2
そのまま回復に向かうと思われたボロミアは、夜になって高熱を発した。
苦しそうに息を吐いてうなされ、意識も定かでない白の総大将の様子に、エオメルはうろたえ騒ぎ、セオドレドも不安を覚えて今度はかれを宮廷医師に診察させた。
全身の傷は、まだ炎症が治まらないものの化膿することはないとのことで、ボロミアの発熱は疲労と精神的なショックによるものだろうとされた。
執政家の跡継ぎが自国で病床についたことを、遺憾に思ったセオデン王は、ゴンドールに向けて伝令の早馬を飛ばした。
ローハンの医術では間に合わず、ゴンドールの卓越した医療が必要になるかもしれないと思ったのである。
ボロミアの熱は一週間が過ぎても下がらず、黄金館の住人たちを動揺させた。
万が一にも、ボロミアが命を落とすようなことがあれば、長子を溺愛している執政デネソールがどれほど怒るか想像もつかず、二国間の同盟さえ危うくなるかもしれないのだ。
そして、熱にうなされるボロミアの枕元にはずっとエオメルが付き添い、大将の白い手を握りながら涙を浮かべていた。
8日目にようやくボロミアの意識が回復して熱が下がった。
そしてエドラス中が胸をなでおろしたのだった。
白い顔が少しやつれてしまった大将は、不思議そうにエオメルを見た。
「エオメル殿・・・どうなされたのだ、そんなに痩せてしまって・・・」
ロヒアリムが泣き笑いの表情で、「ボロミア・・・ボロミア・・・」と繰り返す。
「エオメルは貴方のことが心配で、このところ食事が咽喉に通らない状態だったのですよ」
傍らに立つセオドレドがそう告げた。
「そう・・・なのですか・・・?わたしはどうしていたのだろう、ひどく苦しかったような覚えがあるが・・・」
「ボロミア殿は高い熱を出してずっとうなされておいででした・・・今、ようやく気がつかれたところです」
涙声で言うエオメルに、ボロミアは「ずっと・・・?どのくらいの時が過ぎたのですか?」と尋ねた。
「わたしたちが最後に言葉を交わしてから、8日間です」
「8日!」ボロミアは驚きの声を上げた。
「どうりで腹が減ってるわけだ」と笑う大将に、ロヒアリムたちも安堵の笑い声を上げたのだった。
「では、すぐに食事の用意をさせましょう」
エオメルがそう言って立ち上がったとき、病室の扉がバーンと開かれ、プラチナブロンドの美少女が飛び込んできた。
「ボロミアさま、お気が付かれたのですね−−本当にようございましたわ!」
兄と同様にこれも涙声のエオウィンは、ボロミアの寝台の横にひざまずくと白の総大将をひたと見つめた。
妹姫は大将が高熱に呻吟しているあいだ、かれのことが心配で堪らなかった。
だが、兄に目障りだと言われ、セオドレドにも殿方の寝室になど入るものじゃないと注意されたので、何もすることが出来ず毎日ただ扉の外をうろうろしていたのである。
ほんの少し前に、病室の中からここ数日聞かれなった話し声と笑い声が漏れてきたので、エオウィンは扉に頭を押し付けて聞き耳を立てていたのだが、ボロミアが意識を取り戻したらしいことを知って、たまらず部屋に入ってきたのだった。
「エオウィン!無礼だぞ」
エオメルは厳しい声で妹を叱責した。
「いいのですよ・・・ああエオウィン姫、あなたにも心配をかけてしまったようですね」優しくボロミアがとりなす。
エオウィンは病人の毛布の端をぎゅっとつかむと、熱心な口調で告げた。
「ボロミアさま、わたくしボロミアさまに一刻も早くお元気になっていただきたいのですわ。前にわたくしが、お食事を作って差し上げると約束したことを覚えてらっしゃいますか?わたくし今すぐ、お料理をこしらえて持って参りますから、待っていてくださいませ!たくさんたくさん召し上がっていただきたいわ!」
聞いたエオメルがぎょっとした顔になる。
「なっ何を言い出すのだ、おまえの作るものなどボロミア殿の口に合う訳ないだろう」
かれは慌てて言った。
「いや、わたしは姫の手料理を喜んでいただきますぞ」
エオウィンの愛らしさを好ましく思っているボロミアがそう言うと、姫君は頬を赤くして頷き、兄をにらんだ。
