また風が窓枠を揺らす、大きな音がした。
吹きこんできた冷たい風に素肌を撫でられて、わたしは身体を竦めた。
「寒いのか?」と従兄に問われ、「少し・・・」と答える。
「今にも崩れそうなあばら家だな。きみはこういう場所を見つけるのがうまいから感心するよ」
そういいながらセオドレドはわたしの首筋に唇を当てて強く吸った。
「あ・・・」と声をあげながらわたしは、また朽ちかけた窓のほうを見上げていた。
わたしはずっと、黄金館の中で従兄と愛を交わすことを避けていた。
王宮の中では蛇の舌の昏い視線がわたしを監視し、呪縛し続けている。
その視線から逃れようと、古い空き家を探してはそこを王子との密会に使うことにしているのだ。
だが、どんな場所を選ぼうとわたしの胸の中の不安が消えることはない。

「んっ、あっ、ああッ」
何度目かに秘肉を押し分けて侵入してきた固いものが、わたしの内部を激しく擦る。
腰を揺すりながら、王子はわたしの性器を揉みしだくように愛撫した。
たまらず、身体をのけぞらせて喜びの声をあげてしまう。
従兄に握られたものは勃ちあがって露をこぼしている。
「はぁッ、殿下ッ・・・!」
「いいのか?」
「いッ、いいです、あぁッ」
従兄の頭を抱きしめながら、わたしの下半身も更に快楽を求めて催促するように淫らに動いた。
膝が顔に触れそうなくらい身体を折り曲げられ、曝け出された部分に根元まで埋め込まれた王子のものが荒々しい律動を繰りかえす。

「んんっあっ、んあ・・・ッ」
忘我のときを彷徨うわたしの耳元で、ふいに王子はうめくように呟いた。
「離れたくないな。せっかく会えたのに」
王子との交歓に酔いしれながら、わたしは「戻ります、すぐに・・・!だから、アッ、エドラスで待っていてください・・・!」と切れ切れな声をあげて揺すり上げられていた。
「そうだな」
セオドレドはそう言い、さらに腰を打ち込んで快楽に没入し始めた。
わたしは朦朧としながら従兄にすがって喘ぎ続けた。

 数日前またもやアイゼンの川岸で、侵入してきたオークとの大規模な戦闘があり、王子の軍勢は悪鬼どもを一掃したものの多数の負傷者を出した。
兵士の治療と軍隊の再編成を行うため、セオドレドが旗下の全エオレドを引き上げてエドラスに帰館してきたので、手薄になった西マークの守備は当面の間わたしが代わりに引き受けることになったのだった。
すぐに戻ると言いながらも、この、一夜だけの貴重な逢瀬のあとにはいつまた従兄に会うことが出来るのか、わたしにもわからなかった。
そしてこのとき、セオドレドのほうはわたしを抱きながら何を感じていたのだろう。
何度も「エオメル・・・」と囁きながら、かれは執拗にわたしを求めて夜が明けるまで、貪欲な愛撫を繰り返した。

 まさか、この夜が、従兄の力強いしなやかな腕に抱きしめられる最後の夜になろうとは、思ってもみないわたしだった。

 翌日わたしは自分の軍団と共に出陣した。
振り返ると、メドゥセルドのバルコニーで金髪を風に靡かせる王子の姿が見えた。だが元気なかれを見たのはそれが最後となった。
その次に、あの恐ろしいアイゼンの浅瀬でわたしが愛する従兄を見出したとき−−セオドレドは泥にまみれ目蓋をひらく力すら失った瀕死の姿で、死者のあいだに横たわっていたのである・・・。





 グリマを出迎えてアイゼンガルドから黄金館に帰館する道すがら、わたしはともするとセオドレドの甘い囁きを思い出しては上の空になっていた。
そんなわたしをグリマが暗い瞳で観察しているような気がした。
わたしは蛇の舌の視線を避けて顔をそむけ、平静を装おうとしたが、心の震えはなかなか去らなかった。

