モグベエにさようなら−4
次の日も雨は降りませんでした。おじいちゃんはうらめしそうに空を見上げていました
が、マーくんはいつものように本を読んでいました。庭木と盆栽の手入れが終わったおじ
いちゃんは、今日はパソコンには向かわずに、畑に出掛けて行きました。
野菜の様子を見に行ったおじいちゃんは、ちょっと困ったような顔付きで戻ってきまし
た。そんなおじいちゃんを見て、マーくんは『野菜が枯れちゃったのかな?』と思いまし
た。でも昨日だっていつもと同じように水をあげたのに、急に枯れてしまうなんておかし
な話です。
「まいったまいった。とうとう始まっちゃったよ」
おじいちゃんは縁側に腰を下ろすと、不思議そうな顔をしているマーくんを見て言いま
した。マーくんには何が始まったのか、全然見当もつきません。
「ほら、畑の方から音が聞こえてくるだろ。道路工事が始まったんだ」
おじいちゃんに言われて耳をすませると、確かに畑の方から物音が聞こえてきます。新
しい道路が出来る話は、マーくんもお母さんから聞かされていました。でもその道路はお
じいちゃんの畑のそばを通るだけで、畑は無事なはずでした。念のために、マーくんはお
じいちゃんにたずねました。
「でも畑は無くならないんでしょ」
「うん、畑は残るけどね・・・」
おじいちゃんはちょっとの間何かを考えていましたが、マーくんの顔を見ながら静かに
話し出しました。
「モグベエの土の中の住みかはとっても広いんだ。だからその一部を、道路工事で壊され
てしまうかもしれないよ」
「モグベエの家が壊されちゃうの?」
マーくんは心配になってきました。
「全部ではないけどね。でもモグベエはトンネルの中を歩き回ってエサを探しているのだ
から、住みかが狭くなると困るんだ」
「腹ぺこになってしまうの?」
「モグベエのトンネルが反対側に広がっていれば無事なんだけど、土の中のことは分から
ないからね。もしそうだったとしても、モグベエはもう住めないかもしれないよ」
おじいちゃんは深刻な顔をして、さらに話を進めていきます。
「土の中にいるモグラは振動に敏感だからね。あんな大きな機械を使われたら、モグベエ
は危険を感じて逃げてしまうかもしれないんだ」
「モグベエは機械がきらいなの?」
「そうさ、人間だってうるさいと感じるくらいだからね。土の中にいるモグベエにとって
は、大地震が来たようなものさ」
「もうモグベエはいないの?」
「いないかも知れないな。モグベエは別の場所に新しいトンネルを掘って、早くエサを探
さないと死んでしまうからね」
おじいちゃんの返事は否定的なものばかりなので、マーくんは泣きたくなってきました。
もしかしたら、もうモグベエには会えないかも知れないと感じたのです。
「工事が終わっても帰って来ないの?」
マーくんは元気のない声で、そっとおじいちゃんにたずねました。
「帰っては来ないだろうなあ。もし安全な場所を見つけたとしたら、恐らくそこに住み着
くだろうからね」
「・・・・・」
マーくんは黙り込んでしまいました。あまりにも突然の出来事なので、どうしたら良い
のか分かりません。そんなマーくんを見かねたおじいちゃんは、元気付けるように大きな
声で言いました。
「今から畑に行こうか。もしかしたら、まだモグベエがいるかもしれないぞ」
「・・・うん」
マーくんは元気のないまま、おじいちゃんの後に付いて畑に向かいました。畑に近付く
に連れて、工事の音はだんだんと大きくなってきました。畑に着いたマーくんが目にした
のは、見たことも無い大きな機械でした。その大きな機械が、地面を震わせて工事をして
いるのです。
「さっきよりもひどいなあ。これじゃあモグベエがかわいそうだよ」
マーくんもおじいちゃんと同じように思いましたが、声が出ませんでした。空箱で作っ
た別荘はしっかりしていましたが、モグベエのトンネルの出口は、振動で崩れて見えなく
なっていました。
「夕方になれば工事もやめるだろうから、いつものように水を持ってきたときに、モグベ
エを探すことにしよう」
おじいちゃんはマーくんの肩を抱いて、なぐさめるように言いました。
