嫌な思い出
長い付き合いが続くと、人間関係は難しいものである。
こんなことがあった。
1)卒業後10年以上経っていたが、高田馬場のワインバーで集まり。某新聞社の記者バリバリと言いながら、店をゲロだらけにし、今はもうないが、急性アルコール中毒の運び込まれる常連病院「大同病院」に救急搬送。もう直接の教員でもないのに、未明、家族が来るまで病院外、夜空のもと待機。驚いたのは、未明になって、「なんで先生がいるの」と悪びれることない挨拶と、いい年齢をしても、まだなおあるその甘え、大学教員は使うものという気概に閉口した。
大同病院
ご本人、そんなことはどこ吹く風だったが、後日、ワインバーに、私が本当に申し訳ありません、あの夜は、お店を汚し、商売めちゃめちゃにしてしまいましたと侘びに行った。バブルで甘やかされ卒業が許された時代の病い。後にも先にも、こんな常識を越えた経験はない。
2)これは、人生で一番耐えがたいことであった。
−永年、共に暮らしてきた愛犬が亡くなった時。このメンバーの、いつも呑み会をリードするひとり。外資企業でバリバリ、独立して社長。そういう職だからか、こちらの状況などまったく無視。「先生、土曜日、呑み会です」と一方的連絡。事情を説明したら、「犬が死んだだけでしょ」と。
−これは、とりあえずそのままとして、2、3年後、別のひとりが池子の森を、思い出に歩きたいということで、この「犬が死んだだけでしょ」の人も含めて、わが家までやってきたことがあった。もちろん普通に歓待。
−いよいよ定年となるその前年夏、最終講義というよりも、私の退職ということで集まりをしたいという話を、上述のゲロだらけにした人と、この外資系バリバリの人とに呼び出され赴いた。高齢となり、眼病を患い手術をして、ようやく調子が上向きとなりつつあった頃。何か提案があるのかと思ったら、私が企画せよという物言い。要するに、自分の自慢話をみんなにしたい集まりを作って欲しいということであった。長い時間つきあわされ、疲労困憊で帰ったのであった(笑)。偉くなったら、人に指図すれば、何でもやってもらえるということか? 記者バリバリ、外資系バリバリゆえか?
−そして、このとき、バリバリ記者に言われたこと。「その病気なら、私に言ってもらえれば、名医を紹介できたのに」と、昔ながらの、何の根拠もない、記者にありがちな、ちょっと知っているだけの、私がどんな医者に診てもらっているかも知らぬのに、自分のパフォーマンスだけしたい、無責任な言動。
−外資系バリバリに言われた言葉。「眼が見えなくなるだけでしょ」と。これには言葉を失った。
−同じ人物からの、何とも心ない言葉2回。この繰り返しは、意図があるのか、あるいは無感覚だからか、外資系バリバリだからか、あれこれ思ったが、大いに傷が付き、手術、通院をしていたときで、途中、精神科医にもカウンセリングを受けることにもなった。言葉というものは恐ろしい。
かの演習での過剰な時間。22人の学生がいたが、22人全員が親しくあり続けたわけではない。「同窓会」というものにありがちな、「勝ち組」の残り火たちの集まり。
その中の、その中でも選りすぐりのふたりの言説。ひとりは、自分ではスポーツ万能、外資系バリバリ、今ひとりは、進学有名校、有名新聞社、そしてバブル絶頂期をよく表すメンタリティーの持ち主ということか。こういうのは、もうたくさんだと思う。
「男女雇用機会均等法」が施行され、のちの「女性活躍」社会への旗手のようにも思える人たちであったが、「他人」の痛みを想像してみることができない、どうしてそういうふうかを、敢えて考えてみると、「演習」で社会性を身につけることに失敗したということだろうか。スポーツのエースだった、人が羨む一流企業、企業して社長などなど、結果、仕事の関係しか人間関係がなく、目立とう、パフォーマンス第一の人生ということだったか、「親密圏」が貧弱ということだろうかと、考えたりする。
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思い返すと、バリバリ新聞記者は、ワインバーゲロ事件以後、ある日、突然やってきて、自身の家族の問題の相談を聞かされた。授業合間の昼休みで、まさに藪から棒、一方的に時間を奪っての相談で困ったことがある。ある意味では、突然、知らぬ家族のことを言われても、たしかに聞いてくれる人が、ちょうど無色透明の教員でよいということなのだろうと、超多忙の隙間時間、対応したことがあった。
外資系バリバリは、自分の商売相手の国が、早稲田大学と関係を密接な関係を持つという情報を知って、私に、誰か大学の枢要な人、関連のある人を紹介して欲しいと言ってきた。これも、教員−卒業生の関係を逸脱したものであったが、聞いて、関連する担当部長につないだことがある。
これらは、かつて教員であったということの「サービス」ということだろう。が、この人たちにとっては、使えるものは何でも使える。教員とは、そんなものだという前提だっただろう。そういう行動性向は治るまい。
完
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