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 モグベエにさようなら−3  

 マーくんにとってはちょっと退屈な夏休みでしたが、モグベエと出会ってからは毎日が
楽しくて仕方ありません。最初はなかなか出て来なかったモグベエですが、一週間もする
とすっかりマーくんと仲良しになりました。マーくんとおじいちゃんが畑に着いたときに
は、土の中から顔だけ出して待っているようになったのです。
 毎日モグベエと会うのを楽しみにしているマーくんですが、今日はいつも以上にごきげ
んです。鼻を動かしてあいさつをしているモグベエのそばに行くと、持ってきた牛乳の空
箱を出して言いました。
「さあモグベエ、君のために別荘を作ってあげるよ」
 マーくんは空箱を地面に置くと、モグベエをつかんで箱の中に入れました。箱の奥まで
入って行ったモグベエは、得意の鼻を動かして中の様子を探っていましたが、やがて後ず
さりを始めました。
「どうしたの、モグベエ。この別荘は気に入らないのかい?」
 マーくんはがっかりしてしまいました。絶対にモグベェは喜んでくれると思っていたか
らです。そんなマーくんを見て、おじいちゃんが近寄ってきました。
「どれどれ、ちょっと貸して」
 おじいちゃんは空箱を手に取ると、箱の中をじょうろの水でぬらし、最後に畑の土を入
れて振りました。マーくんは不思議に思いました。せっかくマーくんがきれいに洗ってき
たというのに、おじいちゃんは泥だらけにしてしまったのです。
「これで気に入ってくれると思うよ」
 おじいちゃんは不安そうなマーくんを見ながら、空箱をモグベエの前に置きました。モ
グベエは入口で様子を探っていましたが、今度は自分から中に入って行きました。
「大丈夫かなあ・・・」
 マーくんはまだ心配でしたが、モグベエは箱の中で体の向きを変え、入口まで出て来て
いつもの様に鼻を動かしました。どうやら今度は気に入ったようです。
「良かったね、モグベエ。でも君は泥だらけの家の方が好きなのかい」
 ようやく安心したマーくんですが、少しばかり不満もありました。おじいちゃんはそん
なマーくんを見ながら言いました。
「モグベエは泥なんか気にしないのさ。いつも土の中にいるんだからね」
「じゃあ牛乳の箱は、きれいに洗わなくても良かったの?」
 マーくんの不満はこのことでした。
「そんなことは無いさ。中に牛乳が残っていては駄目だからね」
「でも、モグベエは牛乳が好きなんだよ。昨日だって喜んで飲んでたもの」
「いやいや、この暑さでは牛乳もいたんでしまうからね。箱の中で変なにおいがしたら、
モグベエは入らなくなるよ」
 おじいちゃんはマーくんにも分かるように説明すると、いつもの仕事をするために猫車
の所へ行きました。でもマーくんは、別荘を使ってモグベエと遊ぶのに夢中で、お手伝い
のことは頭にありませんでした。でもおじいちゃんは、そんなマーくんを見守りながら、
黙々と自分の仕事を続けました。
 やがてポリタンクの水が終わり、家から新しい水を運んできたおじいちゃんは、小さな
シャベルをマーくんに渡しました。
「ほら、これで箱に土を掛けるといいよ。風で飛ばされないようにね」
 マーくんはシャベルを受け取ると、空箱の別荘を見ながらたずねました。
「いっぱい掛けるの?」
「そうだね。箱を埋めちゃっても平気さ」
 マーくんはおじいちゃんに言われた通り、箱に土を掛けていきました。箱の中のモグベ
エは、最初はびっくりしたようですが、すぐに落ち着きを取り戻しました。箱を完全に埋
めてしまったマーくんは、ちらっとおじいちゃんの方を見ました。お手伝いのことを思い
出したのです。
「モグベエと遊んでていいよ」
 おじいちゃんはマーくんの思っていることが、いつだってすぐに分かってしまうのです。
