Autumn
鳩村が捜査課の部屋に戻ると、物珍しそうに平尾が寄って来た。
「ハトさん、それが例の制服ですかー?」
「ん? 制服だよ。それが何か?」
「折角なんでー」
「これ、すぐクリーニングに出すから」
「えええええ」
「羽織れ、とか言ったらぶっ飛ばす」
じろりと睨まれ、平尾は大人しく引き下がった。
鳩村は手にした制服を机の上に置くと、立花の席へと回った。
「コウ、ちょっといいか」
「はい?」
パソコンの画面から目を離し、立花は鳩村を見上げた。
「この間のあの派出所での横領事件の資料をちょっと出してくれないか」
「はい」
立花がキーを叩くと、データベースから横領事件のデータが出て来た。
立花は自分の椅子を鳩村に譲る。
じっと画面を睨み付け、沈思黙考する鳩村の邪魔をしないように、立花はその場を離れた。
事件の概要は知っているのだが、詳細となると、監察の管理下になるため、聞かされてはいなかった。
「コウ」
鳩村が画面から視線を外さず、立花を呼ぶ。立花が近寄ると、さらに近づく様に、鳩村は指で合図をした。立花が顔を寄せると、鳩村は手にしていた鍵をこっそりと立花に手渡した。
「これ、合鍵作ってくれ」
「・・・合鍵?」
「ああ。それも、内密で頼む」
「それって、俺に作れってこと?」
「知ってるぞ、合鍵屋でバイトしてたこと」
鳩村のその言葉に、引きつった笑いを浮かべ、その鍵を受け取って立花は部屋を出て行った。
マウスはぴたりとも動かない。
鳩村の指がマウスボールのみを動かす。
画面上のスクロールバーが何度も上下する。
何度読み返しても、新しい事実に到達出来ない。
「じゃあ、あの鍵の理由は・・・、持ち主に直接聞くしか無いわけだ」
当たり前の事だ。
だが、その「持ち主」は、これまで派出所のシンクに近づけた人間。
きわめて身内の警察官・・・。
ふと、鳩村の指が止まった。
横領事件の警官達は、懲戒免職になっている。
そのメンバーがいた時期は、五年前からだ。
それ以降の異動は無い。
鍵が接着されていたあの物体・・・多分パテのようなものだろうが・・・は、弾力があった。
ということは、そんなに時間が経ってはいまい。
「持ち主は、絞られるよな、やっぱ」
そう呟くと、画面のログアウトのボタンを押し、マシンのシャットダウンの作業を行い、立花の席を離れると、今度はきょろきょろと辺りを見回した。
鳩村の視界に、課長室にいる小鳥遊と、木暮が入る。
鳩村は何気ない素振りで、課長室に入った。
「お、ハト? どうした?」
どうもたわいもない話をしていたらしく、二人は珈琲カップを手にしていた。
「ちょっと、気になる事があります。班長、課長、調べに出てもいいですか」
「まあ、今でかい事件もないし、構わんが・・・。何を調べるつもりだ、ハト?」
小鳥遊がじろりと鳩村を見る。鳩村は小鳥遊へ向き直ると、
「俺の思い過ごしならいいんですが、立て続けの不祥事が腑に落ちません。横領事件の警官達について、ちょっと調べたいのです」
「ハト。警官達の身辺調査は他の班が完璧に行ったと俺は思うが?」
木暮が、机の上で頬杖をついて、鳩村を見やる。
「身辺調査は、ですよね」
「おいおい、ハトさんや? 何に引っかかってるんだい?」
木暮が探る様に聞いて来る。
「それがうまく説明出来ないんです。鍵が、鍵を握ってると思うんですが」
「鍵が鍵?」
小鳥遊が首を捻った。
「おい、ハト、日本語崩壊してるぞ? きちんと最初から説明してくれないと・・・」
コンコン、とノックの音が響く。
三人がドアを見ると、立花が一斉に向けられた視線に驚いた様に立っていた。
鳩村は立花を中に招き入れると、ドアを閉め、他の班から見えない様に、窓のブラインドを全て落とした。
薄暗がりの中で、鳩村は立花から鍵を受け取ると、コピーされた方の鍵をポケットへと突っ込み、オリジナルの鍵を木暮の机の上に置いた。
「これ、派出所のどの鍵とも合わないんです」
「何処にあったんだ?」
「派出所のシンクの下に貼付けてありました。まるで、隠すかの様に。で、その置き方からして、とっさにそこに貼ったとしか考えられなくて。ならば、そんな追いつめられた状況にあったのは、誰かと考えた時に・・・」
「あの横領事件の逮捕、という話か」
「ええ。あの横領事件の逮捕の時に、これが貼付けられたのではないかと思いまして」
鳩村は、そのオリジナルの鍵を手にして、呟いた。
「合う鍵穴は、一体何処にあるんだろうか、と」
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