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大晦日に、ステラとクリスは再びパーレンバーク家へと戻っていった。僕もまた再び実家へ帰り、元の自分の部屋で新年を迎えるはめになった。一月三日の晩、妻と子を妻の実家に迎えに行き、相変わらずパーレンバーク夫妻からは屈辱的な扱いを受けながら、なんとかステラとクリスを我が家へ連れて帰った。
それから三日後に、恒例の新年パーティがあった。でも用意が出来たと現われた妻を見て、僕は思わず息をのんだ。彼女が美しかったとか、そんな理由ではない。黒いドレスを着ていたからだ。彼女は紺色やグレーは着ても、黒い服はほとんど身につけたことがない。黒と緑は似合わないからと、以前自分で言っていたことがあるほどだったのに。
服自体は上質のカシミアで出来ていて、シンプルな中にも、上品なデザインだ。スタンドカラーの襟、少しだけふくらみをつけた袖。緩やかに広がったスカートは、踝の上数インチほどの丈だ。ウェストには同色のサッシュを巻いていた。
ステラに黒が似合わないと言うわけではない。でも、非常に寂しげな雰囲気になることはたしかだ。明るい色彩がアクセント的にでもあれば、まだ全体の陰気さは救われただろう。でも、そのドレスは黒一色で、ほとんど装飾もない。首にかけられた一連パールのネックレス、黒い靴、黒いストッキング、髪を束ねた銀灰色のリボン。口紅もおしろいもつけていず、髪の毛の黄金色だけが唯一の明るい色だ。まるでこれでは、これからお葬式にでも行くのだと、誰もが思ってしまうに違いない。
「ステラ、君が黒を着るなんて珍しいね。そんな服もあったんだね。でも、僕らはパーティに行くんだよ。もっと明るい服を着たらいいのに。せっかく新しい服も買ったんだから」
僕は努めて軽い調子で、そう声をかけた。
「あなたがくれたあの青いドレスは、わたしにはあまり似合わないのよ。あの色を着ると、とても顔色が悪く見えてしまうの」
ステラは物憂げに首を振って答える。
「これは結婚した時、ママが持たせてくれたの。一着は黒い服が必要だからって。でも、これもわたしには、あまり似合わないかしら」
「似合うとかじゃなくてね、暗すぎるよ。元気がないように見える」
「元気はないのよ。だからこそ、この色なの。元気なんか出せるはずがないわ。今のわたしには無理よ。本当はパーティにも行きたくないの。外へ出たり、他の人と話をしたりするのはいやなの。家の中で、じっとしていたいのよ」
「そう。それなら、無理じいはしないよ。今年は、君は欠席ということにしても、かまわないさ。僕だけでも行ってくるから。ああ、クリスはどうするかな?」
「パーティ、行きたい!!」
クリスチャンは即座に声を上げた。
「じゃあ、おまえはパパと来るか? ロザモンドちゃんやジョーイくんも来るぞ」
「わーい!」息子はうれしそうに目を輝かせ、両手を上げている。
「あなたがそう言ってくれるなら、わたしは残るわ。お料理はトレリック夫人に頼んで作ってもらったキッシュが、テーブルにのっているから。じゃあクリス、良い子にしているのよ。ちゃんとパパの言うことをきいてね」
ステラはそんな息子の様子をちらりと見ると、淋しそうに微笑しながらその頭をなで、さっさと二階に上がっていった。
ステラはたしかに変わってしまった。でも、それは僕に裏切られたと思ったショックと、待ち望んでいた命を閉ざされてしまった悲しみがもたらした、一時的な変化だと思いたい。まだ彼女にとって、傷は新しいのだから。間接的にせよ直接的にせよ、その傷に触れられたくないし、みんなから気を使われることも、かえって重荷なのだろう。
他のメンバーや奥さんたちも、ステラが来なかった理由を、わかってくれたようだった。
「まだ身体もしっかりしてないでしょうし、精神面でもね。大変ね」
パメラは同情をこめた口調で、そう言ってくれ、
「わたしでできることなら、力になって上げたいわ。でも、今はそっとしておいた方がいいのかしら」と、アデレードも心配そうな表情で、気遣ってくれた。
ロビンは去年暮れにスタジオで約束したとおり、ガールフレンドのセーラ・トレントを連れてきていた。彼女は、ほぼロビンと同じくらいの背の高さで(ヒールの分だけ彼女の方が高い)、痩せすぎず太りすぎずの、均整の取れた体型だ。クリーム色の肌に薄く化粧をした、細面の顔立ち。くせのない鳶色の真っすぐな髪を肩の下まで垂らし、片側は銀色の蝶を象ったバレッタで止めてあった。緑色がかった灰色の眼は、茶色のまつげに縁取られている。彼女はエメラルドグリーンよりやや濃い色合いの、緑のドレスを着ていた。ベルベット地で、シンプルなデザインのそのドレスは、彼女の髪や目の色、全体の雰囲気にしっくり調和している。白いレースの襟も清楚な感じだ。
セーラは美人とは言えないかもしれない。それほど際立った個性も、ないかもしれない。でもぽっと頬を染めると、そこはかとないかわいらしさが漂う。低い声ではにかむように控えめに話し、笑顔も恥ずかしそうな感じがする。ロビンとはまさにお似合いのはにかみカップルだが、彼女は僕らのファンらしいので、緊張しているのかもしれない。
ロビンはといえば普段のはにかみ癖も何のそので、率先して彼女をひっぱり、僕たちみんなに一人一人引き合わせ、紹介していた。セーラの方は、僕と握手した時には、赤くなりながら「あ、ジャスティン・ローリングスさん……ロビンさんからお話はよく聞いています。よろしくお願いします」と恥ずかしそうに言い、エアリィに会った時に至っては、「あ‥‥あの‥‥アーディス・レインさん? 本物ですか? わあ、なんだかとても……本当にきれいですね。あ、すみません! でも、一度お会いしたかったんです……嬉しいです」と、真っ赤になってうつむいてしまうありさまだ。
「それは光栄……なんだけど……まあ、ありがとう。よろしくね」と、エアリィはちょっと困ったような笑みを浮かべていたが。完全にこれは、外で遭遇したファンの台詞だな、と僕も苦笑しつつ、ふとロンドンで会ったニコレット・リースを思い起こした。あまり偶像化されるのも戸惑うが、彼女たちはたいてい、はたから見れば滑稽なほど真剣なのだ。
セーラ・トレントは、小さな子供たちに対している時が、一番魅力的だった。彼女は五才になるプリシラ・スタンフォードが通っている幼稚園の保育員らしいが、正確には保育助手で、まだ資格はない。現在夜間学校に通っていて、あと一年で正式な保育師さんになれるという。でも子供たちにかける愛情は、ベテラン保育士さんにも負けないかもしれない。そう思えるほどだった。教え子のプリシラはもちろんのこと、クリス、ジョーイ、ロザモンドのちびっこ三人組に対しても、「ああ、かわいい、すごくかわいい!」と嬉しそうに声を上げ、遊び相手になっていた。十一歳のエステルに対しても、愛らしい子供に対する愛しさと、もうある程度は成長している、その自主性を尊重するような態度が、見事に調和されているように思えた。きっとセーラは、心から子供が好きなのだろう。子供たちも自然と彼女の周りに集まり、なついているようだった。その子供たちに注がれる、優しそうな、嬉しそうなまなざしと笑顔。ロビンもそこに惚れ込んだらしい。彼はそれを“天使のまなざし”と形容していた。セーラが子供たちと遊んでいる間に、ロビンが彼女とのいきさつを詳しく話してくれたので、僕らも彼らの馴れ初めを知ることが出来た。
