Part 2 of the Sacred Mother's Ring - the 11 Years’ Sprint

二年目(1)





 慌ただしいだけの年が終わろうとしている。クリスマスでさえ、退屈に思われた。もう呼ぶべき誰かはいないという、空虚さのせいだろうか。
 去年の暮れからスタートしたロードも、単調な苦行にしか感じられない。バスに揺られて町から町へと移動し、ホテルの部屋で一人朝食をとり(このころにはもう、高級ではないが、普通のホテルの一人部屋に泊まれるようになっていた)、会場へ移動して、ヘッドライナーに遠慮しながらセッティングやサウンドチェックをし、ステージをこなす。しかも新アルバムのツアーなので、そこからの曲を七、八割は入れるようにというレーベルの要望で、あの不本意な曲たちを演奏しなければならない。楽屋で時々インタビュアーたちの質問に答え(みなが皆、こちらに好意的なわけではなく、僕は基本的に人見知りなので、かなりのストレスだ)、カメラの前で恥ずかしげもなく、ポーズを取る。僕はこんな生活にあこがれていたわけじゃない。これが夢見ていたミュージシャンの現実なら、両親の期待を裏切り、ステラとの愛を犠牲にする価値なんて、何もありはしない。
 音楽が喜びにならない。それなら僕をここまで導いてきたものは、安寧で平和な道からあえてはずれさせた情熱とは、いったいなんだったのだろう。僕は混乱し、落ちこんだ。ロードがクリスマス休暇でいったん中断し、実家へ帰ってからも、なかなか気力はもどらない。家族のお喋りを聞いているのもわずらわしく感じ、自室にこもることが多くなった。

 新年が明けて二日目のその夜も、僕は夕食がすむと、すぐ自室に引き揚げた。ベッドに寝転んでお気に入りのCDをかけ、その音楽に耳を傾ける。ああ、やっぱり彼らの世界に入っていくべきではなかったのだろうか。リスナーのまま、単なる趣味として音楽を続けていった方が、純粋な楽しみを失わずにすんだのではなかっただろうか。一時の情熱で突っ走った僕は、やはり母や兄が言ったように、甘かったのだろうか――。
 ベッドの上に起きあがった。いまさら迷うなんて、どうかしている。なんだか頭が少しぼうっとしているようだ。コーヒーでも飲もう。
 部屋を出て、台所へ降りていった。夜のこの時間帯には、欲しい時にいつでも飲めるようにと、ホプキンスさんがキッチンカウンターの上に、熱いコーヒーをサーバーにかけて置いてくれている。でも、あまり家族と顔を合わせたくはなかった。ホール正面の螺旋階段からでなく、ホプキンスさんがいつも使っている、台所の脇に通じる狭い階段を使って下り、様子をうかがった。母と兄、妹、ホプキンスさんがリビングにいるようだ。でもキッチンは暗く、スクリーンで仕切られてもいるので、気づかれてはいないようだった。
 そっとカウンターに進み、カップに手を伸ばしかけた時、母の言葉が聞こえてきた。
「いったいどうしてしまったのかしらね、ジャスティンは。あの子があんなに元気がないなんて、初めてだわ」
 僕は伸ばしかけた手を止め、その場に屈んだまま、思わず耳を傾けた。
「あたし、少しは原因を知っているわよ」
 ジョイスの声が言っている。
「ステラさんと別れてしまったのでしょう? それは知っているわ」
 母が小さなため息の音とともに言うのが聞こえた。
「まあ、あちらのご両親には反対されていたし、ステラさんもお嬢さんだから、今の状態ではあまり続かないかもと、心配はしていたのよ」
「ヴォン・パーレンバークのお嬢さんも、お上品でかわいらしいお方のようですが、苦労知らずなせいか、少々わがままなようにもお見受けしますね」
 そう言っている声は、ホプキンスさんだ。
「あたしはあの人、嫌いよ。だからお兄ちゃんと別れてくれて、良かったと思っているわ」
 ジョイスの声は、まるで宣言しているかのように響いた。
「そういうことは、言うものではありませんよ、ジョイ」
 母がもの柔らかにたしなめている。
「やはりジャスティンにも、悪いところはあったのでしょうから。忙しすぎて身体を壊すのではないかと思うほど、去年は大変だったようだし」
「そもそも坊ちゃんが、あんなお仕事につかれたのがいけないのですよ。ロックミュージシャンなどに」
 ホプキンスさんは、彼女独特のきっぱりとした口調で声を上げていた。
「わたしは返す返すも、残念でなりません。坊ちゃんが家を出られる前の晩、なぜわたしはお休みなどをいただいてしまって、その場にいなかったのだろうと。わたしの身に替えても、なんとしても思いとどまらせたでしょうに。……しかし、もう決まってしまったものは、いたし方ありませんね。ああ、それに、もちろん坊ちゃんに限って、堕落はされないでしょうけれど。奥様とわたしが大切にお育て申し上げたのですから。でも、業界が業界ですからね。多少はおかしくなっても無理はありませんよ」
「あの時のあの子を止めることなど、あなたでもできなかったでしょうよ、マーサ。わたしもこうなってしまった以上、あの子のために、うまく行ってくれることを願っていたのですけれどね」
 母はため息をついているようだった。
「でも今のところ、仕事の上で何かトラブルがあるというような話は聞いたことがないな」
 ジョセフが少し考えるような口調で言っている。
「ただ、年末に出た新しいアルバムがちょっと期待はずれだ、という声は聞く。シンプルになりすぎた、安易になった、そんな批判を聞いたことがある。僕も聴いてみたが、そうだな……たしかにデビュー盤にあった良さが、半減したような感じだ。わかっていたとしたら、彼にも不本意だったのだろう。それを気に病んでいるんだろうか。私生活でもガールフレンドと別れてしまったことで、結構こたえているのかもしれないな」
「兄さんもエセルさんと別れた時には、しばらく変だったものね。落ち込んではいなかったけれど、妙に無理してはしゃいで、痛々しかったわ」
「もう昔のことだぞ。古傷には触れるな、ジョイス」
 兄は苦笑しているようだ。
「でも僕はその時、仕事を励みにがんばれた。ちょうど大きなプロジェクトを抱えていて。ジャスティンもたぶん仕事が本当に面白く順調なら、あれほど落ち込まないはずなんだ」
「あいつは結局、辛抱が足らんのだ」
 父の声がした。ホールの螺旋階段を降りてきたらしい足音とともに。いつも父の指定席になっている安楽椅子に腰をおろしたような音のあと、再び声が聞こえてきた。
「あれほど偉そうなことを言って、うちを飛び出していきおったのに、少々思うようにならんぐらいで、あのざまだ。あいつは今まで、思い通りに生きてこられた。挫折を知らん人間は、いざつまずくと弱いものだからな」
「ですが、旦那様、坊ちゃんがあの業界に嫌気がさしはじめたとしたら、良いことではないですか? この夏か来年にでも、大学を再受験なされては」
「いや、それはだめだ。私はあいつが家を飛び出した時に、もう望みは捨てた。今さら、あいつを医者にしようなどとは思わん。あいつは医師にならない、天職じゃないとはっきり言った。そういう意識で医者になど、なってもらいたくない。それに、一度志した道を簡単に投げ出すような奴など、仮に医者になれても、碌なものにはならん」
「そうだなあ。彼は医者に向いていると、僕は思っていたけれど。ジャスティンは真面目だから、もし医師になったとしたら、それなりに熱意を持ってやったとは思う。でも救えるはずの患者が死んでしまったとか、手術が失敗したとか、そういうトラブルに見まわれたら、すぐに落ち込みそうな気はするな。まあ、僕も人のことを偉そうには言えないが」
「それなりでは困るんだ。それでは、とてもこの病院を任せられん」
 父は咳払いを一つして、切り捨てた。
「それに、ジョセフ。おまえは、自分の選んだ道で立派にやっておるし、おまえが選んだ道は堅実だ。ジャスティンのような浮ついた、不安定な仕事じゃない。まあ、しかし考えてみれば、おまえとて今までとんとん拍子に出世して、仕事が面白い、いわば挫折知らずだからな。もし仕事で思うようにならないことが起きてきたら、おまえも落ち込むかもしれないぞ。苦労知らずな点では、おまえたちは似たようなものだからな」
