4
翌朝、ロヒアリムたちが食事を終えたところに、ボロミアが来て告げた。
「昨夜、父がお願いしたことを覚えておられるかな。客人を迎える用意があるので、エオメル殿はわたしと一緒に来ていただきたいのだが」
「あ、はい。わかりました。失礼してもよろしいですか、殿下」
エオメルは口元をナプキンで拭うと立ち上がった。
「ボロミア殿、エオメルに色々教えてやってくれ」
セオドレドがそう言い、ボロミアがにっこり笑って頷く。
「わたしこそ、馬の扱いをエオメル殿に教えていただくつもりです。では王子殿下、従弟殿をお借りしますぞ」
連れ立って部屋を出ると、前方からファラミアが歩いてきた。
弟君はすっと脇によって道を譲り、エオメルに向かって軽く会釈した。
「御機嫌ようエオメル殿」
「お早うございますファラミア殿」
一言だけ交わしてそのまますれ違う。ボロミアについて歩くエオメルが、そっと後ろを振り返ると執政の次男が従兄のいる部屋に入っていくのが見えた。
ドル・アムロスからの客人を迎えに、いくつかの馬車と数十の騎馬からなる一行はゆっくり南街道を進んでいった。
ファラミアによると、使節はミナス・ティリスで一夜を過ごしすぐに帰国するだろうから、特に歓迎行事は行なわないとのことだった。
そのかわり、デネソール候自ら訪問客を出迎えに城外に出て、歓待の意を表すのだ。
今回の訪問は執政が次男を派遣することに決めたウンバール大港確保の協力を、ドル・アムロスに要請したのを受けてのことである。
海に面した立地のドル・アムロスはゴンドールの海上権を握っているのだった。
デネソールは天蓋つきの豪奢な馬車に座って前を見据えていた。
その前方に、執政の馬車を守るように白馬に跨った騎士が二人、並んで馬を進めていた。
ボロミアとエオメルである。
それぞれの手には装飾を施した槍が掲げられている。
エオメルは背筋を伸ばし、いつもの甲冑の上にセオドレドが貸し与えたローハン王家の刺繍をあしらったマントを身に着けていた。
兜はかぶっていないので長い金髪が風に揺れている。
銀色の甲冑姿のボロミアと並んだ姿が、陽光に映えていた。
その数列あとから、セオドレドとファラミアが並んで座る馬車がつき随う。
従弟の後姿を眺めていると、執政の次男がローハン王子に話しかけた。
「エオメル殿の騎乗姿は見事ですね。あのお姿を拝見すると、かれが兄と同じ世界に属しているのがわかります。明るく輝いて辺りを照らす・・・それはセオドレドさま、あなたも同様ですが」
「自分は違うとでも言いたいのかな。きみだってきらきらしているよ」
セオドレドが答えると、ファラミアは口元だけで笑って見せた。
「まあわたしが思うに、われわれは賢い方に、従弟ときみの兄上はそうでもない方に属しているような気がするが」
その言葉に、弟君がふきだす。
「口がお悪い王子殿下だ」
くすくす笑うファラミアを見ながら、セオドレドは言った。
「しかし丁重な歓迎ぶりだね」
ローハン使節の訪問時には特に出迎えを寄こすこともなく、執政も塔の中で待っていただけの質素な対応だった。
「我が国は、色々と内慮を抱えていますので・・・その点、ローハンとの間は何も懸案がなく良好ですから」
ファラミアが慎重に答える。
ドル・アムロス大公家は執政家に次ぐゴンドールの名門である。
大公は執政の臣下ではなく、独立した領主で発言権も大きい。より慇懃に接する必要があるのだろう。
「その辺の話ももっと聞きたいものだ。とにかく南方から帰ってきたら、またマークを訪れてくれ。土産話を待っているよ」
「−−その約束は守れるかどうかわかりませんが。無事に生きながらえたなら、是非」
「きみは必ず帰ってくるさ」
「わたしは自分の能力を過信していませんから。でも有難うございます、セオドレドさま」
「もっと自惚れればいいのに」
そう呟いて王子がため息をつく。
「あなたがボロミアを守ると言ってくださったので、本当に気が楽になりました。それにエオメル殿もいらっしゃるし」
