特別企画(4)

  涙隠して鬼を斬る〜「鬼滅の刃」研究〜  
 


 
「鬼滅の刃」1巻表紙
 

 
 
 2020年にアニメ「鬼滅の刃」(2019年アニプレックス/集英社/ufotable)が社会的ブームを巻き起こした。映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」(2020年アニプレックス/集英社/ufotable)は404.3億円の興行収入をあげ、日本における歴代興行収入1位を更新。2021年にはテレビ第2期「鬼滅の刃/遊郭編」が放映され、来年2023年には第3期「刀鍛冶の里編」の放送も控えるなど、その勢いは今なお衰えるところを知らない。僕もコロナ禍のステイホーム期間中に動画配信サービスで「鬼滅の刃」を観てすっかりハマってしまった。そんな「鬼滅の刃」の魅力について、いろいろと考察してみたいと思う。なお、最終話までのネタバレを含む場合もあるが、なにしろここまでブームになった作品でもあるので、ぜひとも一読して頂くことをお薦めする。
 なおこの「『鬼滅の刃』研究」は僕のブログ「たこのあゆみ」に数回に渡って掲載した「鬼滅の刃研究」をもとに加筆・再編集したものである。
 
 
 
「鬼滅の刃」とは
 
 



「鬼滅の刃」第1話より
 

 
 
 漫画「鬼滅の刃」(作者:吾峠呼世晴)は2016年2月に「週刊少年ジャンプ」誌にて連載が開始された。2020年5月までの約4年間、全205話が掲載されている。単行本は全23巻。「少年ジャンプ」連載漫画というと、全201巻の「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(作・秋本治/1976〜2016年)は別格としても、「ONE PIECE 」104巻(作・尾田栄一郎/1997年〜連載中)、「キン肉マン」79巻(作・ゆでたまご/1979〜87年、2011年〜連載中)、「銀魂」77巻(作・空知英秋/2004〜19年)、「BLEACH」74巻(作・久保帯人/2001〜16年)、「NARUTO―ナルト―」72巻(作・岸本斉史/1999〜2014年)といった具合に人気作品は長期連載になる傾向にある。これらの作品においては、敵を倒すとさらに強い敵が登場するなど、無理やりストーリーを引き伸ばしたようなものがしばしば見受けられる。その一方で「鬼滅の刃」の場合は、当初の敵・鬼舞辻無惨を倒したところであっさりと連載を終わらせており、潔い幕切れだったという印象を受ける。
 作者の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる/1989〜)によると、23巻での完結は概ね当初の予定通りであったそうである。公式ファンブック「鬼殺隊見聞録・弐」によると、まだ単行本の発行されていない連載初期に吾峠は担当者から「何巻で完結しますか?」と聞かれたことがあった。吾峠が「15巻ぐらいですかね」と答えたところ、「これから出す予定のキャラの人数を考えると(略)少なくとも20巻以上かかります」と言われ、終わる巻数、おおよその章、登場人物の数などを事前に決めたそうである
(*1)。もっとも、最後まで回収されなかった伏線があったりと、予定に合わせるために端折られた部分もかなりあったように思われる。例えば、敵の主力となると思われた十二鬼月の下弦の鬼が6巻(51話〜52話)で唐突に粛清されたのも、予定に間に合わせるためだったのかもしれない。
 2019年4月から9月まで、テレビアニメがTOKYO MXで「竈門炭治郎立志編」(アニプレックス/集英社/ufotable)として全26話で放送された。原作でいうと7巻(53話)までの内容に当たる。放送されたのは土曜23:300:00の放送であったが、その後動画配信サービスなどで人気に火がつき、単行本の品切れが相次ぐ事態となった。アニメ放送前「鬼滅の刃」の単行本の売れ行きは累計350万部であったが、放送終了時には1200万部にまで延び、2021年2月までに累計1億5000万部を超えている。こうしたことが話題となるにつれ、キャラクター・グッズやタイアップ商品なども増え、爆発的なヒットに繋がっていった。2019年末のNHK「紅白歌合戦」にはアニメの主題歌「紅蓮華」を歌うLiSA1987〜)が初出場し、歌唱の際にアニメの映像が利用されたことも、知名度向上に一役買っている。
 2020年春、新型コロナウィルスの流行による緊急事態宣言が発令され、多くの人がステイホームとなった。このことがアニメの鑑賞につながり、人気を後押しする要因となったのかもしれない。10月10日には第1話から第5話を編集した総集編「兄妹の絆」、17日には第15話から21話の「那田蜘蛛山編」がフジテレビのゴールデンタイムに放送され、それぞれ16.7%、15.4%の視聴率をあげた。その後、12月20日には第22話から第26話に新規映像を追加した「柱合会議・蝶屋敷編」が放送され14.4%の視聴率を挙げた。同時刻に放送されていた「M―1グランプリ2020」の視聴率が19.8%であったことを考えても、大健闘だったと言える。 (その後、2021年9月に劇場アニメのテレビ初放送に向けて、残りのエピソードも「浅草編」、「鼓屋敷編」として再編集・放送されている。)
 10月16日、映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」(2020年アニプレックス/集英社/ufotable)が公開された。テレビアニメに続く原作7・8巻(54話〜66話)の内容の映画化で、コロナ禍にも関わらず、空前の大ヒットとなった。12月27日には観客動員数2404万人、興行収入324億円を突破し、「千と千尋の神隠し」(2001年スタジオジブリ)を超えて国内興行収入成績第1位を記録した。僕もずっと気にはなっていたのだが、コロナ禍もあってなかなか観に行くことが出来なかった。ようやく翌2021年の4月に入ってから観に行くことが出来たのだが、「映画史探訪」の管理人としては恥ずかしい限り。
 2020年末の新語・流行語大賞において「鬼滅の刃」はトップ10入りを果たした。また、LiSAが歌う「無限列車編」の主題歌「炎」が年末の日本レコード大賞を受賞。日本アカデミー賞でも最優秀アニメーション作品賞を受賞している。
 2021年10月から11月まで劇場版「無限列車編」をテレビシリーズとして再構成した「鬼滅の刃/無限列車編」が全7話で放送された。第1話は劇場版の前日譚となるオリジナルエピソード。また、新規カット、予告編、BGMなども追加されている。LiSAの歌う主題歌「明け星」は2年連続レコード大賞にノミネートされた。そして、それに引き続いて12月から翌2月まで「鬼滅の刃/遊郭編」が放送された。原作巻から11巻(67〜97話)の内容を全11話でアニメ化している。
 2023年4月にはアニメ第3期「刀鍛冶の里編」も放送される予定となっている。

*1 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録・弐」234〜235ページ
    
 
 
◆作者・吾峠呼世晴
 
 



「ワニ先生」こと吾峠呼世晴
(「鬼滅の刃1」背表紙・カバー折り返し)
 

 
 


 「鬼滅の刃」の原作者の吾峠呼世晴とはどんな人物なのだろうか。名前の読み方は「ごとうげ・こよはる」である。吾峠はこの「鬼滅の刃」が初めての連載作品であることもあり、その個人については永らく謎に包まれていた。 吾峠は福岡県出身。1989年5月5日生まれ。眼鏡をかけたワニの自画像を用いていることから、「ワニ先生」とも呼ばれている。その名前から、当初は男性であると思われていたが、後に女性であると判明した。 本名は不明であるのだが、一説には名字が「峠」あるいは「後藤」ではないかとも囁かれている。「鬼滅の刃」には鬼殺隊の「隠し(かくし)」の後藤という人物が登場するが、「本名の後藤を隠す」という意味ではないかと言われてもいる。一方の名前の方も「呼世晴(こよはる)」というのが「晴子よ(はるこよ)」のアナグラムではないのかとされ、そうなると「峠晴子」あるいは「後藤晴子」というのがフルネームなのだろうか。
 

 
 



竈門炭治郎と隠しの後藤
(「鬼滅の刃15」71ページ)
 

 
 


 吾峠は2013年、24歳の時に短編マンガ「過狩り狩り」をJUMPトレジャー新人漫画賞に投稿。佳作に選ばれている。2014年「文殊史郎兄弟」が「少年ジャンプNEXT!!」に掲載され、デビューを飾った。その後、「週刊少年ジャンプ」に「肋骨さん」(2014年)と「蝿庭のジグザグ」(2015年)を発表している。上記の作品はいずれも「吾峠呼世晴短編集」に収められているが、中でも「過狩り狩り」は「鬼滅の刃」のルーツを探る上でも興味深い作品となっている。明治大正の頃を舞台に、人の血を吸う鬼を鬼狩りが倒すという物語。「鬼滅の刃」でも重要な役回りを演じる珠世と愈史郎がほぼ同様の人物として登場している。洋装の鬼・時川は「鬼滅の刃」の敵・鬼舞辻無惨の原型であるように思われるし、主人公の鬼狩り・ナガレも柱の冨岡義勇をどことなく思わせる。ナガレが山の中で修行する様子や、鬼のいる山で鬼狩りになるための最終選別を受けるという設定はそのまま「鬼滅の刃」に受け継がれた。
 

 
 



「過狩り狩り」
「鬼滅の刃」の原点とも言える作品
(「吾峠呼世晴短編集」5ページ)
 

 
 
 吾峠はその後、連載を目指してネーム(下書き前の設計図)の制作を開始。2015年中に連載を獲れなければ辞めるつもりでいたというが、なかなか採用には至らなかった。「過狩り狩り」を元とした「鬼殺の流」のネームも当初不採用となるが、これが「鬼滅の刃」の原型となった
(*2)。「鬼滅の刃」公式ファンブック「鬼殺隊見聞録」に「鬼殺の流」のネームがそのまま掲載されているが、「過狩り狩り」同様、鬼狩りのナガレ(流)が主人公となっている(*3)。鬼狩り組織・鬼殺隊が登場し、鬼退治の刀・日輪刀や、藤襲山での最終選別など、「鬼滅の刃」にそのまま受け継がれた設定も多い。第3話は、「鬼滅の刃」における沼の鬼のエピソード(2巻10話)ほぼそのものである。 しかしながら、主人公の寡黙さや世界観のシビアさが連載には不向きとであるとされた。そこで当時の担当者は吾峠に主人公を変えることを提案した。「明るくて普通のキャラクター」が作品世界の中にいないかどうか尋ねたところ、吾峠は家族を殺され、鬼なった妹を人間に戻すために鬼殺隊に入る少年について説明した。担当者は「何そのザ・主人公!」と思い、その少年を主人公として物語を考えるよう提案した。この少年がそのまま「鬼滅の刃」の主人公・竈門炭治郎となった。

*2 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」201ページ 以下、同書を参照
*3 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」146〜200ページ

     
 
 



「鬼殺の流」
(「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」146ページ)
 

 
 
 タイトルが「鬼滅の刃」に変更されたのは、流が主人公でなくなったため包括的なタイトルにしようとしたからだという。作品に欠かせない「鬼」と「刀(刃)」を入れたタイトルとして「鬼殺の刃」となったが、刺激の強い「殺」より広く使いやすい「滅」に変えられた。コミックス1巻の「大正コソコソ噂話」によると、「鬼滅の刃」のタイトル候補としては次の9つがあったそうである
(*4)

