27 トゥーリナがリトゥナをお仕置き5
トゥーリナはギンライの部屋へ入った。ギンライがこちらを向いた。
「…だから本の虫は悪いこともあるって言ったんだ。今のお前がいい例だ。」
トゥーリナから事情を聞いたギンライは言った。
「だって甘やかすと悪いって。リトゥナが悪くなったら困る。」
「あの本な、悪名高いんだ。」
「えっ!?」
「お前は勉強が足りないんだ。あの本がいつ書かれたか、見たか?」
「見てない。」
「お前はガキだから知らねえかもな。あれが書かれた頃、妖魔界では二回目の教育の改革が行われた。一回目のような第一者が絡んだのとは違うけど、普通の孤児院育ちやお前みたいに虐待されて育った奴が、何でもかんでも鞭で打つその当時のやり方を否定して、平手で叩くやり方で子供を育て始めた。ただまるっきり鞭をなくすのは不安だったらしい。それで、特に悪い時だけ鞭を使うという、今のやり方が確立されたんだ。」
「…それで?」
「あの本は普通の家庭で育った奴が書いた。鞭が当たり前の時代の奴にしてみれば、新しいやり方は受け入れられないわけだ。子供を甘やかし、駄目にするに決まってると皆思った。しかし、苦しみを知ってる奴は優しくなる。お前みたいに子育てに不安になった奴もいたし、虐待を繰り返した奴もいたが、そうならないようにしながらも、甘やかすのと愛するの違いを理解して、きちんと躾できた。鞭時代の奴等の思いは、いい意味で裏切られた。」
ギンライは息をついた。「そして時代は変わった。親だって出来れば子供を苦しめたくない。特別な時の鞭が上手くいくのならと、皆が鞭を使う機会を減らした。」
「でも、前のやり方に固執した奴がいた…。」
トゥーリナはやっと分かった。ギンライは頷いた。
「そう。それがあの本だ。あの本は無駄な足掻き。妖魔界の親達は、教育熱心だ。どうすれば上手く行くのか皆考えている。今、体罰で躾けない育て方も考えられている。」
「!」
「そんな馬鹿なって思うだろ?でも、鞭時代の奴だって、変わる時、そう思ったんだ。」
「…。」
「本の虫は悪いんだ。」
「あの時、親父の言葉は分からなかった。本は知識を与えてくれる。いいものしかないと思ってた。でも、いいものも役に立たないものも、悪いのさえあるって分かった…。」
「そういうことだ。本は知識を与えてくれるが、それをどう使うかは自分で決めるしかないのさ。」
「目から鱗が落ちるって今実感してる…。」
トゥーリナはうつむいた。「俺はリトゥナを愛してる…。でも、俺はやり方を間違ってリトゥナを苦しめた…。あんなに、あんなに百合恵やターランが忠告してくれたのに…。俺は何も分かってない奴等だと思ってた…。」
青ざめたトゥーリナを見て、ギンライは顔をしかめながら訊いた。
「俺が憎いか?」
「いや…。あんたが俺を捨てたのが全ての原因になるわけじゃない。」
「分かってるんだな。」
「俺だって、一応800年生きてる。」
「そうか。」
ギンライはほっとした顔をしていた。
「リトゥナに謝ってくる。」
「それはいい心がけだ。子供に謝るって勇気がいるんだ。」
「そうか?」
「…お前は普通の家庭を知らないが、それはマイナスばかりじゃない。今、分かったろ?」
「…そうみたいだな。…有難う、親父。あんたがいてくれて良かった。」
「…子供達をちゃんと育ててやれば良かったと思ってる…。せめてお前はな。お前だけはちゃんとしてやりたいんだ。」
トゥーリナとギンライは微笑んだ。今度こそ、ちゃんとした父親になれるとトゥーリナは思った。
「じゃあな、親父。」
