっ、有り難う御座います。お兄様は優しいんですね。」
 吃驚して慌ててお礼を言ったが……。
「お兄様から教えて頂くのは止めておいた方が……。」
 お姉様が顔をしかめる。
「何ですか? あっ、お兄様を取られそうで、嫌とか?」
「違います。出来たばかりの妹に意地悪を言ったりしませんし、わたしはブラコンではありません。」
 お姉様が心外そうなので、謝ることにする。
「それはご免なさい。」
「お兄様は厳しくて……。お尻をぶたれながら勉強するのなんて、嫌でしょう? もう教えて貰ったかは分かりませんが、お父様もお母様も躾としてお尻を叩きますよ。うちに来たばかりのあなたなら、この家のしきたりなどに慣れる為にも、お父様達から頻繁にお尻を叩かれることになると思います。それなのに、お兄様から更にお尻をぶたれながら勉強するなんて、大変だと思って。」
「お姉様の優しい気遣いだったんですね。お姉様、有り難う御座います。」
「いいえ。」
「家庭教師を頼もうと思っている。」
 お父様が言い出した。
「そうなんだ。僕でもいいのに。」
「ひろみの成績は悪すぎるので、専門の人間にやって貰った方がいいと思うのだ。」
「まあ、そっか。」
「じゃあ、お尻を叩かれながら勉強を教わることはないんですね。」
「いや。それは変わらぬ。尻叩きの罰を与える家庭教師を探すつもりだ。」
「お父様はそんなにわたしのお尻を苛めたいんだ……。」
 お尻を叩かれるのは嬉しい筈なのだが、家庭教師を付けられて、その人にまで叩かれるとは想定してなかったので、思わず言ってしまった。
「子供には尻叩きの躾が一番と考えているだけであるぞ。それに、厳しく躾ると、施設でも言ったことだ。お前は納得して、わたし達の娘になった筈だ。」
「はい、そうですね……。」
 わたしは頭をかいた。「それにしてもどうせお尻を叩かれるなら、イケメンのお兄様に教えて貰う方が楽しそうだったのに。」
「家庭教師に顔は関係なかろう。」
 お父様が顔をしかめた。





 お父様に抱っこされて撫でられた。唐突だったので吃驚したが、逞しくて広いお父様の胸は気持ち良かった。
「分かりました……。えっと、アトルとはどなた?」
 ここにいるのはお父様、お母様、お兄様、お姉様、後は控えているメイドさん達。だが、片仮名の名前が付いてそうな人と言えば、日本人の血が入っていなさそうな外見のお母様なので、わたしは彼女を見た。
「私で合ってますわよ。お父様は私を名前で呼びますの。」
「お母様は呼ばないの?」
「二人の時には呼びますわ。」
「へー、ラブラブなんだね。」
「うふふ。」
 お母様は嬉しそうだ。
「あ、お兄様。家庭教師をやるって言ってくれて有り難う。えっと、わたしの出来が悪すぎて困るかもだけど、宜しくお願いしまーす。」
「う・うん……。頑張るよ。」
 お兄様は呆れているようだった。まあ、当然だろう。
 それはそうと、これで両親からだけではなく、お兄様からもお尻を叩かれることになったわけだ……。昨日までお尻叩きが遠い世界の話だったとは思えない変化に、夢なのではと思うわたしだった……。