  鬼滅奇譚
  鬼鬼滅滅
  悪鬼滅滅
  鬼殺の刃
  滅々奇譚
  鬼殺譚
  空想鬼滅奇譚
  鬼狩りカグツチ
  隅のカグツチ

 タイトルに登場する「カグツチ(迦具土)」とは「古事記」に登場する火の神である。カグツチは「竈三柱神」の1人にも数えられる「かまど神」だが、主人公・竈門炭治郎の名字とも重なっている。その炭治郎は「ヒノカミ神楽(日の呼吸)」を操るが、「ヒノカミ」とは「火の神」のこととも考えられる。「古事記」においてカグツチは、生まれた際に母イザナギの陰部を焼いて殺してしまったことで、怒った父イザミギによって切り殺されてしまう。その死体からは多くの神々が生まれた点も、「日の呼吸」から多くの呼吸が生み出されたことと共通している。日本神話が「鬼滅の刃」のルーツにあると思われるが、吾峠の故郷・福岡には竈門神社があり、今では「鬼滅の刃」の聖地ともなっている。
  吾峠は影響を受けた作品を聞かれて、「ジョジョの奇妙な冒険」(作・荒木飛呂彦/1986〜連載中)、「NARUTO−ナルト−」、「BLEACH」の3作品をあげたという。例えば、剣を使っての攻撃や、鬼殺隊の階級制度が「BLEACH」に、鬼殺隊や鬼がお互いに技を使って戦う点や痣(「ナルト」では呪印)の出現が「ナルト」に、特殊な呼吸法を使って太陽に弱い敵を倒すという点が「ジョジョ」に似ている。他にも人を喰う敵が登場する点から「進撃の巨人」 (作・諌山創/2009〜21年)の影響を指摘する人もいる。もちろんこれらの作品が「鬼滅の刃」に与えた影響というものは否定できないだろう。だからといって「鬼滅の刃」の価値がなくなるとは僕はまったく思わない。先行作品の要素を換骨奪胎し、独自の世界観にまとめ上げたのは紛れもなく吾峠の功績である。

*4 「鬼滅の刃1」110ページ
  
 
   
物語の発端
 
 



妹・禰豆子を背負って山を下りる竈門炭治郎
「鬼滅の刃」第1話より
(「鬼滅の刃1」5ページ)
 

 
 

 
 「鬼滅の刃」の時代は大正時代である。主人公は13歳の少年・竈門炭治郎(声:花江夏樹)。父親・炭十郎(声:三木眞一郎)は既に亡く、母親の葵枝(声:桑島法子)と妹弟の禰豆子 (声:鬼頭明里)、竹雄(声:大地葉)、花子(声:小原好美)、茂(声:本渡楓)、六太(声 :古賀葵)との7人暮らし。炭治郎は炭焼きをして一家を支えている。「鬼滅の刃」第1話「残酷」は雪が降る中、炭治郎が麓の村まで炭を売りに出かけていくところから始まる。公式ファンブック「鬼殺隊見聞録」によると、炭治郎たちが暮していたのは東京奥多摩の雲取山ということである。雲取山は標高2017.13メートルで、都内最高峰。麓の村というのは山梨県丹波山村の鴨沢ということになるのだろうか。もし仮に竈門家が頂上近くにあったとすると、鴨沢まではおよそ11キロ。通常の登山であれば登り4時間30分・下り3時間程かかる。
 

 
 



丹波山村より雲取山を望む
 

 
 
 先日、この鴨沢まで足を運んだ。漫画やアニメの中に描かれた集落に比べると家の数も少なくだいぶ寂れていた印象だった。ひょっとしたら炭治郎はそこからさらに16キロ東の現在の奥多摩町のほうまで足を延ばしていたのかもしれない。
 
 
 



丹波山村・かもさわ登山口停留場
 

 
 
 いずれにせよ炭治郎は、麓の村で村人からいろいろと手伝いを頼まれたり、いざこざの仲介に入ったりと、なかなか慕われている様子である。そのまじめで優しい性格によるのだろうか。単行本22巻の「戦国コソコソ話」によると、炭治郎の先祖の炭吉は山で遭難した母子を助けたことがあった。たいしたことはしていないと礼の金子を受け取らなかったが、その母子は大名の妻子であったため、大工が大勢やって来て家を綺麗に直してくれたという
(*5)。どうやら竈門家は代々人望があったようだ。

*5 「鬼滅の刃22」88ページ
  
 
 



麓の町で住民に頼られる竈門炭治郎
(「鬼滅の刃1」13ページ)
 

 
 
  そんなわけですっかり夕方になってしまった。家路を急ぐ炭治郎を、麓に住む三郎じいさん(声:てらそままさき)が呼び止めた。
「(遅くなると)鬼が出るぞ。
(*6)
炭治郎は、泊まっていくことにするが、結果的に三郎じいさんの予想は的中することになる。

*6 「鬼滅の刃1」15ページ
 
 
 



炭治郎を止める 三郎じいさん
(「鬼滅の刃1」15ページ)
 

 
 
 翌朝、家に帰った炭治郎が目にしたものは、血まみれになって惨殺された家族の姿であった。後に家族を殺したのは鬼の始祖・鬼舞辻無惨であったことがわかる。もし炭治郎が三郎じいさんの制止に従っていなければ、彼も他の家族同様に惨殺されていただろう。あるいは禰豆子同様鬼となっていた可能性が高い。そうなると、後から駆けつけた鬼殺隊の柱・冨岡義勇によって首を切られていたに違いない。炭治郎は家族の中で唯一まだ息のあった妹・禰豆子を背負い山を降りる。その途中、禰豆子は豹変し、炭治郎に襲いかかった。そこに駆け付けた冨岡義勇(声:櫻井孝宏)によって、禰豆子が人喰い鬼と化したことを知らされる。必死に妹を守ろうとする炭治郎と、そんな炭治郎を食べようとはせず庇おうとする禰豆子の様子を見て、義勇は2人が「何か違うかもしれない
(* 7)」と感じる。義勇は炭治郎に自分の師である「育手(そだて)」の鱗滝左近次(声:大塚芳忠)を紹介した。「育手」とは、鬼殺隊士を育成する役割の人物である。禰豆子を人間に戻す方法を見つけ出すため、そして鬼を倒すため、炭治郎は鬼殺隊士となるべく鱗滝のもとで厳しい鍛錬を受けることとなる。
 修行を始めてから1年…鱗滝は炭治郎に大岩を斬るという試練を与えた。大岩を斬ることが出来たなら、鬼殺隊の最終選別を受けることを認めようというのだった。半年かけても炭治郎は岩を斬ることが出来ないでいたが、そんな彼の前に狐の面をつけた少年・錆兎(声:梶裕貴)と少女・真菰(声:加隈亜衣)が現れる。2人の指導で炭治郎は修行を続ける。そしてさらに半年後、炭治郎は錆兎と真剣を使った最後の訓練に望む。炭治郎の刀が錆兎の面を斬った時、錆兎は忽然と姿を消し、大岩は真っ二つに斬れていた…。
 そうして、炭治郎は藤襲山で行なわれる鬼殺隊の最終選別に挑むこととなった。

*7 「鬼滅の刃1」54ページ
 
 
 
◆最終選別
 
 



最終選別を取り仕切る白髪と黒髪
(「鬼滅の刃1」159ページ)
 

 
   
 鬼殺隊の隊士になるためには、「最終選別」を突破しなくてはならない。その最終選別は、藤襲山で行なわれている。そこは1年中藤の花が咲き乱れている山だという…。藤襲山には鬼殺隊によって捕らえられた鬼たちが閉じ込められているのだが、鬼は藤の花の匂いを嫌うため、藤襲山から出てくることは出来ない。最終選別というのは、この藤襲山で7日間を生き延びるというものである。炭治郎は、約20人の少年たちと共に最終選別に臨んだ。山の中で襲ってくる鬼たちを倒す炭治郎。そこに襲いかかってきたのは全身に無数の手を生やした異形の鬼(声:子安武人)。後に“手鬼”と呼ばれている。手鬼は炭治郎が鱗滝左近次に魔除けとして与えられた狐の面に気づく。手鬼は47年前に鱗滝によって捕らえられていたのだが、その復讐のために鱗滝の弟子を食べることに執拗にこだわっていた。すでに鱗滝の弟子13人が手鬼によって殺されており、その中には炭治郎を助けた錆兎と真菰も含まれていた。
  
 
 



藤襲山に閉じ込められた手鬼
(「鬼滅の刃1」177ページ)
 

 
 
 水の呼吸を習得した炭治郎は苦戦するも手鬼を撃破。手鬼は炭治郎に手を握られると、大好きだった兄と手を繋いだことを思い出し、涙を流しながら消えていった…。

 かくして炭治郎は7日間の最終選別を生き延びることに成功。鬼殺隊士としての第1歩を踏み出すことになる。この時の最終選別の合格者は20人中わずかに5人。炭治郎の他に我妻善逸(声:下野紘)、栗花落カナヲ(声:上田麗奈)、不死川玄弥(声:岡本信彦)、そしていち早く山を降りた嘴平伊之助(声:松岡禎丞)だけであった。炭治郎たちには鬼殺隊士となった証として、雑魚鬼では傷つけることすら出来ない隊服、首を斬ることで鬼を倒すことが出来る「日輪刀」の原料となる玉鋼、伝令係となる鎹鴉(かすがいがらす)が支給された。「鎹鴉」は人の言葉を理解し、鬼殺隊本部と隊士の連絡を担っている。
 この最終選別であるが、よくよく考えるとかなり酷いものである。藤襲山に閉じ込められているのは人を2〜3人しか食っていない“雑魚鬼”ばかりであるとはいえ、普段から人はあまり来ないだろうから、誰もが人を食いたくてうずうずしているはずである。そんな中に、訓練を受けたとはいえ、隊士見習いを放り込む。炭治郎たちの最終選別では20人中わずか5人しか合格しなかったが、その事を聞いた鬼殺隊の指導者“お館様”産屋敷輝哉(声:森川智之)は「五人も生き残ったのかい。優秀だね。また私の剣士(子供たち)が増えた(*8)」と言っている。ということは、通常の最終選別における合格率はもっと低いのだ。炭治郎を始め、鬼殺隊士の多くは家族を鬼に殺された過去を持っている。中にはたった1人生き残った子供であることもあるだろうが、せっかく生き残ったのに最終選別で死ぬことになるのではその無念さ余りある。もっと違った形の選別方法はないのだろうか…。

*8 「鬼滅の刃2」25ページ
  
 
 



お館様・産屋敷耀哉
(「鬼滅の刃2」25ページ)
 

 
 