ロビンとセーラが出会ったのは、去年の九月下旬だそうだ。その土曜日、パメラは久しぶりに会う友人の家に、遊びに行く予定だったという。だが、ジョーイは一緒に連れて行けるが(この子はさほど人見知りしないし、ちょうど相手にも、同じくらいの男の子がいたらしい)、プリシラには知らない人で、なおかつ友人の夫もいる。そのため、娘にとってもその友人にとっても、家で留守番をしていた方が平和だろうと思っていたようだ。だが、ジョージもその日はあいにく、友人との予定が入っていて、都合が悪かった。それで、いつものベビーシッターを頼もうとしたところが、その日は無理だという。新しいシッターさんだと、慣れるのに時間がかかるため、ジョージは弟に頼んだ。『悪いが、プリスと留守番していてくれないか。夕方までには帰るから』と。プリシラは人見知りが強い子だが、さすがに身内だけあって、よく会うロビンに、やっと慣れたところだったようだ。
ロビンはジョージの家に出かけ、姪の面倒を見ることになった。だが、一対一で子供と遊ぶことは、彼には無理な要求だったようで、最初はアニメのDVDを見せたりしていたが、いつ泣かれるかとロビンは緊張で、気の休まる時がなかったという。
二時間くらいたった頃、プリシラはアニメに飽きたようだった。『何か他のことがしたい』と言う彼女に、ロビンは全身から冷や汗が噴き出したらしい。お人形ごっこ、お絵かき、おままごと、絵本――いやいや、どれも、どうやっていいかわからない。そこへ、インスピレーションが降りてきた。(そうだ、デパートへ行って、好きなおもちゃでも買ってあげれば、間が持てるかもしれない!)と。
彼は姪を車に乗せ、デパートへ出かけた。もちろん車の中ではほぼ無言で、外を見ていたプリシラはともかく、ロビンには相当に空気が重く感じられたらしい。ようやくデパートに着き、絵本売り場で、偶然セーラに出会ったのだという。プリシラには、セーラは大好きな先生なのだろう。『あっ、セーラ先生!』と駆け寄り、セーラはロビンに言わせれば“天使のまなざし”で、プリシラを見つめた。その笑顔と表情に、ロビンは一目惚れしてしまったらしい。
しばらく立ち話をした後、ロビンにしては一生に一度の勇気を振り絞り、彼女をお茶に誘った。プリシラが『先生も一緒にケーキを食べて』と援護射撃をしてくれたおかげかもしれないが、三人は喫茶店で一時間ほど過ごした。その後、姪とともに兄の家に帰ったロビンは、プリシラに幼稚園の話と“セーラ先生”のことをいろいろと聞き、連絡ノートを見せてもらった。その最後に、幸運なことに【何かご相談がありましたら、いつでもご連絡ください】という言葉とともに、セーラ・トレントという名前と、彼女の携帯電話番号が記されていたという。ロビンは必死にその番号を覚えこみ、こっそりと自分の携帯に打ち込んだところで、パメラとジョーイが帰ってきたそうだ。
しかし番号は得たものの、実際に電話をかけるまでに、四日を要した。何と言って良いかわからず、その勇気も出ず、というところだったらしいが、あまり間をおくと機会を失う、と一念発起してやっと電話をし、『あ、ぼ、僕はロビン・スタンフォードと言います。プリシラ・スタンフォードの叔父です。姪が、お世話になっています。こ、この間のお礼がしたくて、兄に電話番号を聞いたんです』と切り出したところ、彼女に『ああ、ロビンさんですね。あの時には、ケーキとお茶をご馳走になって、わたしの方がお礼しなければならないと思いますが』とやや怪訝そうに返され、『い、いや……僕、プリシラの子守を頼まれていたんですが、あなたと一緒に過ごせて、間が持てましたから』と言ったという。『いえ、わたしも楽しかったです。プリシラちゃんは可愛い子ですよ。最初はあまり心を開かなくて、おとなしく見られがちだけれど、愛情はいっぱい持った子です』セーラは優しい口調で、そう言ったらしい。
『ぼ、僕も……そう思います』
ロビンは即座に同意し、考えるまもなく、次の言葉が飛び出てきた。
『ら、来週の土曜日、僕と一緒に映画を見に行ってくれませんか!』と。
『映画ですか……?』
彼女は驚いたらしい。当然だ。だが、考えるような長い間沈黙のあと、問いかけてきた。
『どのような映画ですか?』
ロビンは『あなたが見たいものなら、何でも!』と勢い込んで答えたという。セーラは小さく笑い、そして答えた。『いいですよ』と。その返事に、ロビンは思わず飛び上がったらしい。小さな姪が二人のキューピット役を果たしたと言えるだろう。
それからオフが終わるまでに、ロビンは四回ほどセーラをデートに誘ったという。一回は映画、一回はお芝居、二回は食事に。五回目のデートの時(この時はクラシックのコンサートだったらしいが)別れ際、真っ赤になりながら、彼女に告白したらしい。
『ぼ、僕はあなたが好きです、セーラさん。来週から仕事が始まるから、しばらく会えないですが……僕とずっと、付き合ってくれませんか!』
『お仕事……そうですね。あなたはすごいバンドのメンバーなんですよね、ロビン・スタンフォードさん。あなたも、プリシラちゃんのお父さんも。わたしは普段意識しないんですが、バンド自体は、すごくファンなんですよ。あなたもご存知のように。不思議な気がします……』
そしてしばらく黙ったあと、彼女は答えた。
『でも、わたしも、一人の人間として、あなたという人が好きです。こんなわたしでも、よかったら……』
その瞬間、ロビンはとても形容しがたい声を上げてしまったという。うあーとも、おーとも、ギャーともつかないような奇声を上げた後、思わず彼女に抱きついてしまい、次の瞬間、真っ赤になって後ろに飛びずさったらしい。
あまりにロビンらしいエピソードに、僕は苦笑しつつも、あたたかい気持ちが湧いてくるのを押さえられなかった。毎年恒例のこのパーティにいつも一人で来て、僕らメンバー以外とはほとんど話もせず、わりと所在なさげにしていることの多かったロビンが、これほど楽しげに過ごしているのを見るのは、初めてだった。来年も、そしてこれからも、ずっとセーラがロビンとともにあってくれることを、僕は願った。みんなもきっと、そうだっただろう。
パーティの四日後、僕らは再びレコーディング作業に戻り、ケベックの高原にある、いつものプライベートスタジオに移動した。冬のこの季節は、ウィンタースポーツにもってこいの立地だ。大きな雪だるまを作り、雪合戦やスキーも楽しみ、湖でスケート、丘でそり遊びと、作業の合間の息抜きには事欠かなかった。みな子供に返ったようにはしゃぎ、身を切るような寒さも、すぐに身体の芯から上ってくる、ぽかぽかした暖かさに取って代わられる。そうして遊んだ後、スタジオへ帰る道を、何度もその美しさに嘆声を上げながら辿った。空気は澄み切り、ダイアモンドダストできらきらと光っている。ときおり風が雪を舞い上げる。そのさまは、まるで無数の真っ白い小さな鳥が飛び立つようだった。木立は真っ白に雪をかぶり、厳しくもしんとした静けさが景色を支配している。