「ダメです!愚妹の田舎者まるだしでひなびた味付けの料理など、ボロミア殿には食べさせられません。エオウィン、おまえは自分の部屋に下がっていなさい!」
兄に決め付けられ、妹はくやしそうに両手を揉み絞った。
「まあ、お兄様ったらひどい。ボロミアさまが喜んでと言ってくださってるのに」
ボロミアは何故エオメルがそんなに強硬な態度なのかわからなかった。
かれは「エオメル殿、今すぐ、妹ぎみに食事の支度をお願いしたい」ときっぱり言った。
「うっ」
困惑して言葉に詰まったエオメルは、助勢を求めてセオドレドを振り向いた。
しかし、さっきまでいたはずの王子の姿はそこになかった。
殿下はどこへ−−?と見回しているうちに、大将と妹のあいだで「では作ってまいります」「お願いします」と話がまとまってしまい、騎士軍団長がうろたえていると、扉が開いてセオドレドが姿を現した。
「ああ殿下、このエオウィンのやつが−−」
「聞いて、セオ兄様、お兄様ったらひどいの−−」
兄妹が同時に喋りだすのを、王子は手を上げてさえぎった。
「ちょっと待ちたまえ・・・エオウィン、きみは退出しなさい。いまここにゴンドールからの使者がやってくる」
「ゴンドールの使者とは?わたしの随行の者たちですか?」
訊ねるボロミアに、セオドレドは「違います」と答えた。
「ボロミア殿のお加減が深刻だったので、父は心配して一週間ほど前にお国に早馬を送ったのです。その報告を受けて、ゴンドールは新たに使者を送ってこられたのです」
「それは、余計な手間をおかけして申し訳ない。わたしはこのとおり大丈夫なのだが」
そう言うボロミアに、王子が微笑んで答える。
「ええ、使者の方にその元気なお顔を見せてあげてください」
エオウィンは王子のそばに近寄ると、見上げて尋ねた。
「ねえ、セオ兄様、わたくしこれからボロミアさまにお食事を作って差し上げたいのだけど」
エオメルが何か口を開きかける前に、王子は言った。
「いや、ボロミア殿の食事なら、わたしがもう厨房に指図してきてしまったよ。身体に優しいものがいいだろうから。すぐに届くはずだ。まだ機会はあるからね、エオウィン、今は下がっていなさい」
それを聞いた妹姫はがっかりして、ボロミアを振り向いた。
「わかりましたわ−−ボロミアさま、わたくしはこれで失礼いたします。でもお約束はかならず果たしますから」
そう言ってお辞儀をするエオウィンに、ゴンドーリアンが「楽しみにしていますよ」と答える。
少女がしおしおと部屋を出ていくのを、エオメルとセオドレドは目を見交わしながら見送った。
ほどなくして、人々の騒然とした話し声が廊下の向こうから近づいてきた、と思うまもなく病室の扉が叩かれた。
セオドレドが開くと、近習の者が「お客人を案内してまいりました」と告げた。
そしてその後ろから、「これは、セオドレド殿下!お久しぶりでございます−−殿下、それでわたしの兄上はどちらに?」と言いながら動転した様子の、ボロミアと同じ色だがやや癖のある金髪の青年がまろび入ってきた。
そして、寝台の上のボロミアを見るなり、「兄上!ご無事で」と叫んで駆け寄り、激しく抱きついたのである。
まるで相手にすがるように、白の総大将を抱擁する見知らぬゴンドーリアンを、エオメルはやや気を飲まれて見たのだった。
「なんだファラミア・・・みなさんの前だぞ、失礼だろう」
そう笑いながら言う兄をじっと見つめて、青年は言った。
「心配だったのです、兄上・・・兄上が、枕も上がらぬほどの重病だと聞いて、いてもたってもいられず馬を飛ばしてきました。お元気そうな姿を見て、本当に安心しました」
その声は情愛と慈しみにあふれていた。
兄の笑顔に気を落ち着けた様子のファラミアが、、あらためてセオドレドに向き直って挨拶の言葉を述べる。
するとセオドレドは相手の口元に手をやって、「どうなされた?血が−−」と訊ねた。
見ると、ファラミアの唇は少し切れて血がにじんでいた。
「ああ、これは・・・馬で駆け通しだったので、自分で咬んでしまったのでしょう。お見苦しくて申し訳ありません」