 鬼殺隊は数百人の規模で存在している。那田蜘蛛山での下弦の伍・累との戦いで数十人が犠牲になっていたことを考えると、毎年採用されるのが4人以下では補充が追いつかない。年に数回は最終選別が行なわれていなければならない。仮に年4回実施され、毎回20人程度が参加しているとする。すると毎回15人以上、年間で60人以上が犠牲(不合格)になっていることになる。下手をすると、正規の隊士よりも死亡率が高いのではないか。お館様が最終選別の参加者について把握していないとは思えないが、その発言は最終選別での犠牲者を全く気にしていないかのよう。お館様は後に隊士が死ぬたびに心を痛めているのだが、見習いに関してはまったく勘定に入れていないようなのだ…。
 ひょっとしたら、最終選別では見習い隊士の死者は実はそんなに多くなかったのかもしれない。よくよく考えてみると、何もない山で7日間生き延びるというのは、例え鬼がいなかったとしても難しい。そもそも寝床や食料はどうしたのだろうか? 炭治郎たちがそれらを持って山に入ったというような描写はない。食料や水を確保出来なければ、鬼に出会う前に衰弱死してしまうだろう。中学3年生が無人島で殺し合う「バトル・ロワイアル」(2000年「バトル・ロワイアル」製作委員会)でさえ、期限は3日間、食料や水は支給されていたから、最終選別はある意味それよりも苛酷である。最終選別では剣士としての力量ばかりかサバイバル能力までもが求められているのだろうか。もともと山育ちの炭治郎や伊之助にとってはさほど大変ではなかったのかもしれないが、牛込(現・新宿区)生まれの我妻善逸や京橋(現・中央区)生まれの不死川玄弥のような都会育ちの参加者もいる。だから最終選別では、7日を待たずに山から逃げ出した参加者の方が多かったのかもしれない。確かに最終選別の開始時、参加者たちは産屋敷家の兄妹から「この中で七日間生き抜く。それが最終選別の合格条件であります
(*9)」との説明を受けただけで、鬼を殺せとは一言も言われていない。もし仮に鬼を1人も倒さなくても、7日間ずっと山の中で隠れたり逃げまくっていれば鬼殺隊士になることが出来ることになる。実際、冨岡義勇や村田らが参加した最終選別では、錆兎がほとんどの鬼を倒してしまったため、手鬼に殺された彼以外の参加者は全員が生き延び合格したという。死者よりも逃亡者の方が多いのなら、お館様の言葉もそこまで問題にはならない。もちろんそれでも死亡した参加者についての言及がないのは問題であるとは言えるのだが…。炭治郎たちが参加した最終選別でも、少なくとも1名が手鬼によって殺されている。「鬼滅の刃」には鬼殺隊の事後処理をする「隠し」が登場するが、ひょっとしたら最終選別に合格しなくても「隠し」として鬼殺隊に参加するという手もあったのかもしれない。

*9 「鬼滅の刃1」159ページ
   
 
 



手鬼が見習い隊士たちを襲う
(「鬼滅の刃1」166ページ)
 

 
 
 鬼の強さは人を食った人数に比例する。子供を50人以上食った手鬼は、錆兎が殺されたことからもわかるように見習い隊士にとってはかなりの難敵であった。炭治郎でさえ、並外れた嗅覚などの特殊能力が無かったら殺されていたかもしれない。鬼は参加者に斬られる他、共食いをするという性質がある。したがって藤襲山には定期的に鬼を補充する必要がある。最終選別で炭治郎に助けられた見習い隊士が「(ここには)人間を二・三人喰った鬼しか入れてないんだ
(*10)」と語っていることから、事前にそう説明を受けていたものと思われる。鎹鴉を用いるなど、鬼殺隊の情報網を考えれば、彼らが手鬼の存在を把握していなかったとは考えにくい。すると、鬼殺隊は意図的に手鬼を放置していたのではないかと思われる節がある。手鬼が食った子供の数50人というのは一見膨大に思えるが、手鬼は藤襲山に47年もの間捕らわれている。平均すれば犠牲者はせいぜい年1人となり、さほど大きな被害ではない。異形の鬼との戦いを避け、逃げるという選択をすることも実は大切なのである。最終選別の真の目的というのは、鬼を倒せる即戦力の確保というよりは、冷静に状況を判断することが出来る人材を選び出すことだったのかもしれない。そのために手鬼は敢えて藤襲山に放置されていたのではないだろうか。

*10 「鬼滅の刃1」175ページ
 
 
 
◆時代背景
 
 
 「鬼滅の刃」の物語は大正時代である。大正時代というと1912年7月30日から1926年12月25日までの15年間であるのだが、「鬼滅の刃」に描かれているのは具体的にはいつになるのだろうか。
  
 
 



炭治郎と問答をする 手鬼
(「鬼滅の刃1」173ページ)
 

 
 


 そのヒントとなるのは、藤襲山での最終選別の際に登場した手鬼のセリフにある。手鬼は炭治郎に「今は明治何年だ」と問う。炭治郎が「今は大正時代だ」と答えると、手鬼は「アァアアア、年号がァ!!年号が変わっている」と慌てる。そして「忘れもしない四十七年前(略)江戸時代・・・慶応の頃だった」と続ける
(*11)。慶応時代は1865年から1869年までの4年間であるため、慶応から47年後というのは大正元年〜4年ということになる。炭治郎は鬼に家族を殺されてから、狭霧山の鱗滝左近次のもとで2年間修行しているため、物語の始まりはその2年前、明治43〜大正2年のどこかである。単行本2巻のあらすじに「時は大正。」とあることから、一般的には物語開始時点で既に大正だったと考えられている。第1話で雪が積もっており、炭治郎が「正月になったらみんなに腹いっぱい食べさせてやりたいし(*12)」と語っていることから、物語の始まりは大正元年末、もしくはその翌年末ということになり、最終選別があったのは大正3年もしくは4年となる。
 ただ僕は、物語の始まりは明治であった可能性もあると考えている。というのも、手鬼は炭治郎に聞くまで大正への改元を知らなかったからである。改元を知らなかったということは、炭治郎の受けたこの時の最終選別が、大正になってから行なわれた初めての選別だった可能性がある。鬼殺隊が数百人規模の隊士を維持するためには年に複数回最終選別が行なわれていなければならないのだが、それが2、3年もの間まったく行なわれないということがあり得るのだろうか?  「鬼滅の刃」本編には大正への改元を示す描写は一切出てこないが、改元のあった時ちょうど炭治郎が山奥で修行の最中であったとすれば何の不自然もない。もちろん、この2、3年、選別の参加者が誰も手鬼とは遭遇しなかった可能性もある。あるいは問答の間もなく殺されてしまったのかもしれない。いや、ひょっとしたら最終選別は必ずしも藤襲山で行なわれるわけではなく、他の会場を使っているということも。冨岡義勇は後に「あの年の選別で死んだのは錆兎一人だけだ
(*13)」と炭治郎に語っている(15巻130話)。まるで選別が年に1回しか行なわれていないかの口ぶりである。ひょっとしたら藤襲山で最終選別が行なわれるのは年に1回だけで、残りの数回は他の会場を使っていたということなのかもしれない。だとすれば、大正元〜2年には藤襲山では最終選別が行なわれていなかったという可能性もなくはないだろう。
 
*11 「鬼滅の刃1」173ページ
*12 「鬼滅の刃1」9ページ

*13 「鬼滅の刃15」124ページ
 

 
 
◆炭治郎初任務
 
 
  最終選別を突破し、炭治郎は晴れて鬼殺隊の隊士となった。炭治郎最初の任務は鎹烏の言葉で「北西ノ町ヘ向カェェ!!」「少女ガ消エテイルゥ、毎夜毎夜
(*14)」というものだった。

*14 「鬼滅の刃2」44ページ
  
 
 



炭治郎に伝令する鎹烏
(「鬼滅の刃2」44ページ)
 

 
 
 この北西の町とはどこなのだろうか。指令を受けた時炭治郎がいたのは狭霧山にある鱗滝左近次の家。この狭霧山の場所は不明である。鱗滝と炭治郎の2人は狭霧山へ走って向かっていることから、炭治郎の家のあった雲取山から比較的近くの山だと考えられる。すると狭霧山も雲取山のある秩父山地のどこかなのだろう。鱗滝が天狗の面をつけていることから、狭霧山は高尾山ではないかとの説もある。
  
 
 



高尾駅の天狗像
 

 
 
 だが、炭治郎が狭霧山を空気が薄いと感じる記述があることから、雲取山よりは標高が高いようだ。すると標高2,017メートルの雲取山より標高が低い高尾山(599メートル)が狭霧山ということはなさそうである。雲取山より標高が高い山には北奥千丈岳(2,601メートル)、金峰山(2,599メートル) 、国師ヶ岳(2,592メートル) 、朝日岳(2,579メートル)などがあるが、いずれも雲取山より西に位置している。そこから見て北西の方向だと長野県になる。物語に出てきた北西の町が比較的栄えていたことを考えると、現在の長野県佐久市辺りが該当するのかもしれない。ちなみにもっと北西には鬼無里村(現・長野市鬼無里)や、白馬村青鬼集落といった鬼にちなんだ地名が残っているのが面白い。この辺りは昔から鬼がよく現れていたのだろうか。
 秩父山地から佐久市まで歩くと10時間はかかる。だが、鍛えている炭治郎にとっては大したことなかったのだろう。炭治郎は任務に際して、鬼と化した妹の禰豆子を箱に入れて背負って常に引き連れていた。鱗滝によると、禰豆子は人を食う代わり眠ることで体力を回復しており、炭治郎が鱗滝の元で修行を始めてから2年もの間眠り続けていた。また、鱗滝によって人間は自分の家族であると思い込むように暗示をかけられていた。禰豆子はこの後しばしば炭治郎のピンチを救う活躍を見せることになる 。
  
 
 



16歳の少女を攫う沼の鬼
(「鬼滅の刃2」60ページ)
 

 
 


  炭治郎がやって来た北西の町では、毎晩16才の少女が行方不明になっていた。婚約者の里子を拐われた青年・和巳(声:酒井広大)と出会った炭治郎は調査を開始。ちょうどその時、新たに少女が拐われる。その犯人は何もない地面に水溜まりのような空間を生み出す血鬼術を使う異能の鬼、通称“沼の鬼”(声:木村良平)だった。沼の鬼は3体に分裂し、炭治郎を水溜まりの中に誘い込む。炭治郎は水の呼吸を駆使し、禰豆子の助けもあって退治に成功した。
 鬼は退治されたものの婚約者を失った和巳は呆然とするしかなかった。炭治郎の励ましの言葉に、思わず「お前に何がわかるんだ!」と暴言を吐く。炭治郎は語る「失っても失っても生きていくしかないです。どんなに打ちのめされようと」
(*15)。このセリフは後にアニメ第19話に挿入された「竈門炭治郎のうた」の歌詞に引用されている。

*15 「鬼滅の刃2」112ページ
 

 
 



和巳を励ます炭治郎の言葉
(「鬼滅の刃2」112ページ)
 

 
 
 なんとも残酷な言葉ではあるが…これは炭治郎自身が強く感じていた言葉なのではないだろうか。彼は2年前、わずか13歳にして家族5人を鬼に殺されたのである。トラウマになりかねないようなつらい体験を乗り越えてきた彼でなくては言うことの出来ない言葉である。和巳は、硬く鍛え抜かれた分厚い炭治郎の手を握った時、彼もまた自身も同じ境遇である事を知り、炭治郎に詫びるのであった。
 
 
 



後藤の子孫
左に里子の転生と思われる女性が
(「鬼滅の刃23」208ページ)
 

 
 
 和巳の出番はこのエピソードのみでその後の様子は描かれていないが、彼もいずれは立ち直り、幸せな人生を歩んでいた事を願わずにはいられない。和巳の行く末については、実は漫画「鬼滅の刃」最終回にほんの少しヒントが描かれている。最終回は現代が舞台となり、登場人物たちの子孫や生まれ変わりと思われる良く似た容姿の人たちが登場している。その中に、「和巳くんオハヨー
(*16)」と話している少女の姿が描かれているのだが、その少女の姿は和巳の婚約者・里子に似ている。ということは、その相手というのは和巳の子孫なのだろうか? 約100年の歳月を経て、和巳と里子の魂が結ばれたという事を表しているのではないだろうか。

*16 「鬼滅の刃23」208ページ
  
 
 