雪と氷の世界――それは、もう一つの連想をももたらす。アイスキャッスル。北の果ての人工施設。それが四年後の五月に、ついにオープンすることになった。ヌナプト準州、プリンスチャールズ島、西経七六・五五度、北緯七六・五度という、未来の記録にあったとおりの場所で、同じ時期に。最果ての島に出現する、小さな町。その未来を考える時、いつも寒さではない震えを感じる。あの時から消えることのない炎が、青白い、ぞっとするように冷たい炎が、心の片隅を焦がし続けている。残された時は、あと六年たらず――その言葉は、まるで途切れることのない呪文のように、意識の底で響き続ける。時がたつにつれ、その数字を少しずつ減じながら。それはきっとバンドの他の四人も、そしてロブもそうだっただろう。
建物の中は暖かかった。スキージャケットとブーツを脱ぎ捨て、大きなストーブの熱気で乾かすために、広げて柵にかけ、気持ちを切り替える。手袋の上からとはいえ、長い間雪に触れたり外気にさらされてきたから、手はすっかり冷たくなっている。かじかんだ手を暖め、熱い飲み物をすすり、一息ついてからスタジオに移動し、レコーディングに取りかかる。そして僕たちの音楽が出来ていく。
レコーディング中に、僕は去年のトラブルについて、マネージメントから最終的な調査報告を聞いた。社長に依頼を受けた私立探偵氏――四年近く前にエアリィが行方不明になった時にも活躍した人だが、業界ではたいていどこも、探偵業者とコネクションを持っているらしい。彼らはトラブルシューターと呼ばれ、何か揉め事が起きそうな時、調査や処理に動くという。僕らが所属するマネージメントも例に漏れず、その探偵氏がロンドンまで調査に赴き、プレストンや向こうの関係者に会って、事件の概要をつかんだらしい。
ディーン・セント・プレストンは、三年前に出したアルバムのセールスが、全米で二万枚にも届かず、売り上げとしては、完全に失敗だったそうだ。ツアーは往年のファン相手なので、ある程度は入るが、新譜となると、最近のベテラン勢の例にもれず、初週に熱心なファンが買っていくだけで、それ以降の伸びはないことが多い。実際、プレストンがソロになってからは、すでに市場はCD不況に突入していたので、売り上げ的には厳しかったそうだが、さすがにここまで売れなかったことに、彼はショックを受けたそうだ。ツアーには懐かしさから、そしてお祭り的な雰囲気も求めて来るが、新譜を買うほどではない、ノスタルジア・アクトの一つにすっかりなってしまい、ライヴでもバンド時代の曲ばかり人気があるという。
ディーン・セント・プレストンはあのロンドンの家とその調度以外、ほとんど財産がないらしい。離婚の際にバンド時代の貯金をほとんど吐き出し(離婚の原因は彼の異常性癖とDVだったらしく、一方的に有責だったそうだ)、今の贅沢な暮らしを支えるためには、バンドの旧譜のリマスターやリミックスで稼げるお金だけでは足りない。そのために、ツアーに出ていたという。本人が僕に言ったとおり、そのギャラがなくなるまではのんびりと暮らし、お金が底をつきそうになると、またツアーに出る。そんな感じだったそうだ。しかし、彼の収入を支える生命線と言えるツアー動員も、直近二回はかなり落ちてきていたという。
このままでは、まずい。そう思ったレーベルとマネージメント、そして彼本人も、オリジナルメンバーでのバンドの再結成を画策したが、カール・シュミットさんはとても復帰できない現状のため、無理とわかった。そこでてこ入れとして、バックバンドに若手の人気ギタリストを起用し、さらに新作に僕をゲスト参加させることを、レーベル側に持ちかけられたという。僕が彼らのファンだったということは、向こうのレーベルの人も知っていたらしい。ツアースポンサーもそれを強く押し、プレストンは断りきれなかったようだ。
でも、もともとプレストンは僕らにあまり好感情を持っていなかったので(自分たちの旧譜が思ったより売れないのも、自分の新譜が売れないのも、僕らがマーケットを奪ったせいだと思っていたのと、羨望もあったらしい)、僕の手を借りなければならないということに、あまり愉快ではなかったそうだ。その後、ある業界人から電話を受け、協力を依頼された時、面白そうだと引き受けたのだという。いくらかの謝礼もあったらしい。だが、相手の男たちとそれまで面識があったのかとか、直接の依頼者は誰だという質問には、とうとう答えなかったようだ。
「とんでもない。あの人を敵に回したら、僕は終わりだ。後ろ盾のある、あいつらとは違うんだ」――彼は青ざめながら、激しく首を振っていたという。
その時初めて知ったのだが、僕らに『後ろ盾がある』とプレストンが言ったのは、カナダ政界の大物の一人であるミックの父親や、アメリカ巨大企業オーナー一族出身の、ミックの母親の存在、さらにジョージとロビンの背後には、カナダ経済界では五本の指に入る勢力を誇り、アメリカやイギリスにも取引があるスタンフォード財閥が控えていること、なのだそうだ。その強力な親のバックグラウンドのおかげで、三人は妨害されない。親たちの方は『妨害しないが支援もしない。好きにやれ』というスタンスではあるものの、子供に対するあからさまな妨害に対しては、面白く思わないかもしれない。そんな怖れが、その黒幕側にはあるようだ。もしかしたら、直接の利害関係があるのかもしれない。それゆえ、彼らが属するバンド自体にも表立って妨害は出来ない、という事情があったらしい。そして、今やバンドの市場規模が大きくなりすぎたゆえ、こちら側の利権者も多く、仮に後ろ盾がなくとも、メディアに手を回して干す、ということもできないという。それゆえ向こうは個人的に動かざるを得ず、しかも犯罪者としての火の粉が自分たちにかからないように、というにやり方でしか、妨害活動が出来ないのだそうだ。
ともかく、プレストンからはこれ以上情報を引き出せないので、さらに探偵氏は調査を続け、当日僕の部屋に呼ばれたという女性の一人と会うことが出来た。僕が誰かということはその女性たちはみな知っていたらしく、ちょっと変わった依頼の形だったので、一番若い子が友達にぽろっとしゃべってしまったようだ。最初に口外無用と念を押されたため、友達に決してネットに拡散しないよう頼んだので、それほど広がらなかったが、その狭い界隈では、ちょっとした噂になったらしい。
探偵氏は事件の全容から、上のようなことをすでに推測して、きっと当事者から話が漏れるだろうと、ロンドンの有名なグルーピーたちに、本を書いているので取材していると言って近づき、ある程度親しくなった後で、何気なく、話を振ってみたそうだ。グルーピーたちに近づいたのは、きっと相手の女性たちの中の何人かは、そうだろうという推測らしい。普通の子に声をかけるのはリスクがありすぎるし、そんな依頼はさすがに受けないだろうという読みだそうだ。
彼の読みは当たっていた。そのうちの一人が、『友達から面白い話を聞いたの。内緒よ』と、その話を教えてくれたらしい。『それは誰に聞いたの?』ときくと相手は警戒するだろうからと、彼はその子の友達関係を調べ、さらにその友達から話を聞く、ということを二、三回繰り返し、とうとう発信源にたどり着いたという。