 挨拶も終わったので、わたしはお母様に連れられて、わたしの部屋に行くことになった。
「私の趣味を存分に詰め込んだ部屋にしましたの。気に入って貰えると嬉しいのですけど……。」
 少し不安そうなお母様の手でわたしの部屋のドアが開けられると……。そこはぎょっとするくらいにピンクだらけだった。天蓋付きの……いわゆるお姫様ベッドも、箪笥も勉強机もソファも、フリルだらけのクッションも、可愛らしい熊のぬいぐるみに至るまで、色の濃さは違えど、ほぼピンクで構成された物凄くメルヘンチックな女の子の部屋が目の前にあった。
 お母様がどうかしらと言いだけな顔でこちらを見ている。口に出して言う勇気はないらしい。お尻叩きに関しては凄かったのに。
「すっごく少女趣味だ……。」
 嘘を吐く理由もないので、わたしは正直な感想を口にした。
「そ・そうですわよねぇ……。ちょっと趣味に走りすぎましたかしら……。」
 お母様が肩を落として俯く。
「いやー、すっごく気に入ったよ。お姫様ベッドとか超・憧れてたし、凄く嬉しい。これぞお嬢様の部屋だよねぇ。お母様、有り難う!」
 わたしはお母様に抱きついてみた。気持ち悪がられたらどうしようと不安だったが、抱き返された。
「ああ、喜んで貰えて良かったですわ。……ひろみ。今、あなたは私に抱きつく前、少し躊躇しましたけど……。甘えたい時はいつでも甘えて下さいな。むしろ、私は、あなたのお尻叩きを楽しむと言うような酷いことを言う私に甘えてくれるなんて思っていなかったので、こうして甘えてくれて嬉しいくらいですわ。」
 お母様に頭を撫でられた。「可愛いひろみ。早く、この可愛いお尻を好きなだけ叩いて、泣き顔を見たいですわ。」
「またそんな怖いこと言って……。」
「怖いついでに言ってしまいますけど、私、あなたが悪くなくても、お尻を叩いて楽しんだりしようと思ってますの。」
「虐待宣言!?」
 わたしは叫んでしまった。
「身も蓋もない言い方をすればそうなりますけど……。」
「血が繋がってなくても、愛してくれる親が出来たと思ったのに……。お母様、酷いよ……。」
「ご・ご免なさい。あなたを愛したい気持ちは勿論あるんですのよ。」
「それなら良いけど……。」
 気分を変える為に、わたしは質問をすることにした。「お母様の部屋もこんな感じなの?」
「いいえ。私はもっと落ち着いたのが好みですの。」
 お母様が少しホッとした顔で答えてくれた。
「でも、この部屋はお母様の趣味なんでしょ? どういうこと? もうこういうのは卒業しないといけない歳だから、義理の娘の部屋で我慢したとか?」
「いえ……、そういうわけでは。」
「恥ずかしがらなくてもいいのに。お母様だって女の子だったんだから。お姫様に憧れるなんて、お嬢様言葉を使うお母様らしくて可愛いなー。」
「違いますわ。娘にそうなって欲しいと理想を持っているだけですの。」
「ふーん。そういや、お姉様の名前は姫香っていう可愛らしい名前だった。」
「ええ。そうですの。姫香は理想通りの可愛らしい娘に育ってくれましたわ。ただ、この部屋はもう嫌だと言われてしまって。」
 お母様が残念そうに言う。
「そりゃ、もう高校生だもんね。じゃ、この部屋はお姉様のお下がりなんだ。」
「古すぎる物は処分して新しくしましたが、そうですの。」
「それでも、充分嬉しいからいいや。」
 わたしはお母様に微笑んで見せた。


 昼食後、わたしは部屋に戻ってきた。とは言え、可愛らしいこの部屋が自分の物になったという実感はまだ無かった。人の部屋にお邪魔したような感覚のまま、わたしはソファにぼんやりと座っていたが……。ふと思いついて立ち上がり、学習机に向かった。
「お尻叩きのお仕置きが当たり前に受けられるなら、お仕置き日記をつけようかな。分かる場合は何回叩かれたとか、叩かれた理由とか……。面白いかも。」
 学習机を開けてみると、ノートと鉛筆が入っていた。学校で必要になる物だから、あらかじめ買っておいたと、お母様に聞いていた。子供が二人もいるんだから思いついて当然なのかも知れないが、凄いなーと感心する。
「それを書くのは止めなさい。わたしにもっといい案があるのだ。」
「わあっ!」
 後ろから声がして、わたしは悲鳴をあげてしまった。振り返ると、少し驚いた顔のお父様が居た。
「いきなり声をかけたのは悪かったが、そこまで驚くことなのか?」
「いやー、わたしってノミの心臓らしくて、大したことでもないのに大袈裟に驚いちゃうんだよね。いつも、あんたは驚き過ぎって言われちゃって。あんたの声は大きいから、こっちの方が吃驚するっていつも言われる。」
「ふむ。では、今度からひろみに声をかける時は、気をつけるようにする。皆にも伝えておこう。」
「大袈裟だなぁ。」
 真面目なお父様に、わたしはつい笑ってしまった。
「お前の為でもあるし、皆の為でもある。お前に後ろから声をかける度に驚かれてはかなわん。」
 冗談でも何でもなかったようだ。しかも、さりげなくわたしを気遣ってくれている。
「す・済みません。あと、有り難う。」
「まあ、良い。」
 お父様にぽんぽんと頭を軽く叩かれた。「それよりも……。」
「……お父様にいい案があるから、お仕置き日記をつけるのを止めろって、言ったよね……?」
 お父様はどういう気持ちでわたしがお仕置き日記をつけると言ってるのを聞いたんだろう……と不安になった。
「うむ。罰を受けた記録を残して反省するとは、素晴らしい心掛けだ。」
 都合良く解釈してくれたお父様は嬉しそうだ。良かった。出来たばかりの父親に変態と思われるのはきついしな……。「わたしも似たようなことを考えていて、お前に協力させる為にここへ来たのだ。」
「そうなんだ……。」
「詳しくは話すより、実際に見た方が分かりやすいであろう。わたしと一緒に、わたしの部屋に来なさい。」
「はい。」
 しかし、もっと良い案って何だろうと、僅かな不安と大きな期待を抱えて、わたしはお父様について行った。



17年2月14日
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