「うん、父さん。それはそうかもしれない。僕は今のところ幸いにも、順調にやっているからね。共同開発のメンバーにいらだったり、上司とちょっと言い合いになったりしたことはあるけれど、大きく躓いたことはないんだ。でもジャスティンだって――そう、父さんから見ると不愉快な話題かもしれないけれど、彼のバンドは、今のご時世にしては相当成功していると思うんだ。ポップでもラップでもなく、ボーイズバンドでもないのに、アメリカでゴールドディスクを獲得した。まあ、新作はどうなるかわからないけれど、カナダだけでなく、アメリカでも初週アルバムチャートでトップが取れたんだ」
「だが芸能界なんて、一枚や二枚ヒットを出したところで、すぐに飽きられて忘れられるのが関の山だ。得られた金も、いずれ底をつくだろう。それに、おまえがさっき言っていたのが聞こえたぞ。二枚目は批判も多い、良さが半減したように思う、と。そんなパターンは、腐るほどあった。それでどうなるか……おまえもわかるだろう、ジョセフ」
「ああ」兄は短く言い、少し沈黙した後、言葉を継いでいた。
「ジャスティン自身も、それはわかっているのかもしれない。僕はそう思うよ。それに、彼は慣れない世界にいきなり飛び込んで、去年一年ずっと忙しかった。それが彼女と別れてしまった原因なんだと思う。距離と……心理状態とでね。それで余計に、精神的に堪えてしまっているんじゃないかな」
「お兄ちゃん、かわいそう」
 ジョイスがそう声を上げる。
「何がかわいそうなものか。あの業界ではそんなこと珍しくもないことくらい、百も承知していなければならなかったはずだ。芽が出なくてくすぶるより、むしろ生半可に成功する方が怖いんだ。たとえ成功が続いたとしても、自分の意思が通らぬことや、思うようにならないことなぞ、それこそたくさんあるということを、あいつはまったく考えずに、ただ甘い夢と情熱だけで、飛び込んでいってしまった。そう……あいつはたしかに、才能はあるのだろう。だが現実を知らなすぎる。だから、ちょっと思うようにいかなくなっただけで、落ち込むんだ。だが、こんなことで落ち込むようでは、弱すぎる。それだから女友達も、愛想をつかしたのだろう。自業自得だ。あいつはそれほど甘ちゃんだったのかと、我が息子ながら情けない」
「まあ……ジャスティンは、今まで順調すぎたから……今初めて試練にあって、つらいのでしょうね」
 母がため息をつくと、父がぴしゃりと切り返す。
「こんなものが試練のうちに入るか」と。

 僕はそっと階段にとってかえした。足音を忍ばせて二階へ。自分の部屋へ戻ると、気恥ずかしさに圧倒された。たしかに父さんの言うとおりだ。僕はベッドに腰をかけ、両方の膝をこぶしでドンと叩いた。
「だらしがないぞ、ジャスティン・クロード・ローリングス! こんなことで!」
 自分を鼓舞するように、声に出してそう言った。ギターを取り出し、アンプにつなぐと、ヘッドフォンもつけずに弾いた。浮かんでくるフレーズをめちゃくちゃに、手当たり次第弾きまくる。
「しっかりしろ!」
 再び声を上げ、ギターをベッドの上にぽんと置くと、僕は立ち上がった。本棚の上に伏せてあったステラの写真を、手にとって眺めてみる。白い小花模様の半袖ブラウス、紺色のサスペンダーつきスカート、肩にたらした金髪に白い花のついた青いカチューシャを付け、微笑んでいるステラ。これは、僕らが付き合い始めて四か月くらいたった、秋に撮ったものだ。それを僕は自宅の写真立てに飾って、眺めていた。まだ十六になったばかりで、少女の面影の残るステラ。あの時、僕たちは愛し合っていた。僕らの前に未来は永遠に広がり、その中で僕らはずっと一緒だと信じていた。夢見ていた。あれから二年と半年。でも、今の僕らは──。
 去年の年末に、母から買い物を頼まれてマーケットに出かけた時、ステラを見かけた。交差点で信号待ちをしている僕の前を、彼女は横切っていった。間違いなくステラだった。いつも借りていた兄の車でなく、買ったばかりの自分の車だったので、僕に気づかなかったのだろう。別れた時と同じコートをはおり、金髪を肩にたらし、青い帽子をかぶって歩いていた。
 彼女の隣に、見知らぬ男性がいた。短い茶色の髪をぴったりとなでつけ、黒いコートを品よく着こなした、端正な顔立ちの青年は二十代の初めくらいで、ステラに向かって何かを熱心に話していた。ステラは相手の顔を見上げ、微笑んで頷いていた。男性は手を伸ばし、彼女の手を握った。ステラは少し恥ずかしそうに、うつむいていた。
 二人をずっと見ていたので信号が変わったのに気づかず、後ろからクラクションを鳴らされた。僕は車を発進させながら、深くため息をついた。ああ、彼女がその気になれば、新しい恋人はすぐ手が届くのだと、あの時言ったことは嘘ではなかった。僕は敗北を悟らざるをえなかった。僕らの恋は、本当に終わってしまったのだと。
 僕は頭を振り、机の引き出しを開け、その奥深くへとステラの写真をしまいこんだ。アパートメントの部屋に飾ってあったステラの写真(これとは別のものだが)も、同じように伏せて、引き出しの中にしまいこんである。携帯の待ち受けも、ヨーロッパツアーに行った時に撮った風景写真に変えていた。携帯電話の中の彼女の写真を消してしまう気にはなれなかったが、SDカードに移して、サムネイルからは目に触れないようにしてあった。プリントした写真もひとまとめにして、タンスの引き出しの奥へ入れた。これもしまっておこう。目にすることがない場所へ。
「ともかく、前に進むしかないんだ」
 引き出しを閉めながら、自分に言い聞かせるように、僕は我知らず声に出して言っていた。彼女を失ってしまったことは、僕のせいだ。でももう、どんなに悔やんでも遅すぎる。今さら彼女にもう一度やり直してくれなどと、言えるわけがない。『誰かほかの人を好きになれ』と言ったことを撤回し、ステラに跪いて詫びたとしても、もうすでに新しい愛を見つけてしまった彼女を困惑させるだけだろう。これ以上、ステラを苦しめてはいけない。僕にできることは、彼女の幸せを願うことだけだ。そして、できるかどうかはわからないけれど、僕にも新しい愛がきっと待っていると信じることだ。その時には、もう二度と同じ過ちはしないと、かたく決心しよう。

 ツアーが再開した。相変わらず単調な日々だ。ステラに去られた打撃を回復させてくれるような喜びを、今の音楽は与えてくれない。僕の気持ちはプレイに反映し、みんなにも伝染していくようで、バンド自体の活気も少しずつ失われていくのが、僕にも感じられた。なんとかしなくては。そう思っても、まるで足場の不確かな泥の中を進むような気分で、一向に気力は回復しない。みんなも僕の気持ちは理解してくれているだけに、逆に言いづらいのだろう。そんな夜が十日ほど続いた。が、その次の夜、ステージが終わって楽屋に引き上げてきたとたん、エアリィが僕に向き直って、強い口調で言った。
「ジャスティン! ホント、もういい加減にして!」と。
「おまえの気持ちもわかるけど、だから言わないでいたんだし。けど、もう限界! 弾きたくないのはわかるけど、僕もそうだけど、あんな音出されたら、ホント完璧にやる気なくなる! おまえ、去年自分で言ったじゃないか。プロになったからには、多少気分的にのらなくっても最上を提供する義務があるってさ。そんなこと言っといて、今これって、矛盾しまくりじゃないか!」
 今まではたしかに遠慮してくれていたのかもしれないが、いざ口を開くと容赦がない。でも、僕もカっとなりはしなかった。自分でも、そのとおりだと思っていたから。
「だけどおまえ、その時反論しただろう。音楽は感情の反映だって。気分に正直になるのは仕方がないって、言ったじゃないか」
 僕はかろうじて、そう言い返した。
 ひとしきり沈黙。お互いに真っ向から相手を見ていた。やがてエアリィはふっとため息をついて頭を振った。
「なんかさ、落ち込んでんのわかるけど、上がるの遅すぎ。もう一か月以上たってんのに、まだ引きずってるなんて……ひょっとして、ジャスティン、人生初挫折?」
「……かも知れないな。でも、おまえだって、もし大事な誰かをなくして、おまけに仕事が不本意だったら、多少は落ち込まないか? まあ、おまえって、失恋したことはないだろうけれど」