探偵氏は本人に会って、話を聞くことができた。彼女は最初、『しゃべったのがばれたら脅されそう』と渋っていたが、いろいろと宥めたりおだてたりして(こういう技術は、彼は得意らしい。さもなければ、有能な探偵にはなれなかっただろうから)、数時間かけてようやく説得し、話を聞きだしたらしい。その子はやはりグルーピーで、『もう一人は同じグルーピー仲間よ。おばさんたちは、商売人らしいわ』と言っていたという。彼女たちはみなで、僕の泊まっていたホテルの部屋と同じ階の別の部屋に待機し、そこから僕の部屋にやってきたと。写真に撮られた現場は、僕が泊まっていた部屋だったのだ。ホテルを押さえたのはプレストン側だったので、部屋番号も知っていた。キーカードは僕に二枚とも渡され、一枚はジミーが持っていたが、連中は僕のキーカードで、部屋に入っていたのだろうと。プレストン邸に行く時に、僕はカードをズボンのポケットに入れていたが、僕が薬で朦朧としている間に探すことは、わけなかっただろう。実際に朝気づいた時には、僕のキーカードはズボンのポケットではなく、サイドテーブルの上に置いてあった。
探偵氏はジミーにも話を聞いたらしいが、彼はその朝帰ってきた時、廊下に空のブランデーグラスやアイスペール、ロック用グラスが出してあって、少し不思議に思った、と話していたそうだ。『ジャスティンさんも飲まれるけれど、それにしては、グラスの数が多いような気がして』と。きっとそれはあの四人が、女たちを待っている間に飲んだものなのだろう。
『三日くらい前に依頼されたんだけれど、その時には、場所はホテルになるかプレストン邸になるかわからない、と言われたわ。それで当日の夜七時ごろになって、ホテルの方に来てくれって連絡がきたの』――それでは、現場はジミーの動向次第で決める予定だったのだろう。彼がホテルにいたら、プレストン邸が現場になったわけか。どっちにしろ、彼の招きに乗って行った時点で、僕の運命は決まっていたのだ。
『部屋に行ったのは、一人ずつかい。それともみんなでまとめて?』と言う質問には、『一人ずつよ』と答えていたという。『最初におばさんたちが行って、行ったら報酬をもらって、そのまま帰っていったみたいで、部屋には戻ってこなかったわ。あたしは三番目。でも報酬は高かったけど、あの中でいたすのは、かなり抵抗があったわね。見物人が多すぎて。ニヤニヤしながら見ているから、AVとはまた別のうっとおしさがあったわ。写真も撮られたし。でも、グルーピーってロックスターに好きなようにされるのが普通なんだけれど、逆に好きに出来るっていうのは、めったにない経験だったわね。しかも、ジャスティン・ローリングス相手に。極秘にしなければならないのが、残念だったわ』と。
『君たちが待機していた部屋にいたのは、女の人だけだったのかい』という質問に、彼女は頷き、こう付け加えたらしい。『ああ、でもあたしが帰ろうとして、次の子と交代した時、待機部屋に女装した男の人が入っていくのは見たわ』
僕はプレストン邸から、たぶん氏の車で運び込まれたのだろうと、探偵氏は報告してきたという。ホテルのロビーにいた係員の証言では、当日夜七時前――だいたい六時四五分ごろ、エントランス前のロータリーで、二人の男が真ん中の男を両側から支えて、車から降りてきたのを見たという。係員が近づいていったところ、両側の男たちの一人が、『少し飲みすぎて具合が悪くなったようだ。心配ないさ』と言ったらしい。真ん中の男は深くうつむいていたので顔はわからないが、『茶色い髪の巻き毛で、長さは肩より少し長く、緑のジャケットと茶色っぽいズボンを着ていました』――それは、たぶん僕だ。その後降りてきた三人目の男が、その真ん中の男の頭の上からコートをすっぽりとかぶせ、ホテルの中に入っていったと。エレベータホールにもロビーにも、かなり人がいたが、その時車から降りてきた四人目の男――ディーン・セント・プレストンがロビーに現れ、人々の注意がそっちに行っている間に、男たちはエレベータに乗り込んだらしい。その後、プレストンも悠々とエレベータで上がっていったという。
プレストン邸で薬を打たれたのが夕方六時過ぎ、ホテルに戻ってきたのが七時前、そして彼女たちが僕の部屋に来はじめたのは、八時過ぎだという。僕が部屋で連中の話をぼんやりと聞いていたのは、その間なのだろう。
彼女の話では『だいたい時間は、一人三十分ちょっとって所かしら。あたしが行ったのは九時十五分くらいで、帰ったのが十時十分前くらい。あたしの後に行った子は、連戦だって、言ってたけど。その後、プレストンと寝たらしいから。あの人は結構えげつないって噂を聞くから気が進まない、ってぼやいていたけれどね』――その勘定だと、最後のオカマが帰ったのが十一時過ぎ、と言う感じだろうか。
探偵氏が会ったその女の子は依頼者の人相風体を覚えていたので、その記述を元に詳しい似顔絵を描いてもらった。ホテルの従業員にも話を聞いて、裏付けられた。従業員も『飲み過ぎというには早い時間だったので、よく覚えていた』と言う。そいつは僕も見たダークブロンドの口ひげ男で、業界に詳しい探偵氏は、幸運にもその男を知っていた。
彼はその男に交渉を仕掛け、自分の出自は公にしないという条件付きで、三万ポンド支払って、写真のデータを消してもらったという。あの写真はデジタルカメラで撮られたものらしく、それ以前にどこかにコピーされてしまえばそれまでだが、相手は決して公開しないと約束し、当事者の女性たちにも何もしないと約束させ、報酬の三万ポンドの中には、その確約料も入っているという。その取り決めに相手のサインをもらい、書類はマネージメント会社の社長氏に送られた。それで、僕のスキャンダルの事後処理は、すべて片づいたわけだ。少なくともマネージメントサイドとしては。
僕の件が軽くすんだ理由のもう一端は、エアリィの私小説騒動だろう。僕が自分の件の報告を受ける三日くらい前に、それは始まった。レコーディングに付き添っていたロブがマネージメントに呼び返されてトロントに戻り、その翌日その本を持ってスタジオに帰ってきた。
「エアリィ、今ちまたでこんな本が売れているんだ。去年の十一月に出た、『Like a Wind』という小説なんだが、まだ読んでないなら、ちょっと読んでみてくれ」
「なに? 読んでないけど。この人って、ドキュメント系の人じゃなかった?」
「そうなんだろう。まあ、いいから、読んでみてくれ」
彼は本を受け取り、ページを繰ったが、冒頭でいきなり「ええっ!」と声を上げている。
「なに、これ! これって、まさか……」
「そうだ。たぶんそうなんだ。この作者は一昨年の暮れに、おまえのバイオを書かせてくれと言ってきたんだ。でも、我々は断った。おまえ個人としても、エアレースとしても、バイオ本を出すつもりはないと。だから、こういう形になったんだと思う。でも僕らには、どこまでそれが事実と符合しているのかが、わからない。おまえでないと。だから、読んでみてくれと言ったんだ」