 エドラスに帰り着いた夜、早速グリマに私室に呼びつけられいつものように犯された。
裸に剥いたわたしの身体を舐めるように見まわして、「おれと離れて、寂しかっただろう?」と言いながら蛇の舌が撫でまわす。
わたしは目を閉じて相手の手の感触に耐えていた。
足を大きく開かされ、後腔に指を入れられて刺激されながら、乳首を挟まれて強く擦り合わされると、「あ・・・ん・・・ッ」と身体がうねり、声が洩れてしまう。
いやむしろ、普段よりもっとわたしの身体は感じやすく敏感になっていたかもしれない。

 四つんばいに這わされ、バックからグリマの性器を受け入れさせられたときも、わたしは「はぁっ」と高い声をあげて背を仰け反らせ、びくびくと反応していた。
「今日は随分よがるじゃないか。おれのものを咥え込んで女みたいに濡れてるな。もっとぐちゃぐちゃに捏ねまわしてやるからな」
猥褻に呟きながら蛇の舌がわたしの腰を抱えて突き上げる。
「くっ、あっ、あぁっ」
嫌悪と屈辱と快楽がないまぜになった荷責を受け止めながら、わたしはかすれた声で喘いだ。
つい洩れそうになる、「セオドレド・・・!」という言葉を何とか噛み殺しながら。

 それから数ヵ月の時を経て、とうとう王子が久しぶりにエドラスに戻ってくることになった。
なんという長い日々をわたしは待ったことだろう。
バルコニーの上から、騎乗した王子が城門をくぐり抜ける姿を目にした瞬間、わたしの内部を熱いものが駆け巡った。
軍議の間に入ってきた従兄は、父王セオデンに挨拶し、その傍らに寄り添う蛇の舌に冷たい一瞥を投げたあと騎士たちを呼び集めて近況を報告した。
すっかり生気を失っている陛下は興味なさげにその様子を見ていたが、やがてグリマをともなって広間を出て行った。
黒衣の侍医の鋭い瞳が、出て行きがてらに王子とわたしの顔を見比べていたような気がする。

 わたしはヘルム峡谷で別れて以来となる従兄の姿を見つめ、その声を聞きながら胸の動悸を抑え切れないでいた。
セオドレドはそんなことは知らぬ気に、わたしには目もくれず、騎士たちと地図を広げて話し合っている。
もしや、あの夜のことは従兄の気まぐれに過ぎなかったのではないか、互いに交わした愛の言葉など、かれは既に忘れてしまっているのでは・・・とわたしの内部に不安の暗雲が広がりはじめた頃、軍議は終了し王子によって解散が告げられた。
退出する騎士たちのあいだで、わたしは立ち去りがたく戸惑っていた。
するとセオドレドがすいと近寄ってきた。
−−例の厩舎で待っている・・・そう耳元で囁くと、従兄は足早に去っていった。

 告げられた場所に向かうわたしの足は、夢の中で走るときのようにふわふわと現実感がなかった。
厩舎の扉をそっと開けると、中にはすでに従兄が来ていた。
それを見るなりかっと血がのぼってわたしの頬が熱くなる。
だが、わたしは素早く振り返って辺りを見回し、誰も見ていないのを確かめることを忘れなかった。
そして扉を閉めて厳重に錠を下ろしていると、「エオメル」と呼ぶ低い声がした。

 従兄の身体に飛びつくように抱きついて頬をこすりつけ、わたしはかれの唇をむさぼった。
舌を激しくからませ互いの身体を抱きしめあう。
セオドレドの「会いたかった」という熱い呟きに「わたしも・・・」と答えを返す。
そのまま、気が急いて足がもつれそうになるのを支えあいながらわたしたちは厩舎の奥に駆けていき、藁の上に転がった。

 相手の服を慌しく脱がせ合い、噛み付くようなキスを交わしながらわたしは喘ぎ、疼痛を覚えるほどペニスを張り詰めさせていた。
露出したセオドレドのものを強く握ると、それも熱く膨張して濡れている。
わたしが王子の性器を指で愛撫するのに応じて、従兄はうめきながらわたしの片足を抱え上げ、肛門に指を突き入れて掻きえぐり、撹拌した。
「ここで感じるのか?貫いて欲しいのか?」
うわずった従兄の囁きに、わたしは堪らず待ちかねて相手の身体を引きずり上げ、「はい・・・ああ、早く・・・!」と促した。
そして思い切り足を開いて腰を浮かした。

