水と空気は、生物にとってなくてはならないものであるが、人間はどちらかというと水により多くの関心を持ってきた。
おそらくは水の変化に富んだ状態、洪水伝説に見られる人の生活に及ぼす多大な影響等、目に見える存在だからであろう。
そして水は分子量十八、二個の水素原子と一個の酸素原子からなる簡単な、単純な構造、だが実際には驚くべき性質を持つ極めて魅力的な化合物である。
簡単に書いてしまえば、上記で終わってしまう。
しかし何でも溶かし込む水の性質上、人口の増加や経済発展による水質汚染は、途上国において病気の80%が水質悪化によるものだし、たった地球全体の7%に過ぎない淡水の淡水魚の20%が絶滅の危機にある。
そして工業生産や生活水増加に伴うによる地下水の過剰くみ上げによる砒素汚染の増加など、水を取り巻く環境は、悪化の一途である。
乱暴な言い方をすれば、人口の減少と水の良化は、もしかしなくても比例するものだろう。
人道主義や、科学万能を唱えると、水の汚染も克服できるらしいが、果たしてそんなことが可能なのだろうか?。
良く油のbodが引き合いに出され、環境的にどうのというが本来水と油は相容れないものの代表であり、
こんなものを引き合いに出すのが可笑しい。
水分がなければ、物質の重量は十分の一位まで減量でき、廃棄物の総体は減るのだ。
水は人類にとってもなくてはならないもの、それ以上に環境にとってなくてはならないもの。
そんな感情を持つか、否かの意識くらいでみているのが、筋であるような気がする。