中学生ザンの物語
10 ザンと暢久とアトル
「私を難聴にするつもりですの?」
アトルは顔をしかめながら言ったが、ザンは、それを無視して怒鳴る。
「何で明日も叩かれなきゃなんないのよっ!?」
「あなたはそれだけのことをしたんですのよ。タルートリー様がお仕置きをして下されば、2日くらいでいいと思いますけど。」
「お父様なら2日って…。」
「タルートリー様が出張から帰ってくるまで、毎日お仕置きですわ。」
「あたし、施設に帰る!」
ザンは、ベッドから降りた。「わたしまで虐待されるのはご免だからね!」
「…。…暢久君は、本当に虐待を受けているのですか?」
パジャマのまま部屋を飛び出そうとしたザンは、その言葉に振り返った。
「受けてるってば。そんな特にもならない嘘をつく必要ないじゃん。」
「それはそうですけど。」
「教師だって人間さね。離婚はするし、子供だって虐待するさ。」
「なんですの、それは。…暢久君、お母さんがいないんですか?」
「先生がノブを虐待するのを止められない自分が不甲斐無くて出て行った、とかご立派な理由をノブが教えてくれたよ。」
「あなたにかかるといいことなんてないんですのね。」
「ないね。裁判に負けてノブを引き取れなかったって教えてもらったけど、本当は面倒になって、逃げたんじゃないの。実の母親じゃないそうだし。」
「複雑な家庭ですわね。」
「ノブの実の母親は、ノブがお腹にいる時に父親が事故か何かで死んでしまって、一人でノブを生んだんだって。その後、先生と結婚して、病気で死んだんだってさ。」
出ていく気がなくなったザンは、ベッドに入りながら、続けた。「そして、実の親がいなくなったノブを先生は、苛めまくった訳だ。さぞかし楽しいだろうねー。」
「子供を虐待する人の気持ちは分かりませんわ。でも、楽しいんでしょうか…。」
アトルは、理解できなくてため息をついた。
「お母様だって、たった今宣言したじゃない。」
「私は違いますわ!あなたはそれだけのことをしたんです!」
アトルは、かっとして大きな声を出した。「大体私が、どれだけの決心をして、今日あなたに酷くお仕置きをしたと思っていますの?タルートリー様に無断で道具まで使ったのだって…!タルートリー様に知られたら、私だってお仕置きされますのよ…。」
「え?何だって?」
「あっ…。な・なんでもありませんわ!も・もう子供は寝る時間です。おやすみなさいな。」
アトルは、慌ててザンの部屋を出て行く。戸を閉めかけて、はっとして、顔だけ出して言った。「手の甲のお仕置きは、明日しますからね!それでは、おやすみなさい。」
「おやすみなさい…。」
ザンは、手を伸ばして部屋の電気を消す。「お父様がお母様のお尻を叩くのかな…?変な夫婦。」
「ザン、起きなさいな。」
次の日の朝。アトルはザンを揺さぶって起こした。
「うん…。おはよう…ふぁー…ございます。」
ザンは、体を起こして伸びをする。その間にアトルは掛け布団をめくる。アトルは、起きあがったザンをまた寝かせて、おしめを外した。
「濡れてますわ。」
アトルはそれだけ言うと、ザンのお尻を清潔なタオルで拭き始める。
「赤ちゃんじゃないんだから、自分で拭くよー。今したんじゃないから、濡れていないよっ。」
ザンが喚くのを無視して、アトルは無言で拭き続ける。「そ・そんなとこまでーっ。すけべーっ。」
「もう終わりました。」
「変なとこにさわんないでよ。」
「嫌だったら、おねしょをしなければ良いのですわ。」
「でも…。」
「口答えするのですか?」
アトルは、そう言いながら、ザンを膝にうつぶせに寝かせた。「悪い子はお仕置きですよ。」
「叩きたきゃいくらでも叩けば?あたし、絶対に謝らないからね!」
「そんな風に言われたら、叩けませんわ。お仕置きは無しにします。」
