Autumn
「とは言ったもののっ」
鳩村は、閉鎖と書かれた紙が両開きの扉の真ん中にばんっと貼られた、派出所の前に立っていた。
黒のスーツ、黒のタイ、サングラスといった出で立ちの鳩村に、通りすがりの人が怪訝な目を向ける。
「あれ、お巡りさん?」
その声に振り向くと、一人の詰め襟の少年が立っていた。
「君は・・・、ああ、あの時の」
鳩村はサングラスを外して、にこっと微笑んだ。先日、派出所に石を投げ込んだ少年だった。
「制服じゃないんですか」
「これが私服。どうだい、こっちの方がいいだろ?」
「・・・やくざみたいです」
「あら」
鳩村は少しがくっとこけてみた。それを見て、少年はくすくす笑う。
「確か、工藤淳二君だったね」
「はい。この間はごめんなさい」
「いいんだ。解ってくれればいい」
「お巡りさん、クビになったんですか?」
鳩村と派出所を見比べながら、工藤はそう言った。
「俺は元々刑事なんだ。元の職場に戻っただけ。だから、制服じゃないんだ」
「でも、他のお巡りさんは、また悪い人だったんですか・・・?」
工藤の問いに、鳩村は苦笑した。そりゃそうだ。一般の人から見ると、そうとしか見えない。
「君は、どう思う?」
「僕は・・・。分かりません」
「どう、見えたかな?」
工藤は黙り込んでしまった。
「ん、分かる。俺だって、君の立場なら、そう思うさ。そう、思う・・・」
すっと視線を派出所に戻す。人のいない、本来なら人のいる派出所は、もの哀しげに見えた。
「おっと、工藤君、学校じゃないのか?」
「あ、はい、行って来ます」
「ああ。行って来な」
工藤は、鳩村に一礼すると、その場を後にした。
その後ろ姿を見送り、鳩村はまたその派出所に視線を戻した。
「そういや、俺、制服そのままだなぁ・・・。どうしようかな」
と、頭をかいた。
必要ないといえば、今の所必要は無いが、気になって仕方が無い。
合鍵はそのまま預かっていたので、鳩村は鍵を外して、両開きのドアの真ん中にある紙を外した。
ほんの少しの間、締め切っていただけにも関わらず、埃っぽい匂いがして、鳩村は眉を顰めた。
一時でも過ごした場所が、廃墟みたいに見え、そこで過ごした時間がもの凄く遠く思えた。
鳩村は自分のロッカーを開け、制服を取り出すと畳んで片付けようとした。
チャリーン
と、金属音が響き、鍵が転がり出て来た。
「あ・・・れ」
思わず派出所を開けた時の鍵を確認してみると、自分のズボンの右ポケットに入っている。
「これは・・・、あの時のか」
ついこの間。シンクの下から転がり出て来た鍵。
それを拾い上げ、鳩村は派出所の中のありとあらゆる鍵と照らし合わせてみた。
が。
「合わない・・・。ロッカーの鍵すら合わないって、これ、一体何処の鍵なんだ?」
鳩村は、シンクに近づくと、下から覗き込んでみた。
すると、茶色い物体が見え辛い位置に張り付いている。指で押してみると、少し弾力と粘着力があった。
もっと詳しく見る為に、体育座りをして見てみると、持っている鍵の跡がくっきりと残っている。
『こういった風に鍵を隠す場合・・・、とっさに、だよな・・・』
鳩村は立ち上がると、尻やズボンの裾についた埃をぱぱっと払い落とし、しわにならない様にスーツを整えた。その仕草に、あたりの埃が舞い上がり、再び眉を顰めた。
『しかし、とっさに隠すといっても、ここは派出所の中だ。警官が隠したと考えるのが妥当だ。だがこれがどの鍵にも当てはまらないんだ? ここの鍵ではないのか?』
鳩村はその鍵をきゅっと握りしめると、踵を返し、派出所を出た。手には制服を持ち、しっかりと戸締まりをしてから。
その姿を影からこっそり見ていた男が一人いたのには、さすがの鳩村も気付かなかった。
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