 セオドレドがわたしの要求に応えてあてがい、じんじんと疼く秘所に荒々しく挿入する。
「あああああーーーッ!」
衝撃的な快感にわたしは絶叫し、髪を振り乱した。
従兄の太いものが内壁を往復しはじめると、脊髄を灼熱の感覚が何度も駆け上がっていく。
「ああ・・・エオメル・・・」
芳しい息とともにかれの唇からわたしの名前が吐き出される。
そしてその甘い声音とは裏腹に、突き出される腰の動きは容赦なく、わたしの最奥を深くえぐるのだった。
「あッいいッ・・・殿下!凄い・・・ああっ!感じる・・・ッ!」
泣き喚きながらわたしは腰を振り、従兄の手の中に何度も白濁をほとばしらせた。

 それはまるで−−奈落に堕ちるような快楽だった。
あまりの感興に、気が狂うかと思うほど・・・いや、理性がすべてふっとんだわたしたちの頭は半ば狂っていたかもしれない。
貪欲にむさぼり合い、抱き合い縋りあって身体が砕けるかと思うようなセックスに溺れ、わたしとセオドレドは午後の厩舎の中で声が枯れるまで相手の名前を叫び続けた。

 日が暮れる頃、ようやくわたしたちは起きだして、ふらふらと黄金館に戻っていった。
夕食の席で再び顔を会わせた従兄は、度を越した情事の余韻のせいなのかどこか呆然とした風で、エオウィンに何か尋ねられてもうまく答えることが出来ず、「どうなさったのセオ兄様?」と不審がられた。
だが、その腑抜けた様子は、たぶんわたしのほうも同じだったに違いない。

 夜になると、セオドレドは当然のように王子の私室に来るよう、わたしに要求した。
無論、かれと肌を重ねながら一夜を過ごすことはわたしの望みでもあったのだが−−やはりグリマの邪眼をわたしは恐れていた。
回廊の柱の影でわたしは王子に訴えた。
「殿下、王宮の中では人目が気になって、落ち着きません。その・・・誰かに声を聞かれそうな気がするし。どこか別の場所でわたしは貴方と夜を過ごしたい。またあの厩舎にでも・・・」
そう言うと、かれはわたしの髪をつまみながら「厩舎じゃ夜は冷えるから気が進まないな。それに、さすがにわたしのほうは、もうあまり元気が出ないよ。ただ一緒にいたいだけなんだから気にする必要はないんじゃないか」と照れた笑みを見せるのだった。

 だがわたしの脳裏には、セオドレドの寝室の扉に張り付いてわたしたちの会話を盗み聞きしようとする、蛇の舌の姿が浮かんでいた。
どうしてもグリマの目の届かないところに逃れたいわたしは、従兄に「それなら、来客用宿舎の空き部屋ではどうですか」と提案した。
「きみがそうしたいのなら」と王子は頷き、わたしの額に口づけた。

 セオドレドは三日ほどエドラスに滞在するとまた西マークに戻っていった。
世継ぎの王子に疎まれていることを知っている蛇の舌は、セオドレドが王宮にいるあいだはどこに潜んでいたものかあまり姿を現さずにいたが、従兄がいなくなるなりまた我が物顔で黄金館を闊歩し始めた。
そして「ここ二、三日おまえは夜、自分の部屋にいなかったな?どこに行ってたんだ?」
とわたしをしつこく問い詰めるのだった。
「夜間警備に出かけていたんだ」と言って誤魔化したが、グリマは胡乱な目つきでわたしを眺め、「セオドレドのやつも部屋にいないようだったし・・・」と呟いた。
わたしは蛇の舌が深夜、わたしや王子の私室の気配を探っていたに違いないことを確信した。
そして、決して黄金館をセオドレドとの密会に使わないことに決めたのだった。