「失恋はないなあ、僕の場合。恋に落ちたことって、ないから。けど、大事な誰かをなくしたってことなら、あるよ、何人か。ま、それはともかく、その年まで挫折なしにきてるってことが、相当恵まれてるってか、逆にやばいと思うんだ。おまえの今の不幸って、プロデューサーさんに嫌がらせされて、思いっきり不本意な作品作らされて、それをプロモートさせられて、って、でもこれは僕らみんな、同じだよね。二作目は捨てるって決めた時に、ある程度は覚悟したことじゃないのか? これから一年くらいは我慢の連続になるだろうって。まあ、おまえの場合彼女さんと別れたっていうのもあるんだろうけど、でも彼女は生きてるんだし、これが最初で最後の恋でもないだろうし、未来はそれこそ何があるかわからないから、また恋人に戻れる可能性だってゼロじゃないだろうし、もっと素敵な彼女ができるかもしれないんだし……それなのに世界で一番自分は不幸だ、ってな音をいつまでも出されるのは、すごくヤダ、っていうか、僕には理解できない。もういい加減、吹っ切ってくれない?」
「たしかにな。それにしても……おまえ、父さんと同じことを言っているな、エアリィ」
 僕は思わず苦笑した。
「正月休みに、父さんがそんなことを言っていたんだ。この業界に入った時に、成功したとしても、思うようにならないことはいくらでも起きてくることくらい、覚悟して入るべきだった。僕は甘い。それでステラに去られても、自業自得だ。でもこんなのは、試練でも何でもないって……僕も、たしかにそうだって思った。それで、がんばろうとは思ったんだけれど……やっぱりあまり変わってないか、去年と?」
「うーん、たしかに去年より、少しはマシになってるかもしれないけど。失恋のダメージ? そっちのほうは。去年なんか、けっこう未練感じたもん。『なんで行っちゃったんだよ〜』みたいな。まあ、今年は多少吹っ切れてる。でも、だめなんだ、おおもとが。セカンドの曲の、おざなりに作った奴が特にやばい。『僕は、やる気がないよ〜』っていう波動が、目いっぱい出ちゃってる」
「そこまで読み取られてたら、僕はなにも言うことはないよ。おまえって、エスパーじゃないのか、エアリィ」
「ンなこと、エスパーじゃなくたって、おまえの音聞いてたらわかるって。でもさ、やなんだ、そういうネガティヴな音、そばで出されんの。僕もさ、覚悟はしてたけど、思ったより苦行だなって思ってるとこに、そんな音がかぶってくると、ほんとやめてくれ〜って言いたくなっちゃうんだ。一回覚悟決めたはずなのに、いつまで後悔してんだって、イライラするし。一回出したアルバムを作り直すことはできないんだから、我慢してやるしか……あっ、でも、もしかして……」
 彼は何か思いついたように言葉を止め、ぽんと両手を打ち合わせた。
「そうだ。ひょっとしたら、これっていいかもしれない。ジャスティンの落ち込み病も、少しは治るかも」
「いったい何なんだよ、エアリィ?」
「気がついたんだけどさ、今はライヴなんだ。それなら、なにもスタジオヴァージョンどおりにプレイしなくたって、いいんじゃない? ちょっとくらい捻り入れたって。それにまあ、全部元に戻すってのは無理かもしれないけど。もう別物だから、プロモーションにならないし。でも少しだけなら、オルタネートヴァージョンとして、元のやってもいいかも、って思うんだ。タイトルトラックとか」
「ああ!」僕は思わず膝を叩いた。
「そうだよ! 本当だ。なぜ気がつかなかったんだろう。ライヴではできるだけスタジオ盤どおりにって、そう思い込みすぎていた。CDヴァージョンが不本意なら、そこにこだわる必要はないんだな。少しくらいなら、新作の曲だって、変化させても良いんだ。プロデューサーの縛りにとらわれずに。それに元の曲だって、やったらいけないわけじゃない!」
「タイトルトラックは、もう完全に別物だけれどね。他にも結構、似ても似つかないものが多いし」
 ミックは思案顔で首を傾げている。
「僕も心情的には大賛成なんだけれどね。でも、観客が違和感を抱かないかな」
「観客はまあ、違和感抱くかもね。CD聞いてくれた人なら。だから元ヴァージョンはせいぜい、一回のショウで一つしか、セトリにもぐりこませられないだろうけど。演奏する前に、これはオルタネートヴァージョンだからCDとは違うって、断らないといけないし。けど、やる価値はあると思う」
 エアリィはそう主張する。僕も大賛成だ。
「やってみよう! それと、あの曲だけは僕も我慢できないんだ。あれをやらないでくれたら、あとのセカンドの曲も、がんばって演奏するよ」
「あれね。ジャスティンは、きっと嫌いだと思った。僕もあれ、さすがにやりすぎだなって思うから、落としてくれたらありがたいな。なんか自分たちの曲歌ってる気が、全然しなくて。セットの中でも、浮きまくりだし」
 それは、セカンドアルバムからの最初のシングル。本当にファミレスの料理のような、個性のないハードポップだ。シンプルなビート、コードをなぞっただけのバッキング、ひねりのない構成、繰り返す歌詞、しかも内容たるや、『人生は一度きりなんだから、楽しく過ごそう!』と、軽くを通り越して、軽薄レベルだ。『やけになって思い切り軽くしすぎた』と、エアリィがぼやいていたように。結果的にはヒットしたが、ほぼ全員が嫌いな曲だ。バンドのカラーにも、まったく合わないと思えた。
「俺もあれは好きじゃないが、シングルヒットだからな。客は期待しているだろうな。でも、まあ、いいぜ。あれは俺たちの曲じゃない、と開き直るさ」
 ジョージは腕を組みながら、にやっと笑った。
「そうだね。やっぱり僕ら自身が納得できることの方が、大切だからね」
 ミックも最後には頷き、ロビンも熱心な口調で同意した。
「僕もその方がいいと思うよ、絶対に」と。

 翌日から、セットリストにセカンドアルバムのオルタネートヴァージョン(プロデューサーの要望によって破壊される前の、元の姿)の曲が、一公演について一曲ずつ、披露されるようになった。あまりにもスタジオヴァージョンと違うので、もともとアルバムを聞いてくれていた観客たちは、やはり最初のうち戸惑いを隠せなかったようだし、最新のヒット曲を演奏しないというのも、不満に感じる人もいたようだ。でも、ステージに対する喜びと情熱を取り戻すこと、今はその方が大事だった。それに、僕らが身を入れて演奏できるようになったことで、観客たちへのアピールも強くなって行くらしい。最初心配していたような、強い否定的な反応はなかった。
 公演を見た観客たちが『オルタネートヴァージョンは、どこで手に入るのか。こっちの方が断然良い』と手紙やメールを書いてくることも多く、それは僕らにとって大きな力になった。次のステージではどのオルタネートを披露しようかと楽しみになり、退屈なセカンドアルバムの曲も、もっとも苦痛だった曲を外したことで、それほど苦行には感じなくなった。少し歌い回しや歌詞を変えたり、イントロやソロを長くしたり、少しひねりを入れたり、というアレンジを施したことも、助けになった。そうして一週間が過ぎる頃には、ステージがもはや苦痛でも退屈でもなくなった。興奮と喜びがよみがえってくるのを感じた。

 でも、災難というのは、いつ起こるかわからない。なんとか本来のプレイを取り戻すことができ、ツアーが楽しくなり始めてから一ヵ月あまりが過ぎ、全米ツアー日程が残りあと一ヵ月になった二月の終わりに、ロサンゼルスで、僕らは思わぬアクシデントに見舞われてしまったのだ。
 その晩、出番を終えて軽い夕食を取った後、エアリィと僕は取材が入っていたので、そのまま楽屋に残り、他の三人はロブの奥さんでロードマネージャーでもあるレオナとともに、先に車でホテルへ帰っていった。それから一時間あまりが過ぎ、取材を終えてホテルに帰ろうとした頃、エージェントの人が楽屋の入り口にきて呼んだ。
「ロバート・ビュフォードさん。警察から電話が入ってます」
「わかりました。どうも……」
 取材に付き添っていたロブは怪訝そうな顔をしながら部屋から出ていき、残った僕たちも顔を見合わせた。
「警察? なんで、そんなとこから電話?」
「わからないなあ。なんかまずいこと、してないよな」
「してないよ! たぶん。けどさ、じゃないなら……なんかあったとか?」