前方を見やるとボロミアが笑顔でロヒアリムに何か話しかけていた。
エオメルは熱心に頷いている。
「ああ。従弟はきみの兄上の為なら、何はさておきミナス・ティリスにすっとんで来るだろうよ」
南街道を進んでいくと辺りには南国の花が見られるようになってきた。
セオドレドは物珍しげに見回した。すると弟君が低い声で囁いた。
「ミナス・ティリスを離れれば、わたしも少しは楽に息が出来るようになるでしょう」
王子は振り向き、ファラミアの白い手をそっと握った。
かれは相手が静かな表情の裏に、押し殺した情熱や怒りを秘めている事を知っていた。
「都にいるとわたしは自分の心に囚われすぎてしまう。息苦しいのに、深呼吸することも忘れてしまうのです」
セオドレドの指を握り返しながらファラミアはため息をもらした。
「わたしにもっと心のうちを話してくれていいんだよ」と王子が優しく言う。
弟君は微笑んだ。
「もしわたしの中にある物を全て見せたら、あなたは驚いて逃げ出しますよ」
「そうなのか?怖い公子殿だな」
「だからこれ以上は秘密にしておきます」
王子の言葉にファラミアは笑顔のまま答え、やがて視線を前に据えると「見えてきました」と告げた。
街道の向こうから、砂煙を上げて隊列がやって来た。
一行の中の、ひときわ華々しい鞍で飾った馬に跨った貴人の姿を認めて、ファラミアが呟いた。
「イムラヒル叔父上・・・」
それを聞いたセオドレドは身を乗り出して馬上の人物を見つめた。
「大公殿がいらしたのか?ドル・アムロスからの使節とだけ聞いていたが。領主自らおでましとは知らなかったな」
「いえ、わたしも存じませんでした」
近衛兵を伴ったイムラヒル大公がデネソールの馬車に近づいていく。
そして鞍からおりて執政に挨拶した。
その様子を見ていると、ふたたび騎乗した大公は次にかれらのもとに駆け寄ってきた。
「ファラミア!元気にしていたか」
「お久しぶりです、叔父上。ご健勝のようで何よりです」
「相変わらず堅苦しい奴だ」
湾岸からやって来た領主は破顔して言った。
セオドレドが初めて間近に見た大公は、若々しく、どこか執政家の兄弟たちに似ていた。
整った温和な顔立ちの中で瞳が相手を貫く剣のように輝いている。
大公はファラミアの横に座るローハンの王子に視線を移した。
「お初にお目にかかる。ドル・アムロスのイムラヒルと申す者ですが貴方は」
「ローハン国の王子セオドレドです」
イムラヒルは濃い色の目を見開いてかれを見つめ、良く通る声で言った。
「セオドレド王子殿下ですか、拝顔する機会を得て光栄に存じますぞ。北方の肌と髪をしていらっしゃいますな。あの執政殿に付き随っている青年も」
そう言いながら振り返り「あなたの国の方ですね」と尋ねた。セオドレドは頷いた。
「あれはわたしの従弟です」
「そうですか、いや馬上から失礼しました、もう行かなくては−−のちほどゆっくり話したいものですな」
「ええ」
王子に一礼するとイムラヒルは馬首をめぐらせて、自国の一行のもとに戻っていった。
大公とその近衛たち、デネソールの馬車を先頭に、隊列を整え直したのちにかれらはミナス・ティリスへと来た道を辿っていった。
馬車に揺られながらセオドレドが尋ねる。
「ウンバールへは陸行より海路を進んだほうがよいだろうな」
「はい。ドル・アムロスの船を借りてベルファラス湾を南下する予定です。だから今回はその打ち合わせのための使節なのですが、叔父上がいらっしゃるとは思わなかった」
「イムラヒル殿というと」
王子はゴンドールの家系図を思い浮かべた。
「大公の姉上が確か」
「わたしの母です」
「そうか、甥のために船を出して助力を授けるというわけだ」
ファラミアの答えに得心しながら、かれは声を潜めて訊いた。
「言い難いだろうが、デネソール候と大公の間柄は」
「・・・親しくはないですね」
「成る程」
顎に指を当ててセオドレドが呟く。
「今夜、大公殿と語り合う機会を持ちたいのだが。お願いできるかな」