◆鬼の始祖・鬼辻舞無惨
 
 
 北西の町で沼の鬼を退治した炭治郎は鬼が潜伏しているとの鎹烏の司令を受けて浅草に赴いた。公式ファンブック「鬼殺隊見聞録」によるとこの時の鬼というのは珠世と愈史郎のことであったようだ
(*17)。2人は後に鬼でありながら鬼殺隊に協力することになる。

*17 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」85ページ
 
 
 



愈史郎と珠世
(「鬼滅の刃2」135ページ)
 

 
 
  浅草で炭治郎は鬼の始祖・鬼舞辻無惨(声:関俊彦)と遭遇する。炭治郎は人一倍鼻が効くという能力を持っており、家に残っていた家族を殺した鬼の匂いを覚えていた。
  
 
 



竈門炭治郎と鬼舞辻無惨
(「鬼滅の刃2」120ページ)
 

 
   
 第1話で冨岡義勇は、「傷口に鬼の血を浴びたから鬼になった。人喰い鬼はそうやって増える。
(*18)」と炭治郎に語っているが、後の話では人間を鬼に変えることが出来るのは無惨だけということになっている。上弦の鬼である黒死牟や童磨は他人を鬼にスカウトする際に、「無惨様が認めれば…」と発言しているからだ。確かに、傷口に鬼の血が入ると鬼になるのでは、鬼と戦う際に傷つくことの多い鬼殺隊士はもっと鬼になっていてもおかしくない。
 無惨は自分の血を分け与えることで人間を鬼にする。その際に必ずしも自身の体を傷つける必要はなく、指や腕を相手の体に突き刺すことで血を与えることができる。
 
*18 「鬼滅の刃1」35ページ
  
 
 



鬼舞辻無惨は人間に血を与えることで鬼にする
(「鬼滅の刃18」88ページ)
 

 
   
 この時の浅草では無惨は炭治郎に見咎められたため、通りすがりの男の首筋を爪でひっかいて鬼に変え、混乱の隙に逃げ出している。
 
 
 



通りすがりの男を鬼に変える鬼舞辻無惨
(「鬼滅の刃2」124ページ)
 

 
   
  無惨が鬼になったのは、千年以上昔の平安時代にまで遡る。無惨は貴族の息子として誕生するが、生まれながらに虚弱な体質であった。母親の腹の中にいた頃から心臓は何回も止まり、生まれた時には脈も呼吸もなかったために死産と判断され、荼毘に付されようという時になって息を吹き返した。二十歳になる前に死ぬと言われていた無惨を少しでも生き永らえるようにと苦心していた善良な医者がいたが、病状が悪化していくことに腹を立てた無惨によって殺されてしまう。
   
 
 



善良な医者を殺害する鬼舞辻無惨
(「鬼滅の刃15」62ページ)
 

 
    
 しかし皮肉なことに医者の薬は効いていた。強靭な肉体を手に入れた無惨であったが、それと同時に日の光の下に出られなくなり、人の血肉を欲するようになってしまった。医者の薬の調合には“青い彼岸花”というものが書かれていたが、それがどこに咲いているのかはわからない。以来無惨は日光の克服の為に、青い彼岸花を見つけ出すことと、増やした鬼たちから太陽を克服する体質のものを探すことの2つを最優先としてきた。
 鬼の強さは与えられた無惨の血の量と、食った人間の数で決まる。十二鬼月と呼ばれる12人の無惨直属の鬼は、鬼の中でも破格の強さを持っている。すべての鬼は、無惨によって管理され、裏切ることは許されない。だが、中には無惨の支配を抜け出した鬼もいた。浅草で鬼に変化させられた男を取り押さえようとする炭治郎に力を貸した珠世(声:坂本真綾)と愈史郎(声:山下大輝)がそんな鬼だった。珠世は無惨によって400年以上前に鬼に変えられたが、その後彼の支配を逃れ、鬼を人に戻す研究をしている。その助手の愈史郎は無惨ではなく珠世によって鬼に変えられている。2人は人肉を食わず、少量の血液を摂取するだけで生きていくことが出来るような体になっていた。
  
 
 



炭治郎を殺す命を受けた矢芭羽と朱紗丸
(「鬼滅の刃3」5ページ)
 

 
    
 突如珠世邸を2人の鬼が襲撃する。殺傷力を持つ毬を操る朱紗丸(声:小松未可子)と目に見えない矢印で対象物を好きな方向に飛ばすことの出来る矢芭羽(声:福山潤)であった。自身が十二鬼月であると語る2人は、無惨の命で炭治郎の命を奪いに来た。血鬼術を駆使する2人の攻撃に苦戦する炭治郎だったが、禰豆子と愈史郎の助けを借りてかろうじて矢芭羽を倒す。朱紗丸もまた、珠世の鬼血術である惑血・白日の魔香を食らう。この血鬼術は自白剤のようなもので、脳の機能を低下させ、虚偽を述べたり秘密を守ることが不可能とする。朱紗丸は思わず、鬼舞辻無惨の名を口にしてしまう。鬼たちは無惨によって呪いをかけられている。それは無惨に反逆を起こさないためでもあり、無惨の情報を漏らさないためでもある。例えば人前で無惨の名を口にした鬼は、呪いによって細胞を破壊され消滅させられてしまう。無惨の名を口にした朱紗丸の体からは無数の腕のようなものが突き出し、殺されてしまった。
  
 
 



鬼舞辻無惨の呪いによって朱紗丸は殺される
(「鬼滅の刃3」45ページ)
 

 
   
 矢芭羽も朱紗丸も十二鬼月ではなかった。十二鬼月であれば眼球に刻まれているはずの数字が無いからだ。また珠世は2人が「弱すぎる」と語る。その言葉に愕然とする炭治郎。確かにこの後の物語を読んでいくと、2人は弱いと言われても仕方がない。
  
 
 



珠代は朱紗丸と矢芭羽を十二鬼月でないと看破する
(「鬼滅の刃3」51ページ)
 

 
   
  無惨は炭治郎と会った際、彼の耳飾りに気づいている。それは、無惨と因縁のある“日の呼吸”を受け継ぐ者の証であった。無惨にとって炭治郎はなんとしても殺したい相手である。それなのになぜ無惨は十二鬼月ですらない矢芭羽と朱紗丸を派遣したのだろうか…。もしこの時、十二鬼月を派遣するか無惨自身が出向いていれば、炭治郎を殺すことは容易かった。どうやら鬼舞辻無惨という人物は、策略家でもなければ、先見の明のある人物でもない。“無能”であると言われても仕方がない。無惨は千年以上生きているのだから、経験や知識は並の人間は誰も及ばないほど豊富であったはずである。しかも、後になって彼は脳みそを5つ持っていることが明らかになっている。だからといって頭が良くなるというわけではないのだ。
   
 
 



鬼舞辻無惨は炭治郎の耳飾りに気づく
(「鬼滅の刃2」132ページ)
 

 
 
◆五感組
 
 



かまぼこ隊の4人
嘴平伊之助、我妻善逸、竈門炭治郎、竈門禰豆子
(「鬼滅の刃/片羽の蝶」表紙)
 

 
   
 続いて炭治郎は南南東へ向かえとの司令を受けた。浅草から見て南南東ということは、亀戸か葛西辺りだろうか? ただ、炭治郎が響凱と戦った鼓屋敷から山が見えたから、案外東京湾を渡った千葉県の市原市辺りなのかもしれない。
  「鬼滅の刃」の連載されていた「週刊少年ジャンプ」は「勝利・友情・努力」を「三原則」としている。「鬼滅の刃」は主人公・竈門炭治郎が努力して成長し、鬼に勝利する物語であるし、仲間との友情も重要な要素となっている。この任務において、炭治郎は大切な仲間との出会いを果す。
 任地に赴く道の途中で、炭治郎は同期隊員の我妻善逸と出会う。善逸は金髪の少年で、普段は頼りなく女の子にも弱いが、音を聞き分ける能力に長け、気を失うと無意識の内に抜群の剣術の腕を見せる。また、現場となった鼓屋敷には先にやはり同期の嘴平伊之助がいた。伊之助は上半身裸で猪の皮を頭にかぶり、刃零れした二刀流を操る。あまりに異様なので、初登場した時はてっきり彼が鬼なのではないかと思ってしまった。
  
 
 



猪の皮を被った嘴平伊之助
(「鬼滅の刃3」99ページ)
 

 
 
 炭治郎、善逸、伊之助の3人はこの後も共同で任務に当たることが多く、禰豆子を含めてかまぼこ隊と呼ばれることがある。これは、伊之助が「竈門炭治郎」を「かまぼこ権八郎」と呼び間違えた
(*19)ことに由来している。
  炭治郎の同期は他にも栗花落カナヲと不死川玄弥がおり、彼らを含めた同期5人を“五感組”と呼ぶこともある。つまり、鼻の利く炭治郎は嗅覚、耳の良い善逸は聴覚、肌で視線や殺気を感じ取れる伊之助が触覚、動体視力に優れたカナヲが視覚、鬼を喰らうことでその能力を身につけることが出来る玄弥が味覚に優れているというわけだ。この5人は、鬼殺隊最高位の“柱”でこそなかったが、並の隊士とは思えない活躍を見せた。無限城における鬼舞辻無惨との最終決戦に際しても、それぞれが上弦の鬼を倒すことに貢献している。なんでまた主人公の同期にばかり有能な人物が集まるのか。もっともこういったことは「ドカベン」(作・水島新司)や「キャプテン翼」(作・高橋陽一)といったスポーツ漫画に はよく見られることであるのだが…。
 彼らの能力を自分が身につけられるとしたらどうだろう。カナヲの視覚や善逸の聴覚なら、いろいろと役に立つことが多そうだ。しかしその一方、炭治郎の嗅覚は個人的にはあまり欲しいと思えない。夏場であればどうしても汗や体臭が気になる。それを隠すための香水や制汗剤でさえも苦痛と感じてしまいそう だ。きっと炭治郎も日常生活ではいろいろと気苦労があったのだろう。

*19 「鬼滅の刃4」 35ページ
    
 
  
◆鼓屋敷
  
 



炭治郎と善逸は鼓屋敷にやってくる
(「鬼滅の刃3」76ページ)
 

 
 
  南南東での任務に赴いた炭治郎と善逸の2人は一軒の屋敷の前に来た。その屋敷の前では2人の子供が震えている。兄の清(声:土岐隼一)が中に捕らえられているという。
 
 
 



鼓を身に纏った鬼・響凱
(「鬼滅の刃」96ページ)
 

 
 
 その屋敷の主は鬼である響凱(声:諏訪部順一)であった。響凱は体に鼓の埋まった“鼓鬼”。体の鼓を叩くことで部屋を上下左右変える事が出来、3本爪のような斬撃を出して攻撃する。
 
 
 



友人に原稿を酷評される響凱
「鬼滅の刃3」169ページ
 

 
 
 響凱は人間時代は「南総里見八犬伝」を愛読し自らも伝奇小説を書いていた。だが、作家としては目が出ず、鬼となってからは部屋に籠って鼓ばかり打っていた。ある日響凱は知人に作品を「美しさも儚さも凄みもない。全てにおいてゴミのようだ」「紙と万年筆のムダだから、もう書くのはよしたらどうだ
(*20)」などと散々に酷評され、原稿用紙を踏みつけにされる。怒った響凱は知人を斬激で惨殺してしまった。鬼は人間時代の記憶を失っていることが多いが、響凱は鬼となってからも創作活動を続けていただけでなく知人との交流も続けていたようだ。響凱は原稿用紙を用いているので、鬼になったのは原稿用紙が一般化した明治以降だと思われる。鬼になってからの日が浅いとはいえ、人間時代の記憶を持った鬼は他には上弦の壱・黒死牟と上弦の弍・童磨(声:宮野真守)ぐらいしかいないため、極めて異例なことである。
 