 そしておじいちゃんが仕事をやり終えても、マーくんはまだモグベエと遊んでいました。
モグベエは、マーくんが畑にいるうちは、目分の家には帰ろうとしないのです。
「さあ、もう遅いからモグベエも家に帰してあげなくちゃね」
 おじいちゃんはポリタンクを猫車に乗せながら、マーくんをせかしました。マーくんは
まだ帰りたくなかったのですが、もう辺りは薄暗くなっていました。不思議なことにモグ
ベエと遊んでいると、あっと言う間に時間が過ぎてしまうのです。
「それじゃあモグベエ、また明日ね」
 マーくんはモグベエに別れを告げると、おじいちゃんの後を追いました。
 夕ご飯を食べながら、マーくんは別荘のことをお母さんに話しました。
「ふーん、それでモグベエは喜んでたの?」
「うん、絶対に喜んでいると思うよ。ねえ、もうさっちゃんを呼んでもいいでしょ」
 マーくんはお母さんに向かって言いましたが、お母さんは何も答えずにおじいちゃんの
方を見ました。おじいちゃんは頭に手を当ててちょっと考えましたが、すぐにマーくんを
見て言いました。
「念のため、もう一日だけ待とうか。あの箱は気に入ったみたいだけれど、もう一度確認
してからでも遅くは無いさ」
「明日も別荘に入ったら、今度はさっちゃんを呼んでもいいんだね」
「ああ、マーくんと一緒にいけば、モグベエは安心して出てくるからね」
 マーくんもおじいちゃんもうれしそうでしたが、今度はお母さんが心配そうな顔をして
言いました。
「でもねえ・・・」
 マーくんには、どうしてお母さんが心配するのか、さっぱり分かりません。
「確かさっちゃんは、ネズミが大嫌いだったでしょ。モグラを見たらびっくりしちゃうん
じゃないかしら」
 お母さんは、生きているモグラを見たことはありませんでした。モグラもネズミに似て
いるだろうと思って、さっちゃんのことを心配したのです。
「大丈夫だよ、モグベエはネズミと違ってかわいいんだから。ねえおじいちゃん」
 マーくんは大きな声で言いながら、おじいちゃんの方を見ました。
「そうだなあ。見る人によって違うと思うが、わしはネズミよりかわいいと思うよ」
「でもモグラは土の中に住んでいるんでしょ。汚くないかしら」
 モグラを見たことのないお母さんには、色々と心配事があるようです。
「ううん、とってもきれいなんだよ」
 マーくんはまたおじいちゃんを見ました。おじいちゃんの言うことなら、お母さんも信
用するからです。
「わしも不思議に思っていたんだが、モグラの毛皮はとってもきれいだよ。柔らかくて、
土の中にいるとは思えない程だ」
 おじいちゃんの言葉に、マーくんはにこにこです。心配そうだったお母さんも、少しは
納得したような顔になりました。
「本当にさっちゃんを連れて行っても、絶対に大丈夫なのね」
「ああ、どうせわしも一緒だからね」
「それじゃあ、明日もモグベエが出てきたら、さっちゃんに電話することにしましょ」
 とうとうお母さんも賛成してくれたので、マーくんは大喜びです。
「はいはい、モグベエのことはこれくらいにして、早くご飯を食べちゃってね」
 マーくんは話に夢中で、全然ご飯には手をつけていなかったのです。お母さんにとって
は、食事の後片付けはモグベエのことよりも大事な仕事なのです。
 おじいちゃんは、二人とは別のことを考えていました。もう一ヶ月近く雨が降っていな
いので、夕立でもいいから降ってほしいなあ、と思っていたのです。雨が降るとモグベエ
は出て来ないかも知れませんが、おじいちゃんにとっては畑の野菜も大事なのです。
 マーくんにとっては、野菜よりもモグベエの方が大事でした。雨のことは考えたことも
ないし、降って欲しいとも思いませんでした。マーくんの頭の中は、モグベエのことだけ
で一杯だったのです。

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