そして低い声でつけたした。
「お父上には内密に」
「わかりました」とファラミアが答えた。
ドル・アムロスの一団をミナス・ティリスに迎え入れ一段落すると、セオドレドは広めの一室に随行の騎士たちを呼び集めて遅い昼食を摂った。
侍従たちの多くが新たな訪問客の世話をするために出払っているのか、あたりは静かである。
食事が終わると、扉の外に一人見張りの騎士を立たせて、ローハン王子が部下に告げた。
「表向き用件は済んだことだし、帰国の準備に入るように。出発は明後日とする」
ロヒアリムたちは頷いた。従兄の隣に座ったエオメルが少し残念そうな表情になる。
それを横目でちらりと見て、セオドレドは部下たちを見回した。
「何か報告すべき事柄はあるか」
騎士の一人が片手を挙げて発言を求める。
「ゴンドールの将軍数名と接触を図り、対モルドールの情報を求めましたが、皆あまり口を開きません。軍事も外交も執政殿のご下命が第一だからと」
さらに別の騎士が意見を述べた。
「貴族たちが我が国の馬に寄せる感心は非常に高いのですが、このミナス・ティリスでは執政家を通さないと商談出来ないとのことです。自国の領地を訪問してくれたなら、歓迎するという方が多いですが」
セオドレドが部下に視線を注ぎながら言った。
「ミナス・ティリスの城内では色々と話しにくいということだな。ゴンドーリアンたちはこう思っているのではないか−−何をしていても、デネソール候の視線を感じる。と」
ロヒアリムたちはいっせいに頷いた。そして一人が声を潜めて告げた。
「執政は不自然なほど、人々の行動を把握しているようです。何らかの魔術を会得したに違いないと多くの者が囁きあっています」
「わたしもその点は、聞き及んでいる・・・が、今のところ直接マークに関係することではない。どうもゴンドール国内は一枚岩とは言えないようだし、面倒に巻き込まれる前に退散するのがいいだろう」
そう言って王子が手を振ると、騎士たちは立ち上がって解散となった。
午後の陽射しがやわらかな部屋でエオメルは従兄とベッドに寝転がっていた。
「殿下、すみません」
少し沈んだ声でエオメルが言う。
セオドレドは相手の頭を抱えて「何がすまないんだ?」と尋ねた。
「わたしは浮かれているばかりで、何のお役にもたっていません。せっかく連れてきていただいたのに・・・」
「きみは誰よりも重要な役目を果たしてくれたよ」
「いいえ、わたしは何も」
従弟の額に口づけてセオドレドが微笑みかける。
「ボロミアにくっついてあちこち歩き回っただろう。その様子を見たゴンドールの人々は、執政の跡継ぎとローハン王子の最側近の親密さを記憶に刻んだ、というわけだ。それだけで外交の利益になる」
「わたしにそのような役目が」
「そうだよ」
エオメルは従兄と手足を絡めあいながら、物憂く言った。
「どうもわたしは考えなしで、あまり頭が回らないようです」
「きみはまだ若いんだ。可愛い笑顔を振りまいていればそれでいいのさ」
「そういう訳にはいきません。これからは努めて学びます」
「なら頑張ってくれたまえ」
従弟の気負いを微笑ましく思いつつ、セオドレドは相手の金髪をもてあそんだ。
「だが、きみの愛しのボロミアだってあまり機転の利く方じゃないぞ。それでいて、民の敬愛を集めている。きみはどちらかというと、かれをお手本にする方が向いてる気がするが。だいたいわたしはエドラスの騎士たちに軟弱で困ると、いつもぶうぶう言われてるし」
「殿下は決して軟弱ではありません」
エオメルが強い口調で言う。
「あまりに賢くていらっしゃるから、誤解されているのです。でも」
「でも、何だ」
「そうだからこそ、あなたはファラミア殿のような方と気が合うのですね。わたしにはわからない、難しい会話をずっとお二人で交わしてきたのでしょう。それに、あの方はとても綺麗だし・・・」
セオドレドが黙って従弟の髪を撫でる。エオメルは顔を上げて尋ねた。