*20 「鬼滅の刃3」169〜170ページ
 
 
 



響凱は十二鬼月を剥奪される
(「鬼滅の刃3」149ページ) 
 

 
 
 鬼となった響凱は実力をつけ、やがて十二鬼月の下弦の陸に選ばれる。だが、体質的に人を食えなくなってしまったため、鬼舞辻無惨によって十二鬼月の地位を剥奪されてしまった。無惨はこの後、いわゆる“パワハラ会議”において下弦の鬼たちを難癖をつけて粛清してしまっているのだが、この時の響凱は片目に十字の傷をつけられただけで済んでいる。どうやら響凱は無惨に贔屓されているようだ。
 十二鬼月に戻るために響凱は1人食べれば50人、100人分の力を得ることが出来るという“稀血”の持ち主を食おうと考えた。そこで清に目をつけ、自らの屋敷に連れて帰ったのである。空腹に我を忘れる鬼が多い中、響凱は極めて計画的だといえる。また、十二鬼月時代の響凱は腹に1つの鼓を持つだけであった。この鼓は、斬擊を発生させるものだ。ということは響凱が空間を変化させる能力を持つ他の鼓を身に纏うようになったのは、十二鬼月剥奪後のことになる。どうやら響凱は十二鬼月剥奪後もそれに腐ることなくひた向きな努力を続けていたのだ。響凱が無惨に気に入られていたのは、こうした努力する姿勢を評価されてのことだったのだろう。無限城を管理していた鬼・鳴女は琵琶を鳴らすことで空間を操っていたが、ひょっとしたら響凱も無惨から同様の役割を期待されていたのかもしれない。もし最後の無限城での戦いに響凱がいたら、鬼殺隊はもっと苦戦していたことだろう。
  
 
 



3人の鬼が稀血の清をめぐって争う
(「鬼滅の刃3」153ページ)
 

 
   
 稀血の少年・清を屋敷に連れ去った響凱だったが、その事を他の鬼たちに嗅ぎ付けられてしまう。4つの目と長い舌を持つ“舌鬼”と、肥満体型で額に角を持つ“角鬼”が響凱の屋敷にやって来た。清を巡って響凱と争ううちに、響凱の背中の鼓が外れてしまう。その鼓は叩くと部屋が変わるというものだった。この鼓を拾って叩いたことで、清は鬼に食われることなく生き延びることが出来た。
 鼓屋敷に入った炭治郎と善逸。屋敷には既に猪の頭を被った同期隊士の嘴平伊之助がいた。善逸が舌鬼を、伊之助が角鬼を倒す。そして炭治郎が響凱を倒すことに成功した。この後戦う下弦の伍・累に炭治郎たちは歯が立たず、鬼殺隊最高位の柱に頼らざるを得なかったが、元下弦の陸・響凱はヒラ隊士の炭治郎にあっさりとやられている。しかもこの時の炭治郎は肋骨と足を骨折していた。先に血鬼術も使えない“雑魚鬼”に鼓を落とされていたことを考えても、響凱はさほど強い鬼では無かったと評価せざるを得ない。鬼の強さは基本的に人を食った数であるが、響凱は大量の人を食えなくなったがために十二鬼月時代と比べて相当に力が衰えてしまっていたのだろう。
  
 
 



炭治郎は響凱の原稿を避ける
(「鬼滅の刃3」173ページ)
 

 
 
 炭治郎は響凱との戦いの最中、床にちらばった原稿用紙に気づく。それはかつて響凱が書いた小説の原稿だった。踏むことをためらった炭治郎はそれを避ける。そのことで、怪我が痛まない体の動かし方、呼吸の仕方に気づいた。それで響凱の隙をついて首を切ることに成功する。炭治郎は「君の血鬼術は凄かった!!」と響凱に称賛の声をかけた。響凱は炭治郎に「小生の…血鬼術は…凄いか…」と改めて問うと、炭治郎は「…凄かった」と答えた。それを聞いた響凱は「小生の…書いた物は…塵などではない。少なくともあの小僧にとっては踏みつけにするような物ではなかったのだ。小生の血鬼術も…鼓も…認められた…」と涙を流しながら消えていった
(*21)
 鬼となってからも文筆活動を続けていたように、響凱は自分が認められたいという気持ちを強く持っていた。鬼になったきっかけもあるいは、人を見返したい、他者に認められたいということだったのかもしれない。そこに鬼としての響凱の限界があったのだろう。最後に炭治郎に自分の血鬼術を認められたことで、ある意味響凱の最期は幸せなものだったと言えるのではないか。ちなみにスピンオフ作品「中高一貫キメツ学園物語」では、響凱は音楽教師となっている。教員は他は全員が鬼殺隊の柱である。他の鬼は例えば魘夢が電車オタクの変質者、玉壺や半天狗が学園に出没する妖怪として登場していることを考えても、響凱の扱いは破格である。そういう意味でも響凱は救われた境遇であったといえる。
 
*21 「鬼滅の刃3」178〜179ページ
 
 
 



「中高一貫キメツ学園物語」の音楽教師・響凱先生
(「鬼滅の刃5」189ページ)
 

 
 
◆鬼殺隊とは
 
 



鬼殺隊は謎の組織だとされる
(「鬼滅の刃1」112ページ)
 

 
   
 鬼殺隊は鬼を滅ぼすために結成された組織である。その成立は古く、平安時代に産屋敷一族によって設立された。鬼の始祖・鬼舞辻無惨ももともとは産屋敷家の人間で、一族から鬼を出してしまった呪いにより産屋敷家は代々早世し、男児は誰も30歳まで生きることが出来なくなってしまった。97代目当主で23歳の産屋敷耀哉も病に侵され余命いくばくもない。
 鬼殺隊は「政府から正式に認められていない組織
(*22)」とあり、非合法組織であるとされている。そのため、浅草で鬼舞辻無惨によって鬼に変えられた人を見ても警官たちはそのことに気づいていないし、「無限列車編」冒頭でも駅員たちは刀を所持している炭治郎たちを咎める。だが、数百人規模の隊士を支え、1000年にも渡って活動をしている鬼殺隊を政府が本当に把握していないなんてことはあり得るのだろうか。「正式に」とあるということは、逆に言えば黙認されているということを示しているのではないだろうか。そればかりか、政府は裏で鬼殺隊と繋がっていると思しき点すらある。例えば、産屋敷耀哉は無実の罪で死刑判決を受けた悲鳴嶼行冥(声:杉田智和)を救い出し、鬼殺隊に加えている。産屋敷家が単に財力があるというだけでは死刑囚を解放することは出来ないだろう。現在でも政治家と反社会勢力が関係を持つことはしばしばあるのだから、有力政治家や警察上層部が鬼殺隊の存在を把握し、便宜を図っていたとしてもなんらおかしくない。
 それでは民間人の間ではどうだったのだろうか。沼の鬼に婚約者を殺された和巳は炭治郎と会って、「鬼の話、鬼殺隊、本当に…
(*23)」と思っており、鬼の存在を噂程度には知っていた。雲取山の麓に住む三郎じいさんが炭治郎に「鬼が出る」と言って山へ帰るのを止めていたり、若き日の行冥が自身の住む寺に藤の花の香を焚いて鬼除けとしていたりもするので、一部では鬼の存在を信じている人もいた。さらに鬼殺隊の恋柱・甘露寺蜜璃(声:花澤香菜)は、添い遂げる殿方を見つけために鬼殺隊に入ったと語っていることから、鬼殺隊は知る人ぞ知る存在ではあったようだ。おそらく現在の「都市伝説」のようなものとして認識されていたのだろう。例えば、「エリア51」のようなものだろうか。エリア51というのは、アメリカ軍の基地で、墜落したUFOや宇宙人の研究をしていると噂される場所のこと。名前すら知らない人も多いだろうが、熱心に信じている人もいる。

*22 「鬼滅の刃1」112ページ
*23 「鬼滅の刃2」57ページ
 
 
 



和巳は鬼殺隊の噂を知っていた
(「鬼滅の刃2」57ページ)
 

 
 
  例え公に存在は認められていなくとも、鬼の被害者は確実に存在していた。炭治郎を始め、ほとんどの鬼殺隊員は鬼によって家族を殺されている。その一方で、鬼殺隊の活躍によって命を救われた人も大勢いる。虫柱・胡蝶しのぶ(声:早見沙織)や、蛇柱・伊黒小芭内(声:鈴村健一)らは鬼殺隊に命を救われたことがきっかけで鬼殺隊に入っている。鬼殺隊員の給料は新人隊員の場合で「現在の二十万円くらい
(*24)」だというから、大卒の初任給ぐらいもらっているということになる。さらに最高位の柱になると、「無限に欲しいだけ」もらえるらしい。その財源はいったいどこから来ているのだろう。まず考えられるのは産屋敷家の財力によるものである。産屋敷家は現在まで神社を護っていることから、本職は神職であるように思われる。産屋敷耀哉の妻・あまね(声:佐藤利奈)の旧姓は「神籬(ひもろぎ)」だが、これは祭祀を行なう際の神の依り代となるものである。ただ、鬼舞辻無惨がもともと平安貴族であったことを考えると、同じ一族の産屋敷家も平安時代から続く貴族の階級だったのではないか。ひょっとしたら大正時代には華族階級であったのかもしれない。産屋敷家は先祖代々の資産を保持していたのだろう。また、代々の当主は、予知とも言うべき先見の明によって財を成してきたという。あるいは先物取引なども行なっていたのではないか。
 
*24 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」85ページ
    
 
 



3人は藤家紋の屋敷で休息を取る
(「鬼滅の刃4」35ページ)
 

 
 


 それに加えて、鬼殺隊には多くの人たちの援助があったと考えられる。例えば、作中に藤の家紋の屋敷というものが登場する。鼓屋敷の戦いで傷ついた炭治郎たちは、そんな藤の家紋の屋敷で治療を受けている。それだけではなく、食事の世話から必要な物資の準備まで手厚い援助を受けているのだ。こうした藤家紋の家というのは、かつて鬼殺隊に助けられた人たちであった。おそらく鬼殺隊が救った人の中には富豪や政府の要人などもいたのだろう。作中に登場する藤家紋の屋敷も部屋数が多く、相当の資産家であったことがうかがえる。鬼殺隊はそうした人たちに支えられることで、長い年月活動を続けることが出来たのだ。
  

 
 
◆那田蜘蛛山
 
 



3人は新たな任務に赴く
(「鬼滅の刃4」48ページ)
 

 
 
 炭治郎たちは次の任務で那田蜘蛛山に向かった。那田蜘蛛山には、十二鬼月・下弦の伍の累(声:内山昂輝)とその“家族”が巣食っており、既に多くの鬼殺隊士が討伐に向かっていた。累は蜘蛛の能力を持つ“蜘蛛鬼”。鬼は通常群れることがないとされているのだが、累は他の鬼たちを力で支配し、それぞれに父、母、兄、姉と自らの家族を演じさせていた。その家族たちは累から力を分け与えられており、それぞれが強力な力を持つ異能の鬼たちであった。
 
 
 



偽りの家族を従える十二鬼月下弦の陸・累
(「鬼滅の刃4」85ページ)
 

 
 
