トンでる生活
第1章 謎の男出現
掃除も終わった放課後の薄暗い廊下で雄叫びをあげる。教室よりエコーが効いて自分でも恐ろしくなる。そう言えば、何故あたしはこの豚がお化けに思えないのだろう、と首をかしげて考える。かがんで豚の顔をのぞき込んだ。豚が顔をそらして幾分赤くなった気がした。よだれが垂れている。そらした視線の先を見た。
「てめえ、あたしのスカートの中を覗いたなあ」
右手を握りしめ、豚の胴だか首だか分からない部分を思い切り殴りつけた。ぶひい、と豚は顔をゆがめ、2、3歩よろめいた。反撃はしてこない。至って大人しいお化けである。
こんなにいじめているのに、こいつは何故あたしに取り憑いているのだろう。ひょっとしてマゾかいなあ。いい加減、他の誰かに取り憑いてもらいたい。危害はないとはいえ、どうにもうっとおしい存在なのだ。まあ、こんな豚のお化けよりは、まだ役立たずの図書委員たちのほうがまだましと思いつつ図書室に入る。
ドアの引き戸を勢いよく開けると、由香里と知らない男子が親しく談笑していた。二人の笑い声がぴたりととぎれた。響子はふたりを見つめた。何か気まずい雰囲気を感じた。えっへん、と咳払いをしてから声を出した。
「なんだ、由香里、もう来てたの」
由香里がにっこり笑ってこちらをみた。
「ねえ、由香里、その子は?」
聞かれて初めて由香里はきょとんとして首を傾げた。
「え、知らない。あんた誰? 」
何とも間の抜けた女である。そこを間髪入れず、男が白い歯を見せながら響子を見つめながら言った。
「2年1組前沢大輔。よろしく」
小気味のいい口調で言う歯が白く輝いていた。顔が褐色に焼けていて体もがっちりしているが、どこか優しそうな眼差しをしている。それにしてもよろしく、とは馴れ馴れしい奴だと響子は憤慨する。わしゃ、先輩だぞ、と心でつぶやいた。しかし、作り笑顔で答えてしまう。
「あ、こちらこそよろしく」
「噂に聞く美人。お会いできて光栄です」
そう言って、右手を前に差し出している。
「あ、ありがとう。でも、噂って?_」
な、なんなんだ、こいつ、挨拶代わりに握手をするなんて、と言いつつ響子は顔を真っ赤にし、体が一瞬浮き上がり、震えながらそうっと右手を出した。大輔が力強く響子の手を握り締めてきた。そして、手を離すと、頬にあろうことかいきなりキスをしてきた。
「あああああ、」
親にも幼少のころだけしか口づけをされていないというのに、こともあろうに、花も恥じらう乙女の年頃に、いきなり、接吻とはなんたることやら、フンやらフンやら。響子の頭の中にジェット戦闘機数千機が轟音をあげ飛び交って、いっせいのせいではじけた。
第2章へつづく
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