「殿下は、ファラミア殿をお好きなのですか」
「好きだよ。大切な友人だからね」
瞳を細めて王子が答えるのに、エオメルは「そういう意味で聞いているのでないことは、お分かりのはずだ」と呟いた。そして真剣な眼差しで言った。
「あの、書庫の部屋で、お二人は愛し合っておられたのですか・・・?」
セオドレドが笑って従弟を抱きしめる。
「違うよ」
「でも、あの時」
「ちょっとキスしようとしてただけじゃないか」
「あのファラミア殿と一緒にいて、何も起こらないなんて信じられません」
エオメルはさらに言い募った。従兄と弟君が唇を重ねようとしていたときの様子が蘇る。
「何だ、きみは実はファラミアに惹かれているのか。気の多い奴だな」
「誤魔化さないで下さい。わたしはあなたのなさることを止めたりしませんから。ただ、本当のことを教えて欲しいのです」
セオドレドは年若い相手を宥めるように見つめた。
「わたしが愛しているのはきみだ。頑固で意固地で素直で情熱的な従弟殿。わたしが信じられないのか?」
「それは、信じていますが・・・」
「ファラミアとは別れを惜しんでいただけだよ。かれはもうすぐ行ってしまうからね」
「どこにですか」
エオメルは驚いて従兄を見た。かれはその経緯については何も知らないのである。
「南国に鉱山が見つかったらしい。ファラミアがその確保を任されたんだ。ドル・アムロスがかれに船を提供することになったので、今日の使節はその打ち合わせにやって来たんだ」
「そうなのですか」
エオメルはまだ船に乗ったことがない。海も見たことがないのである。
「ドル・アムロスの船は優秀だそうだから、海賊が出ても安心だ」
海賊!エオメルはその言葉の響きにロマンをかきたてられて従兄に言った。
「わたしもいつか、海賊とやらと戦ってみたいです」
「さあね。わたしたちじゃ海に落ちて溺れ死ぬのがオチじゃないか」
のんびりと告げるセオドレドの声を聞きながら、エオメルは内心安堵していた。
ファラミアが早くどこかに行ってしまえばいい、とかれは思った。
−−わたしの王子から離れて、遠い南の国にでもどこにでも。
エオメルらしくない、そんな思いが胸の内に浮かんでいた。
セオドレドの手がエオメルの上着の下に這い入ってきた。指先が肌の上をまさぐる。
「殿下・・・」
「他にすることもないし−−全部脱いでごらん」
そういいながら王子は従弟の身体から衣服を取り去った。
明るい部屋の中で素裸にされると、エオメルは羞恥に皮膚を紅潮させた。
従弟の肢体を見下ろし、掌で肌を撫で上げつつセオドレドが感嘆する。
「この見事な身体が、わたしのものだとは素晴らしいな」
「はい。あなたのものです・・・」
エオメルが恥ずかしそうに答える。
「きみがもう大人だということに気づいたのは、つい最近のことだ。ずっと子供とばかり思っていたから・・・それにこんな風に、身を投げ出してくることも想像できなかった。旅の初めの頃は、きみは物凄く冷たい目でわたしを睨んでいたからね」
「あなたが意地悪ばかりするからです」
「大人になったきみには、きっとわたしが色褪せて見えるのだな、と悲しかった」
エオメルの胸に唇を当てながら王子は呟いた。
「きみはボロミアに恋してしまったし」
「ボロミア殿は素晴らしい方ですが、今はもう憧れの想いを抱いているだけです。殿下がわたしの唯一の人です・・・あなたは賢くて美しくて、とても手を伸ばすことなど思いつきませんでした。わたしを愛してくださっていると知った時は嬉しかった。わたしは言われなきゃわからない人間なんです」
「わたしだって、自分からは言いにくかったんだ。思いがかなわず、傷つくことが恐ろしいから」
「セオドレド」
エオメルは従兄の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「一生殿下を愛し続けることを誓います。ずっとお側に置いて下さい」
「エオメル」
二人は見つめあい、唇を重ねあった。絡めあう舌の刺激だけで溶けそうになる。