 那田蜘蛛山に入った炭治郎と伊之助は、先に山に入っていた先輩隊士の村田(声:宮田幸季)と出会う。村田によると、山に入った隊士たちが突如同士討ちを始めたという。そこへ死んだはずの隊士たちが襲ってくる。隊士たちは、母蜘蛛(声:小清水亜美)の糸によって操り人形のように操作されていた。炭治郎は母蜘蛛を退治することに成功するが、伊之助と2人がかりでも父蜘蛛(声:稲田徹)相手には苦戦。炭治郎は吹き飛ばされてしまう。後から山に入った善逸も兄蜘蛛(声:森久保祥太郎)を退治するものの、体が蜘蛛になるという毒を食らってしまい瀕死の状態となってしまった。
 炭治郎は下弦の伍・累と対峙する。日輪刀でも首を切ることの出来ない累に炭治郎は苦戦する。妹・禰豆子も箱から出てきて戦うが、累の糸によって捕らえられる。そんな捨て身の禰豆子の姿を見た累は、2人に「本物の絆」を感じ、炭治郎に「禰豆子をくれ」と頼む。
 鬼舞辻無惨直属の部下・十二鬼月が遂に登場した。累は下から2番目の下弦の伍であったが、圧倒的な実力差に炭治郎は愕然とする。
 
 
 



突如現れた先輩隊士はのちにサイコロステーキ先輩として人気者となる
(「鬼滅の刃5」32ページ)
 

 
 
 炭治郎と累の前に、1人の先輩隊士(声:坂泰斗)が登場する 。
「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか。こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ。
(*25)
そんな余裕たっぷりな台詞で、累に切りかかるも、一瞬にして累の糸でバラバラに切り刻まれてしまう。

*25 「鬼滅の刃5」31〜32ページ
 
 
 



サイコロステーキ先輩は累の糸で切り刻まれる
(「鬼滅の刃5」34ページ)
 

 
 


 この先輩隊士、原作では4ページ、アニメでもわずか40秒の登場ながら鮮烈な印象を残した。本名は不明。キャラクター人気投票には「累に切り刻まれた隊士」としてノミネートされている
(*26)。サイコロステーキの如く切り刻まれた様子からネット上では「サイコロステーキ先輩(サイステ先輩)」との異名がつけられ人気を博した。この後、炭治郎と累による激闘が描かれるため、サイステ先輩はかませ犬としての役割を遺憾なく発揮したといえる。もっとも、炭治郎は累の血鬼術「殺目篭(あやめかご)」によって絶体絶命のピンチとなったところを駆け付けた冨岡義勇によって既のところで救い出されて いる。もしサイステ先輩が数十秒を稼いでいなかったら間に合わなかった可能性があるのだ。サイステ先輩は隠れたMVPであったのかもしれない。

*26 「鬼滅の刃10」197〜199ページ掲載の第1回キャラクター人気投票では10票を獲得し46位に入っている。
      

 
 
◆挿入歌「竈門炭治郎のうた」
 
     
 



累の糸で宙づりにされる禰豆子
(「鬼滅の刃5」95ページ)
 

 
 
 炭治郎と累の戦いは熾烈を極めた。炭治郎の刀は折れ、累の糸で作った網が炭治郎を取り囲み、徐々に迫ってくる。禰豆子もまた、累の糸によって宙吊りにされる。窮地に陥った炭治郎は走馬灯を見る。「死の直前に人が走馬灯を見る理由は、一説によると今までの経験や記憶の中から、迫りくる“死”を回避する方法を探しているのだという
(*27)」。

*27 「鬼滅の刃5」103ページ
    ただしアニメ第19話では胡蝶しのぶの台詞となっている。
  
 
 



累の糸が炭治郎に迫る
(「鬼滅の刃5」102ページ)
 

 
 
 炭治郎は幼少時代を思い出していた。若くして亡くなった炭治郎の父・炭十郎は、年の初めに一晩中ヒノカミ様に奉納する神楽を舞っていた。病弱な父がなぜ長時間舞うことが出来 たのか。それは「呼吸」なのだという。
「炭治郎、呼吸だ。息を整えて、ヒノカミ様になりきるんだ。
(*28)

*28 「鬼滅の刃5」105ページ
 
 
 



父・炭十郎は炭治郎に呼吸の仕方を教える
(「鬼滅の刃5」110ページ)
  

 
 
  ヒノカミ神楽を駆使したことによって糸を断ち切った炭治郎はなおも累に迫る。気を失っていた禰豆子の脳裏に母親が現れ彼女を励ます。
「禰豆子、起きて。お兄ちゃんを助けるの。今の禰豆子なら出来る。頑張って…。
(*29)
目を覚ました禰豆子は初めて血鬼術を使う。
「血鬼術、爆血。」
それは鬼だけを燃やす能力であった。禰豆子の血がかかった炭治郎の刀も赤く燃える。そして遂に、累の首を切ることに成功するのだった。

*29 「鬼滅の刃5」116〜117ページ
 
 
 



禰豆子は血鬼術“爆血”を操る
(「鬼滅の刃5」118ページ)
 

 
 
 この炭治郎と累との激闘が描かれたアニメ第1期「竈門炭治郎立志編」第19話「ヒノカミ」では、挿入歌「竈門炭治郎のうた」(椎名豪featuring中川奈美)が印象的に用いられている。「竈門炭治郎のうた」は評価も高く、挿入歌としては異例のダウンロード販売されることとなった。作曲の椎名豪(1974〜)は梶浦由紀(1965〜)と共にアニメ「鬼滅の刃」で音楽を務めている。歌唱の中川奈美(1975〜)はサブタイトルを始め作中の多くの場面でコーラスを担当 する。作詞はアニメを制作したufotable名義だが、作中に登場する台詞がいろいろと散りばめられている。
 例えば、

   泣きたくなるような 優しい音

これは、善逸が炭治郎のことを表現する時に使った言葉
(*30)

   失っても 失っても 生きていくしかない
   どんなにうちのめされても 守るものがある

これは炭治郎が婚約者を失った青年にかけた言葉
(*31)である。

*30 「鬼滅の刃4」12ページ
*31 「鬼滅の刃2」112ページ
 
 
   

 
 

 
 
  炭治郎が走馬灯を見る中、「竈門炭治郎のうた」はピアノの弾き語りでしっとりと始まる。そこに篠笛のメロディが加わる。やがて目を覚ました炭治郎がヒノカミ神楽・円舞を繰り出す場面からオーケストラの演奏となる。どうやら幻想の時はピアノの演奏、現実世界の時ではオーケストラの演奏とで分けられているようだ。そのため、母が禰豆子の夢に現れた場面で演奏は篠笛に戻るが、禰豆子が目覚めて血鬼術を使う場面で、再びオーケストラの演奏となる。そので盛り上がりのまま、炭治郎は「俺と禰豆子の絆は誰にも引き裂けない」と叫んで、累の首を飛ばす。そしてそのまま、エンドロールに突入。そこでは竈門家が幸せに暮らしていた頃のイラストが用いられている。最後は炭治郎と禰豆子2人のカットで終わる。

 
 



挿入歌「竈門炭治郎のうた」
 

 
 


  主人公・炭治郎にとってこの累との戦いは、「竈門炭治郎立志編」における最後の戦いである。いわば作品最大のクライマックスとも言うべき場面となっている。映像に加え音楽が見事にマッチしており、このアニメ第19話「ヒノカミ」を“神回”だとみなす声も多い。僕自身も何度も繰り返しこの場面を観て、そのたびごとに熱くなってしまう。
 

 
 
◆柱
 
 



お館様は柱の胡蝶しのぶと冨岡義勇の出撃を命じる
(「鬼滅の刃4」65ページ)
 

 
 
 那田蜘蛛山での戦いに苦戦する鬼殺隊士たち。お館様は遂に“の出撃を命じた。“柱”は指導者である“お館様”に次ぐ鬼殺隊最高位。人数は最大9人だが、これは「柱」という漢字が九画であることになぞらえている(*32)。鬼殺隊士はそれぞれが特殊な呼吸法「全集中の呼吸」を習得しているが、「水の呼吸」「炎の呼吸」などそれぞれの呼吸の型に合わせて、「水柱」「炎柱」などの肩書を持 つ。甲の隊士が、「十二鬼月を倒す」か「鬼を50体倒す」ことで柱に昇級する。蟲柱・胡蝶しのぶによると、上弦の鬼は柱3人分の力に匹敵する(*33)ということなので、おそらく下弦の鬼は柱1人分の力を持っているのだろう。実際那田蜘蛛山で平隊士が数10人がかりで苦戦していた下弦の伍・累を冨岡義勇が瞬殺していたことを考えても、相当に力の差があることがわかる。
  先輩隊士の村田は、応援にかけつけた癸の炭治郎と伊之助に向かって、
「なんで“柱”じゃないんだ…!!癸なんて何人来ても同じだ。意味が無い!!
(*34)
と詰っているのだが、確かにその通り。お館様のところには鎹烏によって逐一那田蜘蛛山の様子が伝えられていたのだから、柱派遣の決定は明らかに遅きに失していた。まさか、お館様は隊士たちが死んでいくのを楽しんでいたのではないのではないか。お館様の言動を鑑みるに、その可能性は十分に考えられる。大勢が死んだ藤襲山での最終選別の際に「五人も生き残ったのかい、優秀だね。
(*35)」とつぶやいたり、後には妻と2人の娘を巻き添えにして屋敷ごと自爆するなど、常軌を逸しているとしか思えない行動を取っている。
 那田蜘蛛山に派遣されたのは水柱・冨岡義勇と蟲柱・胡蝶しのぶだった。下弦の伍・累の首を切ることに成功し、勝利したかに見えた炭治郎だったが、累は首を切られる前に自身の糸で先に首を切っていた。

*32 「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」87ページ
*33 「鬼滅の刃19」31ページ
*34 「鬼滅の刃4」60ページ

*35 「鬼滅の刃2」25ページ
  
 
 



累は自分の糸で首を切っていた
(「鬼滅の刃5」153ページ)
 

 
 
 力尽きて倒れた炭治郎に累の血鬼術「殺目篭」が迫る。だが、間一髪で駆けつけた冨岡義勇によって助けられた。その上で義勇は、累の首を一瞬で切り落とした。義勇はこれに先立ち、伊之助が苦戦していた父蜘蛛をも倒している。しのぶもまた、村田が捕らえら れ脱出することが出来なかった姉蜘蛛(声:白石涼子)の血鬼術「溶解の繭」を簡単に切り裂いた上に、その姉蜘蛛を一撃で倒す。また、兄蜘蛛の毒にやられ瀕死の善逸もに解毒薬を投与して救っている。
 これまで炭治郎は苦戦しながらも鬼を確実に倒してきた。それが、ヒノカミ神楽という新しい技を駆使しても十二鬼月には歯がたたなかった。その十二鬼月をあっさりと倒してしまう柱の強さを否が応でも見せつける結末だった。
 
 
 



冨岡義勇は累を倒す
(「鬼滅の刃5」165ページ)
 

 
 
 那田蜘蛛山の戦いは鬼殺隊の勝利に終わったが、この戦いは最終決戦となった無限城での戦いを除けば作中でも最大規模の戦いである。累一家5人を倒したものの、鬼殺隊士も数十人が犠牲となっている。その内訳は、母蜘蛛によって同士討ちを強いられた村田の部隊10名。姉蜘蛛の繭によって取り込まれ溶かされた14名。死んではいないが、兄蜘蛛によって蜘蛛にされた隊員も10数人いる。その他、 後に累の姉となる女鬼を追っていた5名の隊士が累に殺されているが、いつのことなのかはわからない。
 ちなみにサイコロステーキ先輩は、「隊は殆ど全滅状態だが
(*36)」と語っているのだが、この「隊」が村田の隊と同じかどうかは不明。もし同じだとすれば、母蜘蛛による同士討ちでもやられなかったことになるので、それなりに実力はあったのかもしれない。

