前回の検討で蜂の巣甲鈑の装備方法は煙路通過部のみであると確信出来たが、
蜂の巣孔の具体的な穿孔方法については不明のままである。
今回は手始めに孔の直径や開孔率について、
主として福田資料を参考にしながら検討を進めていくこととする。
ただし私の能力では分析不可能な事項も多々あるので、
推論による箇所も多いことを予めお断りしておく。
同書によれば有孔甲鈑に対する耐弾実験として、
開孔率と板厚を変えながら20p弾と36p弾を用いて行なっている。
記載されているのは結果のみで実験の詳細は不明だが、
甲鈑は煙路を意識してのことと思われるが円形のものを用いており、
非開孔部面積/全面積(以下残存率と記す)の値を「σ」で表示して
いる。σの値と板厚の増加割合とは20p弾と36p弾とで若干異なるが、
甲鈑の重量としては両者とも最大で無孔甲鈑の1.14倍となっている。
20cm弾を用いた耐弾実験では、σの値が同じ0.66で75mm,100mm,150mmの
3種の異なる板厚の甲鈑を用いて行なっている。
耐弾力は均衡撃速と言う形で示されているが、
前記3種の甲鈑の値をグラフ化するとほぼ一直線上に並ぶ。
このグラフから75mm無孔甲鈑の値に相当する板厚を求めると125oとなり、
これは無孔甲鈑の1.7倍の板厚となる。
36p弾の実験ではほぼ同じσの値を用いたものは2点だけであり、
信頼性は若干劣ることになるがやはり無孔甲鈑の1.7倍程度となる。
この値をそのまま大和の蜂の巣甲鈑に当てはめれば340mmとなり、
実際に装備された380oよりもかなり薄いものとなる。
松本氏は「再建社版大和」の中で(開孔部面積/無孔部面積)の値を0.55と
しているが、σの値に換算すれば0.65となるので、
この実験に用いた開孔率とほぼ同様となる。
なおもっと大きな開孔率の甲鈑も実験に用いられているが、
当然のことながら均衡撃速はもっと小さな値(耐弾力が弱い)となっている。
実験に用いた有孔甲鈑の開孔径とピッチは、
板厚75mm残存率66%の甲鈑で直径45oピッチ74oとなっており、
他の2種の甲鈑も板厚に応じてほぼ同じ比率となっている。
略図では孔の配置は千鳥配列となっているので、
正三角形を形成するように穿孔されているものと思って良いだろう。
しかしこの直径とピッチで穿孔した場合には開孔率は精々26%程度に過ぎず、σの
値で言えば0.74なので記載されている値とはかなり異なることになってしまう。
また、この比率を実際に用いられた蜂の巣甲鈑にそのまま適用すると直径230oほどとなり、
松本氏や福田氏の著書に見られる値よりもかなり大きなものとなる。
蜂の巣甲鈑はボイラ排気路に用いられるので、
一般の甲鈑ではあり得ない高温に長時間晒されることになる。
温度と耐弾力との関係は、100℃から100℃刻みで記載されているが、
実際にどのような方法で計測したのかは不明である。
しかし結果が均衡撃速では無くて降伏点や引張強さで表示されていることを考慮すれば、
試験片を作成して加熱し、機械的性質を調べたものと思われる。
記載されている結果を見ると、
降伏点は徐々に減少しつつ300℃で急激に減少するのに対し、
引張強さと伸びに関しては不規則に増減している。
衝撃値に関しては更に細かく計測して700℃まで記載されており、
メモ書きで350℃までは耐弾力に大きな影響なしとされているが、
衝撃値の結果も不規則に増減していて信頼性には乏しい印象を受ける。
耐弾実験の記載でも無孔甲鈑のσを0.66(当然1となる)と表示している箇所もあり、
かなりの転記ミスが有るように思われる。
温度上昇による耐弾力の低下を定量的に把握出来たかどうかは確認出来ないが、
定性的には低下するものと思って間違いないだろう。
前述のように実際には耐弾実験から予測される値よりも厚い甲鈑が装備されているが、
これは高温時の耐弾力減少を考慮しての決定であると思って良いだろう。
なお実験に用いた試験片が高温であった時間は短時間であると思われるが、
実艦では極めて長時間に亘って高温に晒されることになるので、
実験の行なわれた条件よりも遥に厳しい状況に置かれることになる。
極端な品質低下はあり得ないかも知れないが、
不明の要素に対して安全率を大きく見積もっておくのは正しい選択であると言えるだろう。
福田資料では有孔甲鈑の抵抗を調べるために通風実験も行なっているが、
結果としては甲鈑前後の通風管への導板の設置や、
開孔部へ直接整流板を設ける方法等は効果が無かったようである。