 エアリィは不安げな表情になり、一瞬ぶるっと震えた。
「やだな。事故とかじゃ、ないだろうなあ……」
「縁起でもないことを言うなよ!」
 僕は苦笑したが、同時にざわっと心が騒いだ。
 そこへロブが戻ってきた。真っ青な顔で、大慌てに慌てた様子で、手にはくしゃくしゃにした紙を握ったままだ。彼がもたらした情報は、まさに僕らが恐れていたものだった。
「エアリィ、ジャスティン、大変だぞ! みんなの車が事故だ!」
「ええ!!」
 僕はそう声を上げたきり、言葉を失った。心配と衝撃で体中の血が引き、一瞬激しい耳鳴りとともに、世界が凍りついたような気がした。ロブは話し続けている。どうやら先行した四人を乗せた車がホテルへ向かう途中、信号無視して突っ込んできた軽トラックと、衝突事故を起こしたらしいと。
「全員けがをして、病院に運ばれたらしい。運転手もだ」
「「どこの病院に運ばれたの? 僕らも行かなきゃ!」」
 僕らは同時に叫んだ。
「セント・ローレンス病院だ。これから行こう」
 ロブが手にした紙を見ながら促した。
「僕にも詳しいケガの状態はわからないんだ。病院に行けば、聞かせてもらえるだろう。みんなの無事を祈ろう。事情がはっきりしたら社長やプロモーターや、それから家族にも連絡を取って、これからのことを決めなければならないな」

 僕らが病院へ着いた時には、手当てはすべて終わり、精密検査をやっている最中だった。夜半になって、当直の医師が結果を説明してくれた。幸いみんな命に別状はなく、ジョージは左足のすねと肋骨の一本にひびが入り、ミックは頭部の裂傷と左側の鎖骨骨折。二人とも全治一ヶ月ほど。ロビンは右腕上腕部の骨折と、肋骨も一本折れている。彼は一番重傷で、全治七週間。ジョージとミックは十日ほどで退院して帰れるが、ロビンは少なくとも二週間半の入院が必要らしい。でも三人とも、単純骨折やひびだけで神経損傷はなく、きちんと治療をすれば、後遺症の心配はないという。同行していたレオナは幸いにも、肩の打撲だけで一番軽傷だった。運転手は軽いむち打ち症らしい。その結果を聞いて、言いようもない安堵を覚えた。
 アメリカツアーの残り日程は、元々僕らはアリーナクラスのバンドのサポートなので、途中降板という形になった。ヘッドライナーのバンドは『本当に残念だなあ』と言ってくれたが、彼らサイドもプロモーターも『事故ならどうしようもない』と、認めてくれた。保険に入っていたので違約金もなく、僕らの代わりもすぐに決まったようだ。春に控えた単独での日本公演とヨーロッパツアーも中止になった。ロブはビジネス上の事後処理をしなければならず、LAに長くは留まれない。入れ替わりに、去年の九月に結婚したばかりのミックの奥さんが看病のため現地入り、ジョージの奥さんには小さな子供がいるためか、スタンフォード夫人が二人の息子の面倒を見るためにやってきた。エアリィと僕は三日ほどお見舞いや打ち合わせのためにLAに残り、それから怪我の経過観察を終えたレオナと一緒に、トロントへと帰った。

 事故から十日あまりがたって、ジョージとミックが退院し、トロントに帰ってきた。二人ともギブスが取れるまで、自宅で静養だ。二人とも、それぞれ実家から家政婦さんと看護師さんがサポートとして派遣されてきたらしいので、家族ともども治療に専念ができるだろう。でも、ロビンはまだ退院許可が下りず、ロサンゼルスにいる。明日は、ちょうどロビンと僕の誕生日だ。母親ももうこっちに戻ってきているし、ひとりぼっちの誕生日では、めいってしまうに違いない。お見舞いに行って、一緒にお祝いしてやろう。そう思い立ち、翌日、僕は再びLAへ一人で飛んだ。空港からタクシーを使っていったんホテルへ行き、チェックインを済ませ、荷物を置いてから病院に行った。
 病室へ入ってみると、ロビンは眠っているようだった。ベッドテーブルには小さなノートパソコンが置いてあり、いくつかの本が積んである。やはりこの中に一人でいると、退屈なのだろう。僕はベッドの傍にある椅子に腰をおろし、ロビンが目を覚ますまで待っていようと、持ってきたペーパーバックスを読もうとした。でも、いくらも読まないうちに、僕は気づいた。少し様子がおかしい。普段いびきなどかかないロビンなのに。僕は本をしまい、改めて見た。なんだか顔色もおかしい。少し土気色を帯びているような気がする。
 ふと、床に転がっている、茶色の瓶に気づいた。僕は拾い上げた。ただの白いラベルが張られたその瓶に、見覚えがあった。昔、モーテルの相部屋に泊まっていた時、ロビンが時々飲んでいた睡眠薬だ。彼は環境が変わるとなかなか寝付けないらしく、愛用の枕と睡眠剤が手放せないと言っていた。僕は『そんなに害はないだろうが、常用はしない方が良いぞ』と言った覚えがある。『でもこれがないと、なかなか眠れないんだ』と、ロビンは言っていた。実家で懇意の医者に、処方してもらっている常備薬のようなものだと。
 今、その瓶が空になって転がっている。元々どれだけ入っていたのかは、わからないが――胸の鼓動が早くなった。落ち着け。最近の睡眠剤の致死量は、千錠以上のはずだ。もし瓶いっぱいの薬を飲んだとしても、大丈夫なはずだが、放っておいていいわけがない。僕はナースコールを押した。
「ODのようです! 早く来てください!」

「患者が睡眠剤を持ち込んでいたとは、知りませんでした。胃洗浄も正常に終わりましたし、血液残留濃度も、それほどではなくなりましたから、もう大丈夫ですよ」
 手当てがすべて終わった後、医師がどことなくほっとしたような顔で告げた。
「夕方には意識が戻るでしょう。たぶん後遺症もないと思いますよ。目が覚めたら患者を興奮させないよう、出来るだけ穏やかに接してあげてください。昼の回診の時には異常はなかったので、服用はその後でしょうね。しかしねえ、自殺未遂とは。本当にロックミュージシャンなのかと思うほど、おとなしい患者さんでしたが、こんなことをするとは予想外でした。持ち物チェックを、もう少しきちんとするべきでした。まあ、最近の睡眠剤はマイルドにできているので生命の危険はあまりないとはいえ、たまたまあなたが来あわせて、異変に早く気づいてくれて、よかったですよ」
 医師は首を振り振り、病室から出ていった。
 僕は病室の椅子に腰をかけて、手を握り合わせた。ロビンはほとんど身じろぎもせずに眠っている。呼吸は安定し、顔色もいくぶん青ざめていたが、むくんでいるようではない。本当に大丈夫なのだろう。はっきりそう感じると、深い安堵のため息が漏れた。
 なぜ、こんなことをしたんだろう。ロビンのことなら、良くわかっているつもりだった。たしかに内気で心配性ではあるが芯は強く、決してこんな形で逃げるような奴ではないと思っていた。バンドは今、たしかに曲がり角にいる。でも、重大な危機に直面しているというほどではないし、まだまだ希望はある。故郷から遠く離れた病院で一人ぼっちという環境が、不安と孤独をあおったのだろうか? 未来への恐怖をも、強く感じてしまったのだろうか。

 医師の予告どおり、夕闇が病室を染める頃、ロビンはベッドの上で目を開いた。そしてぼんやりと天井を見つめている。そばに近付くと、彼は驚いたように目を見開いた。
「ジャスティン……来てくれていたの? それとも僕は……夢を見ているのかな」
「この大バカ野郎!!」
 ほっとしたとたん、興奮させないで穏やかに接しろと医者に言われたことも、病院内で大声を出してはいけないことも忘れて、僕はつい怒鳴りつけてしまった。
「なぜ、こんなことをしたんだ!? どうしてだよ!」
 ロビンは僕から目をそらし、長い間天井を見つめて黙っている。その沈黙に耐えきれなくなった頃、彼はポツリと答えた。
「僕にも……良くわからないんだ。どうかしていたんだと思う。なんだか、自分がいやになってしまって……」
「どうしてなんだ?」
「わからない。でも……ジャスティン、バンドに僕がいる意義って、あるのかな。人から見れば、エアリィと君がいれば十分なんだし、兄さんやミックはしっかりしているから、君たちにとって、良い後見役になってくれる。でも僕の存在意義って、いったいなんだろう。インタビューだって、人見知りがひどくてあがっちゃうから、ほとんど話せないし、話してもとんちんかんなことを言っちゃう。写真を撮られれば、顔が引きつっちゃうし、レビューでも『存在感がない』って言われる。僕はいるのかいないのかわからないだけじゃなく、みんなの足を引っ張ったりしているんじゃないか、もっと良いプレイヤーが、たくさんいるかもしれないって……」