 なかなか触れ合うことのできない思うに任せぬ日々は、わたしと従兄のあいだの想いを深く篤いものにした。
また数ヶ月をおいてセオドレドが帰還した際、予め目星をつけておいた空き家でわたしたちは夢中で愛し合ったが、我を忘れて「あぁ・・・っ、セオドレド・・・!」と声を上げるわたしに、従兄は腰を押し上げながら「ずいぶん、いい声をだすんだな」と少し意地の悪い口調で言った。
行為が終わった後、わたしの髪をもてあそんでいたかれは、ふいに身を起こしてわたしを見つめ、「その・・・かなり経験があるんだね?きみは・・・」と、言いにくそうに聞いてきた。
わたしはあいまいな笑みを浮かべて口をつぐんでいた。

「別に過去のことにはこだわらないが・・・」
そう言ってため息をついた王子は、わたしをぐいと抱きしめた。
「たぶんわたしはきみを愛しすぎているんだろう。魅力的な恋人を持った男はつい嫉妬深くなってしまうものだから」
わたしは王子の背中に腕を回して抱き返しながら、心の中でおののいていた。
グリマとの爛れた関係は今も続いている。
もしセオドレドに蛇の舌との情事を知られてしまったら・・・王子の怒りはどれほどのものだろうかと、血の気が引く思いがした。

そしてある夜、わたしの不安は現実のものとなったのだった。
胸元にいくつも刻まれたキスマークを見つけられてしまったのだ。
王子の怒りの声がわたしに浴びせられた。
「誰に抱かれたんだ」
と厳しく詰問されたが、むろん答えようもない。
その日の朝方まで、グリマに攻められ浅ましく快楽にのたうっていた我が身である。

 王子は沈黙したままのわたしに苛立って、険しい目つきで睨んでいたが、やがて懇願の口調で言った。
「エオメル、きみを縛るつもりはないが、わたしは誰かときみを共有するのは嫌だ・・・」
わたしは俯いてかたくなに口を閉ざしていた。
「きみはわたしの恋人だろう?」
従兄が縋るようにそう尋ねる。
「わたしにはそんな資格はありません・・・」やっと吐き出すようにそれだけ告げると、王子はわたしの肩をつかんで揺さぶった。
「なぜそんなことを言うんだ!」
わたしは従兄の腕を振り払い、「会えない期間が長いので、貴方を忘れてしまうことがあるんです。どうかわたしを軽蔑してください!」と叫んだ。
心にもないことを言わねばならない情けなさに、涙が滲む。

「だからわたしがいない時は、他の男と楽しむというのか・・・?きみがそういう人間だったとは知らなかった。なら、このわたしもきみにはただの遊び相手に過ぎないのか?」
疑惑と不信をこめて従兄が言う。
「殿下は、わたしにとってただ一人の大事な世継ぎの君です。貴方に代わる者などおりません」
わたしの言葉に、王子は「そんなことを聞いてるんじゃない!」と激昂して声を荒げた。
そしてわたしをつきとばして床に倒すと、荒々しく密会の場を出て行った。
残されたわたしは立ち上がる気力も失って、夜が明けるまでその場に座り込んでいた・・・。

告白するならば・・・今となってはグリマとのことは決して一方的な強いられたもの、とは言えない。
わたしはあの男との情事を楽しんでいる。
無理強いされていると言い訳しながら、飼いならされる快楽、というものも存在するのだ。
わたしは淫らな、愚かしい人間であることを認めよう。
だが、わたしは心から王子を愛していた。
許されるなら、愛する人だけを見つめる誠実な人間でありたかった。
かれに、節操のない下らない男だと思われるのは耐え難い苦しみだ。
だが、わたしにはどうする術もなかった。
もうセオドレドの心はわたしから離れてしまっただろう。
王子を失った−−その想いにわたしは打ちのめされた。

 翌日、馬上から部下たちの槍術教練を指揮していると、わたしのかたわらにセオドレドの乗った馬が寄って来た。
「わたしは明日、エドラスを離れる。きみにとってはどうでもいいことだろうが」
午後の日差しに金髪を輝かせた従兄は、感情のこもらない口調でそう言った。
「殿下・・・」
わたしが胸の痛みをこらえていると、かれは「また今夜も、昨日と同じ空き家に来るがいい。他の男と寝る予定がなければな!」と冷たく言って、馬首をめぐらせて去って行った。