最終的には開孔の上下端に20oの面取りを行なうようになったようだが、
これによって耐弾力にどのような影響が有るかは不明である。
また通風実験ではσの値を0.66に固定して行なっているので、
この値が最終的に蜂の巣甲板にも適用されたものと思われる。
通風実験では有孔甲鈑の直径を変えても計測しているが、
結局は開孔の総面積が一番大きく影響しているようであり、
最終的には直径1.76mとして他の条件を変えながら実験を行なっている。
他の条件とは開孔の数(=総面積)や整流板の有無であり、
中には抵抗の減少を狙ったものと思われるが、
孔の向きを甲鈑に対して傾けて穿孔する等の工夫も図られている。
実験に用いられた甲鈑模型の厚さについては記述が無いが、
この実験はあくまでも抵抗の計測が目的なので材質は甲鈑である必要は無く、
工作が容易な木製の模型を使ったのではないかと思われる。
この実験の結果選ばれたのは孔の数が105個で、
整流板を設けずに開孔も垂直に穿った極普通のものであり、
開孔の総面積は煙路面積の110%となっている。
孔の直径は示されていないが、σを0.66と仮定すれば直径は10pとなる。
通風抵抗は開孔の総面積が同じだったとしても、
小さな孔が多数の場合と大きな孔が少数の場合とでは異なってくる。
「再建社版大和」では煙路用蜂の巣甲鈑の孔径は18pとされているが、
煤等の影響を考慮すれば孔の径は大きくした方が有利になる。
実際に装備された蜂の巣甲鈑においては、
装備箇所や単鈑の大きさによって孔径が異なる可能性は十分に考えられる。
前回は建造秘録の重量重心計算に基いて蜂の巣甲鈑の面積を推定したが、
今回は更に突っ込んでKG値を参考にして検討を進めていく。
その際の条件を
1)重量区分「煙路及通風路甲鈑」の299tは蜂の巣甲鈑と煙突前部の甲鈑のみ
2)煙突用甲鈑のKG値は図面集から計測して23m
とすれば、同区分のKG値が15.9mであることから逆算して、
蜂の巣甲鈑の重量は240t、σを0.66とすれば面積は120uとなる。
ただし蜂の巣甲鈑でもコーミングが設けられている場合も有るようなので、
実際にはこれよりも少ない面積になるものと思われる。
またこの値は『蜂の巣甲鈑』そのものの面積を示すものであり、σが0.66であれば
開孔率は34%となるので、蜂の巣甲鈑開孔部の総面積は40u程度となる。
「再建社版大和」に記載されている値は開口部の総面積と思われるが、
この計算結果とはかなり違ったものとなっている。
建造秘録には、
乗員によって作成されたと思われる「比島沖海戦時の大和船体被害状況図」が載っている。
この図には12の缶室の給気路及び煙路、そして4つの機械室の給気路と排気路が記載されている。
中甲板の甲鈑取付図に記載されている10区画の煙路は円形となっているが、
同図に描かれていない第九及び第十缶室の煙路は矩形で描かれて
いる。別記事の追記で記載しておいた三菱重工担当者の回想図は、
恐らくこの箇所を示しているものと思われる。
なお同図はあくまでも被害状況を示すことを目的とした概念図なので、
開口部等の寸法を推定することは出来ない。
話が蜂の巣甲鈑とは離れてしまうが、
同図では缶室等の記載が右舷から三缶・二缶・一缶・四缶となっている。
ところが戦後米軍に提出したとされる復元図面では、
右からNo1,2,3,4B.Rと言う表現になっている。
図面集に載っている大和型大体配置図では両者とも使われているが、
これは米軍提出図をそのまま日本版にしてしまったものと、
作成者が間違いに気付いて訂正したものとが混在したためであろう。
先の「蜂の巣甲板」の表現でもそうだが、
資料と言うものはやはり十分に吟味しなければならないと言う教訓を得たような気がする。
話を蜂の巣甲鈑に戻すが、
上記の被害状況図で缶室と機械室の給排気路のみが表示されているということは、
他の区画の給排気路は寸法が小さいものであることを暗示していると見て良いだろう。
余り小さな開口に蜂の巣甲鈑を設けても効果は期待出来ないので、
それらの箇所は従来通りの方法が用いられていたものと思われる。
2回に亘って蜂の巣甲鈑に関する記事を書き連ねてきたが、
具体的な穿孔状態や装備箇所に関しては特定するに至らなかった。
しかしながら蜂の巣甲鈑が単なる思い付きではなく、
綿密な実験と検討によって得られたものであることは理解出来たつもりである。
戦闘に際してはその能力を十分に発揮出来なかった「大和」型ではあるが、
技術力に関してはやはり誇るべきものがあったと再認識した次第である。