*36 「鬼滅の刃5」32ページ
    アニメでは「俺の隊は殆ど全滅状態だが」と語っている。

 
 
 



隊士の墓参りをするお館様夫婦
(映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」より)
 

 
 


 映画「無限列車編」の冒頭では、死んだ隊士たちの墓に詣でるお館様が描かれている。この時お館様は12人の隊士の名前を唱えているのだが、時期的に考えて那田蜘蛛山で死んだ隊士たちだと想像される。ひょっとしたらこの中にはサイステ先輩の名前もあったのかもしれない。ただ、お館様は途中で苦しみ始めてしまうため、死んだ隊士全員の名前が挙げることは出来なかった。死んだ隊士の中には女性隊士の尾崎(声:東城日沙子)もいるが、彼女の名前らしき名前も見当たらなかった。
   

 
 
◆柱合会議
 
 



炭治郎は柱の前に引き出される
(「鬼滅の刃6」28〜29ページ)
 

 
 
  那田蜘蛛山の戦いの後、炭治郎は捕らえられてしまう。鬼殺隊士でありながら鬼である禰豆子を連れていることが問題とされたのだ。裁判を受けることになり、鬼殺隊の柱たちの会合である柱合会議の場に連れて出される炭治郎。ここで、9人の柱全員がようやくお目見えした。
 
 
 



アニメ「鬼滅の刃」第16話オープニング
冨岡義勇と胡蝶しのぶの顔だけが見える
 

 
 
 テレビアニメ「鬼滅の刃」第1シーズンのオープニングには、柱の面々が登場する場面がある。各柱の姿はシルエットとなっていて、作中に登場するにつれて姿が明らかになるという演出となっている。第1話から登場している柱は冨岡義勇のみなので、当初はっきりと姿が描かれたのも義勇のみであった。(1話ではオープニングは最後に流れている。)その後15話で胡蝶しのぶが登場したことで16話からはしのぶの姿もはっきりと描かれるようになった。21話のラストで伊黒小芭内と不死川実弥(声:関智一)を除く5名が初登場したことで22話では7人の姿が描かれ、最終的に全員が揃ったのは23話のオープニングからだった。
 
 
 



アニメ「鬼滅の刃」第23話オープニング
柱全員の顔が見える
 

 
 


 裁判の場で、柱たちは一斉に炭治郎を非難する。
 炎柱・煉獄杏寿郎(声:日野聡)「鬼を庇うなど明らかな隊律違反!」「鬼もろとも斬首する!
(*37)
 音柱・宇髄天元(声:小西克幸)「ならばオレが派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ。」
 蛇柱・伊黒小芭内「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言うこと全て信用できない、オレは信用しない。」
 岩柱・悲鳴嶼行冥「あああ…鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう。

 さらに、風柱・不死川実弥は、箱に入った禰豆子を箱ごと日輪刀で突き刺す。そして自分の腕を刀で斬って箱の上に滴らせると、
「オイ鬼!!飯の時間だぞ、喰らいつけ!!

  なんとも柱のサイコパスぶりが発揮される。ここでは「それよりも私は坊やの方から話を聞きたいですよ
(*38)」と語り冷静で常識的に思われている蟲柱・胡蝶しのぶも、那田蜘蛛山では姉蜘蛛に対して楽しそうに「人を殺した分だけ、私がお嬢さんを拷問します(*39)」と語っているのだから相当にヤバい人だ。
 考えてみると、柱というのは昇進条件が「十二鬼月を倒す」か「鬼を50体倒す」となっており、問われているのは戦闘力のみ。人格はもちろん統率力とか管理能力はまったく昇進に関与しない。組織である以上、鬼殺隊にも行政を担当する部門があるはずである。おそらくは鬼討伐後の事後処理を行なう“隠 し”が事務的業務を行なっているかと思われるのだが、それらを統括する幹部は作中には登場していない。柱が兼任している可能性もあるが、ひょっとしたら存在していないのかもしれない。
 僕は以前、民間企業で営業だったことがあるが、最初の1ヶ月は先輩について回っていた。ところが鬼殺隊の場合、炭治郎は隊士に就任した直後にいきなり単独での鬼討伐に赴いている。「遊郭編」の時には、炭治郎は自分自身の階級すら知らなかった。鬼殺隊は研修システムが機能していないというよりも、無いのである。炭治郎が最初の任務で戦った“沼の鬼”は、血鬼術を用いる異能の鬼。討伐に成功したのは禰豆子を連れた炭治郎だったからで、並の隊士だったらやられていた可能性が高い。鬼殺隊が常に人手不足だというのは、組織の問題点であったのではないだろうか。

*37 「鬼滅の刃6」35ページ
*38 「鬼滅の刃6」39ページ
*39 「鬼滅の刃5」140ページ
 

 
 
◆お館様・産屋敷耀哉
 
 



お館様・産屋敷耀哉
(「鬼滅の刃6」56ページ)
 

 

 


 「お館様のお成り。
(*40)
炭治郎を処刑すべきだと柱たちが騒ぐ中、柱合会議にお館様・産屋敷耀哉が姿を見せた。耀哉は病に侵され顔の半分に焼けただれたような痕があり、すでに目も見えなくなっているようだ。鬼殺隊を率いているが、彼自身は剣士ではなく、体が弱いために刀を10回も振ると脈が狂ってしまうという
(*41)。しかしながら卓越したカリスマ性で柱たちから絶大な信頼と敬意を払われている。お館様が柱合会議の場に姿を現すと、騒然としていた柱たちが一斉に居住まいを正す。

*40 アニメ「鬼滅の刃」22話
    「鬼滅の刃6」54ページでは、「お館様のお成りです。」となっている。
*41 「鬼滅の刃19」163ページ 

     

 
 



お館様の前で柱たちが居住まいを正す
(「鬼滅の刃6」58ページ)
 

 
 
 さらに、口に指を当てるだけで柱たちを静まり返らせる。その柱たちの信頼ぶりは一種の洗脳ではないかとすら思わせる。
  
 
 



お館様は一瞬で柱たちを静まり返らせる
(「鬼滅の刃6」70ページ)
 

 
 
 お館様の声は現代でいうところの「1/fゆらぎ」を持っていたと述べられている
(*42)。それは、リラクゼーション効果をもたらすというものだ。お館様はそれによって「話す相手を心地良くさせる」という。お館様の類稀な人心掌握術はこの1/fゆらぎの効果によるものも大きかったのだろう。

*42 「鬼滅の刃6」93ページ
 
 
 



1/fゆらぎの声を持つお館様
(「鬼滅の刃6」93ページ)
 

 
   
 例えば歌手でいうと宇多田ヒカル(1983〜)、徳永英明(1961〜)、MISIA(1978〜)、美空ひばり(193789)らの声に1/fゆらぎがあるとされている。もちろんその意見には納得出来るのだが、そうでなくても彼らは卓越した歌唱力を持っている。逆に歌は下手だが1/fゆらぎによって大衆を引き付ける例があればわかりやすいのだが…。
 禰豆子が人を襲った時には腹を切って詫びるとの約束をした鱗滝左近次と冨岡義勇の手紙。また、禰豆子自身も不死川実弥が血まみれの腕を出しても食らいつくことはなかった。そしてお館様自身の説得もあって、柱たちは禰豆子の存在を認めることとなる。炎柱・煉獄杏寿郎や音柱・宇髄天元らは後に鬼狩り任務の際に禰豆子とも共闘している。2人とも裁判では強硬に炭治郎の処刑を主張していたが、一度納得するとその存在を平気で受け入れてしまう。柱たちがそれだけお館様を信頼していたことだと思っていたのだが、実際のところは洗脳されていたからだったのかもしれない。
 お館様がサイコパスである点は以前から指摘してきた通りである。そもそも鬼殺隊結成の動機というものも、産屋敷家から鬼の始祖・鬼舞辻無惨が生まれたことによって一族に降りかかった呪いを祓おうというものであり、結局は産屋敷家の私怨でしかない。そんな個人的な理由で、鬼殺隊は大勢の若者を死に追いやっていたのである。お館様と無惨は顔が似ているとされている。1000年も離れているとはいえ2人は同族なので、そういうこともあるのかもしれない。
  
 
 



鬼舞辻無惨と産屋敷耀哉の顔は似ている
(「鬼滅の刃16」67話)
 

 
 
 だが、それ以上に両者は自身の目的のために強力な力で部下を従わせていたという点で共通点があった。お館様が武力を用いず洗脳で鬼殺隊士を従えていたと考えると、無惨以上に恐ろしい。その最期の時にも無惨をして「あの男は完全に常軌を逸している。
(*43)」と評されていた。

*43 「鬼滅の刃16」95ページ 
  
 
   
◆蝶屋敷
   
 



胡蝶しのぶが竈門炭治郎を自宅に預かることを申し出る
(「鬼滅の刃6」96ページ)
 

 
 
  嫌疑の晴れた炭治郎は、蟲柱・胡蝶しのぶの屋敷で治療と訓練を受けることになった。そこではすでに善逸と伊之助も治療を受けていた。しのぶの屋敷、通称「蝶屋敷」はかなり豪華な建物である が、柱は給料の代わりに屋敷をもらうような場合もあったようだ。しのぶの他にも継子(柱の後継者)の栗花落カナヲや、神崎アオイ(声:江原裕理)、寺内きよ(声:山下七海)・中原すみ(声:真野あゆみ)・高田なお(声:桑原由気)も住んでいる。さらには食堂や病室、道場などもある。また、しのぶの場合は薬学に精通しているが、その研究費なども支給されていたと思われる。なるほど、サイステ先輩が出世にこだわるわけである。
 
 
 



炭治郎たちは蝶屋敷で訓練を受ける
(「鬼滅の刃6」153ページ)
 

 
 
 蝶屋敷で訓練を受け、炭治郎たちは「全集中・常中」を身につけることに成功する。既に身につけていた全集中の呼吸を、睡眠時を含む四六時中維持し続けることで、 基礎体力が飛躍的に上がるという
(*44)。さらに全集中・常中は「基本の技というか初歩的な技術なので、できて当然ですれども。会得するには相当の努力が必要ですよね」と しのぶは語る(*44)。また、煉獄杏寿郎も「常中は柱への第一歩だからな!(*45)」と語っている。つまり全集中・常中は鬼殺隊士にとっての基礎的なものだといえるのだが、蝶屋敷に来るまで炭治郎はそのことを知らなかった。前に述べたが、鬼殺隊は組織としてはかなり問題があり、研修体制などもまったく整っていない。なにしろ炭治郎は柱合会議の場に出るまで、隊の最高位・柱のことすら知らなかったのだから…。
 
*44 「鬼滅の刃6」158ページ
*45 「鬼滅の刃7」20ページ
   
 
 



胡蝶しのぶが全集中・常中を炭治郎に指導する
(「鬼滅の刃6」158ページ)
 

 
   