「あ・・・」
セオドレドに握られてゆっくり揉まれると、エオメルのペニスはすぐに頭をもたげた。
「きみがわたしの恋人になったことが、今でも少し不思議だよ。わたしはきみが幼い頃から、百ものやり方で意地悪してきたから、もっと嫌われていると思った」
「わたしには可愛がられた記憶しかありません」
「都合のいいオツムだね」
擦りあげる力を強くすると、王子の指の中のものが熱さを増して濡れてくる。
「あっ。ああ」
「毎日弄っているから、少し色が濃くなってきたな」
まじまじと見つめて告げると、エオメルが身悶えた。
「イヤだ、そんな風に見られたら・・・」
「余計に感じるんだろ?」
セオドレドは身体をずり下げると、従弟のペニスを口に含んだ。
「はあッ」
先端を舌先で捏ね繰り回し、強く吸い上げる。王子の頭を抱えたエオメルが声を上げて仰け反った。
そして足を広げさせ膝を折り曲げて、尻の奥の肉ヒダに指をめり込ませた。
「んッ・・・」
「この数日で大分ほぐれたようだね。それにかなり感じやすくなっている」
「ああっ、セオドレド」
性器を唇で刺激しながら、指で後腔のポイントを突くと従弟の全身がのたうつ。
うねりながら指を締めつける肉壁の蠕動に、セオドレドは熱い囁きを洩らした。
「わたしもいい加減ここを味わってみたいのだが−−きみをめちゃくちゃにしてしまいそうだから。旅が終わるまでは我慢だな」
「ああセオドレド・・・約束ですよ、エドラスに戻ったらわたしと二人きりの時間を・・・」
「勿論だ。でも言っておくが、わたしはあまり優しくないぞ」
「何をされてもかまわない。あなたのお望みのままに」
「エオメル・・・」
ロヒアリムたちは口づけと愛撫を交わしあい、甘い午後のひとときを過ごすのだった。
その夜のドル・アムロス一行を迎えた晩餐の席に、セオドレドも招かれた。
デネソールが相変わらずの厳格ぶりなので、場はあまり盛り上がることもなく、人々はもくもくと夕食を平らげる。
イムラヒルとボロミアだけは楽しそうにたわいのない言葉を交わしており、その場の華になっていた。
食事が中ほどにさしかかると、ファラミアが給仕に指示して、客人のために珍しい酒が次々と開けられたのだった。
セオドレドも高級酒の芳香を楽しんだ。
そして、執政の酒盃に注がれる酒量が特に多いことに気づいていた。
やがてかなり酔った様子のデネソールが、覚束ない足取りで宴会場を去った後、ファラミアが近寄ってきて「もう少し夜が更けたら、西の回廊の客間においでください」とセオドレドに告げた。
騎士たちと食事をすませたエオメルは、また従兄の寝室に入り込んで王子を待っていた。
だが宴席から帰ってきたセオドレドは声をひそめてかれに言ったのだった。
「このあとイムラヒル殿と大事な会談がある」
「大公殿と」
「遅くなるだろうから、きみは先に休んでいいよ」
どんな会話が交わされるのだろうと興味を惹かれたが、口出しすべきではないとわきまえて黙っていた。
「わたしがいなくて退屈なら、ボロミアの部屋に忍び込んだらどうだ?もうあまり一緒に過ごす時間が残されてないぞ」
軽い口調でセオドレドが言う。
だが、口では二人の仲を認めるようなことを言いながら、内心は従弟のボロミアへの恋心を快く思っていない王子である。
エオメルはそのことをわかっていたので「ボロミア殿には明日またお会いできますから」と言って寝床に腰掛けた。
「わたしは一人で殿下のお帰りをお待ちしています」
「そうか?もっと積極的になったほうがいいぞ、仔馬ちゃん」
セオドレドが従弟の額に顔を寄せて口づける。そして機嫌を良くして部屋を出て行った。
「あらためてご挨拶申し上げる。ドル・アムロスのイムラヒルです、セオドレド殿下」
イムラヒル大公が差し出した手を握りながら、セオドレドは「お会いできて嬉しく思います」と答えた。
大公は風采がよく、その物腰は自信と威厳に溢れていた。