 その夜、床に這わされたわたしの体の中に押し入ってきた従兄の動きは、過酷を極めた。
「あぁッ、ひッ・・・!」
拳を握りしめて苦痛にうめくわたしの長い髪を、力任せに引っ張って顔をあげさせ「男に抱かれるのが好きな割には、今夜は楽しんでないようだな?」と王子は言い、残酷に腰を突き上げた。
後腔が裂けて白濁とともに血が流れる。
このまま抉り殺されるのかと思うような責め苦に、わたしはのたうちまわって悲鳴を上げた。

「そんなに痛いのか、可哀想に」
激しい打ち込みを繰り返しながら王子は呟き、「悔しいが、わたしはまだきみを愛しているようだ・・・酷い奴だ」と苦しげに言った。
−−誰が酷いというのですか。それはわたしのことですか、それとも貴方のことですか・・・。
灼熱の痛みに身体を痙攣させながら、従兄の言葉を解き明かそうと、わたしは気が遠くなりそうな苦悶に喘ぎながら考えていた。

 朝の光の中で身支度を整えたセオドレドは「気持ちがなくとも、相手の身体に縛られるということがあるのは、わかる」と、足を血塗れにして倒れているわたしを見下ろしながら言った。
「だからと言って嫉妬の感情が消えるものではないが・・・」
扉に手をかけたところで王子は振り返り、「非道いことをして悪かった」とわたしに告げて、歩き去った。
わたしはぼろきれのように横たわり、陽が高くなってもそのままでいた。
悲鳴をおさえながら立ち上がるには、歯を食いしばらなくてはならなかった。


 そうしてわたしたちの関係は、悔悟と自責、不信と嫉妬に縛られた歪んだものとなってしまったのだ。
その後もわたしとセオドレドは離れがたく密会を繰り返したが、王子の思いはわたしへの疑惑を深めるのに比例して、執着の度合いを強めた。
かれは行為の最中に何度も「裏切り者」と言ってわたしを責めた。
わたしは口づけで従兄の唇をふさぎ、舌を絡めて相手の抗議を封じながら、さらなる情交に引き込むのがうまくなった。

 何故かセオドレドはわたしの相手が誰であるのかを、詮索しなくなった。
騎士国の王子である自分が、他の男に見返られていることにプライドが傷ついていた所為かも知れない。
かれは時折、わたしの肌の上にグリマとの情事の跡を見つけて眉をひそめたが、「これは誰につけられた」などと尋ねたりはしなかった。
それに、そういう時はより一層興奮して、わたしの身体を残酷に苛むのだ。
わたしは責め苦に悶え苦しみ、そして苦しむことに酔っていた。
セオドレドの執着がわたしには快かった。わたしの不誠実さに王子が苦悩し、より深く囚われていくのをわたしは喘ぎながら欲していた。

 今まで、そんな快楽があることをわたしは知らなかった。
これはすべてあの−−黒衣の侍医、「蛇の舌」と渾名されるあの男がもたらしたものなのだ。
かれがこのマークの地に足を踏み入れたときから、わたしたちのさだめは変わってしまった。
あの男は、これから先の未来に、どんな運命をローハンに用意しているのだろうか。
神ならぬ身のわたしにはわかるはずもなかった。

 だが、わたしはそのことをもっと深く考えなくてはいけなかったのだ。
わたしはあの男を殺しておくべきだった。
セオドレドとの快楽の刻に溺れたわたしは、何も気づかず何も出来ずに呆けていた。
取り返しのつかないことになって初めて、わたしは蛇の舌の真の恐ろしさに気づくような愚か者だった。
いま、わたしを抱いている愛する者が、わたしの名を呼ぶこともわたしの瞳を見つめることも出来なくなった時には、もうすべては手遅れだったのだ。



なかなか登場しない幻の褐色人は、次回がんばってくれるようです。何を、って姐さん決まってますがな。


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