日本人の腸内細菌叢は、炭水化物などの分解能力に優れた細菌の割合が高い
最新疫学研究情報No.105
早稲田大学と東京大学を中心とする共同研究チームによって、「日本人の腸内細菌叢は、欧米人や中国人と比較して、炭水化物などの代謝能力に優れた細菌の割合が高く、そうした腸内細菌叢の特異性が、日本人の平均寿命の長さや肥満率の低さに影響を与えている可能性がある」との発表がなされました。
本研究の背景
ヒトの腸内細菌叢は、さまざまな腸の機能に関係して、健康に大きな影響を与えています。最近では、メタゲノム解析と呼ばれる新しい手法を用いた腸内細菌叢に関するコホート研究が多く報告されています。その中には、欧米や中国に住む成人(*健康な人だけでなく、炎症性腸疾患・糖尿病・大腸ガンなどの患者も含む)やアジアの子供などを対象とした研究が含まれています。それらの報告によれば、ヒトの腸内細菌叢は食事や遺伝的背景などさまざまな要因により、そのバランスが変化し、それが病気の発症に影響を与えることが示唆されています。
日本人は、欧米人に比べて独自の食文化や生活習慣を持ち、それが腸内細菌叢にも反映しています。日本人の腸内細菌叢はアメリカ人に比べて、水性植物(海藻)由来の多糖類を分解する酵素遺伝子が多いことが確認されています。
しかし、従来の日本人を対象とした腸内細菌叢の研究(*メタゲノム解析による)は、規模が小さかったためにデータが不足しており、日本人の腸内細菌叢の特性や、長寿との関連性については明確にされてきませんでした。
そこで研究チームは、新たに健康な日本人の集団を対象とした腸内細菌叢の大規模なメタゲノム解析を行い、それを海外のデータと比較することでその特性を明らかにし、腸内細菌叢の形成に影響を与える要因について調査することにしました。
研究方法
研究チームは、日本人男女106人(平均32歳、BMI値22)を対象に、被験者の腸内細菌叢のDNA解析を行いました。次世代シークエンサーと呼ばれるDNA配列自動解読装置を用いて、被験者の腸内細菌叢のメタゲノム配列データを収集し、細菌の種類や遺伝子の機能を調査しました。さらに、海外のデータベースからデンマーク・スペイン・米国・中国など11カ国の健康な成人(※1)のメタゲノムデータを選出し、日本人のデータと併せて、12カ国間(*総数861人)におけるヒトの腸内細菌叢の特性を比較分析しました。
※1海外のデータは、デンマーク・スペイン・米国・中国・スウェーデン・ロシア・ベネズエラ・マラウイ・オーストリア・フランス・ペルーにそれぞれ住む健康な成人(*BMI30以上の肥満・2型糖尿病・炎症性腸疾患・肝硬変・大腸ガンのいずれかに該当する人は除外)のものが採用されています。
研究結果
日本人被験者のデータを分析した結果、腸内細菌叢を形成する主要な4つの門(*門とは、細菌を遺伝学的に分類したときのグループ単位のこと)の割合(平均)は次のようになりました。
- ファーミキューテス門(納豆菌やラクトバチルス(*乳酸菌の一種)などを含む)59.7%
- アクチノバクテリア門(ビフィズス菌などを含む)21.8%
- バクテロイデーテス門(日和見菌などを含む)16.7%
- プロテアバクテリア門(大腸菌などを含む)1.4%
日本人の腸内細菌叢は、アクチノバクテリア門の割合が特に高く、12カ国中最上位であることが明らかにされました。日本とオーストリアを除く10カ国の被験者の腸内細菌叢の組成は、ファーミキューテスとバクテロイデーテスの2つの門が大部分を占める結果となりました。さらに属レベルでの菌種組成を分析した結果、日本人の腸内細菌叢はビフィズス菌に代表されるビフィドバクテリウム属が全体の17.9%を占め、最も優勢であることが確認されました。その他にも、ブラウティア属(*短鎖脂肪酸の一種である酢酸の生成に関与する細菌種)の割合が多いことも明らかにされました。
