トンでる生活
序章「トンだ奴」 高校3年の新藤響子は図書委員長である。髪を長くした響子は、暇さえあれば頭を下にして本を読んでいるから、彼女の顔を知るものは少ない。 図書委員は響子を含めて全体で12人。3学年4組ずつあり、各組の代表が1名だけ選ばれて図書委員になっている。 ★ 響子が教室で鞄に教科書を詰めていると、2年生の図書委員、大友真理子が大声を出して教室に入って来た。 「新藤先輩、新藤先輩! 」 「なーに? 」 「ごめんなさい! 塾の試験があってお休みします。ごきげんよう」 両手を胸の前で合掌し、早口にそれだけ言うと、スカートの裾を翻し、そのまま風のごとく走り去っていってしまった。 「ねえ、ちょっと、待ちなさいよ。あんたー! きょうは初顔合わせなのよー」 響子は舌打ちしながら遠く消えていく大友に向かって叫んだ。ちょっと、喉がむせて泣きたくなった。むせたから泣きたくなった訳ではない。この仕事そのものが虚しくて泣きたくなったのだ。 初顔合わせの今日は、図書委員会の運営方針を決める大事な日だ。主に放課後の当番決めなのだが、みんなやりたくない。本好きなら残りながら本を読むと言うこともできるのだが、今の奴らは本が嫌いなのだ。しかし、なったからには務めは果たしてもらわねばならぬ。ああ、それなのに、休むなんて絶対に許せない。時間が経つにつれ、響子は腹綿が煮えくり返ってきた。思い切りそばにいた豚を蹴飛ばした。豚はいきなり蹴られたので、ぶうう、と苦しい悲鳴を上げた。 「あんたー、先輩をなめんじゃないよお」 すでに教室には誰も残っておらず、響子と丸々と肥えた豚しかいなかった。とは言っても、この豚は響子にしか見えない。他の人間には見えない。声を震わせ叫ぶ。エコーが自分に跳ね返る。そんな自分を呪いながら、俯いてブツブツ言い始めた。そばにいた豚も突然蹴られて不満げだ。そのまま、教室から図書室へ向かうから、大抵の人間は気味悪がって避けてしまう。オマケに牛乳瓶の底のような丸い眼鏡をしているからさらに不気味さが増す。響子の足下に豚は必死になってまとわりついている。そして絶えずブウブウと鳴いている。 副委員長である3年生の五十嵐由香里と2人でまた決めなければならない。そう、思いつつ図書室へ向かう。気がさらに重くなる。と言うのも、その由香里と言う女はほとんど響子に頼りきりである。他の委員も他の活動は大変だから図書委員になって本を読んでいればいいや、と思っている。由香里はその不貞の輩の代表みたいな女である。 「わしの周りにはまともな奴はおんのかあ! 」 その声に、そばの豚が驚いて小さく丸くなった。前足を自分の顔にはさんで、蹴らないでという仕草をしている。そんな豚を見て響子は、前足から覗く豚の額にかかと落としを入れてやった。豚は涙を流していた。 「ねえ、こんなにされても何故あたしに取り憑いてるのさ」 第1章「謎の男出現」へ |