「いいかげんにしろよ、ロビン!」
 僕は指を振って遮った。
「そこまで自分を卑下することはないだろう。おまえはバンドにとって必要な人間だよ。少なくとも、僕らはみんなそう思っているさ。そんなことも信じられないのか?」
「でも、ファンの人たちは言うんだよ。『あの三人が怪我をしたって、セッションの人を入れてツアー続行すればよかったのに。たいして変わらないんだから』って」
「は?」僕はあっけにとられ、目を見張った。
「誰がそんなこと言うんだよ。ファンってなんだ?」
「その……ファンサイトがあるよね。掲示板式の……それに、そんな書き込みをしている人がかなりいるんだよ。それに、SNSでも」
「見るなよ、そんなものを!」
 僕は思わず声を上げた。
「そんな無責任な書き込みを、真に受けるな。第一僕らは誰も、そんなことは思っちゃいない。僕だってエアリィだって、そんなことはまったく考えもしなかった。マネージメントだって、レーベルだって……」
 言いかけて、思い出した。降板を申し出た時、相手のバンドとマネージャー、プロモーターには、『でも君たち二人が無事なら、あとはセッションを使っても、かまわないが……ああ、でも急には無理だろうね。残念だが仕方がないか』と、言われたことを。レーベルには、『残念な事故だったね。でも、君たち二人がいるなら、このツアーは仕方がないけれど、ピンチヒッターとしてセッションを三人入れれば、春の海外遠征は可能じゃないか? なんならこっちで良い人を紹介してもいいよ』とさえ提案された。エアリィは驚いたように『えー、無理です!』と声を上げ、僕も驚きと少しの憤りとともに『それじゃ、エアレースじゃないですから』と即答した。そしてロブが『申し訳ありません。やはり彼らは五人で行きたいのです。バンドとしての結束は固いですから』と、頭を下げていた。
 僕らはあまり意識したことはないけれど、取材が回ってくるのも、ほとんどエアリィと僕の二人だけだし、一般的には悲しいことだが、そういう見方も存在してしまうのかもしれない。でも僕らの中では、誰もそんなことは思っていない。
「とにかく、ファンサイトなんて読まないほうが良い」
 僕は首を振った。
「ファンなんていっても、そんなのが本当のファンだとは思えないよ。それに、僕らはみんなでバンドを支えているんだ。五人全員が」
「うん……」ロビンはかすかに頷いた。
「でもね……バンドは五人っていうけど、みんなが五分の一ずつ、平等に貢献しているわけじゃないよね。ポジション的に、ヴォーカルとギターは目立つっていうのもあるけれど、君たちは本当に、存在感が違うから。お客さんだって、ほとんど君たちしか見ていないよ。曲だって、ほとんどエアリィと君と……君たちはジョージ兄さんが言うように、ソングライティングチームだもんね。それからミックがアレンジで……そんな感じだし。僕は自分のパートを考えることしか、やっていないんだ」
「僕らだって、自分のパートをやっているだけさ。どのへんまでが作曲の範疇で、どのあたりがアレンジになるか、という線引きはあるけれど。それに僕らは作曲の印税に、アレンジ分を少し入れているから、それで少しは公平になれたら良いと思うんだ」
「それはそうだけれど……でも僕は、みんなにあまり意見を言えないし」
「言えば良いじゃないか、どんどん。それでこそ、バンドは良くなるわけだろ?」
「うん。そうなんだけれど、僕はただみんなの意見に感心するだけで、それ以上にクリエイティヴな意見なんて、思いつかないんだ。それに……」
「なんだ?」
「君はエアリィとはケンカをしたことがあるけれど、僕とは一回もないよね、ジャスティン。僕との方が、付き合いは長いのに。僕は時々、それを不思議に思っていたんだ。でも最近、気がついたんだよ。エアリィは君に言いたいことを言うから、君のほうもそれで気分を害することがあって、それでぶつかる。ぶつかりそうになることもある。でも彼はそれを怖れていないし、ぶつかってもお互い、後には引きずらない。そういう関係って、良いなって思ってしまうんだ。でも僕は君を失うのが怖くて、君が気分を害しそうなことは言えなかった。それが習慣になってしまって。だから、君と違う意見を思いついた時には、言うことができなかったんだ」
「僕に気を使っていたってことか? 知らなかったな」
「僕は自分の性格が嫌いだって、前に言ったことを覚えている、ジャスティン?」
「ああ。今でも嫌いなのか?」
「あまり好きじゃないよ」
 僕は椅子をおり、膝をついてベッドの上で腕を組み、正面から相手を見た。
「なあ、ロビン。結局、何が言いたいんだ? バンドの現状に不満なのか? 僕はおまえのこと、わかっていると思っていたんだ。おまえは満足していて、このバンドにいるのが好きなんだと思っていた。違うのか?」
「バンドは好きだよ。満足もしているんだ。それは本当だよ。みんなのことも大好きだ。君や兄さんは当然として、ミックのこともエアリィのことも……彼は僕から見れば、まるで異人種って感じだけれど。まぶしすぎる異人種だよ。僕は絶対、ああはなれない」
「あいつは、たしかに異人種かもな」
 僕は思わず苦笑した。
「で、おまえはあいつみたいになりたいのか?」
「ううん……あこがれるけれど、なれるなれないっていう問題じゃないだろうし」
「そう。人それぞれだしな。あいつにはあいつの、おまえにはおまえの良さがある。あいつとおまえを足して二で割るとちょうどいいのにな、なんてジョージが言ってたけど、そんなにみんなが平均値になってしまったら、面白くもなんともないさ。特性があるから面白いし、バランスも取れると思うんだ。前にも言ったろ? 楽観的で外向きなのと、悲観的で内向きなのは、アクセルとブレーキみたいなもので、両方必要だって」
「うん。それはわかるよ。わかるんだけれど……僕は自分の良さなんて、良くわからないんだ」
「あのなあ」
 僕は手を伸ばし、相手の無事な方の手を握った。
「おまえ、いくらこんな状態だからって、それはないだろう。僕の言うことが、信じられないのか? みんながおまえを心配して、おまえは良い奴だと思ってるはずさ。もちろん、僕だって。なぜ、そんなことを言うんだよ。なぜ、こんなことをしたんだ」
「わからない。すごく混乱していたんだ」
 ロビンは微かに首を振った。
「いろんなことがぐるぐるしていて、つい落ち込んで。あの最後の日の話も怖かったし。こんな中にいると、つい生々しく考え込んでしまうんだ。本当に……未来が限られているなら、一生懸命生きても意味がないかもしれない。逆にこのまま行って恐ろしい場面を見るより、その前に死んでしまった方が楽かもしれない。僕がいなくても、バンドにはそんなに影響はないんだろうし、なんて思ってしまったりもして。それに……ああ、それに本当は、それだけじゃないんだ。やっぱり君に言うべきことじゃないし、誰にも言っちゃいけないことだと思うけれど……」
「なんなんだよ、それは?」
「君には、とても言えないことだよ、ジャスティン」
「なんだって?」
 僕は焦れて彼の手首を握った。
「おまえが僕に言えないことなんて、いったい何なんだよ、ロビン。いつだって僕らは、なんでも打ち明け合ってきたじゃないか。なぜ僕に言えない、なんて言うんだ」
「君に言ってしまったら、きっと君は僕が嫌いになると思うから……」
「なぜだよ? いや、そんなことあるもんか。たとえどんなことだって、僕がおまえのことを嫌いになんてなるわけがないじゃないか」
 ロビンは黙って顔をそむけ、壁を見つめている。なんでもわかっていると思っていたはずの親友のその態度は、僕には衝撃であり、同時にひどく当惑させた。すべてわかっていると思ったのは、僕の思いあがりだったのでは。いくら赤ん坊の頃からの付き合いで、考えていることもなんとなくわかる幼ななじみではあっても、完全にわかりあえると思うのは、幻想なのかもしれない――と。
「わかったよ。無理にきこうとは思わない」
