妖魔界2番外

2 良くある話2

「八つ当たりは良くないと思うぞ。」

 トゥーリナの肩の上のザンは言った。「あの人、怒っちゃったじゃないか。」

「分かってるけどよ。ついな。」

 トゥーリナは頭を掻いた。大人気ない態度が恥ずかしくなってきた。

「俺はいいわけ?俺だって八つ当たりされたのに…。」

「「お前はいいんだよっ。」」

「ふ・二人して怒鳴る事ないじゃない…。」

「だってよー、ターランとタマちゃんは少しは食べてるだろ。俺とトゥーリナは飲まず食わずなんだからな。」

「そうでした…。」

 ターランはうつむいた。まあ、だからと言って正当化出来ないとは思うのだけど、妻としては我慢した方がいいかなとターランは思った。

 何故ザンとトゥーリナが食べられないのかを説明すると、堕天使は殆どの草を食べられず、人工の生命体のタマちゃんの体に、変な物を食べさせて何かおきたらと思ったからだった。悲しい事に慣れない体では、狩りすら出来なかったのだ…。

「さ、町まで後ちょっとだから頑張ろうよ。」

「おー…。」

 まるで覇気のない声を出した二人と一言も喋らないタマちゃんに気を使いながら、ターランは町までの道を先導して行った。

 

 やっとの事で町に着き、4人は食堂に入った。ご飯時ではないので、客は誰もいなかった。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。」

 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ…。一人の店員らしき人が店主らしき人にお尻をぶたれていた。他の店員は、テーブルを拭いたり食器を磨いたりして、見ないようにしている。慣れっこになっていて、気にも止めていないのかもしれないけれど…。

「今、休みですか?」

 誰もいらっしゃいませとは言わないので、ターランが言った。お仕置き中の二人以外の店員がはっとした。という事は平静を装っていただけなのだろう。一人が皆の前に慌ててやって来た。

「あっ、やっていますよ。気付かなくて済みません。…いらっしゃいませ、中へどうぞ。」

 店員に案内されて、テーブルについた。「その子“子供の遊び相手”ですよねぇ。凄い値段で貴族用だって聞いたんですけど、堕天使様なら買えるんですねぇ…。」

「ま・まあね。」

 ターランは照れた。今、自分は堕天使ではないのを忘れている。話題の堕天使様トゥーリナはメニューに目を走らせ、何を頼むか考えている。話題の張本人のザンもメニューを覗き込んでいる。

 タマちゃんは、客が来ても平然と行なわれているお仕置きの方を見ていた。かなり悪い事でもしたのか、お尻が濃い色になっているのに、まだ許してもらえないようだ。

「ごめんなさいっ、もう決してミスしませんからっ、許して下さいっ。」

 ばしっ、ばしっ、ばしっ。叩く音が強くなっている。謝っている店員はもう涙声だ。「本当ですっ。」

「何回失敗したと思ってるんだ?お前がオーダーミスしたせいで、何人帰っちまったり、怒らせたりしたと思ってる?」

「ごめんなさい…。」

「今日と明日の給料はなしだからなっ。」

 びしっ、ばしっ、ばしっ。店主の平手打ちは容赦なく、店員はとうとう声を出して泣き出した。それとも給料なしがショックだったのか…。

「ひっく、ひっく、はいっ。」

「泣いたからって、許さねえからなっ。」

 びしいっ、ばしいっ。更に叩き方が強くなった。店員は悲鳴を上げている。

「タマ、お前は何か食べたい物はあるか?」

 タマちゃんははっとした。何故か呼び方が変わって冷たくなったターランが自分を見ているのに気付き、寂しげな顔をする。

「タマちゃんは分からないんじゃないかなあ…。俺が選ぶよ。」

 優しくなったトゥーリナが頭を撫でてくれてタマちゃんは微笑んだ。そう、タマちゃんは今だに分かっていないのであった。説明するのも難しいし、理解した所で意味はないと皆が思ったからだ。