ロブは真剣な口調だった。その表情も。
エアリィは再び本に目を落とした。ぱらぱらとページをめくっていくが、彼の場合はそれでも内容はしっかり読んでいる。学校で僕やロビンのテキストを読んでいた時もそうだった。活字量にもよるが、見開きで一、二秒。そのくらいで読めてしまうようだ。ページをめくりながら、その表情が明らかに変わっていった。頬には血の色が上り、目に怒りと当惑が現れている。途中まで来て、彼は本を閉じた。
「もうこれ以上読みたくない! 生々しすぎて、いやだ」
「そう言いたいのはわかる。でも、つらいだろうが最後まで読んでくれ。どこまで事実に基づいているのか、おまえでないとわからないんだ」
「……ん」
エアリィは気を取り直したように本を再び開き、最後までページをめくった。そしてため息をついてぽんと本を床に置き、ちょっと苛立ったような口調で言った。
「これ、アラン継兄さんの扱い、ひどすぎる。彼がこんなふうだったのは、最初の二年間だけだ。僕らのターニングポイントだったあの事件が、なんか僕が勝手に振り切って逃げたことになってる。それに、なんでエステルがいないことになってんだろ。双子じゃなくて、メイベルだけで。なんかもう、小説だから仕方ないけど、主人公を不幸にしようと、がんばりすぎじゃない?」
彼はもう一度本を取り上げ、ふっとため息をついてロブに返すと、首を振った。
「そう……小説なんだよね。僕の話じゃない。似過ぎてるけど、微妙に違う。この子は誕生日がイースターだし、妹が一人だけいて、継兄さんは意地悪なままで、継父さんは仕事人間であまり家庭を顧みなくて、主人公は肉親を十三ですべてなくして、独立するんだ。僕の話じゃない。『僕はこんなこと思わなかった』ってのが、いっぱいあるし、このエンディングみたいな恥ずかしい台詞、僕は仮にその状況でも言わないよ」
「でも、事実は事実なのか? それ以外は、だいたいこの通りなのか?」
「うん。それもディテールが合いすぎてて、やばいよ。まるで相手に直接話を聞いたみたいに。悪い意味で、鳥肌立った」
エアリィは少し青ざめ、ぶるっと身震いしていた。
「いったい、なんなんだ?」
僕はようやく、そこで口を挟んだ。
「おまえたちも読んでみればわかるよ」
ロブがその本を差し出す。
「えっ! みんなが読むの? なんかやだなあ」
「まあ……気持ちはわかるがな。おまえが嫌ならやめておくが、でもみんなにも状況を知ってもらった方がいいと思うんだ。なぜ今、騒ぎになっているか。だから……そうだな。このラウンジの本棚に置いておく。読む読まないは四人に任せて……それでいいか?」
「うん……まあ。でも、なんで騒ぎになってるの?」
「おまえも内容を読んだからにはわかるだろう、エアリィ?」
「うん。でもこれって小説だし、僕がモデルだってことなんて、どこにも書いてないし、名前もみんな違うんだし……」
「最初はそうだった。だが主人公の境遇が、公開されている範囲のおまえのものと似過ぎている、妹が一人足りないだけだ、ということに、読んだファンたちが気付きだしてな。まさかこの話はおまえの実話なのか、こんな目に合ってきたのかって、騒ぎ出したんだ。今の時代、こういう情報の伝搬力は早い。それであっという間に本はベストセラーになり、騒ぎは過熱し、マネージメントにも問い合わせやら取材申し込みの電話が、ひっきりなしにかかってくるようになったんだ」
「マジで……? なんで?」
「内容がいろいろショッキングすぎるからだろうな」
ロブは苦虫を噛み潰したような顔になり、頭を振っていた。
「そんなにショッキングなことなのかなぁ……」
「でもおまえも、例えばこの本の内容をインタビュアーたちに詳しく掘り返されたら、平静でいられるか?」
「ああ、それはやだ!」
「そうだろう。それで……マネージメントとしても、そろそろ公式見解を出さなければならなくなった。否定するか、認めるか。認めた場合、この作家を告訴するかどうか。それをおまえの意思を聞いて決めると、社長が言っていたんだ」
「告訴?」
「そうだ。本人に無断で明らかな私小説を出版するのは、明らかな人権侵害、名誉棄損だ」
「でも、盗作ってわけじゃないし、名誉棄損っていっても、そんなに嘘書いてるわけじゃないし、モデルが僕だって公言してるわけでもないから、裁判って難しくない? それに、もうこれって、出ちゃってるんでしょ? それも売れてるって、ロブさっき言ってたし。情報は出ちゃってるわけだから、今からなんかしても手遅れって気がするし、訴えるとかめんどくさいから、それはいいや」
「そうか。それならどうする? 否定コメントを出して、一切かかわりない、偶然だと言った方が無難な気はするが……」
「でも、それは嘘だよね。明らかな嘘はつきたくないな」
エアリィは首を振り、しばらく頭に手をやって何かを考えているようだったが、やがて意を決したように頭を上げた。
「わかった。公式の個人ページで、コメント書いとく。取材は……今はレコーディング中だし、リリース後も、その問題は触れてほしくない。それだけ言っといてくれたらいいよ」
「そうか……わかった」ロブは重々しく頷いていた。
二人のやり取りを聞いていて、僕もなんとなく理解した。エアリィの波乱の半生が、バイオグラフィーと言う形でなく、非常に酷似した小説と言う形で、おそらくマネージメントや本人に無断で出版され、ファンがその相似性に気づいて、騒ぎ出しているということなのだろうと。
「でもこの人、絶対いろんな人に話聞いてるなぁ。想像じゃない。だって、最初に言ったけど、ディテールが合いすぎてるから」
エアリィは頭を振って、そう言葉を継いでいた。そして思い出したように、「あっ」と小さく声を上げ、手をぽんと打ち合わせた。
「あのメール! そうか。あれがこの作者さんだったのかな」
「メール?」ロブが怪訝そうに、問い返していた。
「そう。公式サイトに、連絡用アドレスあるよね。あれに来たらしくて、担当さんが、『やけに内容が具体的だから、ちょっと気になったの』って、僕に転送してきたんだ。それには野バラさんやダンや、それにあのニューヨークのあいつの近況が書いてあって」
「野バラさんというのは、おまえがお母さんの愛人だった奴の元を逃げ出して、雪の中で凍え死にそうになった時、保護してくれた娼婦か?」
「そう。いや、その名称は好きじゃないけど。僕はあの時、野ばらさんっていう通称しか知らなかったけど、本名はローザさんっていうんだ。だからそういう源氏名っていうの? になったんだって。五年前に元お客さんの一人と結婚して、その旦那さんと小さなレストランを始めたんだけれど、借金抱えてその店を取り上げられそうだって、メールにそんなことが書いてあった。びっくりしたけど、とりあえずネイトに頼んで、確かめてもらったんだ。セキュリティの。彼は僕らがツアーしてない時には、普段NYにいるから。彼はニューヨークの表や裏の連中に、少し伝手があるらしくて。それで彼がどうやら本当のことらしいって言ってきたから、去年の十月に会いに行って。十三年ぶりの再会だね。彼女、僕がさらわれてから、ずっとすごく気にしてくれてたらしくて。早く警察に保護しているって言えばよかった。でもつい少し置いてもいいかな、と思っているうちに事件が起きたから、ものすごく後悔したって言ってた。だから、すごく喜んでくれた。でも僕があの時の子だって言うのは、二年半前にわかった、って言ってたよ。ラジオで『Wild Rose』を聴いて……それで、旦那さんに調べてもらったらしい。でも彼女は、僕にお店の借金払ってくれって頼むのはいやだって言うんだ。それで、いろいろ話し合って、とりあえず余裕が出来たら少しずつ返すってことで、納得してもらった。なんとか繁盛するようになればいいんだけどね。料理もおいしかったし」