リトゥナを抱き締めよう。一杯愛を囁こう。結果的には苦しめたけど、それでも根底にあったのはリトゥナへの愛。それを知ってもらおう。駄目な親父だけど、俺はリトゥナを精一杯愛してるから…。トゥーリナは、部屋を出ていこうとした。
「こら、話はまだ終わってないぞ。」
「へっ!?」
トゥーリナは吃驚した。「他に何かあるのか?」
「お前は人の話を聞かず、リトゥナを苦しめた。」
トゥーリナはびくっとした。父の口調から、次に言われる言葉が分かった。「分かったようだな。お仕置きしてやるから、尻を出してここに伏せろ。」
「絶対に嫌だっ。何ですぐそれなんだよっ!?」
「色々見て普通の家庭を理解しろって言ったのに、言う通りにしないからだ。」
「…。」
「ちょっと見ただけで普通が分かるなら、今までだって気に留めていなくても、視界の端にでも見てた訳だから、それだけでいい筈だろ?」
「…確かに見てたさ。ターランと旅してた時とか、ザンの城にいた時とか…。」
「その時叩かれていたのは、ガキや女だけじゃなかったろ?」
「そ・そりゃ、大人の男もいた!でも、だからって、俺があんたから、当たり前みたいに叩かれる理由にはならない!」
「下らないプライドは捨てるんだな。素直にお仕置きが受けられないんだったら、皆の前でやってやろうか?」
「!!!」
「どうする?」
面白がっているギンライに、トゥーリナは腹が立った。かといって、病人相手では何も出来ない。
「くそ!」
非常に不本意だったが、仕方なくズボンに手をかけて下ろす。父を睨みながら下着も下ろした。百合恵やリトゥナ、ターランには決して見せられない格好だ。でも、もし逃げたら、父は皆の前でトゥーリナのお仕置きについて、触れ回るかもしれない。それくらいだったら、大人しくお仕置きされた方がましである。
「怖いのか、縮み上がってるぞ?」
「五月蝿い!」
トゥーリナは怒鳴ると、ベッドに座っている父の膝の上にうつ伏せになった。「ほら、好きにしろよ!」
「何だ、その態度。お前はリトゥナを苦しめたのを悪いと思ってないのか?」
「思ってるけどよ、親父は面白がってるじゃないか。」
「お仕置きを嫌がって駄々こねるなんて、ほんとガキだなと思って。」
「くっ。…ああ、どうせ俺はガキだよ!」
「開き直るな。」
ギンライはトゥーリナを見つめた。可愛くて仕方ない。『本当に…、俺は…。』捨てた子供達や復讐に来た子供達の顔が浮かんだ。トゥーリナ一人を愛しても、自分の罪は消えない。今の病気すら、軽すぎる罰に思えてくる。それでも…過去を変えられない以上、それと向き合っていかなければならない。首を振り、ギンライはその思いを振り切った。「じゃあ、行くぞ。」
トゥーリナがシーツを握り締めるのが見えた。今までに何回かお仕置きをしているが、トゥーリナは大人なので、とても厳しいものになる。勿論、今回は酷くしてやるつもりだ。
ギンライの平手がトゥーリナのお尻に叩きつけられた。とても大きな音がし、トゥーリナは痛みに軽く声を上げる。
「痛いのは、別に恥ずかしくない。痛かったら喚けばいい。ただ、あんまり暴れられると辛いから、程々にしてくれ。」
顔をしかめているのが痛みだけではないように見えたギンライは、トゥーリナに言った。「どうせ、そんな気を使ってられなくなるだろうけどな。」
ギンライは平手を振り下ろし始めた。トゥーリナのお尻に赤い掌が増えていく。ギンライの言葉通り、トゥーリナはプライドも何も気にしていられなくなった。
バシッ、バシッ、バシイッ…。激しい痛みに、トゥーリナは歯を食いしばる。
「次はこれだな。」
平手では充分懲らしめたと思えたギンライは、彼の腰に手を伸ばした。かちゃっと子供が恐れる音がした。鞭を外す音である。