 

 オーダーを済ませ、待っている間にお仕置きが終わり、やがて料理が運ばれてきた。久しぶりのまともな食事に、皆は無言でかっ込み始める。いつもはマナーに五月蝿いターランもさすがに気にしていられないらしい。しばし、お食事タイム…。

「ふぅ…。生き帰るぜっ。…これもう1つくれっ。」

 トゥーリナは大きな声で言った。それが運ばれてくると、今度は普通に食べ始めた。

「…なあ、ターラン。奥の厨房で働いているのさ、女に見えるんだけど…。」

 ザンが小声で言う。食事中のお喋りは禁じられているので、ちょっと怯えている。

「そうだね…。なんで女の子が働いているんだろう…?」

 

 妖魔界は、男女の役割がはっきりしている。外で働くのは男性だ。だからさっきぶたれていたのも叩いていたのも男性である。女性は特別な事情がない限りは働かないし、そうなると同情される。つまり、女性の場合、仕事が出来ないのではなくて、仕事をしなければならないとなるのだ。妖怪の女性が日本に来たら、吃驚するだろう。女性が男性と平等に働ける環境が…なんて言われるのだから。

 

「あー?何こそこそしてんだ、お前等?」

「いや、あそこにいるの女の子だよね?」

「おっ、本当だ、女だ。しかもガキじゃねえか。」

「だから言葉が悪いって。」

「ほんとお前は五月蝿いな。…ま、ガキって事はここの娘なんだろうよ。」

 トゥーリナはどうでも良さそうに答えると、食事を再開した。

「…なんで娘って思うんだ?」

「女の子しかも子供を普通のお店が雇うわけないから、何か事情があって娘が働いているって事だよ。」

 ザンの質問へターランが代わりに答えた。ザンは納得すると食事を再開した。ターランはタマちゃんの面倒を見ながら、食べている。

 

「タマちゃん、腹一杯食ったか?」

「ざー?」

「そう、俺はザンだぞ。俺はもう一杯さ。」

 タマちゃんは、お腹を撫でると微笑んだ。

「ちゃ、いっぱい。」

 タマちゃんは、ターランとザンからタマちゃんとちゃん付きで呼ばれるので、自分を「ちゃ。」と呼ぶ。

「なータマちゃん、どうやって空を飛ぶか教えてくれよ。」

「ぱたぱた。」

 タマちゃんは羽を動かせと言っていると解釈したザンは、

「羽根の動かし方からしてわかんねー。」

 タマちゃんはザンの翼をつまみ、動かした。「おっ、なんとなくだけど分かってきたぞ。有難う、タマちゃん。」

「ざー、ぱたぱたー。」

 ザンがなんとか羽根を動かせるようになったので、タマちゃんは手を叩いた。それから、ふと尻尾に触れ、「ざー、しぽー。」

「尻尾は動かせても意味ないけど、タマちゃんが動かし方を知りたいなら教えるぞ。」

 ザンはタマちゃんのお尻の横に立つと、尻尾の付け根に触れた。「ここだ。ここらへんを動かすようにしてみろよ。」

 ぴくっ。

「タマちゃん、少し動いたぞ。」

 ぴくぴくっ。「おー、もう大丈夫だな?」

「しぽー、しぽー。」

 タマちゃんは楽しそうだ。ザンは、羽根を動かして浮き、タマちゃんの肩に止まった。

「飛ぶって気持ちいいなっ。俺の夢が叶ったぜ。」

 ザンは飛び跳ねた。

「そろそろ静かにしなさい。」

 ターランが二人を見た。「他のお客さんが来たから、五月蝿くすると迷惑だよ。」

「はあーい。」

「あーい。」

 二人は顔を見合わせて静かに笑った。

 