「ああ。おまえが去年十月の終わりに一週間ほどニューヨークへ行ったのは、そのためか。ジャクソンも『プライベートな用事だった』としか言わなかったが。オフ中だし、こっちもその場合は、事細かに報告しなくとも良いと言っていたからな。それにしても、おまえが公式ページの更新で彼女の店のことを書いたら、一発で流行りそうじゃないか」
「えー、なんかそれも彼女に迷惑な気がする。でも、良い案ないかな? まあ、ともかく、彼女とダンに会えたのは、ありがたかったけど。ダンはあれから住み込みで働くようになって、ずっとその自動車工場にいたんだって。『おまえ、やっぱそうか! あの時は、さらわれちまったのかと思ったぞ。無事おふくろさんに会えて、良かったな。それにしても、えらい出世したな!』って言われた。ほんと、ダンらしくて、懐かしかったけど、そのメール、誰がくれたのかは、結局わかんなかったんだ。返信しようとしたら、アドレスが無効になってたし」
「送り主はその小説家か、さもなければ彼の関係者か。ありえるかもな。そうだ。とにかく、社長は問題のその小説家に連絡をしたんだ。向こうも問い合わせが山のように来ているらしく、ブログも一時閉鎖されていたが、なんとか一昨日返信が来た。一度話を聞いてくれと。それで我々は昨日、おまえの意向を確かめたうえで会うと返答した。だから、近いうちに会うつもりだが、おまえは何か言うことはないか、エアリィ」
「作家さんに? バックアタックはやめて。動機とか本当のことをちゃんと話して、っていうことくらいかな。あ、あとアラン継兄さんの名誉を回復して、って」
「わかった……」ロブは再び重々しく頷いていた。
その後、この本はレコーディング中、ラウンジの本棚に置かれていた。時々数日なくなり、また返ってくる。レコーディングの空き時間に、部屋で読んでいるのだろう。最初にジョージが持っていったようで、「感動したが……これはマジでやばいぜ」と言っていた。次にミックが持っていき、「本当に、なんて言ったらいいか……小説としては、よくできているけれどね」と、首を振り、さらにロビンが「僕、すごく泣いちゃったよ」と、本当に赤い目をしていた。
僕も本を手に取り、部屋に持っていって読んだ。何が書かれているのか、どこまで関連性を想起されるのか、それを知る必要がある、そう思ったためだ。
本の冒頭部分を読んで、僕は思わず小さな声を上げた。流星雨の描写から始まり、ついでアグレイアさん――その小説ではアグネスさんだが、その人の謎の失踪と、一年後の夜明けに、記憶喪失状態で赤ん坊を抱いて戻ってきた経緯が書いてある。六月がイースターに変わっているため、花摘みに出かけたとか木の下で寝てしまったという話ではなくなっているが、不可思議な失踪自体は四年近く前シスターに聞いた話そのままだ。なるほど、エアリィがいきなりこの描写に出くわして、「えっ!」と驚いたわけだ。僕だって知らずに読んだら仰天するだろう。
それは、かつて彼自身が僕に話してくれた歴史そのもの。さらにその時には話さなかった、詳しい状況や事情まで書かれていた。神秘的な出生から、ミュージカルレッスン場で過ごした赤ん坊時代、最初の継父カーディナル・リードさんとのこと、その後リードさんとの忘れ形見を早産でなくし、その悲しみと相手の親族との確執で荒れた母親、その結果のネグレクトとその顛末。このあたりはおおむね、エアリィが僕に話してくれたことや、マインズデールのシスターから聞いた内容とほぼ同じだ。留守番期とネグレクト期は情報提供者があまりいなかったらしく、それほど詳細には至っていない。母親に二週間放置されて死にかけた、というのは入っているが。それから母の事故と家出。母の愛人だった男から受けた虐待。作者はこの男に話を聞いたようで、その内容は恐ろしく具体的で、そして衝撃的だった。エアリィ自身はほとんど何も具体的には言わなかったが、それでさえ僕を震え上がらせた。だが詳しい事実は、それ以上だった。でも、改めて書こうとは思わない。彼自身も言いたくなかったことなのだ。バーンズ夫人ではないが、本当に悪魔の所業だ。
ある日、夕食が終わった後、ジョージがエアリィに言っていた。
「こんなことを言うべきじゃないのかもしれないが……本を読んだんだ。ジャスティンから話は前に聞いてたが……おまえ、良く生きのびたな。いや、気を悪くしたらすまん。変な意味じゃないし、感心してるんだ。下手したら六歳で、おまえ三回くらい死んでても、不思議じゃないだろう」と。
「僕は猫じゃないから、そんなにたくさんの命は持ってないよ」と、エアリィは何でもないように肩をすくめて、そう返していた。そしてちょっと首を振り、言葉を継いだ。
「まあ、でも確かにね。そのくらい命の危機はあったかな。あの三か月の間にも、よく一面の花の中に包まれて寝てる夢を見たし」
「やばくないか、それ。お花畑って」と、ジョージは声を上げ、
「本当に、死に近づいていたのかもしれないね」と、ミックも重々しく言っていた。
「そのお花畑とは、ちょっと違うと思うけど」
エアリィはちょっと笑い、そして続けた。
「でもさ、一度地獄を見ちゃうと、あとがものすごく天国に見えるんだよね。あいつのところから逃げ出して、パン買って一口食べた時、わあ、ふかふかのパンだって、妙に感激したっけ。路上生活も、そんなにつらくは思わなかったし。仲間もいて、結構楽しく感じてた。今はホント、あの頃からは考えられないくらい恵まれた生活を送れてるけど、その日常を当たり前に感じるんじゃなくて――すごくありがたく思えるんだ。毎日、ああ、今日も幸せで良かったなって。幸せも、いつまでも続くものじゃないから、その毎日を大事にして、感謝したいって思う」
「そうだな……恵まれている日常を大事にしたいな」
僕は思わず頷いた。僕は最底辺を見たことはない。恵まれた暮らしをずっとしてきたが、でもこの平和な日常も、いずれ途切れる。僕らはリミット付きの世界に生きているのだから、と。みなも同じように思ったようで、深く頷いていた。
本の方には、まだ続きがあった。ストリートチャイルドになった経験、雪の中で凍死寸前のところを、コールガールさんに助けてもらったこと、そして幼児売買組織につかまって、そこから脱出したこと。救出者ステュアート博士と母親との再婚。その間に、トラウマを癒すべく、農場体験に行ったこと。そこで本来の自分を取り戻したこと。