アトルはそう言うとザンを膝から下ろした。ザンがベッドに座る。アトルは手を伸ばして、ザンの背中を撫でた。
「鞭が駄目なら、飴って訳?」
「違いますわ。ただ、…ただあなたが可愛くてするのですよ。」
ザンはうつむく。が、毅然として表情で顔を上げ、アトルを睨む。
「優しい言葉で懐柔しようたって、そうはいかないからね。毎日お尻を叩くって言ったくせに。」
「悪い子には、厳しいお仕置きが必要ですわ。毎日お夕飯が済んだら、手で100回叩きます。昨日ほどにはしませんわ。」
「それって、お父様が帰って来るまでなんでしょ?いつ帰ってくるのよー。」
「分かりませんわ。でも、2週間以上でしたら、3週目からは減らしますわ。」
「…。そんなに叩くんかい。」
「一度決めたことは守りますわ。そんなことより、いい忘れる所でしたけれど、今日のおねしょのお仕置きはしませんから。」
「なんで?今日は、お母様の番じゃなかった?」
「おねしょをしてお尻を叩いても逆効果ですわ。施設では、週に2・3回しかしていなかったあなたが、うちへ来てから、1日も欠かさずおねしょをしているのがいい証拠ですわ。」
「今まで、叩いてたじゃん。」
「タルートリー様は、お尻を叩くのが好きなんですのよ。ですから、仕方なくそうしていたのですわ。」
「お母様だって叩いたじゃないのさ。」
「あなたの痛がりようが酷かったんですもの。それともあなたは、毎日タルートリー様にお仕置きされた方が良かったのですか?」
「うっ。そ・それは…。」
「そろそろ支度しないと学校に遅れてしまいますわよ。…手の甲のお仕置きは、今日のお仕置きの前にしますわ。」
「へーい。」
「その返事はなんですの!」
ぱんっ。
「いっ!」
一回だったが、結局お尻を叩かれたザンだった。
お昼休み。ザンは、暢久と話をしていた。
「あたしさあ、あんたをうちのお母様に会わせたいと思ってんの。」
「会ってどうするの?」
「そりゃあ、お母様に、あたしにはこんな素敵な彼氏がいるって自慢する為だよ。」
「僕って素敵なの?知らなかった。」
「…。」
ザンは暢久の顔をまじまじと眺めた。「わたしにとってはだけど…。他の人がどう言うかは、その人の主観や…。」
「それでいいよ。僕が素敵なんて言ってくれるのは、君だけなんだから。」
ザンが言いかけるのを遮って暢久は言った。何か難しい講義が始まりそうだったからだ。
「あたし彼女だもん。あたしだけが言えばいい事じゃん。話は変わるけど、あたしさ、一つ訊きたいことがあったんだ。あのさ、高校は屋上の扉が開いているの?」
「開いてるけど…。何かする気?」
「しないよ、さっきも言ったけど、あたしはお母様にたっぷりお仕置きされたんだよ。しかも、お父様が帰って来るまで、毎日叩くって言われたんだよ。それなのに、さらに悪いことしたら、あたしのお尻はどうなっちゃうわけ?そうじゃないよ。そんな理由で聞いたんじゃなくて、中学の方は扉に鍵がかかっていてさ、ノブはどうやってここに来ているのかと思ったんだよ。」
「高校は、落ちたりしない様に高い柵があるから、屋上は出入り自由なんだよ。」
「成る程。」
「あのさ、ザン。鍵がかかっているのに、どうやって君はここに来ているの?」
「うっ。え・えーと、あ・あたしそんなこと言った?」
ザンは、焦って大きな声を出した。
「言ったと思ったけど…。違ったかな?」
「違うよ、きっと。」
「そう…。」
「うん、聞き間違えちゃったんだよ。そういう事って良くあるよ。」
『ふう。ついまずいことを言っちゃったよ。ノブが自分に自信をもてないのが役に立つとは。大きい声を出しちゃえば、ノブは自分の間違いって思ってくれるもんね。』冷や汗の流れる顔で微笑みながら、ザンは思った。暢久に疑惑を持たれないように彼女は話を変えた。「それより、ノブも先生にきつくお尻を叩かれちゃったんだよね?」