「有難う御座いましたぁー。またどうぞ。」

 店員の声に送られて店を出る。4人は満腹でとても心地よかった。ザンは空を飛べるようになったので、さらに満足だ。

「ふんふん〜♪」

「鼻歌なんかしてご機嫌だね。」

「空を飛べるようになったからな。夢だったんだぁ。俺だけ空を飛べなかったしよ。」

「入れ替わって満足なのはお前だけだぞ。」

 トゥーリナは冷たく言った。ザンが今度はムカッとした顔で、

「ふんっ、今度はそれくらいで傷つかねえぞ。自由自在に飛んでた奴に俺の気持ちは分からねえよーだっ。」

「喧嘩しないの。状況は何も変わってないけど、元に戻れるまでは、今の体でやっていくしかないんだから、ね。」

 ターランは二人に微笑みかけた。

「分かってるけどよー。」

 トゥーリナは言った。「けど気にくわねえ。皆が困ってるのに一人だけ喜びやがって。」

「俺も少し嬉しいんだけど?」

「何だと?」

 トゥーリナはターランをぎろっと睨む。ターランは冷や汗を流しながら、なだめる様に言う。

「だってさ、俺等今なら、のみの夫婦じゃないんだもん。」

「お前なーっ!!」

「お・俺とザンは望みが叶ったんだ…。」

 怯えながら言ったターランへ、トゥーリナは額に青筋を立ててひくつきながら言う。

「お前等二人が変な望みを抱かなきゃ、今こうして不便な思いする必要はなかったんじゃねえのかっ!?」

「それは変だぞ。」

 ザンが呟く。

「あぁ〜?」

 トゥーリナは子供相手というのも忘れて、盗賊もひびるような顔でザンを睨んだ。

「い・いや、だからさ、俺等二人がささやかな望みを抱いたくらいで、体が入れ替わるなんて変じゃないか?」

「…そりゃそうだよな…。」

 やっと落ち着いたトゥーリナに二人はほーっと長い息をついた。

「たー、んめー。」

「タマ、俺はターランじゃない。それと、今は怒ってない。」

「?」

「俺はトゥーリナだ。」

「たー、とー?(訳=ターランがトゥーリナ?)」

「俺がターランだよ。」

「とー、たー?(訳=トゥーリナがターラン?)」

 タマちゃんは混乱してしまったようだ。「たー、とー、とー、たー。」

「やっぱ、タマちゃんには難しいんだよ。」

 ザンはタマちゃんの肩に止まりながら言った。

「そのようだな。」

 トゥーリナは言った。ターランはタマちゃんをよしよしと撫でて落ち着かせた。

「ねー、トゥー。ザンが飛び方をタマちゃんが尻尾の動かし方を覚えたように、君も変身の仕方を覚えなよ。」

「何の為に?」

「変身が出来れば5本指になれるよ。」

「あー、でもよー、俺は時々大失敗をやらかすし、タマ用の飯は作れない。俺だけ何とかなってもな…。」

「それはそうだね…。ま、それはおいといてさ、多めに食材を買おうよ。失敗してもいいように。」

「そうだな。」

 という事で、4人は八百屋や肉屋などをはしごする事になった。

 

「家まで遠いなー…。」

「頑張るしかないでしょ。」

「野宿して飯作ってか…。」

「ぺこぺこ?」

 タマちゃんは不安そうに呟いた。

「またなるかもねー…。」

「やー。」

 冗談だよね?タマちゃんが話せていたら、そう言ったような言い方だった。

「俺だって嫌だよ、タマちゃん。でも、体が戻るまでは仕方ないんだ。」

「やー、やー、やーっ。」

 ターランの言葉に、タマちゃんは地団駄を踏み始めた。タマちゃんは騒いだ挙句に泣き出してしまった。トゥーリナは険しい顔をするとタマちゃんを抱き寄せた。『今のタマには酷だが、我が侭を言わせたままにはしておけない。』小脇に抱えると、お尻を叩く為に、トゥーリナはズボンとパンツを下ろした。お尻を叩かれるのだと分かったタマちゃんが大きな声で泣く。それに構わずトゥーリナが平手を振り下ろそうとすると、