それでいて笑うと無邪気な印象を相手に与える。
「時間を割いて頂いたことを感謝します、大公殿」
「いやいや、わたしもあなたと話したいと思っていましたから。どうぞお座りください」
ローハン王子とドル・アムロスの領主がソファに腰掛けると、同席していたファラミアが「それでは、わたしは退席いたします。あとはお二人で」と告げて部屋を出て行った。
扉が閉じられるのを見ながら、イムラヒルはセオドレドに言った。
「ファラミアはよく気の利く、聡明な甥です。どうもデネソール候はかれの良さを理解していないようだ」
「そうですね」
「息子をハラドに追いやるとは、執政殿も老いましたかな」
「−−どうでしょう」
「ファラミアの身は、このイムラヒルが出来うる限り守るつもりでいますが」
「それはわたしからもお願いしたい。かれは大切な友人です」
セオドレドが相手の視線を捕らえて言うと、イムラヒルはにっこり笑って頷いた。
「ドル・アムロスの方々は、もう明日の朝には出立なさるとか。随分せわしないですね」
「今回は甥を迎えに来ただけですから。ま、長くいると執政殿に嫌がられるし」
「でも出迎えは盛大でした。ドル・アムロスの重要さが伺われます」
「わざわざ、ローハンの騎士殿を側に侍らせてね。デネソール候は見栄っ張りなんですな」
そう言って大公は片目をつぶってみせた。
セオドレドが馬の輸送ルートについて切り出すと、イムラヒルは熱心に耳を傾けた。
ローハン−ゴンドール間を移動するには、現在のところ大西街道を通る以外にない。
長大な白の山脈がローハンの周りを取り囲んでいるためである。
大西街道はエドラスから真っ直ぐミナス・ティリスに通じており、ゴンドールとの貿易は全てこの都を経由することになっている。
ローハン産の馬の商取引も、執政家が全権を握っているのだった。
だがセオドレドは、大西街道以外の搬出経路に、白の山脈を貫いて流れるモルソンド川を考えていた。
エドラスの背面に位置する黒根谷からモルソンド川を下っていくと、ドル・アムロスのエルフ港にたどり着くのである。
川筋と海運を使えば新たなルートを確保でき、ゴンドール国内の他の所領との取引もしやすくなる。
「大変興味深いお話ですな」
セオドレドの提案に、大公は頬を撫でながら相槌をうった。
モルソンド川の河口、エゼルロンドと呼ばれるエルフ港は、遠い昔に西方のエルフたちの上陸場所だったことからその名がある。
「アムロス」も元はエルフの名前であり、イムラヒルをはじめ公国の人々は人ならぬ者の血を濃く受け継いでいるという。
大公がことさら若く、端正なのはそのせいだろう、とセオドレドは思った。
「それは、わたしは直ぐにでも川流向けの船を製造する用意がありますが。ただ、執政殿がどう思われるか・・・」
セオドレドは掌を上げてさえぎった。
「いえこれはわたしが国を継いでからの話です」
「ほう」
「確かにデネソール候はお気に召さないでしょうし」
ローハンの王子が苦笑しながら言うと、イムラヒルもそれに応えた。
「執政殿は怖い方ですぞ」
「ええ。ですから、わたしが王になりボロミアの代になった時に、この話を進めるつもりです」
「成る程・・・だが、そういう取引ごとに関しては、おそらくボロミアよりその弟の采配にかかってくるのではないですか」
セオドレドは頷いた。
「かれはわたしに便宜を図ってくれるでしょう」
「ふうむ」
「ですから、ファラミアは我が国にとって大切な人材です。色々な意味において」
イムラヒルは力強く頷いた。そして口調に賛意を織り交ぜて、「ローハンの世継ぎの君は、未来を見通していらっしゃる」と言ったのだった。
話が一段落すると、大公はソファに深く身を沈めてため息混じりに呟いた。
「どうも、この数年特に、デネソール候は対応が難しい方になってきましたな」
「そうですね」
セオドレドも同意する。その一因は例のイシルドゥアの末裔の存在にあるのかもしれない。
「ミナス・ティリスは美しい都だが、気疲れして落ち着かない」