太陽が傾くと工事の音も聞こえなくなり、いつもと同じ夕方になりました。マーくんに
とって今日の一日は、長いような短いような、なんだか不思議な一日でした。
「さあ、モグベエに会いに行くぞ」
おじいちゃんはポリタンクを猫車に乗せると、いつもより大きな声で言いました。本当
のことを言えば、おじいちゃんは昼間の様子を見て、もうモグベエのことはあきらめてい
たのです。でもマーくんをはげますために、わざと大きな声を出したのです。
夕方の畑は、昼間のことがうそのように静かでした。畑の向こうに見える大きな機械を
除いては、いつもと同じように見えました。でも、モグベエのトンネルは崩れていたし、
マーくんを出迎えてくれるはずのモグベエの姿は、どこにもありませんでした。
「モグベエ・・・いないよ」
マーくんは悲しそうにつぶやきました。
「工事の音でおびえてしまったんだ。でも、まだ畑の下にいるかも知れないよ」
おじいちゃんは、何とかマーくんを悲しませない方法はないかと、昼間からずっと考え
ていました。しかし夕方になっても、うまい考えは浮かんできませんでした。
「ほら、元気を出して。モグベエだってマーくんに会いたいんだからね。マーくんの足音
を聞いて、戻っているかも知れないよ」
「・・・・・」
マーくんは黙ったままです。
「じっとしていても会えないよ。まずはモグベエのトンネルを見つけるんだ。マーくんは
畑の中を探しなさい。おじいちゃんは畑の回りを探すから」
マーくんはまだ元気がありませんでしたが、それでもトンネルを探し始めました。おじ
いちゃんにとってはトンネルを見つけることよりも、マーくんを元気付ける方法を見つけ
ることの方が大事なことでした。
おじいちゃんは畑の回りを歩いていましたが、土手に斜めに刺さっている木のくいを見
つけて、うまい考えが浮かびました。マーくんに気付かれないようにそのくいを引き抜く
と、ぼっかりと深い穴が開きました。おじいちゃんは穴の回りをちょっと崩してから、大
声でマーくんを呼びました。
「見つけたぞー。マーくん、早く来なさい!」
おじいちゃんの声を聞いたマーくんは、大急ぎで走ってきました。
「モグベエいたの?」
「いや、モグベエはいないけど、モグベエのトンネルを見つけたよ」
マーくんは少しがっかりしたようですが、おじいちゃんに教えられたトンネルの側に腰
を下ろし、穴に顔を近付けて叫びました。
「モグベエー、出ておいでー」
マーくんは何回もモグベエを呼びましたが、モグベエの姿は現れませんでした。
「モグベエいないのかなあ」
「トンネルの中だから、遠くにいてもマーくんの声は聞こえているはずさ。でも昼間ひど
い目に会ってるから、この畑には帰って来ないのかも知れないね」
「じゃあ、モグベエには会えないの?」
マーくんはまた元気がなくなりました。
「道路工事が終わるまでは無理だろうな。でも工事が終わって静かになれば、モグベエが
戻ってくるかもしれないよ」
「でも自動車が一杯通るようになったら、モグベエはどうなるの?」
意外にもマーくんは、道路工事が終わった後のことも考えていました。
「そうだなあ。車の数が増えるとひかれて死ぬ動物も多いが、モグベエは土の中だからそ
の心配は無いさ」
「でも車が通ると、地面が揺れることもあるんじゃない」
「地面の揺れはモグベエも不快に感じるだろうけれど、危険が無いと分かれば問題ないと
思うよ。そうすればモグベエはきっと戻って来るさ」
おじいちゃんはマーくんを元気付けることに必死でした。
「本当に戻ってくるかなあ」
「マーくんの声は聞こえているんだから、モグベエは戻って来ると思うよ。でもそのため
には、ちゃんとあいさつをしておかなくちゃ駄目だよ」
おじいちゃんは静かに言いました。マーくんはちょっと考えていましたが、またトンネ
ルに顔を近付けて大きな声で叫びました。
「モグベエー、元気でねー。きっと戻って来てねー」
マーくんは一旦顔を上げて大きく息を吸い込むと、トンネルに向かって一段と大きな声
で叫びました。
「さようならーー」