「駄目だよ、トゥー。」

 ターランが静かに制止した。トゥーリナはターランの顔を見た。振り下ろされる筈だった手はそのまま止まっている。

「何故?」

「タマちゃんは混乱してるだけだよ。俺等が入れ替わってるって分かってないし、急に絶食させられるし、旅まで…。今まで我慢をしていた方が不思議だ。」

「…。」

 トゥーリナは上げたままだった手を下ろすと、ずり落ちてきたタマちゃんを抱え直した。

「君だって、いらついていただろ?俺だって、少しは嬉しいけど、もう戻りたい。俺が望んでいたのは自分が縮む事。…そりゃ、ハンサムな君に憧れたけどさ、ずっとその顔で過ごしてきたんだもの、やっぱり元の自分がいい。」

 ターランはザンを見た。「ザンは飛べて嬉しいみたいだけど、慣れない体じゃ疲れも早い。俺達大人も、少しはおねーさんのザンだって大変なのに、赤ちゃんみたいなタマちゃんが耐えられないのは仕方ないよ。」

「…ふぅ。」

 トゥーリナはタマちゃんを地面に立たせた。パンツとズボンを穿かせてやると、タマちゃんを解放した。タマちゃんはザンの所へ泣きながらよたよた歩いて行く。

「変だよね?君になったって分かった時は、嬉しかったのに。今は辛いだけなんて。」

「俺もお前の高さに憧れた。最初は嬉しかった。」

 トゥーリナとターランは見つめ合う。どちらからともなく、抱き合った。そのまま倒れ込み、愛し合いそうになった二人の耳に、ザンの冷めた声が聞こえた。

「…二人で盛り上がってないで、タマちゃんを慰めてくれよ。」

 トゥーリナにお尻をぶたれそうになったタマちゃんは怯えて酷く泣いていた。ザンはなんとか慰めていたけど、抱いてやる事も頭を撫でてやる事も出来ない。水を差されたトゥーリナは不機嫌そうな顔をしたが、タマちゃんを抱きかかえて、撫で始めた。

「タマ、俺が悪かったから、泣くな。飯も何とかするから。」

 ターランも優しく撫でながら慰める。二人に優しくされて、タマちゃんはやがて落ち着いた。

 ザンは落ち込んでいた。タマちゃんは尻尾を動かせてとても喜んでいた。自分は空が飛べて嬉しい。ずっとこのままならいいのにって思ってた。でも、それは自分だけでタマちゃんは苦しんでいたなんて…。視界が霞みぼろっと涙が溢れ出す。

「お前まで泣くのか?」

 涙を零しているザンに気付いたトゥーリナが言った。

「だってぇーっ、うわーっ。」「あーんっ。」

 折角泣き止んだタマちゃんも、ザンにつられてまた泣き声を張り上げた。

「なんでお前まで泣くんだよー…。」

「俺のせいでタマちゃんが泣くんだ、トゥーリナは怒るし…。」

「入れ替わったのは、仕方ない事だろ?お前が俺に言ったんじゃないか…。考えたくらいで入れ替わるわけないって。」

 トゥーリナは今度はザンを抱きかかえると、撫で始めた。

「だって、だって、入れ替わってからずっと冷たかった…。」

「悪かった。腹が減ってたし、慣れない体が不便で辛かったんだ…。抜かれた所はまだいてぇしよ。」

「俺が嫌いになったんだと思った…。」

「んな訳ないだろ?大事な娘なのに。ま、俺には妹の方が近いけどな。」

 トゥーリナはザンに微笑みかける。「心に余裕がないと俺ってこんな小せぇんだ。お前の方が大人だよな。」

「ばーか、大人が大声で泣くかよ。」

 ザンが泣きながら笑った。

「減らず口叩きやがって。」

 トゥーリナとザンは笑い合った。

 

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