このバーンズ夫妻とシルーヴァ少年と共に過ごした四ヶ月の記録は、とても温かい。彼らは常に笑顔で接し、話しかける時にはかがんで、同じ目線で明るく言葉をかけ続けた。夜中にうなされて起きた彼を、『もう終わったの』とバーンズ夫人は涙を流しながら抱きしめた。バーンズ氏とシルーヴァもドアのところで、一緒に泣いていたという。この傷ついた子供が癒されていく過程は、とても感動的なパートとなっている。縁側で食べたとうもろこしケーキ、干草だらけになりながらの農場の手伝い、日曜日の夕方歌った歌。このあたりの情報提供者は、絶対シルーヴァ・バーディットだろう。彼のほかに、当事者はいないのだから。そしてこの場面を読むと、あの妨害者たちが言っていたこと、『シルーヴァはアーディスのことを、両親と共に農場で幸せに暮らしていた時代の象徴と思って、大切に感じている』――それが改めて納得できた。暖かく、幸福に満ち、輝いていた時代。それはその後一年もしないうちに養親を惨殺され、残忍な遠縁の男と暮らさざるを得なかった暗黒時代に、そしてそれからも、唯一シルーヴァの心の中にともり続けていた光だったのだろう。
その後、母親は博士と再婚し、ロードアイランド州プロヴィデンスに移り住む。彼は継兄の意地悪にもめげず学校に通い、たくさんの友達が出来、妹が生まれ――そしてあの忌まわしい事件が起こる。これは──六歳時の虐待も相当なもので、一部抵触するが、これはそれ以外ないだけに、より過激だ。まともに読むのもきつい。本当に寒気がする。ただ、その小説内で書かれているほどの深刻なトラウマにはなっていないようなのが幸いだが。
その後やっと立ち直って幸福に暮らし始めたと思ったら、母と妹が事故死する。その波乱万丈の半生が、すべて小説として書かれていた。もちろんバイオグラフィーとは違うので、本名ではない。主人公の名前はアート、お母さんはアグネス、妹はメイ。最初の継父はカールさんで、現在の継父はジェラルドさんになっている。しかし、みんな本名と似た名前なのがわざとらしいし、職業はそのままだ。アグネスさんはもとミュージュカルダンサーで、不幸な事故で再起不能になった。カールさんはレーサーで翌年のF1入りと、インディのシリーズチャンピオンを決めた後、最終レースで壮絶なクラッシュ死。ジェラルドさんは、機械工学分野では名の知れた科学者で、大学教授。なるほど。ここまで同じだと、察しの良いファンなら、すぐにモデルの見当がついてしまうだろう。だいたい主人公の名前はArthisの最初の三文字を取ったことは見え見えだし、そもそも『風のように』などというタイトルからしてモデルを暗示している。
本の扉には事実に基づいて構築したフィクションだと書いてあった。たしかに事実と違う点もある。妹エステルの存在が消されていて、主人公は母と妹が死んだ時点で天涯孤独になり、継父や継兄(ちなみにアランさんをモデルにしているであろう、このアンディというキャラクターは、まるでシンデレラの継姉みたいな書かれ方になっている)からも独立して新たな天地を目指すという、エンディングになっていた。
主人公は荷物を手に持ち、駅へ向かって歩きながら、最後に家を振り返って呟く。
『僕は負けない。これから先に何が待っていても。僕は風になってやる。過去にも、恐怖にも、悲しみにも、なにものにも縛られない風に』
なるほど。エアリィが『この状況だったとしても、僕はこんな恥ずかしい台詞、言わない!』と言うわけだ。はなはだ不謹慎だが、僕も思わず吹き出しそうになった。
しかし、マネージメントが困惑したわけもわかる。彼が子供のころ虐待の被害にあったことは、ほんの軽くではあるが、以前から知られていた。『Children for the Light』――僕らを今の地位に押し上げた大ブレイク作の何曲かが、その時代に題材をとっていたから、エアリィとしてもインタビューなどで本当に軽く軽くだが、匂わせるような言及をしなければならない状況が、時々あったゆえだ。しかし、その具体的内容があまりにも凄まじく、さらにいくら幼少期であるとはいえ、性的虐待の被害者であったことをも――しかも、こんなにあからさまに具体的に知られることは、今の彼のステータスだと相当な、ダメージにはならないにせよ、衝撃になるだろう。それゆえにファンたちが騒いだのだろうし、取材申し込みや問い合わせがマネージメントに殺到する事態になったに違いない。
だから僕の件も、たった三万ポンドで、あっさりけりが付いたのだろうか。エアリィの騒動がここまで大きくなった以上、今さら僕のスキャンダルをさらす価値はないと、妨害者側も思ったのかもしれない。だからその程度の金で、あっさりと写真を放棄したのだろう。いや――僕は、ふと思った。もともとこの騒動がなくとも、僕の写真はステラに見せることが大目的だったのだろうから――もしあのダイレクトメールをステラが見なかったら、公開されていたかもしれないが、その目的は果たされたのだから、妨害者の一人の正体がマネージメント側にわかってしまった時点で、もういいと思ったのかもしれない。僕の評判を落としてみたところで、バンドの人気にはあまり影響しないだろうし。
でも自分のことは、もうどうでもよかった。仮にあの写真のデータがまだどこかに残っていて、それがどこかのネットサイトか三文雑誌に売られ、公開されて醜態をさらしたところで、一番見て欲しくなかった妻が見てしまった以上、誰が見ようが、もうどうでもいい。僕自身はずっと、そんな気分だった。あの一件が僕の家庭に与えたダメージの大きさに比べれば、これ以上何が起こったって、かまいはしないと。
エアリィの小説騒動は、ロブが話を持ってきた三日後、公式ページにエアリィ自身がコメントを書いた。その中で、あの小説はほぼそのまま彼の半生だと認めた。ただし、小説との相違点――継兄とは両親の結婚二年目で和解できて、今は本当の兄弟のような関係であること、継父は仕事人間ではあるが、とてもいい人であること。さらに今も生きているもう一人の妹がとても大切な存在であることが、付け加えられていた。そして【過去は僕にとっては文字通り過ぎ去ったことでしかないし、それがたぶん今の僕を作ったというのは間違いないけれど、あえて触れられたいことじゃないから、みんなもあまり意識しないでくれると、ありがたいな】と、締めくくっていた。それから数日間、公式ページは異様に重くなり、返信も山のように来たが(もちろん直接返信できる構造にはなっていないので、メールだったり手紙だったり、掲示板の書き込みだったりするのだが)、ほぼ全部が肯定的なものだった。結果的に、この騒ぎはスキャンダルやイメージダウンにはならず、逆にファンたちに感動を与えたようだった。その本自体も、たしかに一部過激な描写はあるものの、非常に肯定的に書かれていることも大きな要因だったのだろう。繰り返し襲う逆境に決して負けず、打ちのめされず、状況を切り開いていこうとする気概。理不尽な相手に、心理的に服従するのを拒んだ勇気。それには『外側は傷つけられても、心に闇を入り込ませない』という、強い思いが透けて見える。そして、強い“愛の心”も。