「それ、リトゥナ用だっつーの。」
「今ないから仕方ないだろう。今度、お前用を買いに行こうな。」
「冗談じゃないっ。」
「悪い子だ。」
「子供扱いするな。」
「前にも言ったけど、親にとっては子供はいつまでも子供なんだ。」
「意味が違うだろ?」
「確かに違うけどな。でも、嫌がるんなら、真っ赤になった尻を晒したお前を鞭屋に連れてってやるぞ。」
「横暴だ!」
「親は愛する子供の為には何でもするんだ。…お前のようにな。」
「!…俺がしたのは…。…くそっ。」
「良い子だ。理解した様だな。…納得した所で続けるか。」
『してねえよ。』そう思いつつ、やっぱり父には勝てないトゥーリナは我慢する。『なんでこんなのが俺の親父なんだ。そして、俺はどうして逆らえないんだ。』その理由、本当は分かっていた。
ビシイーッ。
「ひっ。」
前に鞭で叩かれた時は、子供用の鞭の所為か、平手の方が痛いと思ったのに、今のは吃驚するくらいの痛さ。すでに紫に変色してしまっているお尻を打たれているからかもしれない。
痛がるトゥーリナにお構いなしなギンライは、鞭を振り続ける。
「さあ、しっかり反省するんだぞ。」
「いてえ、いてえっ。」
既に恥もプライドも何処かへ捨てたトゥーリナは喚いた。ギンライは暴れるトゥーリナを苦労して押さえながら、鞭を振る。
「少し大人しくしろ!俺は病人なんだからなっ。」
ギンライは怒鳴りながら、何十回目かの鞭をお尻に当てた。と、その時。鞭が変な音を立てた。「ん?」
トゥーリナは父の様子に気づかず、荒い息を吐いた。初めての時は泣かなかったのに、今は涙も零れていた。そのうち、いつまでも鞭が振ってこないので、トゥーリナは不思議に思って訊く。
「どうした、親父。」
「子供用じゃ鍛えた男の尻に耐えられなかったんだな。使うのが初めてじゃないしなあ…。」
「…鞭が壊れたのか?」
「ああ。」
父が鞭を見せてくれた。確かに壊れてしまっている。トゥーリナはほっとした。もうこれでぶたれなくて済む。
「何を喜んでるんだ?」
「うっ、喜んでなんかいない!」
「嘘まで吐くか…。もっとお仕置きが必要だな。」
「もういい加減に許してくれよ。」
「反省してる奴が言う言葉じゃないな。」
諦めたトゥーリナは顔をベッドに押し付けた。ギンライはそんな彼を笑う。「本当にお前は可愛い奴だ。…鞭が壊れちまったから、後はまた手で叩くか。」
トゥーリナの可哀想なお尻はまだ許してもらえないのだ。また平手が飛んできた。トゥーリナは反省の気持ちより、父への恨みが強くなってくるのを何とか堪えていた。『リトゥナはこんな気持ちになったんだろうか…。それとも俺への恐怖ばかりが募っていったのだろうか…。』
ギンライはトゥーリナを見ながら思った。『そろそろ許してやるか。』正直言うと、体温が上がってきて、発作の始まりを告げているのが分かったのだ。本当はまだ許してやりたくはないのだが…。
父の膝にいるトゥーリナも変化に気づいた。『俺に分かるくらいだから…。』
「もう限界だな。俺もお前の尻も。…ほら、起きろ。しょうがないから許してやる。」
「茶化す余裕あるんだな…。…後でまた来る。」
「…ああ。…。」
ギンライの額に玉の汗が浮かび出てくる。それを見たトゥーリナは、下半身を出したまま、廊下へ飛び出した。廊下で慌てて下着とズボンを履いていると、父のうめき声が聞こえてきた。それをきいて、トゥーリナは苦しくなった。父の犯した罪は重いけれど…それでも…やっぱり辛くなってしまう。例えその罰を父が受け入れていても…。さっき感じた恨みの気持ちに恥ずかしさを覚えながら、トゥーリナは当初の予定だったリトゥナへ謝りに行くことにした。