 僕はため息をつき、手を離して、椅子に座りなおした。
 ロビンは僕のほうに向き直った。じっとその淡褐色の目で僕を見、口を開く。
「……僕は君が好きなんだ、ジャスティン」
「えっ?」
 あまりに唐突に言われた言葉に、僕はすべての動作を忘れたように固まって、ベッドの上の友を見返した。驚きが抜けると、僕は苦笑した。
「ああ、僕も好きだよ。僕らは物心がついた頃から、親友だったものな。当たり前のことじゃないか。なのにどうしてそう深刻そうに、そんなことを言うんだ?」
「そういう意味じゃないんだ。友達として好きって言うんじゃなくて……」
「……おい、よせよ。冗談だろ?!」
「わかっているよ。君には迷惑以外のなにものでもないって。でも、本当にそうなんだ。いつ頃からだったか、わからないけれど、君がいつも僕と一緒にいてくれて、いじめられそうになると、かばってくれて……そのうちに君が僕にとってのすべてで、唯一無二の存在になっていたんだ。ねえ、僕と君とは、どうして幼稚園からハイスクールまで、ほとんどずっと一緒のクラスだったか知ってる? 偶然の結果じゃないんだよ。僕が頼んで……父さんと母さんも僕のことを心配して、クラスで孤立しないよう、君と一緒のクラスになるように、学校に働きかけてくれたんだ。ほら、父さんはいわば権力者だから。でも、君は四年生の半ばで、五年に飛び級してしまった。僕は四年に残されて、君は五年生になった。僕はすごく悲しかった。君とクラスが離れてしまって、本当に独りぼっちになったような気がしたし、君が新しいクラスで友達を作ってしまった時は、すごく寂しくて、悲しくて動揺したんだよ。君を取られたみたいで。あの時は、本当にやりきれなかった。僕はもう、いじめられはしなかったけれど。小学校も三、四年になると、悟るんだろうね。親の権力とか、そういうようなものを。先生も、すごく気を使っていたみたいだし。君が五年生のクラスに行ってしまってからの半年、僕はずっと一人でいたから、五年生に上がる時、クラスの何人かに、僕の友達になってやってくれって頼んだみたい。それで、最初はその子たちが僕のことを気にしてくれたけど、僕は君以外の友達なんて欲しくなかったし、それに恥ずかしくて、何を言ったらいいかわからなくて、ずっと黙っていたら、二週間くらいで、みんな離れていっちゃったんだ。その子たちが、最後に言ったんだ。『もうおまえなんか知らない。先生から頼まれたから仲良くしようとしたけど、金持ちの息子だからって、お高くとまってんじゃないぞ!』って。だから……四年の半ばから五年の前半まで、僕はずっと一人だったんだ。学校が終わって、君が僕のクラスに来て、『ロビン、一緒に帰ろう!』って言ってくれるまで、誰とも口をきかないで、ランチの時もずっと一人で……」
「そうだったのか……」
「うん。あの時の気持ちは今でも覚えているよ。本当に惨めで、寂しかった。君とクラスが離れてから、あまりに僕がふさぎこんでいたから、父さん母さんも心配したんだろうね。『ジャスティン君ともう一度同じクラスになるために、おまえも飛び級するんだ、ロビン。おまえならできる』って、父さんが特別に勉強を見てくれる人をつけてくれた。だから僕も一生懸命勉強して、五年生の半ばで六年生になれて、やっと君に追いついた。また、君と同じクラスになれたんだ。元通りになって、どんなにうれしかったことか。高校へ入って、進学コースになったら、クラス分けが能力別だから、いつもAクラスの君と一緒になれるように、また必死で勉強した。一緒にバンドも組んで……ジョージ兄さんやミックと仲良くなることは、それほど動揺はしなかったんだ。あの二人は年もかなり上だし、友達というより先輩という感じだったからね。でも君はすぐに、ステラさんと付き合い始めてしまった。それが、ものすごくショックだったんだ」
 僕は言葉が見つけられず、ただロビンを見ているだけだった。
「もちろん、それが当たり前だって、思ってはいたけれどね。君にガールフレンドができる、それは避けられないと思ってはいたよ。君はかっこいいし、優しいし、女の子にもてる。よくラブレターをもらっていたしね。でも君自身はあまり興味がなさそうだったから、ほっとしていたんだけれど、ついにガールフレンドが出来てしまった。それでも彼女は別の学校だったし、君たちがデートしているといっても、僕らのスケジュールとぶつかることはない。だから仕方がないのかなって、そのうちあきらめるようにもなっていたけれどね。君の心が他の人に取られている、それはたしかに悲しいけれど、ガールフレンドというのは、また僕らの付き合いとは異質のものだし……そう思ってね。結局君はステラさんと別れてしまったけれど、君たちのお付き合いがうまくいっていたらと、本心から思えるようにもなったんだ。でも、今度はエアリィが登場してきた」
「え?」
「彼の存在は、僕には大ショックだったよ。彼はいきなり君と友達になってしまったからね。君は明らかに彼から刺激を受けて、僕といる時よりずっと楽しそうに見えた。だから僕は焦って……しかもステラさんの場合とは違う、エアリィはクラスメートだし、バンドメイトでもある。常に僕と同じフィールドにいて、君を奪っていく。でも、だからといって、彼を憎むことは出来ないんだ。そう、彼は本当に……僕は光のイメージを感じるんだ。明るいっていうだけじゃなくて、華やかで存在感があって……それに、磁力がすごいよね。普通に接してたら……逆らえない。惹かれてしまう。だから、よけいに葛藤が大きくなるんだ。個人的には、アーディス・レイン・ローゼンスタイナーという人間は好きだけれど……僕にとっては、彼はああなりたいという憧れそのものだけれど、だから余計に、君を取って欲しくはない。今やバンドの中で、君に正面切って対等にものが言えるのはエアリィだけだし、その結果君たちはぶつかることもあるけれど、でもそれが本来友達としての、あるべき姿なんじゃないかなって、思うんだ。僕は君とケンカをしたことはない。君の気分を害しそうなことは、言う勇気がない。君に嫌われたらと思うと、いてもたってもいられなくなるんだ。だから僕は、君の親友とかパートナーとは、言えないんじゃないかなって。少なくとも、僕は君の音楽パートナーにはなれない。君と僕との間には才能も魅力も差がありすぎて、僕は君を仰ぎ見る、君が主で僕が従、それでいいと思っていたんだ。でもね、エアリィがバンドに入ってきて、彼が君の音楽パートナーになって、本当に対等に張り合うのを見てきて……そう、本当に取材だって、一人ずつ全員や五人というのもあるけれど、バンドを代表してとなると、たいてい君たち二人だけだし、だからこの事故みたいに、君たち二人だけが残って助かったっていうことになったりするし……もしかしたら、逆もあるのかもしれないけれど……僕はそこには入れない。音楽作りでもプロモーションでも、ステージでも……それが悲しくて。僕は彼のポジションになりたい。ずっとなりたかったんだ。君と対等なパートナーに。でも僕の持っているものじゃ、絶対無理なんだ。そう思ったら、本当に惨めになるんだ。彼は僕の対極にいる気がする。なにもかも。さっき君は彼のようになりたいかって聞いて、僕はそうは思わないって答えたけど……違うんだ。本当は、僕は彼のようになりたかった。なのになぜ僕は、こんなにつまらない人間なんだろう。彼は僕の理想の具現化といっても良いくらいの人だけど、どうしてその人が現実に存在していて、僕の唯一無二の親友を奪おうとするのだろうって」
 ロビンがこんな風に堰を切ったように話すのは、ずっと長い間胸の中にため込んでいた思いを吐き出そうとしているから――それがわかっていた僕は、黙って聞いていた。何と言っていいか、わからなかったというのもある。的確な言葉は、何も出てこなかった。そういえば未来世界へ飛ぶ前、移動の車の中でロビンは言っていたっけ。かなえられない望みがある。ジョージのように男らしくなりたい。エアリィのように明るい性格になりたい、と。その時には僕はそれほど重大には考えなかったけれど、あの時から『羨ましい』という言葉を使っていた。同行しているバンドのメンバーやクルーたちから可愛がられて、良く声をかけられて、いいなと思ってしまうと。自分が声をかけられたら固まってしまうけれど、とロビンは言っていたが、その性格も込みでの羨望だったのだろうと、僕は理解した。エアリィとロビンは、よくジョージやミックも言っているように、対照的な性格のように僕にも思える。でもそれがロビンにとって、僕を挟んでのジェラシーになるとは、全く予想外だった。おそらく他のみんなも、誰も気づいてはいないだろう。