虐待男の元から脱出して、ストリートに出た時、アーディスは『何もなしじゃ困るから』と、家からお金やコートを持ち出してきたが、コートはすぐに他のストリートチャイルドにあげてしまい、お金も二十セントコイン一枚を残して、すべて他の家なき子たちにあげてしまった。最後のコインでパンを買って食べたが、それも半分あげている。仲間たちとはぐれた時に凍え死にしかけたわけは、その時着ていたセーターもあげてしまったから。実際その時彼から助けられた子供たちに、その作家さんは話を聞いたという。
さらに幼児売買組織につかまった時、彼はただ『首輪が外れたから、窓から脱出した』と言っていたが、実はそこは八階だった。『外へ行って、みんなのことも知らせて助けてもらうから、待っててね』彼はブラインドを引き上げ、窓の外を見て、その高さに一瞬ためらったようだった。でも、すぐに言ったらしい。『今、下に携帯を持った人が通ってる。じゃね……助かるといいね。祈ってて』そして窓から飛び出したが、幸運にも一階の張り出し屋根にバウンドして下に落ちたので、命が助かった。そして携帯電話を持って下を歩いていた人――偶然道に迷って通りかかったステュアート博士に『みんなを助けて……八階に捕まってる』と言って、気を失ったらしい。(どうやって八階だとわかったんだ、と後で本人に聞いたら、落ちながら窓の数を数えた、と答えていた。六歳のころから、相変わらずのぶっ飛びぶりだ)
いきなり目の前に異様な格好をした子供が落ちてきたのを見た博士は(エアリィがかつて言っていたように、下着一枚に毛布をかぶせられた状態だったから)さぞかし仰天しただろうが、すぐ警察に通報してくれたので、部屋に拉致されていた子供たちは、全員救助されたという。親がいる子はその元に返され、そうでない子は施設に保護されたらしい。この作家はその時の子にも話を聞いたらしく、何人かの後日談が、のちに再開された彼のブログに載っていた。
アーディスの怪我自体は打撲と左肩甲骨の亀裂骨折だけで(虐待男に受けたダメージより、はるかに軽い)、すでに骨折していた右腕の治療も含め、一ヵ月半ほどの入院で完治した。むしろ病院で、抗生物質点滴でショックを起こした時の方が危なかったらしい。幸い早く気づかれたおかげで、事なきを得たが。その時病院でアレルギーテストを受け、五十種類ほどの薬が引っかかって、アレルギーカードの携帯を命じられたそうだ。
プロヴィデンスでのあの事件も、一番強い印象を刻んだのは、周りの友人たちの“愛”だった。ことの次第を泣きながら仲間たちに打ち明け、『僕のせいでジョンが死んじゃった。だから、もうみんな友達とは思ってくれないよね。ごめんなさい』そう言ったアーディスに、『おまえのせいじゃない、絶対。どっちかって言ったら、あいつの正体に気づけなかったおれたちの責任だ。だから、許してくれ』と、遊び仲間たちの一人、エリック・ライトは彼を抱きしめ、『何かあったら、おまえのことはおれたちが守る、絶対! だから戻ってこい、アーディ!』その集団のリーダー的存在だったトニー・ハーディングは、きっぱり言い切ったという。そのシーンは非常に感動的で、過激なシーンを吹っ飛ばすほどのインパクトがあった。もちろん、彼らは小説の上では別の似た名前だが。
『悪い、アーディ。おまえのバイオ本を書くから、詳しいエピソードを聞かせてくれって言われて、三日くらい一緒に酒を飲んでるうちに、ついいろいろしゃべっちゃったよ。おまえも承知してるって、奴は言ってたんだが……ごめん』と、後に彼らはエアリィに言ってきたそうだが、『いいよ、全然。気にしなくて』と、彼は笑って返していたようだ。彼らにまったく悪気はなかったのだと、彼にもわかっていたのだろう。
彼らは毎年、その時の犠牲者で遊び仲間の一人だったジョン・グルーウェンバーグの命日に、今も全員揃って行くという。五月二十日。エアリィはロードがぶつかると参加できないが(最初の年と、直近の二ワールドツアー時は、欠席だった)、ツアーが一段落するとすぐに駆けつけ、その時にはまた仲間たちが集まってくるという。『ローディー・ギャング』たちは、プロヴィデンスの凱旋公演のほか、ニューイングランド地方の公演のバックステージでも必ず会うので、僕らにもある程度おなじみだ。僕らは挨拶程度しかしないが、楽しそうな、賑やかな談笑の声は、いつも聞こえてくる。
それは、たしかに波乱の半生だ。でもそれは、エアリィが以前僕に言っていた『闇に襲われても、流されない。抗わなくちゃいけない。ずっとそう思ってた』というその信念と他者への愛に裏打ちされた、決して自暴自棄になることも打ちひしがれることもない、強靭だがしなやかな心をも、鮮やかに描き出している。『僕は無駄にポジティヴだって言われるけど、それは元々そうなんだ。無理してるわけじゃない。そのおかげで潰されなかったんだと思う』インドの高原で、彼がそう言っていたように。それは闇とは反対の、光の精神なんだな――本を読んで、僕は改めてそう思えた。昔、彼から話を聞いた時、僕はその心の強さに感嘆した。それは、光の強さだ。闇が攻撃してくるのは、彼が光の心の持ち主だから。しかし闇の激しい攻撃も、その光を消すことは出来ない。そう思えた。
ここで話をしてから一週間後にその作家に会ったロブの話では、その作家は妨害者の一味などではなく、それまでに伝えられていた情報から、『この子のバイオを書いたら面白そうだな』と、純粋に作家的な興味から思ったのだ、とロブに語ったという。
「バイオグラフィーは断られたが、取材をしてみて、没にするには惜しい話だと思えた。詳細には立ち入りすぎたと思うが――ことに性的な問題は微妙なのだし、彼の立場上どうかなという躊躇はあったが、それも重要なエッセンスなのだからと、あえて書いた。でも、決してネガティヴに書いたつもりはない。むしろ彼の物語は、同じような境遇にある子供たちへの励みになると思う。そう思って出した。本人に無断で出してしまったことは申し訳なかったと思う。その点は謝罪する。申し入れたら、絶対に断られると思ったから、そのまま出してしまったが、彼が謝罪を受け入れてくれるなら、直接会ってお詫びをしたい」
その作家はブログを再開した後、そのコメントをそのまま載せ、ついで小説のモデルがエアレースのアーディス・レインであること。継兄と妹のことに一部脚色はあるが、ほぼ彼の半生であると認めた。それから、その時の取材結果をブログに載せ始めた。そこで『紅ばら』さんのモデルとなった人の後日談として、彼女が結婚してニューヨークで食堂を開いていることも、ストリートチャイルドのボスだった『デイヴ』の勤める自動車工場も紹介したので、ファンたちにも広く認知され、結果的に彼女のお店は繁盛するようになり、ついでに工場も有名になったという。さらにその小説家のリサーチにより、ダンはかつて(親切な人に保護されて欲しい)と願いを込めてスーパーに置いてきた、四人の小さな弟妹たちとも再会できたらしい。彼らは保護された後、二人ずつ別々の孤児院に預けられ、そのうちの二人は親切な人の養子となって、みな無事に成長していたという。行方不明になった妹だけは、とうとう見つからなかったようだが。
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