イムラヒルは深く息を吐いて言った。
「わたしの姉はフィンドゥイラスといいまして」
「ボロミアとファラミアの母上ですね」
「執政殿との夫婦仲は良かったが、この地になじむことが出来ずに若くして亡くなりました。父はそのことを後悔して、嫁にやらねばよかったと死ぬまで嘆いていたのです。それ以来我が家と執政家は、あまりしっくりいってないというか。確執、というほどではないのだが」
セオドレドは黙って聞いている。
「甥たちはどちらも出来のいい青年で気に入っていますが、どうにもミナス・ティリスが息の詰まる場所なのですな」
ローハンの王子をじっと見つめながらイムラヒルは言った。
「というのも、うちには年頃の娘がいまして」
「・・・」
「これがなかなか美しいと評判で」
「・・・」
「今日、あなたとお話しさせていただき、ローハンの方というのは実に賢く、また容姿も秀でているものだなあと感銘を受けました」
「・・・」
「あのデネソール候の先導を努めていた青年も、大変好ましい様子の方でしたな。そうか、ローハンという選択肢もあるのだ、あなた方のような若者がいる国でなら娘も伸び伸び暮らせるのではないかと。そのように考えた次第で」
「突然のことで、どうお答えすべきかわかりませんが・・・」
セオドレドがやや辟易して言うと、イムラヒルは笑顔をみせた。
「いやいや、ほんの独り言です。ただ王子殿下の胸の奥に納めていただけたら有難いという話です」
「−−考えておきましょう」
困惑した様子のセオドレドに、イムラヒルは突然身を起こして顔を近づけた。
「ま、娘のことはさておき、セオドレド殿」
「はい」
「いや、わたし自身とて、もう一花咲かせたいと思っていましてな」
そう言うなり、大公が王子の手を取る。
「あの」
「このイムラヒルまだまだ衰える年ではありません」
「・・・大公殿、ちょっと」
「最初にお見かけした時から、おおなんと柔らかそうな金髪をしておられるのかと」
などと囁きながらにじり寄り、セオドレドが思わず身をのけぞらせたところに、いきなり部屋の扉が開いたのである。
二人がびっくりして顔を向けると、執政の長子が立っていた。
「おや、すっかり仲が良くおなりですな」
ボロミアがにこにこしながら入ってくる。
「おじゃまですか?わたしも仲間に入れていただきたい、と思って参ったのだが」
セオドレドは一瞬考えて「ええ、どうぞ」と言った。
イムラヒルを見ると、ドル・アムロスの領主は「ぶー」という顔をした。
かれは笑いながら、目線で「もう肝心の話は済みましたから」と大公に告げた。
「そういえばボロミア殿とは、まだ親しくお話していませんでしたね。なら今夜は是非」
そうセオドレドが言うと、ボロミアは嬉しそうに答えた。
「わたしも王子殿下とお話したかったですぞ」
ボロミアが現れたのは、ファラミアに言われてのことだった。
弟君は、兄にセオドレドと親しくなる機会を与えたかった。そしてタイミングを見計らって会見の場に送り出したのである。
次代の執政とローハン王の間には、さほど強い絆があるわけではない。
ファラミアはそのことに気づいていた。
残されたエオメルは一度ベッドに横になったのだが、まだ眠くならなかった。
近習に頼んで酒を運んできてもらい、しばらく一人で飲んだ。
すると少し酔いが回ってきた頃に、窓の外に明るい三日月が見えたのである。
ゴンドールの月夜を楽しむことにしようか−−かれはそう思い立って廊下に出た。
気候は温暖で、さわやかな夜気がほてった頬に心地よい。
静かな回廊をそぞろ歩いて、中庭に面した大理石造りのテラスに足を踏み入れたとき、かれはすらりとした姿の先客がそこにいることに気づいた。
「ファラミア殿・・・」
エオメルが思わず声を出すと、弟君は振り返ってロヒアリムを認めた。
そしていつもの白い笑みを浮かべたのだった。
今急にイムラヒルおぢさんの☆セクハラシリーズ☆構想が(だまれ)。
BACK>><<NEXT5
|
|