「でもそれが、ものすごい自己嫌悪にもなるんだ」
 ロビンは窓の方を見ながら、言葉を継いでいた。
「僕は心が狭い。卑怯者だって。ジャスティンだけは特別だって思って、自分のものだけにしておくことなんて、出来るわけがない。自分が持っていないものを全部持っている人を妬んでも、仕方のないことだし。でも……そう、初めてエアリィに会って話しかけられた時、僕は小学校五年のころクラスで一緒だった、女の子を思い出したんだ。メアリー・アンっていう。可愛い子だったんだ、金髪で。彼ほどのレベルじゃないけれど。彼女は最初、僕にとても親しげに話しかけてくれた。そして、あの時のエアリィと同じことをした。僕の手を両手で握って……僕はその時も、恥ずかしくて振りほどいてしまったけれど……彼女も、『あら、いやだった?』って言った。僕は首を振って……でも心の中では、嬉しさに似たものも感じていたんだ。それなのに彼女も先生に頼まれて、僕と仲良くなろうとしただけだって、あとでわかって、すごくショックだった。だから僕はエアリィに初めて会った時も、思ってしまったんだ。彼はなんでこんなに、僕に親しげにしてくるんだろう。こんなつまんない僕なんて、魅力的じゃないと思うのに。あの時のメアリー・アンと一緒で、心から僕と仲良くなりたいわけじゃない、何か他の理由があるんだろうって。そして思ったんだ。そうだ――きっとジャスティンと仲良くなりたいから、僕をも取り込もうとしているだけなんじゃないかって。でも、ずっと接しているうちに、わかってきたんだ。彼は違うんだなって。本当に僕と仲良くなりたいって思ってる――彼はそういう性格なんだって。やたらと人と仲良くなりたがる人っていうんじゃなくて、エアリィはきっと、簡単に相手を好きになれちゃう人なんだと思う。相手に対して、何も警戒していないんだね。興味を持って、好意を持って、コミュニケーションをとって、友達になりたがる。それだけなんだって。自分が拒絶されるかどうかなんていうことも、気にしていないというか、拒絶はされない自信があるのかもしれない。自分が好意を持って相手に接していれば、相手もきっと自分に好意を持ってくれるだろう、そう思っているのかもしれない。たぶん彼はこれまで、相手に受け入れられなかったことなんて、なかったんじゃないかな」
「ああ……まあ、そうかもしれないな、あいつは」
 僕は思わず苦笑した。
「本当に彼は僕の対極だね。僕が望むものを、すべて持っている。だからどうしても、嫉妬の思いが強くなってしまうんだ。でも、そう思うとやっぱり、僕のことを友達と思ってくれている人に対して嫉妬するなんて、自分はなんて卑しい人間なんだろうって、イヤになってしまうんだよ。それに君に対しても……僕は子供の頃からずっと君に付きまとって、君の世界を狭くしてしまったんだって思うと、すまなくて。僕のせいで、君は他に友達を作らなかったんじゃないかって。小学校で学年が離れた時、君が仲良くなったジョン・ストロード君やバートラム・スミス君とも、また僕と一緒のクラスになったら、疎遠になってしまったし。しかも、それを僕は喜んでいたなんてね。そんなことを、ここでも繰り返し考えていたよ。それで、ひどく落ち込んでしまって……僕さえいなければ、君のためにもなるんじゃないかって……」
「……おまえがそんな風に感じていたなんて、知らなかったな」
 僕は衝撃から立ち直ると、ようやく言葉を探した。
「でも、ほっとしたよ。いきなり『君が好きだ。友達という意味じゃなくて』なんて言われた時には、一瞬固まっちゃったじゃないか。おまえにそういう趣味があったのか、なんてさ。でもよく話を聞いたら、違うんだな。よかったよ」
「でも、この世で一番君が好きだというのは本当だよ、ジャスティン」
「だけど、まさか恋愛の対象として、というんじゃないよな。つまり、友達としておまえを一番好きであって欲しい、という意味だろ?」
「うん……そうなんだろうね」
「じゃあ、ことは簡単だ。僕はおまえを一番の親友だと思っているし、おまえのために縛られたとも交友を狭められたとも、ぜんぜん感じていないよ。だって僕も元々社交的なほうじゃないからね。本当に気の合う友達がいればいい、そんな感じなんだ」
「そう……よかったよ……」
「でもさ、おまえの僕に対する感情って、たしかに愛情に近いのかもな、考えてみると。いや、変な意味じゃないけれど、友情と愛情は違うはずだと思うんだ。でもおまえの見方だと、僕とステラの関係と、僕とエアリィの関係が、ほぼイコールっていうかさ、後者の方が嫉妬する。ごめん、ちょっと理解に苦しむかもしれない、そこのところは」
「うん。普通に考えればそうだよね……」
「恋愛は一対一だけれど、友情はそうじゃないからね、普通。一対多がありえる、っていうか、それが普通の形だろうし。それこそエアリィやジョージあたりは、『友達の友達は友達だ』って感じで、もしその友達に他の友人がいたら、その人とも仲良くなればいいじゃないかって、いうんだろうけれど」
「うん。理論の上では、わかるよ。だからこそ、僕は君に特別な感情を持っているんだろうね。でも……恋愛ではないんだよ。ただ、傍にいて欲しいだけなんだ」
「恋愛だったら、ちょっと困るぞ。僕はそういう趣味はないから、おまえの気持ちにはこたえられない」
 僕は半ばジョークめかして言い、肩をすくめた。
「それに傍にいるといっても、二四時間一緒にいるわけでもない。僕らは親友ではあっても、家族ではないからね」
「うん。でも思うんだ。君と一緒にいる時には、僕はいつも一対一でいられた。二人で話が出来た。今、こうしているように。それがとても安心できるし、自分のペースで言いたいことが言える。でも、これが三人以上になってしまうと、僕は少し居心地が悪くなってしまうんだ。会話のペースが変わって、話についていけなくなってしまう。言うタイミングも何を話すべきかも、ちょっとわからなくなってしまうんだ。だから、みんなの話を聞いているほうが多くなってしまう……」
「まあ……本当に内気な人間には、良くあることなんだな、それは」
 僕は頷くしかない。
「おまえは僕と一対一ではけっこう話すけれど、これにエアリィが入ってきて三人とか、ミックとジョージが入って五人、ロブが入って六人、と人数が増えて行くに連れて、おまえがしゃべらなくなっていくのは、気がついていたよ。まったくしゃべらないわけではないし、おまえから話しかけることもあるけれどな。それにまあ、ジョージも身内だから、おまえと僕とジョージなら、おまえも気楽な感じだけれど」
「うん……」
「まあ僕も、仲間内では気楽にしゃべっているけれど、基本的にはおまえと同類だからな。でもこのバンド内とロブまでは、気を許している。おまえも僕とジョージ以外にも、もっとみんなに気を許せたら、もう少し楽なんじゃないかと思うんだ。まあ、おまえは僕よりもう少し時間がかかるんだろうけれど。でも、ロビン。おまえは楽しくないのか? このバンドにいるのって? 一緒にプレイして、みんなでおしゃべりして。話を聞いて、タイミングを計っているだけで、疲れてしまうか?」
「そんなことはないよ。みんなといて……楽しい」
 ロビンはしばらく考えるように黙ったあと、頷いた。僕を見た目に、少し光が戻ってきたように感じた。
「本当に楽しいんだ。一緒にステージで演奏して、みんなの息がぴったり合った、いい演奏が出来たって、そう思える時には、本当に楽しいし嬉しいんだよ。お客さんが喝采してくれた時とかも……それは直接僕に向けたものじゃないけれど、でも、僕らに向けられたものには違いないし……」
「ああ、それはステージ上の僕ら全員に向けられたものだ。僕はそう思っているよ」