「ザンがお父さんを殴るからだよ。八つ当たりされちゃったんだ。」
「ごめんね。先生が、ノブに八つ当たりすることくらい、良く考えればすぐに分かったのに。」
「ザンでも分からないことがあるんだね。」
「そりゃあ、わたしだって人間だよ。間違ったり、わかんなかったりするよ。」
「そうなんだ。ザンて凄い所ばかりだから、人間じゃないかと思った。」
「ノブったら。もう。」
ザンは、横に寝ている暢久を見て笑った。二人とも、昨日の夜に酷くお尻を叩かれて座れないので、横になっていた。ザンは、毎日屋上で過ごす為に、ビニールシートを持ってきていた。二人はそこに寝ていた。
「お昼休みに二人でおねんねしてさ、牛になっちゃったりして。」
「もーう。もーう。」
「ノブ牛が、鳴いております。」
「ザン牛も鳴きなよ。」
「えーっ、恥ずかしいよ。…分かった、分かったよ。も・も〜。」
「似てる、似てる。もっと、やってよ。」
「恥ずかしいのにー。」
ザンは、暢久と笑いあった。人と仲良くするのは面倒だと思う気持ちは変わらないけれど、少なくともノブと一緒にいるのは苦痛じゃなかった。
「初めまして、僕、水島暢久って言います。」
ザンの家。暢久は、ザンに連れられて、アトルに会っていた。
「初めまして。あなたのことは、ザンから良く聞きますのよ。ザンを可愛がってくれているそうで、嬉しいですわ。この子は私達の前よりも、暢久君の前にいる時の方がいい子にしているみたいですの。」
「ザンが悪い子の時に、お尻を叩くから…。」
暢久は照れて言った。隣に座っているザンの頭を撫でた。「ザン、お母さん達の前でもいい子にしなきゃ駄目だよ。」
「私達もお尻を叩きますのよ。でも、あんまりいい子にしてくれませんわ。」
「別にいいじゃん。わたしはしたいようにするのさ。」
「いつもこうなんですのよ。」
「あのさ、お母様。家庭訪問じゃないんだから、わたしの愚痴ばかり言わないでよ。」
「そうですわね。ごめんなさい。」
「ザン、お母さんにそんな口のきき方しちゃ駄目だよ。お尻をぶつよ。」
「だってさー。」
暢久はこれを聞くと、ザンを膝にうつぶせにした。ザンは慌てて言った。「口答えして悪かったですっ。お母様、ごめんなさい。2度とあんな口のきき方しませんから。わたしが悪い子でした。」
「暢久君、許してあげて下さいな。私、昨日ザンのお尻を酷く叩きましたの。それ以上お尻を痛めつけたら、可哀相ですわ。」
「いいえ。悪い子の時は、お仕置きするって言ってあります。…ザン、分かるよね?」
「はいー。」
ザンは、諦めて言った。暢久は叩くと決めたら、絶対に止めない。
「いい子だね。10回で許してあげるよ。」
「慈悲深い言葉、感謝いたします。」
「え?何?また難しい言い方で僕を馬鹿にする。」
「あたし、あんたを馬鹿にしたことなんてないよ。失礼しちゃう。あんたが意味を知らないないだけでしょ。わたしは、10回で許してくれて有り難うって言ったの。」
「それなら、そう言ってくれなきゃ分からないよ。ザンは、僕が馬鹿だって知ってるでしょ。」
暢久の言葉に、ザンは、暢久の膝から起き上がって言った。
「その、自分を馬鹿だって言うのを止めなって、あたし何回言った?わたしあんたのそういう所が嫌いだよ。あたしはねえ、情けない男は大嫌いなんだよ。」
「僕は僕だよ。どうしようもない。嫌だったら、僕と別れればいいじゃないか。」
「………。…ごめん、言いすぎたよ。…だって、ノブだって、あたしと同じくらいお尻が痛いのに、わたしを叩くの許してくれないんだもん。これくらい許してくれたっていいじゃないって思ったら、かっとして、変なことを言っちゃったよ。…許してくれる? 」
「いいよ。じゃあ、お尻を叩くのは、延ばしてあげるよ。これで溜まったのは、50回だよね。」