そう言って弟君が手のひらで口をぬぐう。
「唇を噛み破るほどの勢いで、飛んでらしたのですか。相変わらず兄想いでいらっしゃる・・・」
セオドレドは口元だけで笑いながら言い、エオメルに相手を紹介した。
「エオメル、こちらがボロミア殿の弟君ファラミア殿だ。ファラミア殿、かれはわたしの従弟にあたる者で、騎士軍団長をつとめる東谷のエオメルです」
「はじめましてエオメル殿下、お目にかかれて光栄です。わたしはファラミアと申します、どうぞお見知りおきを」
目の前に差し出された弟君の手が、白くて繊細なのを見てエオメルはどぎまぎした。
「エ、エオメルです、殿下と呼ばれるような身分ではありませんので、お気遣いは無用です。マークの第三軍団長を拝命しております」
握手を交わしながら、かれはファラミアの湖のように澄んだ、底知れない青い色の瞳に、何故か心がかき乱されるのを感じた。
「長旅でお疲れでしょう。別に客室を用意するのでそちらで休まれては?」
セオドレドの申し出を、ファラミアはこのまま兄と一緒に居たいので−−と言って断った。
「ではわたしたちはお二人の邪魔にならぬよう、これで失礼するとしよう。ボロミア殿、ファラミア殿またのちほど」
そう言うと、王子は従弟を伴って部屋を出た。
「弟君は、やはりボロミア殿とよく似てらっしゃいますね」
廊下を歩きながら、エオメルは傍らのセオドレドに話しかけた。
だが、ローハンの王子は前を見たまま「似てないよ」と言った。
日が落ちると、ファラミアは王族との会食に誘われた。
かれは兄から離れがたい思いだったが、国王と世継ぎの王子の誘いを断るわけにもいかず内心仕方なく−−だが表面は慇懃に、晩餐の席に着いたのだった。
とはいえ、周知のとおりゴンドール育ちの現国王セオデンは、ファラミアの訪問を歓迎していた。
そしてミナス・ティリスの現況について知りたがり、それに答えるファラミアの聡明さを大いに誉めたので、晩餐は弟君にとっても気分のよいものとなった。
同席したエオメルは、セオデンとファラミアとセオドレドが白い塔の内部にあるという彫像の見事さについて、あれこれ論評しあうのを感心しながら聞いていたが、ふと、そういえば妹は何故この席に居ないのだろう?と疑問に思った。
食事が終わりに近づいたころ、波乱が起きた。
侍女の一人が慌てふためきながら、ボロミアの具合が悪くなったと告げに来たのである。
ファラミアが顔色を変えて立ち上がる。
「どうしたのだ!?詳細を述べよ!」
セオドレドが鋭い声で促すと、侍女はうろたえながら次のように答えた。
「ボロミアさまのお部屋の前を通りかかりますと、中から苦しげな呻き声のようなものが聞こえてきたのです。失礼とは思いながらボロミアさまいかがなされました、と声をかけてみましたら、苦しそうに「気分が悪い、弟を呼んでくれぬか」と仰る声が」
それを聞くなり、「陛下、殿下がた、兄の様子を見てまいります」と言ってファラミアが部屋を飛び出した。
エオメルもまた、ボロミアのことが心配で堪らなかった。
すぐにも大将のもとに駆けつけたいと思ったが、弟君のあとを追っていくべきなのかどうかよく分からず、思い惑った。
そのようすを見たセオドレドが、「エオメル、ボロミア殿の具合を伺ってきて、陛下に報告するんだ。必要なら医師の手配をするように」と命じた。
騎士軍団長「はっ!」と叫ぶと、あわてて部屋を出て行った。
寂しくなった食卓を前に、セオデンが呟く。
「急に具合が悪くなられたとな?心配だのう」
セオドレドはべつに心配していなかった。
かれには心当たりがあったのだ。
王子は会食の途中、手洗いのために一度席を外したのだが、その時、廊下の向こうから空の食器をかかえて満足そうに歩いてくるエオウィンの姿を見かけていたのである。
・・・あの食器はいったい・・・誰に何を食べさせたものやら・・・と不審に思ったのだが、むろん思い当たる犠牲者は一人しかいない。
かれの推測は当たっていたようだ。