「うん。それにね、みんなで移動したり、ご飯食べたり、楽屋にいて、話をしている時って……その雰囲気は好きなんだよ。君と二人でいる時とは、また違う感じだけれど。あったかくて、楽しい。それにモーテルで一緒の部屋になった時も……僕も気楽なんだ、一対一なら。エアリィとも、ミックとも。ああ、ロブはちょっと気後れしていた時もあったけれど、途中で慣れたし。だから最近ずっと一人部屋で、少し寂しく思うことも多いんだよ」
 ロビンは目を閉じ、しばらく黙った後、再び目を開けて僕を見た。
「僕は……みんなと一緒にいることが好きだ。君と二人じゃなくても、君も一緒にいてくれるし、みんなが僕のことを受け入れてくれる。そうだね……友情は恋愛とは違う。広げていけばいいんだ。友達の友達は友達だ、なんて、エアリィやジョージ兄さんみたいな、外交的な人しか当てはまらないって思ってたけど、本当の友達になればいいんだよね、エアリィとも。彼はもう、そう思ってくれているんだし。君に思うことを言ってしまったら、なんだかこだわりが取れた気がする。今なら、そう出来そうな気がするんだ……」
「逆に、おまえに友達と思われてないなんて知ったら、あいつはショックを受けると思うぞ」
 僕は再び、思わず苦笑した。
「そうだね……」ロビンも苦笑いしている。
「なんだかそう思ったら、僕はとんでもなく人でなしなことをしてきた気がするよ」
「おまえにとっては、友達は僕一人で、他に作る気はないって思い込んでいたせいだろうな。でもさ、友達っていうのは恋人とは違う。一人だけじゃなくたっていいんだ。それにさ、たぶんおまえの嫉妬心は、結局、自己嫌悪の裏返しなんだと思うんだ。自分は取るに足らない、なんて思っているから、自分を凌駕する奴に、嫉妬してしまうんだろうよ。それに自信がないから、僕をとられる、なんて変なことを思ってしまうんじゃないかな。でもな、自己嫌悪なんてつまらない。もうやめろよ。おまえはいやな奴でも、卑怯でもないさ。僕はおまえが好きだし、親友だと思っている。他に何人友達が出来ても、そこは変わらないさ。だから、おまえにとっても、きっとそうだと思うんだ」
「そうだね」ロビンは再び頷く。
「恋愛と友情は違うからね。おまえは僕に、恋愛感情を持っているわけじゃないだろ? もしそうだったら、きっとエアリィよりステラのほうが、嫉妬対象になるだろうし」
「恋愛感情……いや、君とそんなことをしたいとは思わないよ」
 ロビンの顔は赤くなり、恥ずかしそうに片手で毛布を引き上げている。
「おい、そこで赤くなるなよ! やめてくれよ」
「ごめん。変な意味じゃないんだ」
「わかってるよ」僕は笑って首を振った。
「でもさ、真面目な話、そういう意味じゃないとしても、あまりに僕のことを重く考えすぎているんじゃないのかな、おまえは。おまえと僕は親友同士だ。それは何があっても変わらない。でも友情と恋愛紙一重というのは、あまり健全じゃないと思う。だから……そうだ、いいことがある。おまえも恋をすればいいんだ。好きな女の子が出来れば、僕が誰と仲良くしようと、全然気にならなくなるはずさ」
「できるかな……こんな僕を好きになってくれる女の子なんて、いるかな」
「またそうやって自分を卑下する! いいかげんにしろよ、ロビン。おまえ、ここに来て、ふさぎ虫にとりつかれたんじゃないのか? いつもよりひどいぞ。だからこんなバカなことをしたんだろう」
「そうかもしれないね。母さんも帰ってしまったし、朝から晩までここに一人でいると、しんから寂しくなってしまうのは、本当だもの。トロントで一人暮らしをしている時には、そんなに寂しくないんだけれど、ここはロサンゼルスだし、お医者さんも看護婦さんも知らない人だしね」
「そんなことじゃないかと思ったよ。それでよけい、いろいろ変なことを考えたわけだな」
「そうかもしれない……」
「でも、本当におまえは死にたかったのか? それほど自分がいやになったのか?」
「イヤになっていたよ、あの時は。君が励ましてくれたから、もうそうじゃないけれど。でもね、どんなに自分がいやになっても、やっぱり死ぬのは怖かった。薬が効き始めてきた時、僕はものすごく恐ろしくなったんだ。イヤだ、助けてって。やっぱり死にたくないって……死ぬような理由なんて、ないんじゃないかって。バンドにいて楽しいのに……そう、さっき君が僕に問いかけたことを、僕はあの土壇場でも思っていたんだ。でも、すぐに意識が朦朧としてきて……ああ、君が来てくれなかったら、僕はあのまま死んでしまっていたかもしれない。君が助けてくれたんだね。ジャスティン」
「それは本心だよな、ロビン」
「うん」
「もうこんなことはしないでくれよ、お願いだから。それにな、もっと自分に自信を持って、自分を好きになってくれよ。おまえは決してバンドの足を引っ張ってなんかいないし、どうでもいいメンバーなんかじゃない。僕はもちろん、エアリィもジョージもミックも、そんなことちっとも思ってないだろう。おまえ宛のファンレターだって、ちゃんと来てるんだぞ。読んだだろう? おまえにも、ちゃんとファンはいるんだ」
「うん。二、三十通だったけれど、来ていたね。全部読んだよ。うれしかったし、恥ずかしかった……」
「それに、僕はおまえとは無二の親友だと思っているし、おまえのために世界が狭くなったなんて、ちっとも思っていない。信じてくれよ」
「うん……ありがとう、ジャスティン」
「そしておまえも、もう少し世界を広げることだ。僕のためじゃなく、おまえのために」
「うん、僕もそう思う。今は」
「じゃあ、もう大丈夫だな」
「うん、大丈夫だよ。でも、ジャスティン。お願いがあるんだ。このことは、みんなに黙っていてほしいんだ」
「ジョージに一発張り倒されたほうが、おまえには薬なんじゃないのか?」
「いやだよ。もう、十分後悔しているんだ。二度とこんなことはしないって誓うから。お願いだよ。僕がこんなにバカな人間だったなんて、君以外に知られたくないんだ。恥ずかしすぎて、本当にたまらないよ。だから、お願いだから……」
「本当に誓うか?」
「うん。絶対に大丈夫だよ」
「じゃあ、僕からは言わないよ。ただ、ちょっと厄介だな。ここはカリフォルニアだから。自殺未遂者は再発防止のために、精神科医のカウンセリングを受けなければならない決まりだろ? まあ、守秘義務はあるだろうけれど、家族にまで伏せておけるかな」
「うん……でも、さすがは病院のもと跡取り息子、詳しいんだね」
「そんなことを言っている場合か」僕は思わず苦笑した。
「でも、僕が今日ここに来る気になったのは、きっと守護天使のお導きだろうな。間に合って、本当によかったよ」
「本当にありがとう、ジャスティン。君にはどんなにお礼を言っても、言いたりないよ。君は僕の命の恩人だね」
「自分で死のうとしておいて、命の恩人もないもんだ」
「それを言わないほしいな。もう絶対に、二度とばかな真似はしないから」
「二度もあってたまるか!」僕は再び苦笑した。
「そういえば、今日は何の日か知ってるか? 僕らの誕生日だろ、十九才の。だから、ケーキを買ってきたんだ。おまえはまだ食べられないだろうから、冷蔵庫にでも入れておいて、明日一緒に、一日遅れでお祝いをしないか? 男同士で寂しくさ」
「ありがとう、ジャスティン。本当に……」
 ロビンは泣き出しそうな顔で頷いている。
 その時、看護師さんの一人が部屋に来て、ロビン宛の郵便を持ってきた。僕はそれを受け取り、差出人を確かめると、その四つの包みを彼のベッドの上に置いた。
「ロビン、誕生日カードとプレゼントが来てるぞ。エアリィとミックとジョージ、それにロブから。みんなもおまえの誕生日、忘れてなかったんだな」
「うん……」
 ロビンは包みを開き、カードを読んで頷いている。その頬にまた、涙がこぼれていった。たぶん彼らからのお祝いは、僕のところにも届いているのだろう。オフ中の場合は、いつもそうだった。
「僕たちは幸せな共同体だよな」
 僕はロビンの背をぽんと叩いた。
「うん……」
 ロビンは頷き、再び涙を流している。
 もう大丈夫だ。孤独な環境が災いして、生来の悲観性が極まったための気の迷いだろうが、今は僕の知っているロビンに戻ってくれた。そう確信して、僕は全身の力が抜けたような安堵を覚えた。




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