「違うよっ。昨日の40回のお仕置きの時、10回にしてもらって、残りは30回。今のと合わせたら40回でしょ。しっかりしてよ。」
「あ、そうだったね。昨日は叩いたんだっけ。」
「叩かれましたっ。」
「そんなに怒らないでよ。間違って叩いちゃった訳じゃないんだから。」
「だってさー。」
くすくす。暢久に文句を言いかけたザンは、アトルの笑い声に振り返った。
「仲がよろしいですこと。」
「お母様を忘れてたよ。」
「僕も。」
暢久は頭を掻きながら言う。「でも…、ザンのお母さんは、優しくて、綺麗でいいな。」
「毎日、お尻100叩きにするって人の何処がどう優しいのよっ。分かるように説明せいっ。」
ザンは半分ふざけて怒鳴った。
「手だけでしょ。それに理由がある。僕は理由が無くても、毎日叩かれるよ。手と鞭で。」
返ってきた深刻な言葉に、ザンとアトルが黙り込む。「分かった?」
「良く分かりました。」
「ザン?急にいい子になったね。」
「あ…、そんなんじゃないよ。」
「僕の膝に座って。頭撫でてあげるから。」
「小さい子みたいでやだよ。」
暢久は抵抗するザンを膝に座らせる。ザンがお尻の痛みに顔をしかめる。
「そう嫌がらないでよ。ザンは僕よりずっと小さいよ。それに、ご褒美は素直に受けなよ。ね。」
「嫌じゃない。ただ、お尻が痛くて…。」
暢久はザンを抱いて、頭を撫でた。「ずっと小さいはないでしょ。10歳も離れているみたいに言わないで。」
「たまには、普通に喜んでくれない?つまんないよ。」
はっとして、ザンは、暢久の胸に顔を埋める。
「ごめん…。ありがと、褒めてくれて。」
暢久が帰った後。
「暢久君、いい子ですね。」
「うん。…。…先生、どうしてあんないい奴に意地悪するんだろ?」
「水島先生から見ると、そう見えないのでしょうか…。」
「まるきり愛していない訳じゃないんだよね。もしそうなら、お金のかかる私立なんぞには通わせないから。…ノブは先生に、小さい頃から、教師の息子のくせに頭が悪いって怒られてたんだって…。先生のやり方じゃ子供は伸びないよ。ノブの話しから推測するに、先生は自分のやり方が悪いと分かってやってるよ。」
「えっ、つまり、水島先生は、暢久君がいい成績が取れなくなると分かっていて、わざと悪い教え方をしたんですの?」
「そうだよ。…先生自身が虐待を受けてるでしょ。それが何か関係するのかなあ…。虐待は連鎖するケースも多いんだよねー。先生の過去を詳しく知りたいな。」
「…。」
アトルは何とも言えなかった。
「ねーえ、本当に叩くの?」
「決めたことは守ると言ったでしょう。さあ、素直に手をここに乗せなさいな。」
夕食後。アトルは、机を軽く叩いた。昨日からすると宣言していた手の甲を鞭で打つお仕置きをする為だ。
「いくつ叩くかは言っていませんでしたわね?」
「はい…。」
「5回にしますわ。」
アトルはそう言うと、机に載せたザンの手の甲を5回打った。ザンが思った通り、一回だけで傷から血が流れた。アトルは、その傷に昨日の傷薬を塗った。
「次は、お尻ですわ。」
アトルは、息を軽くつくと言った。『タルートリー様が帰ったら、私も同じように毎日叩かれそうですわ…。』
ザンはお尻を出すと、アトルの膝にうつぶせに寝た。自然に体に力が入る。パンツが触れるだけで酷く痛むのに、また叩かれなければいけないのだから。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。アトルは、無言で叩き始めた。
「あなたが女の子らしくして下されば、お仕置きをする必要はないんですからね。」
「だって、悪い奴は殴ってやった方がいいんだから。」
「暴力を振るうのは悪いことですわ。お仕置きと暴力は違うんですよ。あなたの言いたいことも分かりますけど。」
「はい…。あーんっ、痛いよーっ。」
ザンは痛みを堪えきれず叫んだが、先はまだ長い…。