ま、死にはしないだろう、と苦笑しながら王子は酒を飲み干した。
「どうなさいました、兄上」
ファラミアが病室に駆けつけると、ボロミアは寝台の上でぐったりしていた。
「いや・・・ちょっと気分が悪くなってな・・・吐いたらだいぶ楽になった」
弟は湯に濡らした布で兄の顔を拭きながら「食あたりですか?」とたずねた。
「いや・・・」
ボロミアは口ごもり黙ってしまった。
ファラミアがかいがいしく兄の世話をしていると、扉が遠慮がちにノックされ、若いロヒアリムが顔をのぞかせた。
「あの・・・ファラミア殿、陛下がお兄上のお加減を知らせて欲しいと言っておられるのだが」
ファラミアが答える前に、ボロミアが半身を顔を起こして「平気です。もう直りましたよ」とかれに笑いかけた。
「本当に大丈夫ですか、医師をよこしましょうか」
「兄は心配ないようです。お騒がせして申し訳ない、エオメル殿。陛下と殿下には、わたしが途中退席した非礼を詫びていたと伝えてください」
ファラミアが微笑んで告げる。兄弟の笑顔は良く似ていた。
「あ、はい、確かに伝えます」
そう答えたエオメルは、横たわるボロミアの気遣わしげに見つめた。
いつまでもそこに立ったままのロヒアリムに、弟君が「まだ何か?」とたずねる。
かれは「いえ」とつぶやいて、部屋を出て行った。
ファラミアは廊下を歩くエオメルの後姿を見送ってから、扉を閉めた。
「ボロミア殿は少しご気分が悪くなられただけのようです」
かれが戻って報告すると、「ならわたしも一度様子を見に行ってこよう」と言いながら王子が席を立った。
「ところでエオメル。きみはわたしの部屋で待っていてくれないか。いろいろと話したいことがある」
エオメルは「はい、わかりました」と答えた。
そのままセオドレドはボロミアの寝室へと向かったが、その秀麗な顔には、あまりたちのよくない表情が浮かんでいた。
「これは王子殿下・・・兄はもう休んでおりますが」
扉の中から顔を出したファラミアに、セオドレドは「ちょっと」とささやいて相手を外にうながした。
なにごとかを察した弟君が、そっと扉を閉めて暗い廊下に出て来る。
ローハンの王子は、執政家の次男の巻き毛をつまんで囁いた。
「相変わらず美人だね」
ファラミアが微苦笑を浮かべて尋ねる。
「わたしになにか内密のお話が?」
セオドレドは相手の髪を引っ張りながら「内密か・・・確かに内密にしなければならないような話だな」と呟くのだった。
「なんでしょうか」
そう問われた王子は、弟君の顔を真正面から見つめて言った。
「兄君の容態だけどね、身体の傷はもう心配いらないと思うが、心の負担がかなりのものだろうから気をつけてあげてくれ。なにせ、オークどもに捕らえられて陵辱されたんだから」
セオドレドの言葉に、ファラミアの常にクールな美貌は驚愕にゆがんだ。
「な・・・んですと、殿下、それは・・・」
弟君が衣服の胸の辺りを片手でつかんで、あえぐような声を出し、よろめいた。
セオドレドが相手の肩に手をやって支える。
「兄がオークに・・・その、犯されたというのですか」
「ああ。けだものどもはわたしが切り捨てた。もう少しはやく見つけられればよかったのだが・・・大事な執政家の長子にたいして大変な不始末をしでかしてしまった。ファラミア、わたしはきみの気の済むように謝罪したいのだ」
「そんな・・・殿下が謝罪する必要などございません。兄を救ってくださって心から感謝いたします」
「話すべきかどうか迷ったのだが」
「話していただけて良かった・・・と思います。ええ、本当に」
ファラミアは衝撃的な事実を咀嚼しようと努力しながら、王子に頭を下げた。
「宮廷でこのことを知っているのは、わたしとエオメルだけだ。ボロミア殿の名誉は守られるだろう」
「はい・・・ありがとうございます。その、エオメル殿も、ご存知でらっしゃる・・・?」
「ああ。二人で遠乗りに出かけたときに襲撃されたからね。かれのほうは無事だったのだが、かなり責任を感じているようだ」
「そうだったのですか。いや、憎むべきはオークです。エオメル殿にはお気になさらぬよう、伝えてください」