腸内細菌叢の遺伝子の働きを分析した結果、日本人は他の11カ国の被験者と比べ、炭水化物の代謝機能(*糖を分解する酵素遺伝子が多い)や、糖の細胞内への輸送能力に優れていることが明らかにされました。さらに日本人被験者の約90%は、海藻の多糖類を分解できる腸内細菌を保有していましたが、日本以外では、多い国でもおよそ15%の保有に留まっていることが確認されました。また、日本人の腸内細菌叢は他国に比べて、補酵素・ビタミン代謝、アミノ酸代謝、シグナル伝達などの働きにも優れていることが判明しました。
一方、エネルギー代謝・細胞運動性(*細菌の鞭毛などの働き)・DNAの損傷に関わる複製・修復などの機能は、他国に比べ低いことが確認されました。
各国の被験者のデータを比較した結果、国ごとに腸内細菌叢の組成が異なっていることが確認されましたが、その一方で、類似点も見られました。日本人の腸内細菌叢は、ビフィズス菌とブラウティア属が多い反面、バクテロイデスやプレボテラの細菌類が少ないという特徴が見られましたが、これと類似していたのがオーストリア・フランス・スウェーデンの被験者のデータでした。
一方、中国人の腸内細菌叢には、ビフィズス菌が少なく、バクテロイデス属が多いという特徴が見られ、日本人の腸内細菌叢とは、最も対極の関係にあることが判明しました。中国人は、アメリカ・デンマーク・スペイン・ロシアの被験者の菌種組成と類似していることが確認されました。また、ペルー(南米)・ベネズエラ(南米)・マラウイ(アフリカ)の被験者のデータには、ビフィズス菌が少なく、プレボテラ類が多いという共通点が見られました。
国ごとの比較分析の結果からは、「人種が同じ」「国が隣同士」といった要素は、腸内細菌叢の構成に大きな影響を与えていないことが判明しました。例えば日本と中国は、地理的にも近く人種も同じなのに、腸内細菌叢が大きく異なっていたことから、そうした条件(*地理的な近さなど)は腸内細菌叢の形成に大きな影響を及ぼさないということが明らかになりました。さらに、各国の食事データと腸内細菌叢の関係を調査した結果、食事が腸内細菌叢に影響を与える可能性は示唆されましたが、矛盾点も残りました。例えば中国人とマラウイ人・ペルー人は、穀類や豆類が多く、動物性食品が少ない食事を摂取していましたが、腸内細菌叢の組成は近い関係にはありませんでした。さらに、オーストリア・フランス・スウェーデンの被験者は西欧型の食事を摂取していましたが、腸内細菌叢は、日本の被験者と近い関係にあったことが判明しました。以上の結果から、腸内細菌叢の形成には、食事以外の要素も強く関わっていることが明らかになりました。
結論
研究チームは、今回の研究結果を次のように結論づけています。
「今回の研究により、日本人の腸内細菌叢の特徴が明らかにされた。特に日本の被験者に多く見られたビフィドバクテリウム属は、他の細菌種よりもデンプンを消化するための糖質加水分解酵素を多く持っているため、ヒトの生体にとって有益である。日本人の腸内細菌にビフィドバクテリウム属の割合が高いのは、日本独自の伝統食によるさまざまな種類の糖質を摂取した結果であると考えられる。しかし現時点では、どのような食品や栄養素がビフィドバクテリウム属の多さに寄与しているのかは、明らかになっていない。
また日本人の腸内細菌叢の機能として、炭水化物代謝能力が高いことが明らかにされたが、炭水化物の最終産物である短鎖脂肪酸と水素は、両者とも有益な働きをする。特に日本人の腸内細菌叢においては、水素は酢酸の生成のために効率よく再利用されることが判明した。
一方、日本人は他国の被験者に比べて、腸内細菌の細胞運動性やDNAの複製・修復機能が低かったことが明らかにされた。このことは、日本の被験者の腸内が、炎症反応やDNA損傷が少ない良好な環境に保たれていることを示唆している。こうした日本人に特徴的な腸内細菌叢は、平均寿命の高さに結びついている可能性がある。
12カ国の被験者データの相違性や類似性を比較した結果、腸内細菌叢の形成には、食習慣による影響だけでは説明のつかない別の大きな要因が関与していることが示唆されたが、それを解明するには、今後のさらなる研究が必要とされる。」
出典
- 『DNA Research 2016年3月6日号』online版
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