  あるいはこれは炭治郎の育手である鱗滝左近次の責任なのかもしれないが、情報がきちんと伝わっていないのは、炭治郎だけではない。例えば、胡蝶しのぶも煉獄杏寿郎も炭治郎が那田蜘蛛山で用いたヒノカミ神楽や「日の呼吸」のことは知らなかった。その一方で、元炎柱の煉獄愼寿郎(声:小山力也)は、炭治郎の耳飾りを見て一目でそれを始まりの剣士のものだと見抜いているのだから、日の呼吸についての情報が鬼殺隊内で途絶えていたわけではない。
 お館様・産屋敷耀哉は、「私は偉くも何ともないんだよ」「皆が善意でそれその如く扱ってくれているだけなんだ
(*46)」と語り、自身が指導者であることを否定する。それだからだろうか、鬼殺隊は何事においても組織的であるとはいえず、行き当たりばったりにしか思えない。那田蜘蛛山の戦いでは数十人の犠牲を出してからようやく柱の冨岡義勇と胡蝶しのぶを投入しているが、その後の無限列車の戦いでも煉獄杏寿郎が任務に赴いたのは、数人の犠牲を出した後だった。
 隊士育成に関しても同様で、原則的に育手にまかせっきり。炭治郎は全集中・常中をマスターせずに最終選別に参加していたが、鱗滝左近次がそこまできちんと指導していればあるいは錆兎や真菰も死なずに済んでいたのかもしれない。元柱の鱗滝からして隊士の育成がずさんであるのだから、他は推して知るべし。アニメ第23話の柱合会議で風柱・不死川実弥は「隊士の質が信じられないほど落ちている。ほとんど使えない。まず育手の目が節穴だ。使える奴か使えない奴かぐらいわかりそうなものだろ」と問題提起をしている。なおこの件に関してお館様は「今ここにいる柱は戦国の時代、はじまりの呼吸の剣士以来の精鋭たちが揃ったと私は思っている」と答えにならない答えでごまかしている。

*46  「鬼滅の刃19」165ページ
 
 
 



柱合会議
(アニメ「鬼滅の刃23話」より)
 

 
 
  だいたい「上弦の鬼は、一体につき柱3名に匹敵する」ということがわかっているにも関わらず、隊士たちは単独で任務に当たっている。隊士になったばかりの炭治郎もたった一人で鬼狩りに臨んでいた。鎹烏は鬼の所在地は把握してもそれが十二鬼月かどうかまでは把握していないようである。もし、初期の頃に十二鬼月に遭遇していたら、炭治郎であっても命を落としていた可能性が高い。「NARUTO」でも「呪術廻戦」でも主人公たちは3人1組のチームで任務に当たっていた。かまぼこ隊が3人で何度も成果をあげていたのだから、鬼殺隊もそうした体制を取る必要があったと思う。
 鬼殺隊は鬼舞辻無惨を倒すために、実に1000年もの歳月と、数百人もの犠牲を出してきたが、必ずしもそれらは必要なかったのではないだろうか。鬼殺隊が組織としてきちんと機能していて、情報伝達をまめに行なっていれば、あるいはもっと早く無惨を倒すことが出来ていたのかもしれない。

 
 
 
◆パワハラ会議
 
 
  下弦の伍・累が倒された後、鬼舞辻無惨は残りの下弦の鬼を呼び集めた。呼び集められた下弦の鬼は、下弦の壱・魘夢(えんむ/声:平川大輔)、下弦の弐・轆轤(ろくろ/声:楠大典)、下弦の参・病葉(わくらば/声:保志総一朗)、下弦の肆・零余子(むかご/声:植田佳奈)、下弦の陸・釜鵺(かまぬえ/声:KENN)。それまでほとんど謎に包まれていた十二鬼月の姿がようやく明らかになった。
 
 
 



鬼舞辻無惨は下弦の鬼を招集する
(「鬼滅の刃6」171ページ)
 

 
 
 下弦の鬼たちが集められたのは無惨の本拠地である「無限城」。空間が歪み上下左右が滅茶苦茶な状態となっている場所だ。鳴女(なきめ)が奏でる琵琶の音色によって空間が自在に変化する。後に無惨と鬼殺隊の最終決戦の舞台ともなった。以前浅草に出現した無惨は成人男性の姿をしていたが、この時は妖艶な和服の女性の姿をしている。無惨は後には子供の姿でも現れていることから、 自在に容姿を変えることができるようだ。釜鵺が「わからなかった。姿も気配も以前と違う。凄まじい精度の擬態。
(*47 )」と驚いている程である。
 
*47 「鬼滅の刃6」173ページ
 
 
 



妖艶な女性に擬態した鬼舞辻無惨
(「鬼滅の刃6」172ページ)
 

 
 
「首(こうべ)を垂れて蹲え。平伏せよ。
(*48 )
その声は無惨のものであった。零余子が「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので…」と問いかけると、無惨は「誰が喋って良いと言った? 貴様共のくだらぬ 意思で物を言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ。」と一喝。そして、ここから下弦の鬼たちを理不尽な理由で次々と粛清していくのである。その有り様は「パワハラ会議」と称されている。
 無惨は「私が問いたいのは一つのみ。『何故に下弦の鬼はそれ程まで弱いのか』」と語る。下弦の陸・釜鵺が心の中で「そんなことを俺たちに言われても…」と答えると、無惨は「“そんなことを俺たちに言われても”、何だ? 言ってみろ 。」答える。無惨は鬼たちの心を読むことができるのだ。「思考が…読めるのか? まずい…。」「何がまずい? 言ってみろ。」釜鵺は無惨によって殺された。
 続いて下弦の肆・零余子に対して無惨は「私よりも鬼狩りの方が怖いか。お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようと思っているな。」と問う。零余子の「いいえ思っていません!! 私は貴方様のために命をかけて戦います 。」には、「お前は私が言うことを否定するのか?」と言って粛清。
 下弦の参・病葉は、「ダメだお終いだ。思考は読まれ、肯定しても否定しても殺される。戦って勝てるはずもない。逃げるしかない!」と、その場から逃亡を図った。それを見た魘夢が「愚かだな〜」と思った通り、病葉は一瞬にして無惨に首を切られてしまう。

*48  「鬼滅の刃6」172ページ
  
 
 



下弦の参・病葉の首を切った鬼舞辻無惨
(「鬼滅の刃6」186ページ)
 

 
 
 無惨は下弦の弐・轆轤に向かって「最期に何か言い残すことは?」と聞く。すると、「私はまだお役に立てます。もう少しだけ御猶予を戴けるのならば、必ずお役に。」と答えたため、無惨は「具体的 にどれ程の猶予を? お前はどのような役に立てる? 今のお前の力でどれ程のことができる?」と改めて問う。「血を…!!貴方様の血を分けて戴ければ、私は必ず“血に順応”してみせます。より強力な鬼となり戦います。」鬼の強さは、無惨の血の量に比例している。「なぜ私がお前の指図で血を与えねばならんのだ。甚だ図々しい、身の程を弁えろ。」「違います!!」と否定する轆轤には、「黙れ。何も違わな い。私は何も間違えない。全ての決定権は私に有り、私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。私が“正しい”と言った事が“正しい”のだ。お前は私に指図した。死に値する。」こうして轆轤も無惨によって殺された。
 
 
 



1人残った魘夢は無惨を誉め讃える
(「鬼滅の刃6」190ページ)
 

 
 


 残った下弦の壱・魘夢に無惨は「最後に言い残すことは?」すると魘夢は、「私は夢見心地で御座います。貴方様直々に手を下して戴けること。他の鬼たちの断末魔を聞けて楽しかった、幸せでした。人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、夢に見る程好きなので、私を最後まで残してくださってありがとう。」何ともサイコパスな発言であったが、これが無惨の気に入り、魘夢は唯一命を許されたばかりか、無惨から大量の血を分け与えてもらえたのであった。
  以上がパワハラ会議の内容である。確かに理不尽この上ない理由で、社長・無惨は幹部の下弦の鬼たちを次々とリストラ(粛清)している。だが、果たしてこれは本当にパワハラといえるのだろうか 。鬼を会社だと考えてみよう。鬼舞辻無惨はワンマン社長、下弦の鬼たちは幹部役員ということになる。釜鵺は同じ幹部である累の失策を「そんなことを俺たちにいわれても」と他人事であった。それを社長に指摘されて「まずい」と焦るようでは、危機意識がまったくない。そもそも組織の現状をまったく自覚していなかったわけである。社長に突きつけられた事実を否定した零余子。無惨社長は幹部の心が読める、つまり事実関係はすっかり調べ上げられているということになる。これを否定したということは虚偽にあたる。逃亡した病葉に至っては論外。会社の問題点にまったく向き合おうとしていなかった。轆轤は無惨の血を要求したが、これは言わば追加の予算を要求したのと同様である。現状で何が出来るかを問われているのだから、確かに甚だ図々しい。
  4人の下弦がリストラされた理由はある意味妥当であったと言える。唯一魘夢だけが社長の会議進行を心から賛美し肯定したことで気に入られている。それどころか臨時ボーナス(血)まで分けてもらっているのだ。他の幹部たちも余計な発言はせず、社長の全てを肯定しておくべきだったのだろう。
  このパワハラ会議。ようやく敵の幹部が登場したと思ったら、あっという間に退場してしまうということで、少なからぬ驚きがあった。テレビアニメでは、たった1回切りの登場にも関わらず、配役が豪華であるという点でも話題となった。考えてみると、下弦の鬼たちは幹部でありながら無惨に粛清されるという役回り。卑屈な態度を取りながらも小物感を出さないという難しい役どころであった。それが、このような一見無駄とも思える声優起用となったのだろう。
  後々のことを考えると、無惨がこの時下弦の鬼を解体したことは大きな失敗であった。下弦の鬼を失ったことで、結果的に鬼側の戦力は大きく低下している。無限城での最終決戦に下弦の鬼たちが参戦していれば、あるいは結果は異なっていたかもしれない。
 

 
 



無限列車の屋根に乗る魘夢
(アニメ「鬼滅の刃26話」より)
 

 
 
  アニメ第1期「竈門炭治郎立志編」最終26話は、炭治郎らかまぼこ隊が無限列車の任務に赴くところで終わる。無限列車の屋根の上には下弦の壱・魘夢が立ち不敵な笑みを浮かべている。
 物語はこのまま「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」へと引き継がれていく ことになるのだが、ちょうど区切りも良いのでここでいったん筆を置こうかと思う。気づけばかなり長々と書いてしまったのだが、まだまだ語りつくせない。それだけ「鬼滅の刃」が魅力的だということなのだろう。
 このエッセイのタイトルは「映画史探訪」なのだが、今回ほとんど映画には触れていない。しかし、「鬼滅の刃」の世界は漫画、アニメ、映画とジャンルの枠組みにとらわれない広がり方を見せている。このエッセイでそんな「鬼滅の刃」の世界の魅力のほんの一部でも知ってもらうことが出来たのであれば幸いである。映画「無限列車編」、アニメ第2シーズン「遊廓編」、第3シーズン「刀鍛冶の里編」と、「鬼滅の刃」の世界はこれからますます広がっていく。近いうちにもう一度、「鬼滅の刃研究」をお届けすることになるだろう。
  
 
 


(2022年12月12日)

 
 

 
(参考資料)
吾峠呼世晴「鬼滅の刃」1〜23 2016年6月〜2020年12月集英社
吾峠呼世晴「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録」2019年7月集英社
吾峠呼世晴「鬼滅の刃公式ファンブック/鬼殺隊見聞録・弐」2021年2月集英社
吾峠呼世晴「吾峠呼世晴短編集」2019年10月集英社
 

 

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