ファラミアが静かに告げる。
セオドレドは、青ざめたゴンドーリアンを見つめてうなづいた。
「実は、あともうひとつ」
王子がさらに声をひそめて言う。
「ま、まだ何かあるのですか」とファラミアは声を震わせた。
「いや。それほどたいしたことじゃないのだが。一応きみの耳に入れておいたほうがいいかと思ってね。別に、きみが怯えるようなことではないよ」
「本当ですか。いったいどのようなことでしょう」
すがるように訊ねるファラミアに顔を寄せ、なにやらひそひそ声で話し始めたローハンの王子の表情は、誠実そのものだった。
「ボロミア殿はいかがなさっておられましたか」
王子の寝室で待っていたエオメルが、セオドレドの姿を見るなり尋ねた。
「きみだって、さっき見てきたばかりだろう」
王子は苦笑しながら扉を閉めて、寝台の上にどさりと身を投げ出した。
「ボロミアはもう眠っていたよ。わたしはファラミアと今後のことについて話をしたのだが、かれはもう明日にでも兄と一緒に帰国する心づもりだそうだ」
セオドレドが眠そうにそう言うと、エオメルは驚きの声を上げた。
「あ−−明日!?そんなに早く!?ボロミア殿はまだ、旅に耐えられるようなお身体じゃないでしょう?」
「ファラミアがゴンドールから医師を連れてきてるからね。道中、医師の手当てを受けながら、時間をかけて移動するつもりらしい。ボロミアのほうも、肉親が身近にいれば心強いだろうし」
「無茶です。このマークで充分に回復されてから、ご出立されたほうがいいのに」
ボロミアの帰国を懸命に反対する従弟に王子は言った。
「しかしかれが負傷したのは我が国の責任だからな。ゴンドール側がこれ以上ローハンに留まりたくない、と言ってくるならこちらは返す言葉がない」
そう言われると、エオメルは黙ってしまった。
白の大将が巻き込まれた奇禍については自分のせいだと、かれはずっと自らを責めていたのである。
エオメルはがっくり肩を落とした。
従兄が寝転んでいるかたわらに座り込む。
「どちらにしても、ボロミアは異国の人間なんだよ。遅かれ早かれ、帰ってしまうことは決まっている」
セオドレドの言葉に、エオメルは心の中で(でもあの方は、一介の騎士としてマークに留まることを夢見ていると仰られた・・・)と呟いていた。
(それに・・・ああ、あの方はわたしと離れられなくなりそうだと言って下さった・・・そしてわたしは決して離れないと誓いを立てた・・・)
騎士軍団長は、二人で過ごした甘美なひとときを思い出して胸を熱くした。
いっそ、地位も職責もなにもかも投げ捨て、愛する人を追いかけて自分もゴンドールについて行ってしまおうか−−とまでかれは思いつめた。
だがふいに、エオメルの脳裏には弟君の澄んだ青い色の瞳が浮かびあがった。
その瞳にじっと見つめられたような気がして、かれは動揺した。
「ボロミアがいなくなったら寂しいか?」
そう従兄に尋ねられ、エオメルは「そうですね・・・寂しいですね」としょんぼりして答えた。
セオドレドが身体を起こして従弟の顔を覗き込む。
エオメルは力ない笑みを浮かべて相手を見た。
次の瞬間、エオメルは王子に頭を抱え寄せられ、激しく唇を奪われていた。
「・・・!」
驚いて反射的に逃げようとするのをぐいと抱きしめられ、舌を絡められてきつく吸われる。
生々しい感覚に目眩を感じた。
ずっと昔から知っている、従兄の髪や肌の匂いにかれはどこか安らいだ。
そのまま王子が自分をむさぼるのに任せる。
かれらは互いの身体に腕を巻きつけ、金髪を梳きあい背中や肩や頬を愛撫しあって口づけに没頭した。
舌が疲れて感じなくなるほど吸いあったのちに、ようやく唇を離したが、瞳を潤ませたエオメルは部下の者たちが誰も聞いたことのないような甘えた声で、「セオドレド・・・」と従兄の名を呼んだ。
だが、王子はかれを乱暴に押しのけた。
「なにをその気になってるんだ」
冷たく言われて、エオメルは呆然と相手を見た。
次で終わりです。鬼畜です。
モドル<<>>NEXT最終話
|
|